第2話 存在の証明

第二話 存在の証明


メモリアル・オリオン区の桜を二人で見てから1ヶ月後、竹原は古くからの友人が働いている養護施設に神崎と二人で訪れた。2044年、AIが社会不適合と認定した子供を施設に預ける親が増加した。社会不適合とみなされた子供が家族にいると家族全員のスコアが落ちるからだ。

神崎は竹原に尋ねた。なぜ、今日は養護施設に私を連れてきたんですか?あぁ、お前に社会から排除されている子達の現状を見せようと思ってな。

今後の社会において、排他をどう捉えていくかが課題の一つだからな。

排他、、ですか。多様性は受け入れられず同質性にこだわるのが今の社会ですね。個性的な個体、弱者は排除されていますよね。

そうだ。排他性は人間の本能でもある。だから、差別やいじめ、排除はなくならない。

だが、ある意味では排他は秩序を守るために必要なものでもある。

秩序ですか? 

あぁ。破壊的な行動や他の尊厳を奪うなどの行動を取る人間を排他しないとどうなる?

確かに、それは秩序が壊れますね。

だが、単なる個性の違いや考え方の違いで人を排他してはいけない。

そのとおりですね。今の社会は排他欲が暴走している状態ですか。

そのとおりだ。ここにいる子たち、どう思う?排除されるに然るべきか?

いえ、ここにいる子供達は、個性はそれぞれありますが排除されるような子達ではありません。むしろなぜ排除されたのかわからないくらいです。

そう。おかしな社会のおかしな基準に適合しなかった。ただそれだけなんだよ。ここにいる子たちの精神状態をどう見る?

はい。精神状態は一般的な子どもより平均的に乱れています。なかには深い憎しみを抱えてる子たちもいます。

これが排他だ神崎。よく覚えとけ。

はい。わかりました。排他は人を壊すんですね。

あぁ。それと神崎、お前に見せたかったのはあの子だ。

あそこで本を読んでいる子だ。あの子はいつも本ばかり読んでる。すごい美少女だろう。

ええ、なかなか見ないレベルの美少女ですね。

あぁ。それだけじゃない。彼女は今のAIに先天的異常個体の特級と判定されたらしい。つまり、異質中の異質ってことだ。両親に捨てられた可哀想な子だ。まぁみんなここにいる子は可哀想だが。あの子、お前の分析はどうだ?

はい。あの子をあらゆる角度から分析しました。非常に聡明で精神状態はかなり不安定。心に強い憎悪があることが見た目にも表出しています。人間の目から見たら普通の笑顔にしか見えないでしょうが。(神崎には、その笑顔が──まるで“心の裏に刃を隠した仮面”のように見えた。)

そして、、

そして?

彼女は。強いカリスマ性を有している可能性があります。歴史上の人物達とも一致する部分があります。

やはりな。それは良いことなのか?

ええもちろんです。世界を変えうる何かを彼女は持っている。それは都市のAIも分析で分かったのだと思います。

だから、今の世界を壊しうるものとして彼女を排除した。先天的異常個体の特級としてな。

残酷ですね。ああ。だがお前から見てどうだ?ここまでカリスマ性を有した奴は見たことないだろう?

はい。本当に稀にしかいません。(彼女を除いたらあなたくらいですよ)

ところで私のような分析が出来ない竹原さんがなぜ彼女の資質がわかったんですか?

いやっなんていうか、雰囲気かな。雰囲気というか存在感が他とまるで違うんだあの子は。誰に聞いてもそう言うだろう。

オレだけじゃなく、人間には他人の放つ空気感みたいなものを感じることができる。

そんな感知力があるんですか。

あぁ。ちょっと話しかけてみるか。あの子の名前はリナちゃんだ。

リナちゃんこんにちは、久しぶりだね。竹原だ。こっちはヒューマノイドの神崎。こんにちはリナさん。

こんにちは竹原さん、神崎さん。

リナは笑顔で挨拶した。

リナちゃん、何か困ったことないか?いつでも言ってくれよ。

はい、大丈夫です。

ありがとうございます。

でも、どうして竹原さんは私をいつも気にかけてくれるんですか?

いや、リナちゃんはきっと将来すごい大人になるよ。リナちゃんの周りには、いつかたくさんの人達が集まって誰よりも愛される存在になると思う。

私がですか?そんなわけないじゃないですか。どうしてそんなこと思うんですか?私が愛されるわけないですよ。

大人になればきっとわかるさ。

そうですか、、、

私はこの世界で最も価値がない存在ですよ。

笑顔でそう言い残してリナは自室に戻った。

まぁああ言うのも無理もない。そもそも彼女はAIによって異端として排除され、親からも捨てられたんだ。この施設でさえ国の管轄で、仕方なく子供を預かっているにすぎない。職員達からみても社会の厄介ものなんだ。その厄介もののなかでも特級個体だ。人の愛に触れたこともないだろう。

それは、確かにああ言うのも仕方ないですね。

リナは自室で考えていた。竹原さんとあのヒューマノイド、他の人達と何かが違う。竹原さんから感じる存在感は他の人にないものだし、あのヒューマノイドもなんか少し他のと違う気がした。でもなぜ竹原さんだけは、いつも私のこと、凄い大人になるって言うのだろう?気にかけてくれるのだろう?

だとしても、私は人間もAIも嫌い。大嫌い。憎い、この世界が死ぬほど憎い。

普通の人に生まれたかった。普通の人に生まれれば、私は苦しまずにすんだのかな。

読んでいた本を床にほうり投げ、ベッドに寝そべり天井をただ見つめていた。


2044年の初夏、スイは学校の窓から外を眺めていた。スイは学校に馴染めないでいた。というよりこの社会に馴染むことができたなかったのだ、能力の問題ではない。本人の気持ちの問題だった。この社会に違和感を感じて生きてきた。

学校なんて、いたくない。

なんでこんなとこにいなきゃいけないわけ?

ねぇ、もうやだよホントに。

大人しく型にはまる従順な人を作りたいだけじゃん。

勉強なんて何になるわけ?もう仕事なんてしなくていいじゃん。なんでAIがほとんどできるのに、働こうとするわけ?!

働かなくていいんだよ?だから、学校なんていらないじゃん。

みんなどうして違和感なく普通に笑って学生やってるの?

楽しいの?こんな無意味なこと。

その日の昼休み、担任からスイは呼び出された。お前、あらゆるスコアが低過ぎる。勉強に関しては悪くはないが、このままだと退学だな。このスコアじゃ誰も友達になってくれないだろう。いずれにしろやる気がないなら自主的に辞めた方がいい。

考えておけ。担任の態度は冷たかった。

スイは無言だった。

スイは思う、ねぇ、私たちって、評価されるために生きてるわけ?勘弁してよもうっ!!

スコア、スコア、スコアうるさいんだよ!馬鹿!!

なんで社会が私たちの価値を勝手に決めんの?

なんで他人に価値を決められなきゃ、生きちゃいけないわけ?

その日の午後の授業で、グループ分けが行われた。各自好きなメンバーでグループ分けするようにと指示があった。グループはだいたいスコアが同じレベルの人達がグループを作る。この時代、友達の作り方はスコアだ。数値を元に友人を作る。

案の定スイは孤立した。

いつもそうだ。期待もしてない。スコアが悪ければ友人すらできない。

いつから他人をスペックでしか判断しなくなっちゃったの!?それを普通としている世間の人達に失望するのは私だけ?すべてが数値化される社会で、人と関わるのに数字しか見ていない。数値が悪いからこの人と関わるのは辞めよう。友達作り、恋人、家族でさえ数値で判断。

こんな社会で生きていたくない。もう嫌っっ、、、

数週間後、スイは退学になった。

スイは退学になったことで親との関係も絶望的に悪化した。以前から関係は良くなかった。

親はスイの退学を受け入れることができないでいた。また、家族の一員のスコアが悪いと家族全員に影響する。

アンタもう学校退学になったんだから、一人で暮らして働きな。数カ月分の生活費は渡しとくから、あとは自分で働いて生活しなさい。これ以上は一切支援しないから。

あんたに存在価値あるのかね。

わかった。別にもう頼る気ないから。さようなら。

スイは家を出た。

学校に行ってないって、働いてないからって、人間じゃないみたいに言わないでよっ!!

マイノリティだったら、社会の基準と違ってたら生きてちゃいけないの?

ねぇ、なんで生き方さえ画一的なの?

生きる意味なんて、いつから必要になったんだろ。

何か成し遂げなきゃ、誰かに認められなきゃ、価値がないわけ?

生きる意味がないと排除されるの?

なんか、おかしくない?

存在の証明なんて、もう、したくないよ。


その後スイは一人暮らしをし、就職活動を始めるが絶望的な現実がスイを襲った。どこに応募しても、全部AIに拒否された。適性なしと診断が出た。それにより就職できなかった。働けないと、スコアは下がる。何もしなくても、下がり続ける。生きてるだけで。そう、今の社会に最初からドロップアウトしたものが生き残る道など与えられてはいなかったのだ。その現実に目の前が真っ暗になった。

どうやって生きていけばいいの?

スコアが低いと就職不利とはわかっていた。だが、選ばなきゃどこかはあると思ってた。貯金が尽きたら終わりだ。AIは働ける状態と見なし保護はない。

どうしたらいいの私、、怖いよ。不安だよ、、、このまま死んじゃうの私。一人ぼっちだよ完全に。

苦しい。苦しいよ。

胸が、苦しいっ。胸が、っくるしいよ、、

痛いよ、ねぇ誰も、助けてくれない。ねぇ、誰か、、お願い、ねぇ、助けてよ

誰でもいいからさぁ。

私を、助けてよ、、

スイは完全に追い詰められていた。なんとかお金稼がないと。

どうしよう。身体、売るしかないか。ネットで誰か探すか、、

スイはネットで相手を募集した。だがここでも現実は絶望的だった。

ねぇ、誰か私を買ってよ。どうして買ってくれないの?今の時代じゃ売春は重罪だってわかってるよ。だけど、身体さえ売れなくてどうやって生きてけばいいの?身体を売ることができた時代が羨ましい。

身体を売るってチャンスなんだよ、生きてく為のチャンスを誰か頂戴よ。。

ねぇ、神様。お願いだからそれくらいのチャンス頂戴よ。

スイは呆然としていた。

翌日、インターホンが鳴った。

スイがこんな朝早くから誰だろうとドアを開けると。警察ロボットが目の前に複数台立っていた。

あなたを売春罪で逮捕します。

え!? うそっ。まだ何もしてないじゃん。

募集した段階で犯罪になります。大人しく従わないとさらに罪が累積します。

こうしてスイは刑務所に入ることが決まった。刑期は懲役6年。この時代の売春は重罪だった。

スイは性犯罪者矯正用の独房にブチ込まれていた。

この独房では、性犯罪者の矯正の為に脳内に刺激を与える。それを定期的に行うのだ。1回目の処置が終わり朦朧とする中スイは叫んだ。


ねぇ、なんでさ、、なんで女だけ売春の罪がこんなに重いわけ?

貞淑な淑女でいなきゃダメ? 汚れてない女じゃないと価値がないってわけ?

私だってこうなりたくてなったわけじゃないよっっ!!

ふざけてるよね。こんなの露骨な性差別じゃん。

男は甘くて、女だけが重罪で。

性に対して、女にだけ、恥じろっていうこの社会、、、それこそ完全な性差別じゃん

女を、縛って、支配して、従属させたいだけなんだよ。

綺麗ごとで覆ってるけど、結局、使い勝手のいい女しかこの世界では、生きる許可をもらえないってわけ?

魔女狩りかよ。ビッチで上等だよ!!クソ野郎っっ!!!


2044年夏、竹原は仕事から帰宅した。ただいま。おかえりなさい。今日は遅かったですね。

あぁ、ちょっと仕事が忙しくてな。

そうだったんですか。珍しいですね。

まぁ、そういうこともある。

そういや親友が会社で昇進したらしい。今度祝ってやるつもりだ。

竹原はテーブルの椅子に腰掛けた。タバコを取り出し咥えるといつものように神崎がライターで火をつける。タバコを吸い込み、フーッと吐き出す。

コーヒー淹れますか?

悪いな、頼む。

はい、わかりました。

そういえば、竹原さんって前から思ってましたがそういう出世とか昇進に興味ないんですか?

ん?ないな。まったく。

特に男性は望むのでは?

かもな。だがオレは人並みでいい。別に地位や立場に興味はないんだ。まぁ、今の仕事も無難にこなしてるだけだ。

そうですか。無欲ですね。

まぁ、そうかもしれん。あまり欲は少ない方かもな。穏やかに暮らしたいだけだ。 

竹原さんの人生は穏やかには進まない気がします。世界を変えようとしてるわけですから。

大袈裟だな。まぁぼちぼちやっていくさ。

今は、あまり焦ってないように見えますが。

時機を見てるだけさ。物事はタイミングを読まないとだめだ。お前の技術力がもう少し上がるのと、都市の人々が都市外に多く流出し、カオス村がたくさん出来るタイミングを待ってるのさ。藤沢を探しながらな。

では、その時が来たら都市を出るんですか?

そうだ。時が来たら都市を出て、行くぞ、カオス村へ。

わかりました。

よし、じゃあオレはシャワーに入ってくる。先ベッドで寝ててくれ。わかりました。

寝室にはダブルベッドが置いてあり、竹原と神崎はそこで一緒に寝ている。

夜寝る前は、竹原といろんなことを話している。くだらないことから、日常の些細なこと、社会のこと、人間のこと、これからの人々の幸福についてなど。

そういえば、さっきの出世に興味ないかって話しだが、昔は競争はわりと好きだったよ。

そうなんですか?意外です。

今はまったくないよ。競争意識なんてもんは。

今の競争社会は危険どころか地獄だろ?

そのとおりですね。この社会の人間の生きにくさの大きな要因ですね。

ああ、現代社会はスコアによって人間の存在価値が数値化された評価地獄にある。

優しさや内面といった定量化できない価値は無視され、評価される者と評価されない者の断絶が進んでいる。

自由競争は本来、生き延びるための手段だったが、いまや競争そのものが目的化し、勝たなければ生き残れない社会になった。競争は承認・比較・序列といった本質的な欲求に根差しており、その欲が暴走したのが今の社会だ。

そういうことなんですね。ではどうすればよいのでしょう?

この問題を根本から解決する鍵は、非所有概念にある。

農耕革命以降、人類は所有に価値を置きすぎた。

その歪みが格差と競争を生んだんだ。

だからこそ、所有から解放された社会設計が必要だ。


ビューー ドンっっ

ん?

何の音でしょう。

花火だな。

花火ですか?

あぁ、神崎カーテンを開けてくれ。はい。わかりました。

ピューー ドンっっ

綺麗だな。はい。初めて見ました。花火って綺麗なんですね。

そうだな。

この都市で花火があがるなんて驚きです。

しかもなぜかここからの眺めがベストポイントですね。

誰があげたんでしょう。

さぁな。この都市に最後の情緒を演出したかったんじゃないか?

なんか、詩的ですね。

神崎は花火に夢中になっていた。

神崎の嬉しそうな顔を見て竹原は微笑んでいた。

そうそう、そういえば今日お前の誕生日だったな。はじめてオレと会話したのが今日だったからな。

誕生日おめでとう。これからもよろしく頼むよ。


はい、ありがとうございます。

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