第2話 指令

 「あなた誰なの?」ストーカー? 一瞬頭をよぎるが、私にそんなおぞましい影は存在しない事はわかっている。何なら恋人なんて高校三年生以降できたことがない。


 「…………地球時間AM12:00……オールクリア……ああ、なるほど……」


 その声は、男でも女でもない中性的、いやもっと毒気のない声、まるで声の特徴を持たない少年のような少女のような声だ。それが地球時間? それにさっきはもっと物騒なこと言っていた「地球を破棄する」と、声の質からSF好きの少年による悪戯電話でわないかと期待する。

 

 「咲洲誉さきしまほまれで間違いないか?」


 ドンと胸を内側から叩かれる。心臓が胸を突きやぶりそう、何で? 何で私の名前知ってるの?


 「え、あ、はい……やいや、何で私の名前を?」


 「今からそちらに出向く、公衆電話内から退出し、待機せよ」


 ぶつり、と粗暴な切断音が鳴る。待機せよって、何よ馬鹿馬鹿しいずっと命令口調で、しかも子供みたいな声で言われると余計に腹が立つ。


 がちゃんと受話器を粗雑に戻す。すると、それ

がきっかけのように電話ボックス内の昼光色の蛍光灯がチカチカと音を立て、天井の蛍光灯を見上げると光は徐々に発光を強め、たちまち昼間よりも明るくなり、目も開けられなくなる。耐えられず手探りで扉を開け、転げるように外へ飛び出した。


 「なによこれ!?」


 電話ボックスは目を覆いたくなるほどの光で、その発光はものの数秒でゆっくりと光量を下げボックス内が露わになる。


 私は目を疑った。ボックス内が発光していたのはほんの数秒で、私以外の出入りなどまったくなかったはず、なのにボックス内に人影が現れた────茫然自失に眺めていると、人影はボックス内の扉に手をかけゆっくりと、こちらに配慮しているかの様に丁寧に扉を開けて、小さな歩幅で私に歩み寄る。


 私は尻餅をついた状態で眺めてはいるが、どう見てもその人影は私よりも小柄で、華奢だ。まるで小学生くらいの風体。私の前で後ろに手を組み、見下ろされている。その顔貌は小学生相応の顔つきで、言っては何だが日本人特有の幸薄い顔、特徴と言った目立つパーツもなければ、服装も無地の灰色の長袖トレーナーに黒いハーフパンツで目立たない。唯一、蛍光黄色に流線的な黒のラインが数本入ったスニーカーはやけに目を引く。



 「自我の発達が少々遅いようだが、生命体としての生殖機能も正常値、これといった精神異常も障害もない健常者、個体として成熟期に達しているが、出産経験もなければ未婚。地球特有の生物多様化によるものと推察、脳は今だに肥大化を続けている……状態はやはり芳しくないとみて間違いなさそうか、残念だ、とても」


 その少年は尻餅をついた私を、醒めた目で見下ろして、訳のわからないことを言っている。明らかに私の方が年上なのに訳のわからないことで残念がられているのが腹立たしい。その期待のない眼差しは私をくまなく観察してため息をつく。


 「君、何なの? 失礼だよ悪戯に出てきて大人を揶揄うのは。ていうよりこんな時間に何してるのかな? もしかして家出?」


 酔いも一気に冷めて体の土埃を払いながら起き上がる。少し驚いたけど、相手は小学生っぽいし迷子とかなら警察にいかないと。


 「大した知見もないのに随分と虚勢を張っているようだが、ワタシにそんな気遣いは無用だ」


 異常事態に、無理やり冷静に振る舞おうとしている事はお見通しのようだけど、大した知見もないって言い方が鼻につく。


 「……ああそう、この辺は不審者も多いから君みたいな小学生? あっという間に攫われちゃうよ。それが嫌だったらさっさと家に帰って」


 脅かすつもりで、小学生らしい反応に期待したつもりだったけど、無反応も甚だしくなるほどの無表情である。


 少年は私が座っていた木製のベンチの方を指差す。それにつられて私の視線もベンチに移る──浮いてる。ベンチが地面から数十センチ浮いているのだ。音もなくフワリと、浮遊している。私が呆気に取られながらも少年を見返す。少年は指差した手を広げ、まるで林檎を握り潰すような動作をすると、バキバキッバキッと何かが何度も折れるけたたましい音がベンチ側から聞こえる、そちらを見やると、浮遊していたベンチが中空で見るも無惨に粉々に砕け、大小様々な破片が浮遊しているのだ。


 それは映画やテレビで観たことのある宇宙船内部の映像と酷似している、フワフワと回転したり力のかかった方向に飛んで行ったりと、まるで無重力状態──息をする間もなくそれは力無く地面にガラガラと落ちていく正確には重力がかかって? ほんの十秒程度の出来事。


 「この通り、攻撃手段も搭載済みだ。防衛に関しても同様、アンチマテリアル系の弾丸も通しはしない。性能については申し分ないと言っておこう──咲洲誉よ六十万四千八百秒いや既に二百八十秒経過、精査官到着まで六十万四千五百十六秒だ」

 

 少年は自分の頬を軽く引っ張り謎のアピールをして長ったらしい数字をツラツラと喋る。この少年が本当に目の前のベンチに手も触れず破壊したのなら、これは夢だ、間違いなく酔っ払って眠ってしまったに違いない。じゃないと説明できないよ、こんなの、だって電話ボックスから電話なんて絶対にかかってきやしないし、少年も何の予兆も気配もなく電話ボックスから現れるし、極め付けに宙に浮くベンチ……おまけに粉々にして見せて、超能力? SF映画の撮影に巻き込まれたエキストラか何かなの私は?


 「……馬鹿げてる。なんなのさっきから支離滅裂で話も通じないし、訳わかんない数字言われたって意味わかんない。その時間はいったいなんなの! 私に何か関係あるの!?」


 少年はうんざりしたような、いや実際は顔の表情筋ひとつ動いてなどいない、ただそう感じた、あるいはそんな空気感で私を見つめて口を開く。


 「終末さ、人類の滅亡と言ってもいい。執行の時がきたのだよ、起源回帰も人間にはないものと思った方がいい──だがその結果を決めたのはワタシではない咲洲誉、君の判断でもある」


 「は? 終末? 滅亡? 起源回帰? 何言ってんのバッカらしい。あー、そっか、あれね最近小学校か何かで流行ってるんでしょ! 珍しいね、最近の子なんてSNSとかゲームとかばっかでしょ。でもあったなぁ噂話広めるやつ、チェーンメールみたいなやつだよね? 懐かしいな、あはは──……それで何で、私の判断なの?」


 「君である必要はあったが君になったのは。特定の人間にするということもできたのだが、ランダム性に任せたのは我々だ……しかし、まさかここまで人類史の汚点のような人間に成っていようとは思わないわけだが、仕方ないブラウン運動の結果だろう──そして選ばれた君はこう言った『消えちゃえ全部』と」


 私が言ったであろう部分だけ私の声そっくりな声で喋っていて、まるで録音された声を再生されたみたいで、気持ち悪さと、ますます人間ではない存在なのかもと思えてくる。


 「……じゃあ私は、たまたま選ばれたってこと? しかもそんな感情に任せて言っただけの言葉を鵜呑みにするなんて……地球滅亡とかも眉唾だけど……でも」


 私が動揺を隠せずたじろいでいると少年は変わらずの抑揚のない声で慈悲を与えてくれた。


 「咲洲誉。精査官の人類精査が始まれば、世界人口の一割も残らずに殺処分される。だがワタシは精査官統括である前に元は保守派だ。役六十万秒、地球期間一週間の間、君に付き添い、現場での判断を最重要決定事項にし咲洲誉が下した判断が正常か、この目で確かめその上で精査官投入を検討しよう」


 年端も行かない子供とは思えないおごそかな口調に超能力まがいの能力、信じるべきなのか否なのかわからない。私の嫌いな日常を生み出す他人達の生き死にを私が握っているってこと? もし本当ならそんな重大な決断、できない……。


 「いったい、あなたは何なの?」


 少年は何の躊躇いも衒いも外連もなくこう言った。

 

 「君たち人類の管理者であり超越者──平易に宗教的な名をようするのであれば、さしずめワタシタチは『神』だろう」

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