なんとか魔術師かーど〜しよう?
相生蒼尉
第1章 やっぱりクリーンな世の中が一番
第1話 なんとか魔術師って何? え? わからないの?
「おらあっ!」
「くっ!」
ボク――シーアルドは孤児院の同い年の男の子であるソードアークとの熱闘を繰り広げている。
……といっても、木の枝でのチャンバラだけど。
子どもの遊びでしかない。でも、ソードアークにとっては訓練でもある。つまり、かなりめんどうくさい。
でも、これは我慢しないといけない部分だ。めんどうくさくてもやらないとダメなこともある。
ソードアークと同い年の男の子はボクしかいない。
このチャンバラをやらなかったら……同い年のソードアークとの関係が悪くなる。
そうすると、それ以外の時間もいろいろとめんどうくさいことになる。簡単にいえばソードアークにからまれる。
だから、我慢する部分だ。
一番めんどうくさいのは……人間関係が乱れることだから。
本当は誰にも頼らず、関わらず、ひっそりと生きていけたら一番いい。
戦争で親が死んで孤児になった時点で、血のつながった家族ではない人たちとの共同生活がはじまった。
まだ幼かったボクにとってそれはどうしてもさけられないものでしかなくて。
ボクはどうすればめんどうくさい人間関係をうまく受け流していけるのかを実体験として学んできた。この孤児院という小さな建物の中で。
ソードアークとのチャンバラもそのひとつだ。
チャンバラという場面においてうまい具合にソードアークを満足させることで、その他の場面ではソードアークといい感じにすごせるようになる。
接待とか、おもてなしともいう。院長先生から学んだ大人の言葉だ。
だから、本当はめんどうくさいと思ってるけど、ソードアークとのチャンバラは我慢しないといけない部分になるのだ。
明日、ソードアークとボクは、もうひとりの女の子であるエリンと一緒に神殿へいくことになってる。
神殿では職業――ジョブが授けられる。
14歳になって女神像の前で祈りをささげると神官さまがジョブを教えてくれるらしい。
それ以上にくわしいことはやったことがないからよくわからない。人生で一度だけのことみたいだし。
そして、ジョブを授かるとそのジョブをいかした仕事をはじめるために孤児院を出ていくことになる。
可能な限り、人と関わらなくていいジョブがほしい。めんどうくさいから。
孤児院を出たあとは……ひとりで行商でもして生きていけるような、そんなジョブでいい。行商にも危険はあるかもしれないから、ボクも少し訓練が必要だろう。
孤児院を出て働く日が近い。
だから、これがソードアークとの最後の勝負だ。
……正直、ソードアークの相手は本当にめんどうくさい。
何年か前に、はじめてソードアークとチャンバラした時に……たまたまボクが勝ってからずっとソードアークににらまれながら挑まれてる。
だから、時々わざと負けることでソードアークを満足させるようにしてる。
負けすぎるとえらそうにしてきてうっとうしいから、ずっと負けるわけにもいかないのが本当にめんどうくさいのだ。
ギリギリの勝負をうまく演出しないとダメっていうのが大変。
今日は最後だし、ボクが負けておこうとは思ってる。
これで二度とソードアークとのチャンバラをしなくていいと思えば負けてやることなんて気にならない。元々そんなに気にしてないともいう。
「そらっ!」
「ふんっ!」
でも、頭を狙ってくる一撃はさすがに受けたくない。
それは確実に防ぐ。
ボクは反撃でソードアークがよけられるように頭を狙う。
そして、ソードアークはそれを笑いながらかわす。
「甘いぜ! どりゃあ!」
「うっ……」
ソードアークが横に振った木の枝をぎりぎりでかわせなかったようにみせて、脇腹に一撃を喰らう。
木の枝の先だからほとんど痛みはない。痛いフリ。
先の細いところがかすっただけだからだ。
「やられた……」
ここで、くやしそうな顔。これが大事。
ボクがくやしそうな顔をするとソードアークが満たされていく。
「へへっ。これで387勝377敗だ。オレの勝ち越しだな!」
「……ソードアークは強いな。かなわないよ」
満足そうなソードアークに対して、ボクは負けを認める演技をする。
そういうのもソードアークは嬉しそうだ。
もっとギリギリの勝敗差にすることもできたけど、このくらいでたぶんちょうどいいはず。
ソードアークにライバルと思われながら、それでいてソードアークの方が少し上という感じ。
これが大事なのだ。
ボクの方が弱すぎると……日常的にものすごくめんどうなことになるし、ボクの方が強いともっとめんどうくさくなってしまうから。
「おまえもなかなかのモンだと思うぜ。きっとオレたちのジョブは『剣士』で、この町の衛兵になれるって!」
「ボクはもっと平和なジョブの方がいいかな……衛兵とかにはなりたくない」
ボクがわざと負ける演技をした上でソードアークをうまくいい気分にさせないと、こういう感じにソードアークと認め合えるような関係にはなれない。
本当に難しいところだと思う。
こんなことをやってるボクってかなり嫌なヤツだと自分でも思うけど、こうでもしないとうまくやっていけない。
孤児院のようなせまい建物の中でも……人と人との関係はすごく大変だ。
外の世界はきっと、もっと大変にちがいない。
はぁ……女神さま。
できるだけめんどうくさくならないジョブをお願いします。
「ボクは……戦いはあんまり好きじゃないから……」
ボクもソードアークも……親を戦争でなくした孤児だ。
もうひとりの女の子であるエリンもそうだ。
正直なところ、『剣士』のジョブを手にして衛兵になりたいというソードアークの気持ちがボクにはあまりわからない。
そんなことを考えてると、ボクたちのところに女の子が走ってきた。
エリンだ。
「ふたりとも! 院長先生が呼んでるよ!」
「エリン!」
ソードアークが最高の笑顔をエリンに向けた。
ソードアークはエリンのことが好きなので……これもまためんどうくさい。
ボクとの関係で一番めんどうくさいところかもしれない。
孤児院でもうひとり、ボクたちと同い年の女の子、エリン。
ボクとソードアークとエリンの三人で、今日は神殿にいく。
一緒に院長先生もいくけど、それは親代わりということだ。
「すぐにいくよ。いこう、ソードアーク」
「ああ。楽しみだぜ」
ソードアークは本当に神殿でのジョブを楽しみにしてるみたいだ。
それは少しだけうらやましい。
ソードアークはそのまま走って院長先生のところへいった。本能的で……そこだけはちょっとうらやましい。
「大丈夫、シーアルド? ケガとかしてない?」
「大丈夫だよ」
ボクは心配そうな顔をしてるエリンの頭をぽんぽんと軽く触れた。
「えへへぇ……楽しみだね、神殿」
「そう、だね」
本当は楽しいとまでは思えないけど、エリンの気持ちには配慮したい。
ずっと孤児院にいられるわけじゃないのはわかってる。
でも、今日、神殿でジョブを授かったらすぐにでもこの孤児院を出ていかなきゃならない。
「どんなジョブかなぁ。ずっとシーアルド一緒にいられるジョブだといいんだけど」
「ジョブ次第だろうね」
「そうだね。うん。いこっ!」
エリンがボクの手を引いて走り出す。
当然、ボクも走るしかない。院長先生のところまで。
……院長先生も、他のみんなも、ボクがうまくやってる限りは優しかったから。これまでの地道な努力によって。
この孤児院を出ていくのはちょっとさみしい……。
ボクはソードアークみたいに、自分自身の未来を明るく思い描くことはできてなかった。
なにとぞ、なにとぞ、めんどうくさくないジョブをよろしくお願いします……。
「……ほう。これは、珍しい……」
「……神官さま?」
ボクが女神さまに祈りをささげると、神官さまがそんなことをつぶやきながら水晶玉をのぞきこんだのだ。
なんだか嫌な予感がした。珍しいとかいわれたし。
「……あの?」
「ああ、すまんすまん。かなり珍しいジョブが出たものでのぅ」
「かなり珍しいジョブ?」
「そうじゃ」
ボクは一気に不安な気持ちになった。
すごくすごく不安だ。
有名なジョブだと『剣聖』とか『賢者』なんてものもあるし、そういう珍しいジョブだったとしたらボクはどうなってしまうのだろうか?
耐えられる気がしない。きっと胃に穴があく。
めんどうくさくて大変すぎる。
「あの……それでボクの珍しいジョブって何ですか……?」
「ふむ。キミのジョブはのぅ、『なんとか魔術師』じゃ」
「……なんとか、魔術師……?」
「そうじゃ」
……意味がわからない。
火の魔術師とか、水の魔術師とか……そういう魔法の種類に関係する文字がついた名前がジョブになるという話を聞いたことはあるけど……『なんとか』って何?
「……『なんとか魔術師』ってどんな魔法が使えるんですか?」
「わからん」
「はい?」
「実はのぅ……『なんとか魔術師』の『なんとか』というのは未解読の古代神聖文字で書かれておるんじゃ」
……未解読の古代神聖文字? なにそれ?
「つまり……読めん!」
「えぇ……」
なんとかって……本当に読めないってこと?
この神官さまが読めないって話なんじゃないのか?
ボクはすごく微妙な顔をした。
読めないジョブとか、それだけでもう苦労するに決まってる。
これは確実にめんどうくさいジョブだ。
「これこれ、そう悪く受け止めるんじゃない。少なくとも魔術師であることはまちがいないんじゃ。学園都市にある魔法学園にはいかせてもらえるぞい」
「あー……」
別にいきたいわけじゃないけど、学園都市には興味がある。
ここ、シュタイン伯爵領の領都シュタインズゲートの孤児院周辺しか知らないから、他の町に対する興味はボクにもあるのだ。
勉強することは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。
それに、孤児院を出ていきなり働きはじめることを考えたら、学園都市で勉強できるのはありがたい。
勉強ならひとりでも打ち込めるし、その間は他人とあまり関わらなくていいなんて最高じゃないか。
「それにのぅ。『なんとか魔術師』は強力な魔術師になるぞい」
「強力な……魔術師……?」
……えぇ。
強力なのとか、別にほしくなかったんだけど。
ああ、やっぱりこれはもう、めんどうくさそうなジョブとしか思えない。
強い力なんてやっかいごとに巻き込まれる未来しかない。
「隣国のキイマカリーにおる『雷撃の魔術師』というのはもともとは『なんとか魔術師』じゃったそうな。それにクミンマサラ帝国の『空間の魔術師』もそうじゃったといわれとる」
……そもそも『雷撃の魔術師』も『空間の魔術師』もボクは知らないんだけど。
とにかく強力な魔術師になる……?
あぁ、ちょっと胃が痛くなってきたかもしれない……。
「……読めないのになんで雷撃とか空間とか、わかったんですか?」
「それはのぅ、実際に使えるようになった魔法からそう呼ばれるようになったんじゃ。キミにもそのうち新たな名前がつくじゃろうて」
ほほほ、と嬉しそうに笑う神官さま。
ボクはあんまり嬉しくないけど。笑えないよね?
「とにかく、魔法学園いきは決定じゃのう。伯爵さまも喜ぶじゃろう」
「領主さまが……?」
領主のお貴族さまが喜ぶとか……めんどうくさいことこの上ない感じが!?
「領地から優秀な人材が出るのは喜ばしいことなんじゃ。それに、今年は伯爵家のお嬢さまも魔術師系のジョブを授かっとるからのう」
「えぇ……」
そうだった。
孤児院にたまにやってくるアリスティアお嬢さまはボクたちと同い年だった。
どんどんめんどうくさいことになりそうな気がしてきた。
別にアリスティアお嬢さまのことは嫌いじゃないけど……。
「それに優秀な魔術師はいっぱいお金がもらえるぞい?」
……その部分だけは、嬉しいかもしれない。
ボクはそんなことを思いながら、『なんとか魔術師』になった。
どんなにめんどうくさそうでも、自分でジョブは選べない。
うぅ……胃が、痛い……。誰か胃薬をください……。
癒しが……癒しがほしいなぁ……。
その時、女神さまの像の足元がキラキラと光ってみえた。
……まさか女神さまが『なんとか魔術師』を祝福してるとか、そんなことはないよね?
神官さまはあの不思議なキラキラに気づいてないらしい。ボクの気のせいかな?
神官さまだけじゃなくて、他の誰もそんなところを見てない。
だからボクも気のせいだと思って、女神さまの像から離れた。
次の更新予定
なんとか魔術師かーど〜しよう? 相生蒼尉 @1411430
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。なんとか魔術師かーど〜しよう?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます