6燈:不老軍人・少佐さん

中央線沿線の不老軍人「少佐さん」に関する証言録

かつてJR中央線■■■■駅周辺を中心に、軍服を着た古風な男を見かける人が少なくなかった。

勲章をつけ、金縁の眼鏡をかけ、鼻の下にチョビ髭。

「少佐さん」と呼ばれたその人物を人々はまことしやかにこう語った。

「時間が止まったような人だ」



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エピソード1:戦時中の写真


これは、私がかつて某駅周辺を取材して回っていたとき、二人の人物から別々に聞いた話だ。


一人目は、■■■■パールセンター裏手で長年営業していた写真館「スタジオ■■」の先代・M氏(故人・仮名)である。

1965年頃のこと、店内の物置を整理していたM氏は、戦前に父親が撮影したガラス乾板の束を見つけた。

その中に「昭和十四年 立川飛行場 将校記念」と記された乾板があり、ふと現像してみたところ、ある一点に目を奪われたという。


「駅前で見かける、あの軍服の人――ほら、チョビ髭で眼鏡の――まさにその人が、将校の列に普通に混ざっていたんですよ。服も顔も、今とまったく同じで」


写真を持って本人と思しき“少佐さん”に見せたところ、男はじっと眺めた後、


「ああ……あの頃の吾輩は、まだ中尉だったかな」

と、まるで懐かしむように答えたという。


「冗談にしても筋が通りすぎてて、怖いくらいだった」と、松田氏は笑っていたが、

そのガラス乾板はその後、所在不明となっている。

1970年代の改装の際、処分されたか、あるいは――とM氏は言葉を濁した。


もう一人の証言者は、■■■■南口で古物店を営んでいたK氏(仮名)である。


2011年、杉並で開かれた骨董市で彼が入手した一葉の白黒写真。

裏書には「昭和十七年 ■■島南方基地にて」とあり、整列した兵士たちの前列中央に、あの“少佐さん”の姿がはっきりと写っていた。

よく見ると、肩の階級章は“少佐”。まさに現在(当時)の通称通りだった。


驚いたK氏は、その写真をFacebookに投稿し、「これは誰かご存知の方いませんか?」と呼びかけた。

すると数日後、突然アカウントが凍結されたという。

理由も警告も示されなかった。

また、スマートフォンに非通知で電話があり、年配の男の声でこう言われたという。

「あの写真はまだ早い。すまんが、しばらく黙っていてくれ」

驚いて「誰ですか?」と尋ねると、

「吾輩は、ただの通信係にすぎん。

だが、いずれ話す時が来る。いまは……まだ早い」

と言って、電話は切れた。

K氏は写真をいまも人前には出していない。

「変なことになるから」と笑っていたが、その笑みは引きつっていた。


この二つの写真の人物は、いずれも現代(少なくとも2010年代まで)阿佐ヶ谷界隈で目撃されていた“少佐さん”と酷似していた。

同じ顔、同じ体格、同じ軍服、同じ眼鏡と髭。

だが、写っている年代は昭和14年と昭和17年――つまり、80年以上前の記録である。


写真が写したのは、ただの偶然か。

あるいは「時間を超えて現れる存在」だったのか。

いま、その真偽を確かめる術はない。



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エピソード2:幕末の記憶


■■■■駅北口を出て少し歩いた路地裏に、かつて「珈琲 煉瓦館」という古い喫茶店があった。

今はもう閉店して久しいが、常連客たちの間では一風変わった“常連中の常連”の話が今も語り草になっている。


その人物とは、例の“少佐さん”だった。

1970年代のある日、いつものように午後の遅い時間にふらりと現れた彼は、

アイスコーヒーを前に、いつになく饒舌に語り始めたという。


「吾輩はな、北陸の小藩の武士の家に生まれた。

越中の山の裾野、冬の雪が厳しい土地だったよ。

維新の折、まだ若造だったが、京に出された。

一度だけ、龍馬殿に会ったことがある。

あの目は、強い光を持った目だった。目が合っただけで、こちらが値踏みされている気がしたものだ。」


その場に居合わせた常連客のひとりが、「そのころから生きてるんですか?」と笑いながら言うと、“少佐さん”は苦笑してグラスを揺らし、静かにこう返した。

「いや、あの晩の雨の匂いを、まだ吾輩が覚えておるというだけだ。

土の湿りと、柚子のような、焚き染めた香の残り香。ああいう空気は、そう簡単には忘れられん」


その後も、彼は折に触れて奇妙なことを言った。

「西郷殿の声は、意外と高かった」「高杉の癇癪は一度見たことがあるが、あれは本物の“火”だった」「中岡慎太郎は真面目すぎたな、あの人は」


その言葉に根拠はない。だが、妙に実感がこもっていた。

言葉に詰まることもなく、まるで昨日の出来事を語るように、彼は幕末の志士たちを語った。


「珈琲 煉瓦館」のマスターはこう語っている。

「歴史の話になると、あの人は急に声が落ち着いて、冗談の感じが消えるんですよ。変な話ですけど、本当に“見てきた人”の話って、ああいう感じなんじゃないかって思うことがありました」



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エピソード3:乃木将軍の追憶


1983年の夏、■■■■駅近くにある旧・■■第五尋常小学校跡地で、地元有志による慰霊祭が開かれていた。

戦時中に校庭が高射砲の設置地になっていたこともあり、毎年終戦の日に地域住民が集まり、ひっそりと追悼の時間を持っていたのだ。


その日、白い帽子をかぶり、旧軍の正装を着た年配の男がふらりと現れ、式の列に並んで黙礼していた。“少佐さん”だったとされている。

主催者の一人が声をかけようとしたその瞬間、男はゆっくり壇上に歩み出て、静かに語り始めた。


「乃木大将は、戦を超えた人であった。

ただの軍人ではない。

あのお方は“誠”というものの化身であった。

吾輩はかつて、日露戦争でご子息を亡くされた後の乃木閣下と、ただ一度だけすれ違った。

明治の終わり、冬の東京、赤坂見附の路地のことだ。

すれ違いざまに見たあの背中は、まさに“お国そのもの”であった。

死してなお、帝都の上を見守っておられる。

忘れるでないぞ。この地に空襲があった夜も、あの御霊は、校庭に立っていたと聞く。」


居合わせた人々は言葉を失い、気づけば“少佐さん”は姿を消していた。

その年から、旧校庭跡地に残された一角の樹の下に、毎年八月十五日にだけ現れる小さな白菊の花束が、地元の間で語られるようになった。



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エピソード4:■■・哲学堂の夕暮れ


1993年の夏。

取材で■■を訪れていた私は、哲学堂公園のあずまやで休んでいた初老の男性から、不思議な話を聞いた。


その方――H氏(70代・元教師・仮名)は、当時よく哲学堂を散歩コースにしており、夕方になると池のそばのベンチで読書をしていたという。


「あれはたしか、7月の終わり頃だったと思います。

日が落ちかけていて、空が妙に赤かったんです。

ベンチに座っていると、向こうから軍服の男が来た。

胸に勲章を下げて、丸眼鏡で……昭和初期のニュース映像で見たような、まるで“時間違い”の人でした」


男はベンチに腰を下ろすと、ひとこと。

「吾輩はな、死者と話す訓練をしていたことがある」


唐突なその一言に驚いていると、男は語り続けた。

「通信とは、魂の共鳴である。

電波よりも深く、声よりも静かな領域――“思念の帯域”がある。

火星人たちはそこに潜り、吾輩らの意識の底に触れてくる。

意思の疎通らしきことは、出来はする。だが……非常に難しい。

何を考えているのか、ほとんどわからんのだ。

人間の理を超えた存在だからだよ。

実際のところ、吾輩らは“火星人”と呼んではいるが、それすらも確証があるわけではない。

あれらが本当にどこから来たのか、我々は結局いまだに掴ておらん」


そう言うと、男は立ち上がり、池の方へとゆっくり歩いていった。

「あれらの思念は、深すぎる。触れれば、人は壊れる。

わしらは、向こう側を覗いてしまったのだ。

思いも寄らぬほど深い場所、言うなれば“黄泉の底”とも言える異界に通じる深層に。

あれが、日本国、いや、世界の流れを変えてしまったのかもしれん。

敗戦、原爆、そしてこれから起こる災厄の数々は、あの“通信”の余波かもしれぬよ。

いや、むしろ……吾輩には、あれらに“呼ばれていた”ように思えるのだ」


H氏が黙ってその背中を見送っていると、男は池のほとりに立ち尽くし、しばらく何かに聞き入るような仕草をしたという。

その瞬間、風もないのに水面がさざ波のように揺れた。

「陽が沈んだな、と思って、ふと目を離して、もう一度見ると、そこにはもう、誰もいませんでした。

あれだけ目立つ軍服姿の人間が、あの池の周囲から一瞬でいなくなるなんて……普通ならあり得ません」


語り終えたH氏は、すこし間を置いてこう言った。

「あの人の話を信じたわけではありません。

けれど、あれからというもの、時代の“底”みたいなものが、じわじわと近づいてくるような気がしてならないんです。

景気もどんどん悪くなって、あのあと、いろいろな物騒な事件や大地震があって。

まるで……地面の下で、大きな何かが目覚めつつあるような」


この証言を裏付ける記録はない。

だが、哲学堂公園は明治期に“思想と霊魂の共存”を志した井上円了によって築かれた場所だ。

その精神が、なにか異質な「知性」を呼び寄せる媒体になっていても――おかしくはないのかもしれない。



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エピソード5:最後の夜の証言


これは、私が2023年に個人的な取材活動の一環として■■■■を訪れた際に、

とある男性(当時20代後半)から非公式に聞いた話である。

彼の話は一見すれば酒場での与太話のようにも思える。

だが、話の節々に妙な具体性があり、なにより彼自身が語るその“記憶”の確かさと、“場所”や“時間”の曖昧さの落差が強く印象に残った。


2018年12月のある夜。

S氏(仮名)は仕事帰り、酒に酔って■■■■駅北口の細い路地に迷い込んだ。

冷たい空気のなかで、ふと視界の隅に灯がともっていた。

店名が書かれた古びた看板。

知らない店だったが、どこかで何度も通ったような懐かしさを覚えたという。


扉を開けると、淡い照明にジャズが流れていた。

カウンターの奥ではマスターが無言でグラスを拭いている。

S氏はバーボンを頼み、ひと口含んだ。

すると、すぐ隣にひとりの男が腰を下ろした。


金縁の丸眼鏡。

手入れの行き届いた旧日本陸軍の軍服。

胸には褪せた勲章。

鼻の下のチョビ髭。

その姿は、■■■■界隈でたびたび噂される“少佐さん”そのものだった。


S氏は酔いも手伝って、思わず声をかけた。

「それ、本物の軍服なんですか?」


男はグラスを指先で転がしながら、静かに言った。

「ああ、本物だよ。吾輩が着ていたものだからな」


その声には冗談めいた響きがなかった。

やがて男は、低く呟いた。

「吾輩は、秘密を握っているのだ」


S氏が「なんのですか?」と問うと、男はグラスを置いて語り始めた。

「彼ら…“火星人”についてだ。

吾輩は戦中、山間部の極秘研究施設にいた。

あそこで“火星人”との通信実験が行われていたのだ。

彼らは蛸のような姿をしていた。触腕が八つ、離れた目、大きな口。

眉間に垂れる触覚のような器官は仄かな光を放ち我々の目を引く。音ではなく“思念”で語る。

通信とは、魂の共鳴である。

電波よりも深く、声よりも静かな領域――“思念の帯域”に潜り、吾輩らの意識の底に直接触れてくる。我々からの発信には特殊な機器を必要とする。

意思の疎通らしきことはできる。だが、非常に難しい。

何を考えているのか、ほとんど掴めぬ。

あれらの思考は、人間の理を超えておる。

実際、“火星人”という呼称も便宜的なものに過ぎん。

本当にどこから来たのか――我々は最後まで掴めなんだ」


S氏が「その通信は、やっぱり兵器開発のためとかだったんですか?」と尋ねると、男はわずかに笑い、グラスを傾けた。

「左様。吾輩らは当初、彼らと共に“思念兵器”の開発を試みていた。意識そのものに干渉し、敵国の集団意志を崩壊させる兵器だ。

だが、進めるほどに不可解なことが起きた。

彼らは命令や理屈に反応せず、吾輩らの“感情”や“記憶”に同調してくる。

技術協力ではなく、共鳴――。

あれらは、まるで同族を見つめるような反応をしていた。

そのとき、ふと悟ったのだ。

吾輩らの祖先の一部は、かつて火星からこの星へ渡ってきたのではないかと。

だからこそ彼らは、兵器などではなく“再会”を求めて通信に応じた。

吾輩らを“帰還者”として見ていたのではないか」


S氏はその声の調子に、次第に酔いが醒めていくのを感じた。

時計の針は午前3時を指し、マスターはこのような話にも我関せず、粛々と静かに立ち働いていた。

ただ、男の声だけが、静寂の中で明瞭に響いていた。

「米英は、火星人ではなく“爬虫類型”の異星種と取引した。

奴らは姿を変え、人の皮をまとう。

政治も経済も、すでに奴らの支配下にある。

吾輩ら“枢軸国”は、それに抗うために設けられたという面もあったのだ。

だが、火星人は沈黙する。

開戦前、既に米国本土に斥候的な部隊が偵察攻撃を仕掛けたとの未確認情報もあったことからもわかるように、利害は一致していたが、理解が届かない。

あれらの“思念”は深すぎる。触れれば人は壊れる。

吾輩らは、向こう側、深い深い層を覗いてしまった。

あれは冥界のような異界であり、死と夢の境にある“思念の海”だ。

あの接触が、或いは世界の流れを変えてしまったのかも知れぬのだ。

原爆も、敗戦も、原発事故も自然災害も…あれらは“通信”の歪み、思念の反響かも知れん」


男はそこでわずかに息をつき、続けた。

「吾輩は、こう結論付けたのだ。

われわれは火星人よりも、むしろ昨今“グレイ”と呼ばれている者たち、かつてシュメールの民と呼ばれた知性体と、手を結ぶべきではないかと。

彼らは観測者だ。地球を創り、去りはしたが、今もときどき戻ってくる。

神々ではない。謂わば“観測装置”のような存在ではあるようだが、爬虫類型に支配されるこの時代を快く思ってはいないようなのだ。

吾輩は、その意思を近く火星人に伝えねばならんと思っている。

我々の選択を理解されるかはわからんし、“通信”することが正しいのかもわからんのだが」


男は語り終えると、静かにグラスを置いた。

S氏は、ためらいながらも口を開いた。

「……あの、すみません。お名前、伺ってもいいですか?」


男はゆっくりと立ち上がり、深々と帽子を取って一礼した。

「名など、とうに捨てた。少佐でじゅうぶんだ。

君がもし、再び吾輩と会いたいと願うならこちらへ連絡をくれ」


名刺のような小さなカードを差し出すと、“少佐さん”は夜明け前の町へ消えていった。

残っていたのは、彼の飲んでいたグラスと、音もなく溶けていく氷だけ。


翌朝、S氏は夢だと思ったという。

だが、財布の中には見慣れない名刺が一枚入っていた。

「大日本帝国陸軍 技術試験本部 特別通信観測開発特務班」と書かれ、関東の山間部のとても軽々には行けないような地名が書かれており、調べたところそこは国有林だったという。


また、奇妙なことに、その夜訪れたバーが、地図にも記憶にも存在しないことだった。路地の形さえ、思い出せなくなっていたという。



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付記:後日談


2019年の年始、SNSに、一枚の写真が投稿された。

■■■■駅のホームで、軍服姿の男が古びた通信機のような大きな装置を手にして始発を待っていたという。

数時間後、その投稿は削除された。

それを最後に、“少佐さん”の姿は誰にも目撃されなくなった。

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