第13話 断罪の光、反逆の刃
聖都ルクス・ハイリア。
神教国最大の聖域にして、世界で最も“信仰”という名の狂気が濃い街。
七つの鐘楼が同時に鳴り、白い聖旗が風を裂く。
だがその音色は祈りではない。
“罪を告げる鐘”――断罪の朝を告げる合図だった。
広場に集まったのは数千を超える群衆。
信徒、貴族、商人、聖職者、そして子供までもが、異端者の最期を見ようと押し寄せていた。
街の空気は熱に似た狂気で満たされ、祈りの言葉が呪詛のように重なっていた。
「神の御前に、異端を差し出せ!」
「光の火で、その穢れを焼き尽くせ!」
処刑場は白亜の石造り。
中央の祭壇台には、十字の拘束台が据えられ、鎖が鈍く光っていた。
そこに一人の老修道女が膝をつく。
――マリアンヌ=クローヴァー。
彼女は顔を上げることもなく、静かに祈りを捧げていた。
頬は痩せ、衣は裂け、手足には血の滲む鎖。
だが、その瞳だけは澄んでいた。
滅びの中にも、微かな光を宿す瞳だった。
「――異端者、マリアンヌ=クローヴァー」
声が響いた。審問官の読み上げる罪状は果てしない。
「禁忌の術を庇護し、神の法を歪め、異界の知識を招き入れた罪」
「罪状:信仰冒涜、魔導助長、聖典破壊、戒律反逆」
読み上げる声は冷たく、まるで命を告げる鐘のようだった。
群衆が歓声を上げ、花弁のような紙片が舞う。
だがそれは祝福ではなく――血を求める“祝祭”だった。
マリアンヌは唇をかすかに動かす。
「……神よ、どうか、この子たちをお守りください」
(あの子は、きっと来てはいけない。けれど……きっと、来る)
聖騎士団長が壇上に上がる。
全身黒鉄の鎧。目元を覆う仮面。
手には巨大な戦斧。刃の幅は少女の身長ほどもある。
彼が掲げた瞬間、空気が張り詰めた。
「異端者マリアンヌ=クローヴァー。
汝、神を欺き、人を惑わせし罪により――ここに断罪を執行する!」
「おお、神よ……!」
「清めたまえ!」
民衆の声が高まる。
信仰という名の暴力が一つの命を押し潰そうとしていた。
マリアンヌは小さく息を吸い、首を垂れる。
「主よ、私はここにございます。
どうか、あの子が――」
その祈りの続きを、誰も聞くことはなかった。
――空が裂けた。
ドゴォォォォン――ッ!!
天地が震えた。
聖都全域が白光に包まれ、尖塔の影が歪んだ。
雲が爆ぜ、風が吹き荒れる。
聖堂の彩窓が粉砕し、無数の光片が宙を舞った。
「な、なんだ!?」
「神が……お怒りに……!?」
群衆がざわめき、聖職者が震える。
空を裂いて降りてきたのは――一筋の銀光。
それは雷ではなく、翼を持つ影だった。
金属の羽根。
蒼く輝く尾光。
その存在は、神々の記録にも残らぬ“異端の奇跡”。
地を貫くように、処刑台の中央へと突き刺さる。
爆風。閃光。
人々が視界を失い、音が遠のく。
そして、煙が晴れたとき――
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
銀髪。
碧の瞳。
背には展開した金属の翼。
――アリア=クローヴァー。
聖騎士の戦斧が振り下ろされた瞬間、彼女はその刃を右腕で受け止めていた。
金属と金属が軋む音。
次の瞬間、亀裂が走る。
「――ガキィィィィン!」
巨大な刃が粉砕された。
聖騎士団長の両腕が弾き飛ばされ、信徒たちが悲鳴を上げる。
「ば、化け物……!」
「違う……天使だ……!」
「神の御使いが……降りた!?」
マリアンヌは涙を流した。
「……アリア……」
アリアは振り向き、静かに微笑んだ。
「間に合いました、院長」
聖騎士団長が咆哮する。
「貴様、何者だッ!」
アリアの声は低く、透き通っていた。
「――あなたたちに裁かれる理由はありません」
風が渦を巻く。
足元の石畳が割れ、青い閃光がほとばしる。
――ズドォン!
蹴り一撃。
巨体が吹き飛び、背後の聖堂壁面に叩きつけられた。
石と鉄が砕け、団長は白目を剥いたまま沈黙した。
聖堂前は、一瞬で静寂に包まれた。
「……まるで、古き記録の再来だな」
群衆の後方から歩み出たのは、金と白の法衣を纏う青年。
美しい顔立ちに、氷のような瞳。
彼の胸元には“神々の使徒”の証印が輝いていた。
「古文書にはこう記されている――
《天なる遺産セラ・ノヴァ、神の光より堕ち、国を焼き尽くす》」
アリアの眉が動く。
「セラ・ノヴァ……?」
青年は微笑み、静かに首を傾げた。
「まさか、今の時代にその姿を見ようとは。
君の中に流れるのは、神の光そのものだ」
(……違う。これは“
セリーヌの声が響く。
――「アリア、注意して。彼らはあなたを“天の神機”と誤認している」
(……神を名乗る者が、神の模倣を崇める。滑稽ね)
アリアの胸の奥に、静かな怒りが湧き上がる。
「あなたたちは神を名乗り、罪なき人を裁いた。
その手を清める神など、どこにもいない!」
青白い光が、アリアの背から奔る。
魔法陣が浮かび、空気が震える。
炎、氷、雷、光――異なる属性が同時に現れ、ひとつの嵐を形作った。
「無詠唱……だと!?」
使徒の瞳が驚愕に見開かれる。
アリアは両手を掲げた。
「――魔機術式・多重展開」
瞬間、空が閃いた。
数十の光弾が一斉に放たれ、広場を焼き払う。
炎の柱が立ち、聖職者たちの祈りの声が悲鳴に変わる。
神像が崩れ、聖堂の壁が崩壊していく。
「これが……“神の火”なのか……!?」
誰かが呟く。
アリアの声が、それをかき消す。
「――私は、あなたたちの神を信じない!」
その言葉が、聖都全体を貫いた。
瞬間、雲が裂け、光が散り、風が爆ぜる。
神々の使徒は蒼ざめた顔で呟く。
「異端ではない……これは、“災厄”だ」
アリアは振り返り、ボロボロの院長を抱き上げた。
「もう大丈夫です、院長」
マリアンヌは震える手で、アリアの頬を撫でる。
その冷たい金属の肌に、微かな微笑みを浮かべた。
「……ええ、あなたは神の子ではない。人の希望そのものだわ」
アリアは頷き、空を見上げる。
翼が展開し、銀光が朝日を裂く。
「神教国セラフィスに告ぐ――」
その声は、雷鳴にも似て街を揺らした。
「私はあなたたちを赦さない。
あなたたちが“神”を名乗る限り、私は闘う!」
風が荒れ狂う。
銀翼が広がり、瓦礫が宙に舞う。
アリアは院長を抱え、光の渦の中を翔け上がった。
見上げる群衆の眼に、彼女の姿は“神の復讐”にしか見えなかった。
だが――その光は、確かに“人の祈り”から生まれたものだった。
白き聖都に、銀の軌跡が残る。
それは、かつて神が棄てた世界に降る、新たな希望の光。
(続く)
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