第十射 授業と無能と呼び出しと

『やぁ、先生。どうしたんだい?浮かない顔して』




『へぇ、私を心配してくれるんだ。ふふっ、やはり先生は変わり者だね』




『変わってない、だなんてどの口が言ってるのさ。先生ほど変わっている人を、私は自分以外知らないよ』




『まぁ、サターシャくんや梔子くんもまた変わり者ではあるけれど、それとも違う』




『要するに………私たちは、あ・そ・こ・に・い・る・べ・き・人・間・で・は・な・か・っ・た・ということさ』




『おや、もう夜が明けるようだ』




『私のことは気にしなくていい。いずれその時が来たら私も目を覚ますだろう』




『先生………いや、「名無しの歩兵コードレス」。一つだけ、あなたに覚えておいてほしい』




『〇〇〇〇〇〇は、私たちが思っているようなものではない。決して目を離さず、いざという時のために警戒しておいてくれ』




『それじゃあ、しばらくお別れだ。またね、先生』




少し寂しさをにじませた表情で、少女が手を振る。




やがて、世界は崩壊を始める。先ほどまで確かに存在していたはずの物が、次々にひび割れ、砕け、霧散していき、ついには眼前の景色もぼやけ始め、世界が暗転した。




まるで、最初から何もなかったかのように。







「よーし、それじゃあ早速授業を始めたいと思うんだが………」




「は、はい………よろしくお願いします、先生」




我がクラスただ一人の射撃専攻者、ユート・月下・コロネルが、小さいながらもしっかり返事を返してくれる。




………本来一般人が扱うことのない銃器を専攻したいという者はあまりいない。その大きな理由としては、この学園のほとんどの人間は異能を保持しており、そちらのほうが銃器より断然扱いやすく、火力、命中率、コストの面において歴然とした差があることがあげられる。




「あはっ、どーしたんすか先生?教職ってもっと華やかなの想像してました?いやぁ、射撃なんてマイナーもマイナー、超マイナー学部っすからねw昨年狙撃と学部が分かれた時点でもうおしまいみたいなもんでしたからwww」




広い射撃訓練場にたった二人の生徒を前にした俺は、不安感を拭えないでいた。近いうちの解雇………十分にあり得ると。




ちなみにこの軽薄な口調の少年は八期生………ユートたちの一つ先輩にあたる学年の生徒である。名前は一ノ瀬ノルン。短い真っ白の髪が特徴的で、身長はユートより少し大きいくらいだ。だが、その表情の読み取れない糸目から、見た目からは考えられない冷たい視線を放たれたこともある。彼は将来大物になることだろう。




「せ、先輩……もうちょっと言葉を選んだ方が……あと、先生。双葉先生も来るって聞いてたんですが……」




「双葉先生?あぁ、助教員の……」




そういえば姿が見えないな……




と、扉を見やったその時、勢いよく扉が開かれた。




「ち、遅刻しましたぁぁぁぁ!!!!」




ボサボサに乱れた短い茶髪、急いで着替えたのであろうボタンを掛け違えた見るも無惨な新品のスーツ、そして何やら極厚の書物らしきものを持った男性が、肩で息をしながらよろよろと近づいてきた。




「す、すみません……寝坊……してしまって………」




「双葉先生、相変わらずっすねぇ……どうせ昨晩も改良研究して寝てないんでしょう?」




「ちょ、一ノ瀬くん………新任の先生の前なんですから、そんなこと言わなくても………」




優しい印象を与える垂れ目に不満の色を浮かばせながら一ノ瀬に抗議する双葉。




「あっ、すみません!あなたが………えっと、そうだ、名無しの!ずっとお会いしたいと思ってたんですよ!」




その手に持った書物を手放すことなく俺に片手を伸ばす。俺も彼の手を取り返した。………ヘイムダルさんのお陰で慣れているつもりだったが、彼もまたかなりのイケメンだ。俺より少し高い位置からその優しい目で見つめられればたいていの女の子は恋に落ちてしまうだろう。




「よ、よろしくお願いします………」




前々から思っていたが、この学園にはかなり変わった人々が集まっているようだ。こんなに濃いキャラの中で名前すらない俺が生き残れるのだろうか………?




「えっと、僕の名前は真白双葉です。本日より、射撃専攻者への指導を行う名無しの先生の補助要員として務めさせていただきます。困ったときはたくさん頼ってくださいね!」




どんっ、と胸をたたき、苦しそうにせき込むその姿からは、どうしてだろうか、なんだかすごく嫌な予感がした。




「こ、困った時って………双葉先生、知識はすごいけど射撃はてんでダメなんじゃ………」




「ユート、今なんて?」




「ちょ、ユートくん!?それは内緒に………」




「先生、もし有事の時は、絶対に真白先生を頼っちゃダメっすよ。この人、重度の銃火器オタクなだけなんでw」




………ほーら、嫌な予感はよく当たる。




顔を隠しながら恥ずかしそうにうずくまる双葉を前に、俺はただただため息を吐くことしかできなかった。







一悶着二悶着………いや、もっとあったな。何はともあれ、初の授業を何とか終えることができた。専攻人数が少ないうえ、優秀(笑)な助教員のお陰で早く終わってしまった。




思わぬ休暇だが、特にすることもない。




どうするか………と、考えていると、マジパが振動を伝えてくる。どうやらメッセージが来たようだ。差出人は………歩夢?


これまた珍しい人物から来たものだ。




実は初日に俺の連絡先はクラス中に漏れている。そのため個人メッセージも送り放題だ。ついこの間なんて、バルデからスタ連を喰らい、眠れぬ夜を過ごしたものだ。って、そんなことはどうでもよくて!




歩夢か………色々聞きたいこともあるし一度話をしなければと思ってはいたが、あの独特な雰囲気に近づくのは容易ではない。今までも数回、クラス内で協力しなければならない授業などがあったそうだが、彼女は一人、課題を終わらせて机に臥せっていたと報告を受けた。鏡花からあれだけの酷評を受ける人物には見えないが、やはり天才ゆえの壁………のようなものがあるのだろうか。




メッセージの内容はこうだ。




『先生、時間があるときで構わないが、四階の第三科学研究室に来てほしい』




ご丁寧に地図まで添付してある。校内案内図の縮尺が五十万分の一ってどうなってんだよ………




まぁ、時間もあることだし、行ってみるか。




俺は特に何も考えず、彼女のもとへ向かった。






これから始まる悲劇を、ルナ以外はまだ知らない。

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