3燈:火星戦線1938

火星戦線1938―『月刊メガラニカ』2005年7月号 特集記事より

特集ドキュメント

火星戦線1938――“あの夜”に放送されたラジオ劇は宇宙戦争の偽装だった


『火星侵攻秘録――影の戦争とアメリカ政府』

副題:“1938年、ラジオの夜に何が起きたのか”

(原題:The Mars Invasion Dossier: The Shadow War and the American Government

Subtitle: What Really Happened on the Night of Radio, 1938)


著者:ジョナサン・E・カーター(Jonathan E. Carter)

発行:2003年11月(アメリカ・ヴァンダーメア出版)


当初は一部の陰謀論者や放送史研究者のあいだでのみ話題となっていたこの一冊だが、インターネット・フォーラムやアーカイブ研究者による再検証の動きが加速するにつれ、静かな注目を集めている。


そしてこの夏、日本語訳版が翔月社ノンフィクションから刊行される。

それを機に、本誌では、同書で提示された数々の“未公開資料”を改めて精査し、「放送史に刻まれた一夜の真相」に迫る特集を組むことにした。


1938年10月30日、日曜日の夜。

アメリカCBSラジオで放送された、H・G・ウェルズ原作『宇宙戦争』のラジオ劇は、“火星人の襲来を本物と信じた聴取者がパニックを起こした”事件として今も語り継がれている。

だが、それは本当に“フィクション”だったのだろうか。


「あれはドラマではなく、実況中継だった」


そう語ったのは、かつてCBS放送の技師だった人物の孫である。

彼が残した証言とともに、我々は“放送された宇宙戦争”の裏側に踏み込むことになる。



◆第一章 封じられた夜――1938年10月30日


1938年10月30日、日曜の夜。

アメリカCBSラジオが放送した『宇宙戦争』は、後に「放送史上最大のパニック事件」を巻き起こした番組として語り継がれることとなった。


通説によれば、この放送を“現実のニュース”と信じ込んだ市民たちが、火星人の襲来に怯えて街を飛び出し、教会では信者が懺悔を始め、警察や消防には通報が殺到、病院には過呼吸や神経錯乱の患者が運び込まれた――。

こうした描写は、数十年にわたってジャーナリズムやメディア研究のなかで繰り返され、“群衆心理とメディアの危険な関係”を象徴する出来事として引用されてきた。


しかし、実はこの「全国的パニック」という神話自体が、虚構であった可能性が近年浮上している。


2000年代に入り、放送史研究者たちによって進められた再調査により、当夜の実態は大きく異なっていたことが明らかになってきた。

まず、当夜のCBS第1チャンネルのリアルタイム聴取率は極めて低かった。

同時間帯には人気番組『チャーリー・マッカーシー・ショー』(NBC系)が放送されており、実際に『宇宙戦争』を最初から聴いていた聴取者は、全体の数パーセントにとどまるという調査結果もある。


また、病院や警察、消防などの記録を精査しても、番組に直接起因する混乱や被害は確認されていない。

報道されたような“全米規模の避難”や“電話回線の麻痺”といった事象も、後追いで脚色されたものである可能性が高い。

つまり、後世に伝えられた「パニックの夜」というイメージは、実際にはごく限定的な反応に過ぎなかったのだ。


だが、それでも、“何かがあった”とする証言が、いくつかの地域に集中して存在する。

とくに注目されるのが、ラジオ劇において「火星人が最初に降下した」とされる地点、ニュージャージー州の小さな町・グローバーズミルである。


この町では、放送当夜、確かに複数の火災通報が寄せられていた。

地元消防団の出動記録には「草地で原因不明の発火」「金属片のような破片を確認後、撤収命令」などの記述がある。

また、電話会社のログには、午後8時15分から25分の間に“完全な無音帯域”が存在し、この時間に何らかの異常な電波干渉が発生していた可能性を示唆している。

地元紙の編集部には、複数の通報が寄せられていたが、それらは翌朝には「悪質な悪戯」として処理された。


そして、CBS放送局内でも、別の異常が起きていた。


『宇宙戦争』の録音は残っていない。

厳密に言えば、放送当夜に録音されたマスター音源は存在しない。

現在私たちが聴くことができる「オーソン・ウェルズの宇宙戦争」は、放送の数日後、再演されたものである。

つまり、あの夜に流れた“オリジナルの放送内容”は、公式には一切残されていないのだ。


これは当時の技術的な制約によるものだと説明されてきた。

CBSは1938年当時、磁気録音方式ではなく、録音盤(ラッカー盤)方式を用いており、録音機材が限られていたことから、すべての放送が記録されていたわけではなかった。


だが、本誌が独自に入手したCBS社内文書には、不可解な指示書が記載されている。

「1938年10月31日付 録音破棄命令」――そこには、“第3スタジオ”の名称と、特定の録音媒体ナンバーが明記されていた。


このスタジオは、通常の番組制作では使用されない設備で構成されており、

CBS内部でも「暗室(ブラック・ルーム)」と呼ばれていた録音専用空間であった。

スタジオログには使用記録がなく、なぜそのスタジオで録音されたものが存在するのか、その記録は一切存在しない。


さらに、CBS音響補佐として当夜勤務していたスタン・ブローディの遺族からは、

以下のような証言とメモが寄せられている。


「あの夜、第3スタジオの装置が自動的に起動し、ラインを開いた。

そこにあったのは、誰も知らない回線だった。

翌朝、軍の男たちがスタジオを封鎖し、録音盤を持ち去った。

替わりに、放送は“劇”であったという体裁を整えよ、という指示とともに。」


この証言が事実であるならば、我々が知る『宇宙戦争』のラジオ劇は、“再構成された放送”ということになる。

そして、もともと放送されたもの――それは劇ではなく、実際に何かが起きた現地の中継だった可能性がある。


なぜ録音は存在しないのか。

なぜ再現された録音に「これはフィクションです」と明示されているのか。

なぜ、グローバーズミルの住民証言や火災通報は、ことごとく“なかったこと”にされたのか。


その答えを探ることは、我々が知る放送史そのものの“書き換え”を追跡することに他ならない。

1938年10月30日。

この夜、アメリカの電波網に流れたものは、単なる演劇ではなかったのかもしれない。

“放送されてしまった現実”を、演技で上書きすること。

それこそが、この事件最大の秘密だったのではないか――。



◆第二章 沈黙の10分間――報道班の独断中継


1938年10月30日、午後8時10分。

ニュージャージー州グローバーズミル上空で、突如として閃光が走った。

続いて爆音、振動、そして広域にわたる電磁干渉。

電話回線や無線帯が一斉に乱れ、街灯が瞬時に消えた。

一部住民は、「空気が震えた」「鼓膜の奥に焼けつくような圧力を感じた」と証言している。


それは、偶然ではなかった。


この地点では以前から、不可解な短波信号が確認されていた。

軍直属の通信監視部門――ARES(Advanced Response to Extraterrestrial Signals)は、火星起源の可能性を含む“未分類天体電波”の観測を行っており、

すでに数週間前から、CBSに対し「技術協力」の名目で、ある要請を行っていた。


その協力に応じて、CBSは局内設備と連動した高性能中継車「ユニット7号」を現地へ派遣。

名目は「技術検証のための中継回線テスト」。

だが、内部文書では明確に「ARES指令網との同期試験」だと記されていた。


指揮官を務めていたのは、CBSの現役記者でありながら、元スペイン内戦特派員でもあったジョナサン・ヘイル(仮名)である。

火砲が飛び交う市街地からの無線中継を成し遂げた経験を持ち、ジャーナリストの原則として「判断は現場で下すべき」と語っていた人物だ。


そしてこの夜、ヘイルは再び“現場で”判断を下すことになる。


午後8時11分、ユニット7号が突如として高密度な電波干渉と音響的異常を検知。

直後、視界の奥に巨大な物体が降下するような様子が確認され、金属の軋む音、空気の収縮、そして焦げつく匂いが車内に満ちた。

木々がなぎ倒され、地面が隆起し、遠くで何かが“歩いている”ような音が響いていた。


ヘイルは即断した。

「これは事件だ。命に関わる。放送する。」


彼は迷わずマイクを取り、局との回線を開いた。

「……こちら、CBS特別中継です。臨時ニュースをお伝えします。

 ニュージャージー州、グローバーズミルにて、未確認の……攻撃と思われる現象が発生しています。

グローバーズミルにて、未確認の高熱爆発が確認されました。

繰り返します、これは演劇ではありません。現地で起きている実際の状況です」


この“臨時ニュース”は、そのままCBSの第1チャンネルを通じて全米に向けて放送された。


当時、番組表上では軽音楽番組が放送されているはずだった。

だがその音楽は流れず、中継車の声が割り込んだ。

緊迫した呼吸、叫び、衝撃音。

そして何より、ヘイルの抑制された声が“現地で何が起きているのか”を伝え続けた。


「あれは人じゃない……歩いている……いや、生きものじゃないぞ……!」

「熱い……燃えてる……誰か、助けを──!」


その10分間に流れた音声は、演出ではなかった。

ヘイルと彼のスタッフが、現場で“本当に見ていたもの”を放送したものだった。


この音声の録音は残されていない。

だが、“放送されてしまった”ことは事実である。


CBS局内でも、中継信号の異常はすぐに把握されていた。

技術部は「ARESの専用ラインが開いている」と報告。

それでも、本局の一部スタッフや技師たちは「これは緊急報道に値する」と判断し、あえて遮断を遅らせた。

報道者としての矜持が、判断を支えたのである。


だが午後8時23分。

事態に気付いたARESから「中継停止命令」が直接本局へ届けられ、CBSの回線は強制的に遮断。

ユニット7号の音声は、そこで途切れた。


そして後日、この10分間の出来事は“演出だった”と処理されることになる。


ジョナサン・ヘイルの声は、ラジオ劇の一部とされ、再現録音によって完全に置き換えられた。

本当に放送された声は、記録にも、再放送にも残されなかった。

だが、今なお公式には「存在しなかった」とされているこの10分間は、真実がひとときだけ電波に乗った瞬間だった。



◆第三章 FCP発動――虚構化プロトコルの始動


「あれは放送事故ではない。

“現実が乗ってしまった”放送だった。

だが、あの夜以降、誰もそれを信じようとはしなかった」

――元CBS記録課職員・匿名証言より(1994年聴取)



午後8時23分、CBS第1チャンネルの放送は突如として切断された。

直前まで流れていた“臨時ニュース”の声は、その瞬間から電波上に存在しなくなる。


グローバーズミルからの報道は終わった。

だが、そこから始まったのが、本当の“情報戦”だった。


その背後で動いていたのが、ARES(Advanced Response to Extraterrestrial Signals)である。

これは軍の公式な編制には現れない“影の部局”であり、天体観測と無線通信傍受を名目に、地球外起源の信号や存在を監視していたとされる。


同書に掲載された1995年公開の断片文書「ARES-38C」には、次のような記述がある。


対象事象:MARSHARP

局所降下体/高熱域発生/三脚構造観測

記録保持不能区域におけるプロトコル適用

FCP発動を確認


このFCP(Fictional Cover Protocol)こそが、本章の核心である。


FCP――それは、「真実を物語に変換することで、現実の理解を塗り替える」ための隠蔽手段だった。

公的な説明・証拠・記録のすべてを、あらかじめ構成された“フィクション”によって塗り潰す。

“何が起こったか”を問われるよりも、“何が放送されたのか”を語らせる。

この情報操作の方法は、直接的な検閲ではなく、「形式による記憶の上書き」であった。


火星人の襲来。

三脚構造体の降下。

熱線による焼却と逃げ惑う人々。

それらの“報道”を、演出された“劇”にすり替えることで、現実を不可視化する。


この夜、ARESは、CBSに命令を出した。


――「先ほどの放送は“劇”であったという体裁を整えよ」


その命令を受けて、CBS社内ではただちに再演台本の作成が始まった。

元の音源は存在しない。何が流されたのか、全貌を知る者はごくわずかだった。

そのため、記憶と台本とを“整合”させながら、再構成された『宇宙戦争』が作られていく。


とくに重要視されたのが、「これは演劇である」という免責のセリフである。

再現録音の冒頭では、アナウンサーが次のように語っている。


「これはH・G・ウェルズ原作の『宇宙戦争』に基づくラジオドラマです。

架空のニュース形式を用いておりますが、実在の事件とは無関係です。」


再演録音の作成は、わずか72時間で完了した。

そして翌週、CBSは何事もなかったかのように、その録音を“再放送”として流した。

その放送を聴いた者たちは、前週の異様な放送内容と“同じもの”が流れていると錯覚した。


だが、違っていた。


そこには、ジョナサン・ヘイルの声も、ユニット7号の緊張感もなかった。

“臨時ニュース”はすべて演技となり、セリフは台本に準拠し、火星人の襲撃は、「H・G・ウェルズの空想」という前提で語られた。


こうして、真実は「演劇だった」という物語に上書きされた。


事実の伝達を使命として現地中継を行った報道班の声は、最初からなかったことにされ、後の放送史では「群衆パニックを引き起こした誤解」として記録された。


このとき、アメリカ政府とCBS、そしてARESが採ったのは、“報道の封鎖”ではなかった。

“記憶の再編集”だった。


事実の証拠は残らない。

だが、その場にいた人々の感覚は消えない。

だからこそ、物語が必要だったのだ。


物語という形式にすることで、真実は無害化され、娯楽に変換される。

それこそが、FCP――虚構化プロトコルの本質だった。


その夜、実際に起きた“火星戦争”は、物語としてのみ語り継がれることになった。


そして今、私たちが知る『宇宙戦争』とは、「フィクションという名の封印」にすぎないのかもしれない。



◆第四章 現場は存在していた――グローバーズミルの痕跡


「ニュースは劇だった」という形で塗り替えられた1938年の放送事件。

しかし、どれほど巧妙に“物語”で上書きされようとも、物理的な痕跡を完全には消し去れなかった。

この章では、ラジオの電波の外にあった“もうひとつの証拠”――すなわち、現場の異常に焦点を当てる。


舞台はニュージャージー州マーサー郡、グローバーズミル。

当夜のラジオ劇で「火星人が最初に降下した」とされた土地である。


当初、この地が選ばれた理由は“偶然”とされてきた。

ウェルズの原作に登場するイギリスの田園地帯になぞらえ、脚本家が地図から適当に選んだ地名だった――。

だが、本当にそれは偶然だったのか。

それとも、放送と事件は、同じ地で起きていたのではないか。


事実、グローバーズミル周辺では、放送当夜に複数の異常通報が記録されている。


消防団の記録には、午後8時13分に最初の通報が入り、続いて同じ地域から3件の火災報告が相次いだことが記されている。

出動した第2小隊の報告書には、次のような記述が残っている。


「通報地点に建造物なし。現地は草地であったが、直径12メートル以上にわたって黒焦げ状態。

地面が不自然に凹み、周囲に金属様の破片が散在。

着火源は特定不能。高温のため接近制限。

本部より撤収命令。記録は事故報告として処理。」


また、現地電話局が保有していた通信記録は、1974年の火災で焼失したとされているが、一部研究者は「故意の除去」を疑っている。


加えて、3名の住民が失踪している。

いずれも町外からの一時的な労働者であり、身寄りもなかったため、長く行方不明扱いとされていた。


これらの事象について、当局が示した公式見解は「隕石の落下による小規模爆発事故」である。

報道関係者の立ち入りは制限され、軍が72時間以内に現場を封鎖。

その後、周囲一帯は「不発弾の処理」「火薬庫火災」など、説明の異なる複数の記録が残されており、いずれも統一性を欠いたまま曖昧に処理されている。


特に注目すべきは、1978年に撮影された航空写真の中に、このエリアにだけ奇妙な円形の変色地帯が確認されている点である。

複数の農地が隣接する中で、直径20メートルほどの地面が濃く焼け焦げたように変質し、周囲の植生と明確に異なるパターンを描いていた。


地質調査では「土壌中の硝酸濃度と金属片成分が異常に高い」という結果が出ているが、このデータは公的には発表されていない。

関連する報告書のほとんどが、郡の保健局と農業局の間で行方不明になっているのだ。


さらにもう一つ、決して無視できない証拠がある。

それが、中継車「ユニット7号」の行方である。


この中継車は、ARESの指示のもとでCBSが運用し、事件発生時に現地から放送を開始した。

しかし、放送終了後、この夜の混乱のうちに通信が完全に断たれた。

以後、この車両は一切発見されていない。


公式記録上、ユニット7号は「試験運用中の誤作動によってデータ損失」とされ、事故報告の詳細は開示されていない。

目撃証言では、現地で「ミリタリートラックのような車両が焼け焦げていた」という話もある。

が、それに関する写真や記録は一切存在しない。

現場の新聞記者によるフィルムも、「現像機材の不調により未使用」として封印されたという。


このように、グローバーズミルには明らかに異常な“後処理”の痕跡がある。


火災があった。

失踪者がいた。

物理的痕跡が残った。

そして、それらが一貫して“曖昧化”されていった。


本当にラジオ劇が原因で起こった「思い込み」だったのか?

それとも、そこに――語られていない“もうひとつの戦争”があったのではないか?


火星戦線1938。

本書をきっかけにしたこの言葉だが、これほど多くの“痕跡”がある以上、もはやそれを単なる妄想と切り捨てるにはあまりに重い。


現場は、確かに存在していた。

ただし、それは我々が思っていた“舞台”ではなく、誰にも告げられなかった、実際の“戦場”だったのかもしれない。


なお、状況証拠からして、侵略者たちの侵攻は少なくともこの夜の早い段階で停止され、彼らは最小限の痕跡のみを残して撤退したと考えられる。

なぜ彼らはあらわれ、短時間で消えたのか――それは解明されておらず、本書においても謎とされている。



◆第五章 失われた中継班と“第3スタジオ”の謎


グローバーズミルからの緊急中継――

その記録は公式には「存在しない」とされている。

録音は残されておらず、放送ログも“技術的エラー”で断絶している。

あの現地にいた者たちは、今どこにいるのか。


先述のとおり、車両は一切発見されていない。そして、中継車「ユニット7号」の乗員5名のうち、3名は公式記録から姿を消している。


指揮を執っていたジョナサン・ヘイル(仮名)を含む主要スタッフ3名の所在は、放送翌日以降、明確に確認された記録が存在しない。

同年12月に提出された「人事整理報告書」では、「健康上の理由による辞職」あるいは「異動」扱いとなっているが、その後、年金受給記録や死亡届といった行政書類の類がいっさい見つかっていない。


残る2名は局内勤務へ戻ったとされているが、いずれも翌年にはCBSを退職。

のちに行方を追った民間調査では、転職先や転居先の痕跡も曖昧なままとなっている。


これは単なる偶然なのだろうか。

あるいは、彼らは何らかの“口止め”を受け、その代償として姿そのものを社会から切り離されたのではないか。


こうした失踪の背景に浮かび上がってくるのが、CBS本局に存在していたとされる“第3スタジオ”の存在である。


スタジオ番号で言えば、CBSニューヨーク局には当時1番から5番までのスタジオが稼働していた。

それぞれ、ニュース・音楽・演劇・報道中継など用途が決まっており、番組記録も明確に残されている。


しかし、図面上には「Studio No.3(別称:Aux-3)」という別系統の構造が描かれている。

地下階の一角に位置し、音響遮断壁で完全に密閉。

扉は防音式の二重構造、出入口の鍵はメイン管理台帳に記録がない“特殊ロック”で、通常のスタッフでは開錠できなかったとされる。


このスタジオの使用履歴は空白だ。

年単位で放送記録が一件も存在せず、当時の番組編成表にも登場しない。

だが、内部の電源ログには、当夜8時台に強制通電が記録されている。


しかもその給電は、局内配電盤ではなく、「外部供給回線」から流入したものだった。

これは、スタジオ設備が局内とは別系統のラインに接続されていたことを意味する。

一部技術者の証言によれば、ARESが保有する暗号通信網との接続ポートが存在した可能性もあるという。


そして、この第3スタジオにまつわるもうひとつの手がかりが、故スタン・ブローディ(CBS音響補佐)の遺族の手元から見つかった1冊のメモ帳である。

そこにはこう書かれていた。

「当夜、3スタのラインが開いていた。」

翌朝、録音盤は封印された。

軍人風の男たちが来て、白箱を持っていった。

祖父(註:ブローディ)は黙って署名し、口を閉ざした。


この“3スタの干渉”が何を意味するのか、現段階では完全な解明には至っていない。

だが、この証言は、「局内のどこかに、ARES専用の送受信ラインが存在していた」ことを強く補強する。

あの夜、グローバーズミルの現場からのユニット7号の中継音声は、の第3スタジオに直送され、そのままCBSの送信ラインに流されたのではないか。



◆終章 「火星戦線1938」は物語ではない


それはH・G・ウェルズの空想だった。

三本脚の巨大機械。放射熱で街を焼き払う兵器。沈黙しながら進撃する異星の知性。


だが、それとまったく同じものを、「実際に見た」と語った者たちがいた。

それと酷似した音を「実際に聞いた」と証言する声が、あの夜、全米に広がった。

そして、それが何であったのかを、いまだ明確に説明した者はいない。

それは空想ではなく、“観測された現実”だったのではないか。


1938年10月30日。

その夜、アメリカCBSラジオは『宇宙戦争』を放送した。

だが、それは演劇だったのか?それとも、戦争の実況中継だったのか?


“パニック”は神話だった。

“劇”という体裁は、後から施された。

“中継”された音声は録音されなかったが、確かに電波に乗り、人々の耳に届いた。


それを「誤解」「フィクション」と思い込んだことで、我々は実際に始まっていた戦争の姿を見逃したのではなかったか。


もし、それが本当に事実だったとしたら。

火星からの存在が、実際にあの夜、グローバーズミルに姿を現していたのだとしたら。

そして、その瞬間を人間の手で“物語”へと変えてしまったのだとしたら。


――「あれは劇だ」。

そのたったひと言で、現実は過去の“演出”へと堕ちる。


その瞬間、熱線で焼かれた町は脚本の一節となり、

声を上げた中継員は俳優と化し、放送された出来事そのものが、歴史からは削除された。


だが、録音は存在した。

ARESによって回収されたそれが、破棄されたとする証拠は存在しない。

つまり、それはいまも、どこかにある可能性がある。


たとえば、軍の地下の未整理資料倉庫。

アーカイブ番号の欠番。

封印されたリール缶。

いまなお開かれることのない、ひとつの箱。


その中に、あの夜の“もうひとつの放送”が残されているかもしれない。


それを聴くことが許される夜が、もう一度、来るかもしれない。

あるいは、二度と来ないかもしれない。

だが、それを求める者は確かにいる。


我々がいま手にしている「物語」とは、真実を封じるための密閉された形式に過ぎなかった。

火星人の襲来はあった。

ただし、それは“物語という檻”の中に収容されたのだ。

いま我々が読む小説、聴く劇、観る映像の中に、かつてあった現実の戦争が眠っている。


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付録ビジュアル:

「グローバーズミルの焦土跡」航空写真(1971年)

「第3スタジオ」設計図/照明系統図

中継班ユニット7号の集合写真(失踪前)

火星信号の波形解析グラフ

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