第24話 絶対になるんだ

「私、少しお話したの。どんな風に切ってほしいのか。そしたらね…」


「その子が言ったの。僕は生まれ変わりたいんだって。かっこよくなりたい。笑えなくても、毛が黒くて表情が読み取れなくても。新しい環境である八色で、もう後悔はしたくないのだ…と」


「後悔…ですか」


「そう。だから私、かっこよくしたの!」


「すごい、さすがプロ」


「引っ越してくるまでに、笑顔の練習をたくさんしたって、言ってたから。それが映えるように、目の周りや嘴の付け根なんかを、いい感じにカットしたの〜!そしたらね、すごく喜んでくれて。これで春からの学校も大丈夫だって。それからもね、その子は定期的にここに来てくれて。私に絵をプレゼントしてくれたの〜!!一生の宝物にするって決めた」


 ……そうだったのか。


 自信がない自分への決別。笑うためのカット。強い思い出。憧れ。


 それらをすべて無かったことにした、大切なヒトの存在。


 紅葉の大切なヒトが、自分なのではないかという自惚れもあった。何故なら僕が、紅葉のことが大好きだから。けど、彼が本当に僕のことを大切なヒトと思うなら。


 絶対にトリミングプランシートを捨てたりしない。


「………っ」


 泣きたい。けど、泣かないって決めたんだ。きっと失敗する。それでも、泣いたらダメ。


 それは、失敗してしまった時に取っておかないとダメなんだ。


 ある時期から、家族にも隠れて、自分で毛を切っていた。当たり前だけど、ガタガタになった。それが、僕が登校拒否を起こすようになった原因の一つ。思えば自業自得も良いところだけど…


 大学生を手前にして観念した僕は、チェーン展開しているトリミングショップに行って、普通に切るようになった。


 八大に入っておけば?と言われたので、その通りに勉強して八大に入った。八大レベルのヒトに追いつくための勉強はそれは大変で、成績的にギリギリで。それなのに、何の目的意識もなく入ったこの場所で上手くやっていけるのか?


 その不安は、一瞬にして消し去られた。


 紅葉が居てくれたからだ。そして、夏目も囲炉裏も、面白くて、今では大切な友達だ。


 けど過ごしていく中で、漫然とした不安が、少しずつ大きく育っていたのを感じた。紅葉が八大に、居るはずがないんだから。だから─


「おっす。辛気臭い顔してんね〜」


「……ええ!!??夏目ぇ!?どうしてこんな所に!?」


「どうしても何も。明日夏祭りだろ?」


 夏目が、突如隣の頭髪カット席に現れた!当然、すでに服を脱ぎ捨て、カットクロスを羽織っている。それに追従して、もう一人。


「おおキミたち。ブルドッグ以外で会うのは初めてかの?いや、ここも店の名前はブルドッグじゃが…ややこしいのぅ」


「マスターまで!?どういうことですか!?」


「いやぁ〜、夏目くんにトリミングを頼まれての。実はワシも、個人的にトリ師の資格を取っておるのじゃよ〜。言葉さんと違って、犬猫しか資格を持ってはおらんがの?そういうわけ」


「あら。久しぶりで腕が鈍ってないかしら?清さん」


「ふっ……そう簡単に衰えたりせんわい。コーヒーもお菓子作りもトリミングも、一生現役じゃ」


「頼もしい。そしたら、そこにあるシェービングフォーム、取ってくださる?」


「お安い御用じゃ。言葉さんの頼みとあらば」


 キャッキャウフフで共同作業する(ただしペースは崩れない)二人。まもなく、マスター…もとい清さんによる夏目のカットも始まった。


「スポーツカット(猫獣人標準)じゃな?」


「ええ。お願いします。ああー、紅葉のことなんだけどさぁ」


「………どう言ってた?」


「夏祭り、出るって」


「そっか、良かった…骨の方は?」


「完治したってさ。どこにも異常なし。さすが父さん…と言ったところだね。」


 ご先祖の影響で、紅葉は骨密度が低い。ムキになって組み合ってしまった結果、彼の肩の骨の一部が、ヒビ割れてしまっていたらしい。


 それが判明した後、僕は青い顔をして向かい、それから何度も、お見舞いに行った。


 行く度に、彼は、今までになく情けなく笑って…


「……………ありがとう。ごめんね」


 そう、弱々しく呟いていた。


 日を追うごとに、彼からは笑顔が消えて行って。


 まるで昔の僕のように無表情になっていった。それがあまりにも辛くて、疎遠になっている僕を気遣ってか、夏目が、そして囲炉裏までもが、彼の近況報告をくれるようになった。


「いや、しかしあの日は驚いたよホント。なんか…殺人事件現場?みたいだったし。それにしても、二人が無事で良かった」


「夏目こそ。あの後、冷静に僕たちを病院に運んでくれて、それからご飯を差し入れてくれて…」


「え?良いの良いの。最初から4人分だったわけだし。余らせたらアレだからさ」


 肩のヒビ割れを治療して、短期入院が決まった日。時間も押して、同じ病室で…という訳には行かず、離れ離れでご飯を食べた。


 病院の待ち合いの椅子で不安がる僕を、夏目と囲炉裏は口々にフォローしてくれた。


「春陽〜。やっほー。俺の特製鶏ささみ蒸し〜特製ノンオイルドレッシングとブロッコリーと卵を添えて〜を食べるかい?」


「えっと…じゃあ、自分の、病院の売店で買ってきたオイルたっぷりカレー入り揚げパン〜乳酸菌入り炭酸飲料を添えて〜も食べるかい?」


「いや、それカレーパンとカル◯スソーダやないかーい!って………あはは………とにかく!水分くらいは摂れよ。なっ!」


「ああ、滑ったの誤魔化した!コイツ、なぁ!なんか言ってやれ、春陽………えっと………うん。右に同じだ」


 とか言って、二人ともペットボトルをくれたっけか。


「夏目!紅葉は!………笑ってた!?笑えてた?」


「……………」


 空気を感じ取ったマスターがハサミを止めて頭から離す。夏目は目を伏せて、フルフル、と首を横に振った。


「そう………」


 






 


 


 


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