第一章 抗奏のセレナーデ

プロローグ

私が彼を拾ったのは私自身の意思だ。




決して大いなる力に操られたり、誰かの差し金だったりもしない。ただ、私自身の気まぐれによるものだった。




特に何か思った訳でもない。何か深い意味を感じた訳でもない。この選択が世界を変えるかどうかなんて興味がなかった。私がそうしたかったから、それだけの理由だ。




彼に拾った理由を聞かれた時、私はこう答えた。あの時は特段何かを思っていた訳でもなかったし、生活に不満を感じていたわけでもなかった。森の中に倒れた少年を拾うことが私を非日常の世界へ連れていってくれるだなどとは微塵も思っていなかった。




あの時淡々と答えた私とは対照的に、彼はずっと笑っていた。そして一言、「師匠らしいですね」と呟いた。




私は私なんて知らないのに、彼は私を知っているらしい。私は少し気になって「私らしいって、何?」と聞いてみた。




すると彼はあろうことか「なんか自分勝手というかマイペースというか……天上天下唯我独尊、みたいな?」と言った。




少し気に触ったので、「ん」と指を向け、問い返してみた。




「俺ですか?そうですねぇ、一言で表すなら……」




「一言で表すなら?」




「さぁ、なんでしょうね?」




「殺す」




「ぎゃあああああああああ!!!!!!」




あの時、私は彼を少しだけ知ることが出来た気がした。今まで誰にも興味を向けず、自分のことすらままならなかった私が、誰かのことについて考えることが出来た。それが少し嬉しかった気がした。




彼と一緒にいると、私の知らない私がいくつも見つかった。そして彼のことも徐々に知っていくことが出来た。




師匠と弟子の関係ではあったけれど、私たちはきっととても相性が良かったのだろう。私は初めて、誰かを想うことを知った。何かを好きになるなんて思ってもみなかった。




彼の作る料理が好きだ。彼が楽しそうに話す、聞いたこともない異国の話が好きだ。彼がそばにいてくれる時間が好きだ。彼の大切な物が好きだ。彼が勧めてくれた小説の一節が好きだ。彼が教えてくれた、この優しい気持ちが好きだ。彼と共に見てまわった、美しいこの世界が、大好きだ。




彼のことを、愛してる。




こんなにも愛おしい。




誰よりも、何よりも、彼のことが好きだ。




私の想いがハリボテだなんて誰にも言わせたりしない。この想いは本物だ。きっと、何よりずっと、本物だ。




そう証明するため、私は今日までを生きてきた。




だから、もし、この世界に『神様』だなんて者がいて。




私を救うことなく、ただ見捨てただけだと言うのなら。




どうか、どうか彼を。






まもってください。









ここは異世界だ。




おとめ座超銀河団局部銀河群天の川銀河太陽系第三惑星地球とはかけ離れた場所に位置する、生物の存在する星である。




この星が略称地球と異なる点をあげるならば、流行りの転生モノの例に漏れず剣と魔法の、およそ存在するとは思えない生物や、ある生物と人間を組み合わせたような奇妙な人々が暮らしている世界であること、であるにもかかわらず地球よりも科学技術が発展していること。


そして、衛星であるはずの月がこの星に接近し、大きな影響を受けているということである。




主だった影響を挙げるとすると、先程話に出た魔法や人と獣が合わさったような獣人の存在などがいい例だ。この星……ヴァースと呼ばれるこの星では、接近している月を『ルナ』と呼び、ルナの接近による一度目の大きな影響を『ファーストコンタクト』、二度目の大きな影響を『セカンドコンタクト』と便宜上呼んでいる。




ルナとの接触……二度のコンタクトにより、一度に星の四分の一、つまり二度で半分が生命の生存が不可能な死んだ地と化した。


ヴァースは地球と形状が酷似しており、地球で言う南半球が丸々死の世界となったのだ。ファーストコンタクト時に既に原因がルナであり、次にどこが影響を受けるのかはある者により解明されていたため、セカンドコンタクト時には住人の避難は完了しており人的被害は出なかった。だが、避難した人々は行くあてもなく、北半球の各国に助けを求めねばならなかった。北の国々では「コンタクトによる汚染は既に彼ら避難民に広がっている」、「彼らは北の国々を乗っ取ろうとしている」などの根も葉もない噂がまことしやかに囁かれ、ついには耐えられなくなった北のとある国が、避難民との戦争を起こした。




ファーストコンタクトは今から十二年前、セカンドコンタクトは今から十年前に起こっており、戦争はその一年後に起こった。戦争は一年と持たず、北の各国による仲裁もあり終戦したが、この戦争が残した傷跡は大きかった。




現在、サードコンタクトの発生時期、破壊される範囲は特定出来ていない。というのも、実はセカンドコンタクトを言い当てた者、その人物がどのようにしてセカンドコンタクトを言い当てたのか、そもそもその人物は誰なのか、一体どこにいたのか、何も掴めていないのだ。


気づいた時には世界中で噂になっており、事の実現を恐れた南の国々が避難民受け入れの要請をしたのである。




今も人々は、「私たちはいつ死ぬのだろうか……?」と怯え暮らしていることだろう。




これだけの影響を与えておきながら、まだすべてを紹介するに至らないことからもルナの恐ろしさがよくわかる。




ルナそのものには、まるで攻撃力もなく、生命体が存在する痕跡も一切ない。だが、ルナはここでは無いどこかから、唐突に化け物を召喚できるのだ。




この現象は当初、新種の生物の発見として処理された。だが、時が経つにつれ、ルナによって変貌したヴァース上の生物にも似つかず、凶暴で人の言葉を介する化け物が現れたことで、人々は疑い始めた。これもまた、ルナによる影響では無いのか……と。




その疑念は間違いでは無いと、ある日判明した。




その日、警察がある人物を捕らえた。


某所にあるごく普通の飲食店内で突如訳の分からないことを口走り、食事用に提供されていたナイフを振り回して周囲の人々を刺し始めたのだ。


幸い、店員によって警察に通報され、数人が軽いけがをしたのみで男は逮捕された。




その後の取り調べで、警察官が残した記録がある。







14時18分、取り調べを開始した。




14時28分、男は名前を、ボブ・エイセイというらしい。かなり素直に話してくれる。




14時33分、……言っていることはよく分からないが、ボブはルナに命令されてやったと供述している。仲間がいるようなことも口走っていたし、今後とも要警戒だ。




14時37分、ボブがルナについて語り始めた。真実なのか妄言の類なのかは定かでは無いが、一応仕事なので記録しておく。




「俺は……ルナと対話したんだ。ルナと、そのまわりには見たことの無い化け物共がいたんだ。あいつは俺が選ばれし者だと言った。もちろん俺は自惚れてなんか居ないから、そんなわけが無いと突っぱねたんだ。だがあいつはそれでもその言葉を反芻するだけだった。俺は怖くなって逃げようとしたんだ。でも、どれだけ走ってもあいつはすぐそばにいた……俺が疲れて動けなくなった時、あいつは言ったんだ。『どれだけ逃げようと、現実はすぐそばにいる。お前はやはり、選ばれし者だ』って……そしたら目が覚めて……いや、まだ夢を見てるのかもな……頭の中に、ルナの声が響くんだ。その声に従うのが、ものすごく気持ちいいんだよ。俺は……俺は弱いから……すぐ楽な方を選ぶから……快楽に抗えねぇ……」




14時48分、そう言い切った後、ボブは舌を噛み、絶命した。




仕事とは言え、目の前で人が死ぬのを見るのは最悪の気分だ。




この情報は世界に共有され、世界を救う大きな一助となるだろう。ボブ・エイセイ、お前は弱くなんかない。立派な男だ。




記録はここまでで終了しています。過去の記録を閲覧しますか?




▶︎YES


︎ ︎ ︎ ︎ ︎NO







この男により、世界は新たなる情報を得、ルナの脅威を再認識した。




彼のように、ルナによる個人的接触を受けたものも増え始め、彼らを総称して『変革を望む者』と呼ぶようになった。彼らの存在がこれまた厄介で、特に権力やカリスマを持つ人間がルナから接触を受けると、大きな被害が出ることもある。




そしてボブの言う化け物を便宜上『サテライト』とし、発見次第始末することとなった。だが、サテライトはとてつもない戦闘力を持つため、一般人はおろか、訓練を受けた人間でもひとたまりもない。


そこで活躍するのが他でもない『七色しちしき』である。


名前の通り7人で構成されている戦闘に関してはほかの追随を許さない、現ヴァース上最強の人類である。彼らはそれぞれに特徴があるが、特に創設者であり、リーダーでもある男、月影・フォーサー・ヘイムダルは超の付く有名人であり、その実力は未だ計り知れない。彼は何もかもを人並み以上にこなす、度を超えた天才である。総合力で見れば、その他全ての人間を超越した、人の産んだ化け物だ。


彼は何もかもを簡単にこなせるこの世界に飽き飽きしており、自分を超えうる人材を探すため七色を結成したと言われている。




彼は全能だが、全てにおいて世界を取れる訳では無い。この世界には、弛まぬ努力やルナの影響、自らの身を守るためなど、様々な理由である道を極めた者たちがいるのだ。彼はそんな人材を集め、今日も日夜サテライトを駆逐して回っている。まさに世界を救う英雄たりえる男だ。




そんな彼らでも、どうしても世界中に出現するサテライトを駆逐しきるには人手が足りない。たった7人では、サテライトの出現頻度に追いつけないのだ。この問題を解決するため、ヘイムダルはある提案をした。




『今後の世界のため、私たちの後継を育成するための教育機関を作ろう。金の心配はしなくていい。教師も私の知る限り最高の人材を集めよう。未来ある子供たちの中には、異能に目覚めた者やルナとサテライトに恨みがある者もいるはずだ。戦闘員のための教育以外にも、援護するために必要な化学、医療分野の教育も行おう。私たちと共に世界を守る人材を、私たちが育成するんだ!』




彼の提案は、当初は反対されていた。その当時、七色のみで戦力は事足りていると言い、戦いへの参加を避けたい国が多かったのだ。


だが、とある国、大大和帝国だいやまとていこくがその提案に全面賛成し、援助も惜しまないと確約した。大大和帝国は、小さな国土ながら異能に目覚めた人間が多く、さらにセカンドコンタクトによって生まれた難民達を数多く受けえれてくれていたためその他各国も無下にするような真似はできず、結局ヘイムダルの提案は世界に承認され、晴れて大大和帝国に対ルナ・サテライト要員育成高等学校『ヴェルメイユ・ファミリア』が創設された。




その後、大大和帝国に続いて世界中に同じような目的を持った学校が創設されていき、今では対サテライト用の人材として重宝されている。







こんな世界に生きる、1人の『名前の無い青年』が居る。




人間として、最初に得るはずの識別記号を失った彼は、今もたった一人の個人になれずにいる。


誰かのために、誰かと共に、誰かの判断に従い、彼は生きている。




これはそんな彼が、『誰か』になる話。




理不尽で不条理で不平等で不快で不愉快で最低で最悪で醜悪で極悪で、そのどれでもない敵との戦いの中で、彼が世界から独り立ちする話。




さぁ、もうすぐこの物語の幕が開く。




全てを撃ち抜く銃弾の、発射音を合図に。

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