第22話 この世の終わり
一方その頃、買い出しに出た二人。並んで歩き回り、カゴを持たされた囲炉裏が、もう10分はフラフラ歩き回っている夏目に問いかける。
「………えーー、ああ言って出たはいいけど何買うか決めてるの」
「いや、全然…」
「えぇ!?」
「単に二人きりの時間を作ることが目的だったものでね〜。紅葉んちまで戻る時間を考慮するなら、もう10分くらいしか居られないか」
「料理得意なんでしょ?」
「ああーまぁね?しっかし、2人合わせて予算が1500円、それで食事4人分。しかも食べ盛りの大学生男子相手にだぞ」
「でもああは言ったし、何も買わないってわけには」
「それは…今頭の中で色々決めてんの〜。あ、ほらみろ」
裏から出てきた店員さんが、割引シールを持っている。
「キタキタ…コイツを待ってた!ここからなんかいい感じに惣菜をピックして、なんかいい感じに野菜とか加えて、なんかいい感じに野菜炒め定食みたいな感じにする!」
「ふわふわしてるね」
「いーんだよ俺は調理師免許とか持ってるわけでもない素人なんだからさ。取り敢えずたまごとか買うか…」
卵パックをカゴへ。続いて、割引シールの貼られた惣菜と、野菜炒めに使う野菜や味付け用のシーズニングなんかを迷いなくカゴに入れていく。
「夏目はさ〜。いいヤツだよな」
「え、なに急に褒めて。持ち上げても予算は増やさないよ?」
「いや、そうじゃないよ。自分は本当にそう思うことしか言わない。そう決めたから」
「にしたってなんで今なのさ。でも、ありがとう」
「すごくナチュラルに気にかけてるじゃん。どう?春陽は倒れそうかな?」
「心拍数は上がってるけど…まあ良いでしょ。アイツここしばらくは倒れてないんだ。なんか、イチャイチャしてんじゃない」
夏目は、春陽の詳しい心中までは知らない。
話し合いを済ませて、なんかくっついてるでしょ〜くらいの認識のようだった。
「夏目も紅葉も、正直だけど。何か隠している。具体的には分からないけど」
「え、お前生き物の形したウソ発見器?そりゃ、誰だって秘め事くらいあるだろ。ハイ買い物おしまい!レジ行くぞレジ」
「ふーん」
一直線でセルフレジに向かい、会計を済ませる。囲炉裏が持とうかと気を利かせたが、夏目が買い物袋をダンベル代わりにすると主張しつつ、感謝を述べた。
大小さまざまな一軒家やアパートが立ち並ぶ八色の町並みを、夕日が照らす。
「空が、オレンジと深い青のグラデーション…とてもキレイだ」
「ふうん。囲炉裏もそういうロマンチストみたいなこと言うのな」
「なんか失礼じゃね?お前」
「おっと。意外だったからさ。…あのな囲炉裏」
「何さ」
穏やかな坂道をゆっくりと歩きながら、夏目が珍しく遠い目をしている。
「俺は自分を改造してきたんだ」
「え、サイボーグ的な…?」
「いやちげぇわ。鍛えてきたとかそういう話ね?色々大変なんだよ。男で三毛猫ってのはさ」
「あーーー……なるほどね。ハイハイ」
「面倒事を避けるために、一発で男って分かってもらえるように、毎日筋トレして、ハキハキ喋るようにして。毎日、意識して笑って。それって…めちゃくちゃ楽しかったんだ!今は、それが日常の一部になってる。それは、嘘じゃない」
「……ごめんな。自分、お前と会ったときに……」
「ああ、良いのいいの。本当に気にしてないから」
囲炉裏は、自分がオスの三毛猫なんて珍しいと発言したことに対して、罪悪感を抱いていた。
「けどさ。俺、春陽が嬉しい時に笑うと、なんか…こう、心臓がぎゅってなってて。最近、わかったことがある」
空の、オレンジと暗闇の比率が少しずつ変化して、一番星が輝き始める。
「春陽は、普段表情が死んでるときもあるのは…まあ否めないけど。この上なく素直に笑う。ドキドキしたら、倒れてしまうくらい、挙動不審になる。俺は自分のあり方が、嫌いってわけじゃない。でもそれって、すごく…良いなぁって思うんだ。うん、うまくいえないけど」
「夏目…」
囲炉裏は、感傷に浸る彼の横顔を覗く。彼は…泣いても居なかった。ただ、何か大切な宝物を見つけた時のように、晴れやかに笑っていた。
「俺は春陽の笑顔が好きだ。だから今後の人生で、1回でも多く笑って欲しい。そう思ってる。そのためにできる事があるなら、俺は自分が喜ぶっていう私利私欲の為に、なんだってするさ」
「へぇ。そっか」
「俺が何か隠しているとしたら、それは昔の、弱かった自分の事だと思う。囲炉裏」
「なんだ」
「俺はお前のことも好きだ」
「浮気性かな?」
「違うよ。お前の話も、いつか聞きたい」
「え、そう?いや…別になんも面白くないよ。」
「いやいや、同じ宇佐美ちゃん推しとして、ね?」
「そっか。ま、それはもっと仲良くなったらかな」
「囲炉裏が真面目な顔をしている!」
「あ?悪いか!」
「いや悪かねけーどなんか気持ち悪いなって…」
「はぁ!?お前…じゃあ荷物は自分が持ちまーす」
「あ!筋肉の声が!」
「筋肉が声を発するわけねーだろ」
「鍛えれば聴こえるんだよ!囲炉裏も鍛えたらどーだ……」
楽しそうに、騒ぐ二人。そうこうしている間に、紅葉のアパートの階段の前に辿り着く。
「さて、きっかり30分だな」
階段を登り、2階へ。その一角が、紅葉の部屋だ。
「おーい。帰ったぞ〜。開けて〜。アレ」
鍵は空いている。家主がそのままでいいと言ったためだ。
「勝手に入るぞ…?」
反応が無い。
ザワッと、凄まじく嫌な予感がする。
「…おっ、おじゃましまーす……」
ざわつく静寂。囲炉裏も、息を飲んでだまりこくる。その向こうの1枚の扉を開けたら、そこに2人がいるはず。
「…………」
電気がついていない。嫌な予感がする。
「入るぞ……良いのか」
扉を開ける。
夕日に照らされた薄暗い部屋に、二人は居た。
「……………………!春陽、紅葉………?」
ひっくり返ったような声を出す夏目の後ろから、囲炉裏が顔を出して、目を見開く。
「………………………え、なにこの、この世の終わりみたいな状況…………」
舞い散る、破れた紙類。毟られたであろう羽根と毛。切り傷から血を出して、虚ろな目をした二人が、距離を置いて壁に縋っていた。
「何が…………起きたんだ…………?」
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