第3話 影に揺れる想い

 ――裏界の空は、深紅の星々がガラス細工の様に不規則に瞬いていた。風の匂いは血のような鉄錆か鼻腔を刺激する。砂塵は硝煙を混ぜ合わせたように鋭く、悠真の肌を刺す。


 それでも――隣に黒瀬怜司が立っている。その事実だけが、心の奥で恐怖を押さえ込んでいた。


「虚狼を倒せたのは偶然じゃない。お前の力は本物だ」


 怜司は冷静に告げる。漆黒の闇の底の様な黒き刃の剣を手の中で消し、まるでいつものクールな同級生に戻ったかのように見えた。


「でも、なんで俺なんだよ。昨日まで普通の高校生だったのに」


「選ばれた理由はまだ分からない。だが――」


 蒼真は言葉を切り、悠真を見つめた。その瞳は凛と澄んでいて、どこか熱を秘めている。


「俺が守る」


 心臓が跳ねた。息が詰まる。


 戦いの緊張感と、目の前の言葉の重みが重なり、悠真はうまく答えられなかった――




 数日後、現実の学園では期末試験を控え、廊下も図書室も勉強ムードに包まれていた。


 けれど悠真の意識は、教科書よりも「裏界」のことばかりを彷徨う。


「おい悠真、寝不足か?」


 昼休み、怜司が弁当を広げながら声をかける。


「そ、そんなことない」


「顔に書いてある。……また昨夜、夢を見たな?」


 図星だった。裏界の赤黒い空と虚狼の影が眠るたびに夢の中に現れる。


 そして、その隣には必ず怜司がいた。


「夢っていうか……思い出すんだよ。あの時、お前の手を握った感覚」


 つい口にした瞬間、悠真は顔が熱くなるのを感じた。


 怜司は少しだけ笑みを浮かべた。


「なら安心だ。契約は強固になっている」


「け、契約って……そういう意味で言ったんじゃ……」


 悠真の声は途中でかすれた。周囲の喧騒が遠ざかり、二人の間にだけ違う空気が流れる。




 放課後、再び図書室に集まった二人は〈アストラル・システム〉のヘッドギアを装着し仮想空間である“裏界”へ足を踏み入れた。


 今日は校庭が歪んだように広がり、グラウンド中央には黒い石柱が立っている。その周囲を、数十匹もの影の鳥が旋回していた。


「試練だな」


 怜司が剣を呼び出し、目を細める。


「俺の剣じゃ全部は倒せない。悠真、お前の矢が必要だ」


 悠真は深呼吸して弓を構える。影の鳥たちが一斉に叫び声を上げ、黒い羽を広げて突撃してきた。


 矢を放つたびに銀の光が走り、闇を裂いた。


 だが一羽、悠真の死角から迫る。


「悠真!」

 怜司がすかさず体を寄せ、肩を抱くように引き寄せた。


 刃が振るわれ、鳥は影ごと消え去る。


 抱き寄せられたまま、悠真は硬直した。


 至近距離で聞こえる蒼真の息遣い。額に触れる黒髪の影。


「……大丈夫か」


「あ、あぁ……」


 戦いの最中だというのに、心臓が異様なほど高鳴っている。矢を番える指先が震えるのは恐怖のせいなのか――それとも。


 やがて鳥の群れはすべて散り、石柱も砕けて光の粒子へと変わった。


 二人だけが赤黒い空の下に残された。


「……やっぱりお前は強い」


 怜司が小さく言った。


「俺一人じゃ、この先は進めなかった」


 その声が妙に優しくて、悠真は胸が痛くなるほど嬉しかった。


 自分はもう、ただのクラスメイトではない。怜司と並んで戦う“相棒”になったのだ。


 だが同時に、心のどこかで――「相棒」以上の想いが芽生えつつあることに、悠真自身が気づき始めていた。

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