Lord and Fate(仮)

一翠(ひすい)

Episode 00「運命」

「貴様のような無能はいらん。即刻この城から出ていけ!」

「え、ちょ、うそでしょ?」

 王様の怒号どごうと共に、脇に控えていた、全身を頑丈そうなよろいに包んだ騎士が二人、少年の前へと歩み出てくる。

「案ずるな。平穏に暮らしている限り、我々が貴様に危害を加えることはないと約束しよう。連れていけ」

 二人の騎士は王様の指示通り少年を抱え、持ち上げる。

「ちょっとまって、うそでしょうそでしょ」

 必死の抵抗も虚しく、少年はどこかへ連れ去られていった。


              ☆☆☆すこしさかのぼる☆☆☆


 日本トップの偏差値を誇り、卒業すればどんな大学や企業だろうと採用されると言われる、私立界明かいめい学園。

 初等部から高等部まで総勢3000を超える生徒がおり、その全てが例外なく天性の才を持つ。

 だがそんな天才たちですら手も足も出ない、正真正銘の化け物が存在した。

 勉強は常に学年1位、運動では陸上部に所属し、短距離走で全国大会出場の文武両道。その他歌、絵、創作、あらゆる方面において優れた才能を有している。

 それだけではなく、端麗たんれいな容姿に、圧倒的なカリスマ性とコミュニケーション能力にも恵まれ、高校一年生にして生徒会長に抜擢ばってきされた。

 父は天才外科医で母は有名企業の代表取締役CEO

 生まれながらにして成功を約束された人間。それこそが彼、八神 運命やがみ うんめいだった。


八神やがみくん、さっきの授業で習ったこと、少しわからなくて。教えてくれる?」

運命うんめい~、放課後カラオケ行こうぜ~」

「おい八神やがみ~、ちょっと進路室まで来てくれ~。頼みたいことがあってな~」

運命うんめいくん...放課後、ちょっと時間いいかな?」


 友人、クラスメート、先輩、後輩、先生まで、誰もが彼のカリスマに引き寄せられた。

 そんな完璧超人八神 運命やがみ うんめいの、とある日の放課後のこと。

 運命は、いつも通りの帰路を歩いていた。

 隣には、入学したての頃から付き合っている彼女、春崎はるさき 唯一ゆいと、中学からの大親友、三枝 悠久さえぐさ ゆうきの二人。


「今日もつっかれたぁ~」

「水曜日は副教科も少なくて余計に大変だよな。俺はやく体育やりたい」


 大きく伸びをしながら唯一ゆいがそう零し、悠久ゆうきもそれに同調する。


「そういえば、運命うんめい。英コミュの課題、終わった?」

「いや、まだ終わってないよ。最近、母さんの仕事の手伝いで忙しくて…」

「ならさ、今度一緒にやらない?どっかのカフェにでも入ってさ」

「いいよ。なら明日はどう?明日丁度英コミュの授業あるから、その復習も一緒にやろう」

「へぇへぇ、お熱いこって。俺は邪魔者ですかね~」


 ひねくれたように溜息と不満を吐く悠久ゆうき


「そんなことないよ。三枝さえぐさくんも一緒にやろ!」

「そうだよ悠久ゆうき。そもそも英語の成績は俺よりお前の方が上だろ」

「英語"だけ"な?しかも運命うんめい、こないだの中間テスト、英コミュノー勉なのに、俺と2点しか変わらないし。俺は毎日2時間やったんだぞ?」


 もう9割呆れた様子で嘆息す悠久ゆうき

 そんな二人のやり取りを見て、くすりと微笑む唯一ゆい

 こんな何気ない日常が、いつまでも続くんだと、永遠に続いてほしいと、心のどこかで思っていた。

 それが、八神 運命やがみ うんめいの人生においてただ一つの間違いだった。


「まぁまぁ、おちつけよ悠久ゆうき。俺が奢るから来てくれよ」

「奢りならまぁ、行ってやらんこともない」

三枝さえぐさくんちょろ笑」


 何気ない日常、他愛のない会話。その最中に、悲劇は起きた。

 突如、3人の足元に、くれないの強い輝きを放つ、不気味な紋様が現れた。


「なっ」

「なにこれ…」


 大きさは直径約10mほど。道路の反対車線まで覆いつくしている。

 そうこうしているうちにも、輝きはどんどん激しさを増していく。


「二人とも、今すぐこの変な模様の外に出るんだ!!」

 直感でなにか不吉なものを感じ取った運命は、咄嗟に声を上げて二人の背中を突き飛ばした。

 元々下り坂だったことが幸いし、押された勢いで二人は一気に紋様の外へと出る。

 うんめいもそれを確認して走る。が、紋様の輝きが一気に強まり、運命うんめいの体を包み込む。

 並外れた知能とこの状況でも冷静な思考ができる胆力をもつ運命うんめいだからこそ、自分は間に合わないと察してしまう。


「「運命うんめいッ!!」」


 唯一ゆい悠久ゆうきの悲鳴にも近い叫び声を聞きながら、運命うんめいは口を開いた。


唯一ゆい、こんな別れ方になってごめん。俺のことは忘れて幸せになって。悠久ゆうき、悪いけど、唯一ゆいのことを頼む。二人とも、じゃあね」


 次の瞬間、目を開けていられないほどの眩い光が辺り一帯を包み込む。

 数十秒経って視力が回復し、唯一ゆい悠久ゆうきは光に目を慣らすように、あるいは目の前の現実を見たくないというように、恐る恐る目を開く。

 そこに、運命うんめいの姿は無かった。


                   ☨


 光に呑まれた後、運命うんめいは全身を妙な浮遊感に包まれる。

 十秒ほどたつと急激に体に重さが戻り、全身を強く打ちつけられる。


「いたた、どうやら、まだ生きてはいるみたい」

 自分が生きていることを確認し、恐る恐る目を開く。

 そこは、四方を石造りで囲まれた、広い空間だった。

 運命うんめいがいるのは、広間の中心、周よりも一段高いところ。

 そしてそこから降りた場所には、見たことのない服を着た大人が10人ほど、なにかを話している。

 さらに、運命の隣には日本の高校のものと思われる、いやそれ以外ありえない制服に身を包んだ少女が倒れていた。


「あの~、大丈夫ですか...?」


 警戒しつつも少女に声を掛ける。

 少女はゆっくりと体を起こすと、眠そうに目を擦りながら口を開いた。


「うぅ~ん、ここ、どこ?あなたは、誰?」

「僕は八神 運命やがみ うんめい。日本の高校生です。ここがどこかは、よくわ

 かりませんが、多分僕たち、異世界召喚というやつに巻き込まれたんじゃないでしょうか」

「異世界...?そ~なんだ~。あ、ねねは寧々ねねっていうの~」


 あまりにも危機感のない呑気のんきな声に、呆れを覚える運命うんめい

 すると、リーダー格と思われる一人の男が、運命うんめい寧々ねねの前へと出てきた。


「異界より召喚されし勇者様よ。どうか突然のご無礼お許しください。今我が国は未曾有の危機に晒されております。どうか勇者様のお力を以て、この国を救ってはいただけないでしょうか」


 深々と頭を下げながら、異世界召喚のテンプレのようなセリフを吐く男。


「寧々たち、特別な力とかないよ~」


 先程まで寝ていた寧々ねねが、疑問を口にする。


「ご安心を。異界から召喚されし勇者様には、こちらの世界にきた時点で神より力を与えられています故」


 表面上は穏やかだが、運命うんめいには、男の不穏な雰囲気が感じ取れていた。


「まずは、我が国の王へ謁見していただきます。ご案内いたしますのでこちらへ。それと、最低限の礼節さえわきまえていれば、多少の無礼はお許しになるそうなので、あまりお気になさらないでください」


 そう言い広間の正面入口へと歩いていく男の後を追う二人。

 長い廊下を抜け、いくつか階段を上り、5分ほど歩いたところで玉座の間の前へと辿り着いた。


「この先で、王がお待ちです。お入りください」


 大扉が開かれ、中に入るとそこに広がっていたのは、先程の広間より一回り小さいくらいの空間だった。

 真っ赤な絨毯が敷かれ、天井には豪勢なシャンデリア。

 絨毯の脇には左右五人ずつ、頑強がんきょうそうな鎧に全身を包んだ騎士が待機している。


「よくぞ参った、異界の勇者よ」


 部屋の最奥、玉座に座る国王が、重々しい口を開いた。


「神から賜った力、"霊装れいそう"で、どうかこの国を救ってはくれないだろうか」


 頭こそ下げないが、その声色からは本気で助けを求める様子がうかがえる。

 だが、少し妙だ。

 運命うんめい寧々ねね

 それに、運命うんめい寧々ねね、二人いるはずなのに、異界の勇者よ、と、


「神父からは、貴殿は『時』の霊装れいそうを賜ったと聞いている。実に素晴らしい力だ」


 やはり、国王は寧々ねね一人に対して話しかけている。

「あのぉ~、僕は、どうすればいいですかね」


 どうしても耐え切れずそう発してしまう運命うんめい

 そして、話は冒頭へと戻る。


「貴様は、と聞いておる。そのような無能はいらん。即刻この城から出ていけ!」


 先程の穏やかで懇願するような口調からは一転、いきなり怒号をあげ、騒ぎ立てる国王。

 そして国王の怒号と同時に、脇に控えていた騎士が二人、運命うんめいの元に歩いてくる。


「え、ちょ、うそでしょ?」

「安心しろ。我々に関与しない限りは、こちらも貴様に干渉することはないと約束しよう」


 そしてそのまま運命を担ぎ上げると、どこかへ運び出す。

 長い廊下を抜け、階段を降り、先程よりも長い道程を辿って、ようやく外に出る。

 そこは、王城の裏門だった。

 騎士が合図を送ると、ギギギギギ、と重い音を立てて門が開く。


「痛ッ」


 運命うんめいは門の外へ投げ捨てられ、衝撃と痛で声を上げてしまう。


「済まない、これも仕事なんでな。次に城に近づいたら、首が飛ぶから絶対に近づくなよ。それと、これを」


 少し申し訳なさそうにしながら、片方の騎士が差し出してきたのは銀貨3枚だった。


「これがあれば一週間くらいは宿と食事を確保できる。その間に、職を見つけるといい。少年よ、どうか強く生きてくれ」


 そう言い残すと騎士は門の内側へと戻り、門が閉じられる。


「まじかよ...」


 こうして、八神 運命やがみ うんめいの、異世界生活が始まった。


                   ☨

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