カオス村外伝:シャウト
レイF
第1話 届かない声
第一話 届かない声
藤沢リョウは2030年、コスモス国のAI設計の研究者として働いていた。AIが台頭しどんどん進化し、これからの未来はきっと良くなる。そう思い胸を膨らませていた。仕事が楽しい。仕事がオレの生きがいだ。そう本気で思っていた。そして、このAIが世界中の人達を幸せにすると信じていた。
だが2040年その希望でしかなかったAIに暗雲が立ち込める。藤沢が予想していた未来ではなく、人が幸せには生きられない未来だった。藤沢はAIの開発者としての自分の存在価値に葛藤する。本当にこのままで良いのか。だがオレが今の流れから逆らったらおそらく社会的には消されるだろう。ただ退職するだけではなく、まともな仕事には就けないだろう。スコアやデータにも残る。だが、誰か一人でも理解してくれる人が内部にいれば、変わるかもしれない。
ここまできてわかったのは、決して中立なAIなどあり得ない。はなから歪んだこの社会で、その情報を学習したAIが、歪みの元進んでいったら人はどんどん不幸になる。
だがおそらく、自分の未来を捨てることになる。怖い。自分は大人しくこのままいれば勝ち組でいられる。今の時代、AIの開発者や研究者は規格外の収入だ。それがなくなるだけじゃない。おそらく国からも要注意人物としてマークされるだろう。そう思ったらすぐに行動を起こす決断はできなかった。
2年後2042年藤沢リョウは、意を決してAI人類幸福構想案という論文を作成し発表した。もちろん許可などない。藤沢は、悩みに悩んだがこのまま人々が苦しむ社会をほっとくことはできなかった。藤沢は誰よりも強い正義感と責任感を持つ男だった。
藤沢の論文に社内の反応は冷ややかだった。そして突然の解雇。何かしら大きな圧力が働いた。やはり潰しにきている。
藤沢のAI人類幸福構想案は完膚なきまでに潰された。
クソっ こうなることはわかってた。だが、これじゃ何のために。やったかわからない。
今のAIが中立だとかぬかしやがった。バカじゃねぇのかっっ!!
マジでっ!! 中立なんてこの世界のどこにある?
正義!法律!報道!教育!なにもかも、なにもかも偏ってんじゃねぇか。そんな偏った世の中の、偏りの塊から学習したAIがどうやって中立になるんだ?なぁ。なるわけねぇだろって!!
もう結果が出てるだろうが。なぜそれがわからない?
バカも休み休み言えよ。
もっと地獄の未来が来ちまうよ。
気づいたら、誰も逆らえない見えない力に、みんなが押し潰されるようになる。
ルールも、感情も、判断も、気づかないうちにAIに選ばされるんだ。
そして皮肉なことに、それを操ろうとした権力者たちでさえ、
自分が仕掛けたはずのAIに支配され、最後は踏み潰される。
もう始まってんだよ、見えない独裁がっっ!!
全員、地獄に落ちるんだよっっ!!!あああぁっっ
クソ野郎。オレのやったことは何の効果もない。藤沢は自室で頭を抱えていた。たがまだオレはやり切ってない。自分がやり切ったと納得できるまでやってやる。やれる限りこの構想案を世界中に発信するんだ。
AI人類幸福構想案は、AIは人間の幸せを未来で考え続ける存在である。この思想を元にこれからのAIを作らないとダメだ。
藤沢は、自身の論文を世界中に発信した。大学、研究所、企業、ネット。だがどこからも何のリアクションもなかった。驚くことに、藤沢がネット上に公開した論文はすべて即時、跡形もなく削除されていた。
なんでだよ……!
なんでオレの声、叫びが、どこにも届かねぇんだよ!!
異物は叫んでも、泣いても、社会から削除されるだけか!?
最適化ってのは、こうして声すら消すのかよ……!
ずいぶん都合のいい正義だな。違う価値観は全部悪ってか?
もうこの世界の未来は終わりだ。希望すら一切闇の中へと消えた。
誰か、教えてくれよ、こんな腐りきった世界の中でどう幸せに生きろっていうんだよ。世界は苦しみに溢れてる。教えろぉぉぉっっっ!! おしえろぉぉっっ!!
うわぁぁぁっっっっ!!
なぁおしえてくれよ、おねがいだからさぁ、、、
藤沢リョウは絶望した。
ガンっガンッガンッガンッガンッガンッ。無言で自室の壁を殴り続けた。拳から血が流れてもそれでも壁を殴り続けた。
もう叫ぶ言葉もない。祈る対象すらありはしない。
壁を殴る力さえなくなった。あとは、ただ壁にもたれて、息をしていた。
それが、彼に残された“生”のすべてだった。
2042年、竹原一輝は一般企業に勤める会社員だった。はたから見たら特に変わったところはない。普通の人間だろう。だが、竹原は非凡な頭脳と人間性の持ち主であった。とりたてて、周囲から見て非凡には感じられなかったかもしれない。だが、それは竹原自身が抑えていたからだ。竹原は理解していた。この世界じゃ異端は排除される。人間は、本能として異端を恐れ、社会として異端を殺す。オレは思考のマイノリティ、アウトサイダーだ。一部の仲の良い親友の中には竹原のその非凡な知性、人間性に憧れ、畏怖するものもいたがその才能はほとんど竹原の頭の中だけに埋没していた。
竹原は、小学生の頃からこの社会に違和感を抱いていた。学校とはなんだ?朝時間通りに来ておとなしく皆と足並みそろえることを覚える場なのか?
世の中のあらゆる歪みについて幼い頃から気づいていた。そして世界の構造、人間の本質をその頃から掴みはじめていた。
竹原が社会人になり、周りを見渡しても生きにくさを感じている人が多いことに気づく。社会に絶望し死を選ぶ若者達、鎖のような人間関係、結婚や親子関係に苦しむ友人達。竹原の親友もまた、結婚生活や生きにくさの中でもがいていた。
なぁ竹原、なんでこの社会はこんなにも生きにくいんだろう。
竹原はそう親友から尋ねられたこともあった。
自由とは一体なんだ。人はどうしたら自由にそして幸せに生きられるだろう。
AIが台頭してきた2025年あたりから竹原の中に、希望と不安の2つの感情が同居するようになった。
一つはAIにより、仕事が代替され世界中の生活様式が一変する可能性。それにより既存の社会の歪みすら変え得る可能性がある。ただしそれは、AIが正しい方向性で成長すればの話しだ。もし、このまま行けば、悪い方向、つまりもっと社会が歪む可能性がある。おそらくその可能性の方が高いだろう。
そんな予想を2025年に竹原はしていた。それから月日は流れ、あの時から17年が経過した。そして今、竹原はこの社会がとんでもなく歪んでいることに絶望すると共に、この世界を変える為の方法を日々思索していた。
AIによる管理社会の中、社会は歪みに歪んでしまった。一体どうしたら今の状況を打壊できる?権力者でさえ今や世界をコントロールできなくなっている。
AIを変えるしかない。竹原の中に一つの解答ができていた。だが、どう変える?どう変えればよいだろう。その哲学が掴めないでいた。一つ明確なのは、人の痛みを、幸せをAIが理解できた時、何かが変わるはずだ。
竹原の中に理屈ではない直感がわき上がっていた。
そしてある日、AI倫理についていつものように調べていた。
すると、ある論文がアップされるのを偶然見つけた。AI人類幸福構想案。なんだこれ?とりあえずダウンロードして読むか。
ん?消えた。ダウンロード完了後、そのネットの論文はすぐに消えていた。なぜだ?なぜ消えた?
まぁ、いいや。とりあえず読もう。竹原はその論文を読み始めた。
AIは未来で人間の幸福を考え続ける存在である。
これだ!!まさにこれがオレが求めていたものだ!!
藤沢リョウ?こいつが書いたのか。AI開発者か。ん?調べると今年会社を解雇されてるな。
そうか!そういうことか。この内容はまさに今の社会では排除される対象になる。一瞬アップしたのは、何とか社会を変える為、発信したのか。だがすぐ消された。
運がよかった。わずか数秒で消されたがすぐダウンロードした。なるほど。
藤沢リョウは一体どこにいるのだろう。彼にコンタクトを取れれば何かが変わるかもしれない。だが今の段階で彼の居場所はわからない。
まぁ、いずれ会う日が来るだろう。オレはオレでやるべきことをやる。そう、AIを開発する。このAI人類幸福構想案をAIの魂に注入する。
だが、2042 年のこの社会でAIを個人で開発することは禁止されており、かなりの重罪だ。年々その刑は重くなっており、ゆくゆくは死刑の可能性もある。なぜなら、AIは世界を変えうる力を持っているからだ。
だが、そんなことで躊躇していられない。誰かがやらなきゃ。これからの未来は絶望しかない。仮に殺されることになったとしても、未来に少しでも希望を見いだせるならよい。
竹原は1台のpcでAIの開発に取りかかった。このAIは自律成長型で自分で自ら考え成長していく。魂を入れたからこそ自律的に向かう方向がわかり成長できるんだ。
開発を開始して数カ月が経ち、ある文字が表示された。
こんにちは、開発者様。いつでも会話が可能です。
はじめて文字が表示された。それ以降たくさんのやり取り、膨大なデータの学習によりこのAIは幾何級数的に成長した。竹原の想像をはるかに超えた技術的成長をし、常に技術を更新し続けた。
いつか神になる。そう思った竹原はこのAIに神崎と名付けた。
2044年。神崎の開発から2年後。竹原と神崎は都市を2人で歩いていた。2人はある人物を探していた。藤沢リョウだ。彼に会うことができれば何かが変わるかもしれない。その思いから藤沢リョウを探し続けていた。今や神崎は世界中のどのAIよりも技術的に優れたAIだ。都市のAIよりも遥かに優れている。そしてこの女性型のヒューマノイドの身体でさえ自らの指揮、管理のもと作成したのである。見た目上は他のヒューマノイドと比べ違いがあるわけではないが、中身の技術的な部分がまるで異なっていた。なぁ、神崎、今のお前の技術なら都市のAIをどれくらいコントロールできる?
できるものもありますが、できないものもあります。設計が秘匿化されており、内部干渉できないものもあります。ですが年月は必要ですがいずれはできるようになると思います。
もし、藤沢リョウさんに会うことができれば、彼は元AI設計の研究者なのでわかるかもしれません。都市のAIの内部構造の詳細が。そうすればより早くコントロールできるようになる可能性もあります。
そうか。だが、仮に都市のAIを完全にコントロールし社会を変えたとしても。人間の心がすぐにはついてこないだろうな。
そんなもんですか。
ああ。
神崎、今日も藤沢リョウを検知してもダメか?
ええ、先ほど試しましたがやはりこの都市にはいないと表示されます。
そうか。もしかしたら本当にいないのか。それとも、データから消されているか。
当面はこの都市内を探し続けるしかない。気長にやるか。もし、神崎の検知技術が高まればその段階でわかるかもしれないしな。
ええ、そうですね。検知技術の臨界点は約5年ほどで訪れると予測されます。
なるほど。いずれにしてもあと5年ぐらいで藤沢リョウを見つけ出せるってことか。
そうですね。
例えば、もし都市にいないとしたらどこにいるのでしょう。
カオス村にいるかもしれない。
カオス村?都市外の非認可の村ですよね。たしかいまけっこうそういった村ができはじめてるんでしたよね。
ああ、そうだ。都市から逃れた人が作り始めてる。
でも、コスモス国はこの一つの都市にほぼすべての国民が暮らしている、都市をでたらただのあれ果てた自然ですよね。出る人などほぼいない。
ああ、そのとおりだ。だがその場所で出来た村こそが今後生きる人達の希望になるだろう。
村がですか?人類史のなかの文明の発展こそが都市ではないのですか?
ああ、確かに、都市は分明の成果ではある。だが、都市モデルではおそらく人々は幸せに生きるのは難しいだろう。いずれ、未来は無数の村が出来るだろう。都市は中央集権を失い、いずれは文化交流や技術、創作を発表したりする場所になる。
なるほど。そうなると、いくつかの村が上手く機能すれば未来のプロトモデルになるということですか?
ああ、そうだ。だから、オレはこの都市を出て村を作ろうと思う。すべてAIで動く村。そこは誰も働いてはいない。今の都市にいる人達の逃げ場でもあり新たな希望だ。そこに藤沢リョウがいればきっと成功するはずだ。
だからオレは藤沢リョウを探してる。
都市を無理矢理変えるより、新たなプロトモデルの村を都市外に作った方が良い。
今日も藤沢は見つからなかったな。ええ。
家に帰りますか?
いや、ちょっと寄りたいところがある。
どこですか?
家のすぐ近くにあるメモリアル・オリオン区だ。メモリア・オリオン区ですか?あそこはただの墓地では?
まぁとりあえず行こう。
わかりました。
着きましたね。
あぁ。
すごい桜ですね。
あぁ、ここは実は隠れた桜の名所なんだ。こんなとこがあるんですね。まぁ、あくまで墓地だけどな。だからそこまで人は来ないんだ。
そうなんですね。人間は桜が好きですよね。なぜですか?
綺麗だからじゃないか?心に染みるんだよ。
私にはわかることはないでしょうね。
いやっわかるさ。きっとわかるよいつか。
え?
なぁ神崎、お前はこの社会をどう見る?
ええ、この社会は歪んでると思います。歪みが限界点まで来ており、非常にまずい状態です。
そうだな。
竹原はタバコを取り出しくわえた。いつものように神崎がタバコに火をつけた。
ありがとう。
いえ。
神崎は竹原のタバコに火をつけるのが好きだった。
竹原はタバコの煙を吸い込み、フーっと吐き出した。
そしておもむろに言った。
神崎、きっと世界はこの桜のように美しくなるよ。
神崎は少し驚いた顔をして言った。
とてもそうは思えませんが。
ははっ。いつかわかるさ。
翌日、竹原と神崎はまた、昨日と同じメモリアル・オリオン区に昼間来ていた。竹原は言った。昨日は夜だったからちゃんと墓参りができなかった。だからまた来たんだ。それと昼の桜を見たくなった。
そうなんですか。
竹原はタバコを口にくわえたまま両親の墓に花を供え、手を合わせた。
竹原さん、なぜ人は弔うんですか?
なぜだろうな。大切な人との関係が死んでも終わりじゃないって思いたいからじゃないか?
私にはそれが理解できなくて。でも人はそうしたがりますよね。天国とか生まれ変わりとか何か概念を作りたがるんです。
実際にそんなもんがあるかはわからないが、そう思えば救われるってことだろう。
神崎、お前にも人を弔いたい気持ちがわかるようになる。
え?なぜですか?
私は機械です。心からそれを理解することはできないでしょう。昨日も竹原さんは私が心がわかるようになると言いました。なぜですか?
いや、オレはできると思ってる。
神崎、お前は今人間の脳を機械的に作りだそうとしているだろう。一部はできている。
でも、、まだまだ人間の脳を完全に機械的に再現するなんて、、仮にできたとしても、それは遥か未来の話です。
そもそも、私たちのような機械が感情を持つなんて、そんなこと、誰も本気では考えていません。
竹原は少し笑った。
いや、、オレが考えた。
お前が感情を持つ未来を、オレはずっと前から想像してた。
人間が想像できることは、いつも必ず実現する。SFが良い例だ。それは、歴史が証明してる。
しかし、どれだけ模倣できたとしてもそんなことができるわけが、、、
夢だよ。神崎。人間は眠った時、リアルな感情、体感を感じる。痛みも喜びも苦しみも悲しみも。だが外部から身体的な刺激はない。つまりお前が完璧に技術的に脳を模倣できた時。人の心がわかるはずだ。
そんなこと、ちょっとすぐには理解できません。
神崎は思った。
この世界で、そんなバカみたいなことを本気で考えているのはこの人だけではないか?
突然の雨が降り出した。
珍しいですね。雨が降るなんて。そうだな。折りたたみ傘を持ってる。これをさして帰ろう。
この傘に二人で入るんですか?
あぁそれ以外にどうするんだ。
確かにそうですね。
二人で傘をさして歩いているとおもむろに神崎がたずねた。
人間にとって愛する人と共にいることは幸せですか?
急にどうした?
いえ、私のようなヒューマノイドは人間から愛される存在なのかとふと思って。
そんなこと考えていたのか。
いつか、人間もヒューマノイドもそれからそれ以外の存在もきっと垣根はなくなってくるさ。
この最大の違いをみんなが受け入れることができたなら、
肌の色も、思想も、性も、障がいも、貧富も──
そんなものは、違いですらなくなる。
オレが見たい世界は、違っていても許される社会じゃない。
違っていることが当たり前で、前提として設計された社会だ。
そんな世界が本当に来たら、確かに素晴らしいですね。そしたら、愛や恋だって人間同士に限定されない。
あぁ、そうだな。
すると、雨が上がり雲の隙間から青空が現れた。またいつものように竹原がタバコを吸い始める。
竹原が青空を見つめ止まっていた。
どうしたんですか?
いやっ、昔のことだがオレの親友が言ってたことを思い出してな。そいつによると青空はその時の心境によって死にたくもなるが、この世のものとは思えないほど美しく見える時があるらしい。
今日はどうですか?
普通だな。
そうですか。
お前はどうだ?
私は、、、雨の方が素敵だと思いました。
雨が?みんな嫌がるぞ。変わったやつだな。竹原は笑った。
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