第22話 怒りの理由と、白の令嬢
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「……必要ありません」
訓練場に響いたその低い声に、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
「フリード殿下!」
「お前達、自分達がなにを言っているのか本気でわかっているのか? か弱い女性に助けられただけでなく、教えを乞うなどと……! シュヴァルツヴァルトの騎士として誇りはないのか!」
「も、申し訳ございません!」
「それに他国から嫁いできたばかりのフランツェスカに余計な負担をかけようとするとは……紳士として恥ずべき行為だ!」
若い騎士は慌てて頭を下げますが、フリード王太子の怒りは収まらない。
なにをそんなに怒っているのでしょうか?
私はてっきり、出しゃばった真似をした私に対して怒っているものとばかり思っておりましたが。
……どうやらそれは違うようで。
「あ……ごめんなさい、フリード。私、少し出過ぎた真似をしてしまったみたい。ですから騎士様をあまり叱らないであげてくださいませ、皆さんきっと私に気を遣われて……」
「……フランツェスカ、貴女が謝る必要はありません。これは騎士達の職務怠慢が招いた結果です」
「ですが……」
「フランツェスカ? 貴女も今後一切危険な真似は二度となさらないでください。いいですね?」
あの程度のことで叱責される若い騎士がなんだか不憫に思えてきて、助け船を出しますが。
完全に焼け石に水だったようで、怒りの熱はむしろ強くなった。
「ふ、フリード殿下! うちの騎士達がご迷惑をおかけして大変申し訳ない! 若いもんにはあとで私から言って聞かせますので。あ、王太子妃殿下もお怪我はございませんか!?」
フリード王太子の激しい剣幕に騎士団長グスタフが気付いて、焦ったように駆け寄ってくる。
「えっ、ええ。どこも怪我はありません。お気遣いありがとうございます」
「ああ、それはよかった! いやぁ、まったく……若い連中がご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳ありません。王太子妃殿下にお怪我がなくて本当に良かった!」
そう言ったグスタフ団長は吹き出る冷や汗を拭いながら、ちらりと横目でフリード王太子の機嫌をうかがう。
けれど不機嫌を隠そうともしないフリード王太子は、グスタフ団長を睨みつけた。
「グスタフ、もういい。あとで私が直接訓戒を与える。これはお前に対してもだグスタフ、覚悟しておけ」
「はっ……」
え、直接?
普通こういう時は騎士団長の顔を立てて、任せるものなのでは……?
「あの、フリード? あまり大事になさらないでくださいませ。私が余計なことをしてしまっただけですから、皆さん訓練、とても頑張っておられましたし……」
「フランツェスカ、貴女には関係ありません」
「いや、でも……!」
「フランツェスカ?」
絶対零度、凍えるような視線。
普通の令嬢がその視線を向けられたら確実に泣くと思います。
よかったですね、私で!
でもこれ以上喋ったら殺される、そんな気がしますので。
……ここは大人しく黙ろうと思います。
その時、近くで見ていた騎士の一人が小さく声を漏らした。
「あの、フリード殿下! 王太子妃殿下は助けてくださったんです、あのままじゃどうなっていたことか……」
「だからこそだ! フランツェスカはモルゲンロートから預かった大事な王女で、私の妻でもある! 怪我でもしたらどうするつもりだ! 危険な目に合わせるなど、決してあってはならない」
「も、申し訳ありません。出過ぎたことを申しました!」
「わかったなら、訓練に戻れ!」
「はっ!」
そして騎士達はグスタフ団長に連れられて訓練に戻っていった。
「フランツェスカ、もう危険なことは絶対にしないと約束してください。どれだけ心配したか……」
「申し訳ございません」
でも……確かにそうですよね。
和平のために輿入れしてきた敵国の王女に万が一怪我でもさせたら。
せっかくの和平がどうなっていまうかわからない。
フリード王太子が私の心配するのは当たり前のことで、悪いのは自分の立場を忘れて動いてしまった私の方。
悪いことをしてしまった、ちゃんと謝ろう。
そう思って顔をあげると。
フリード王太子は私を見つめていた。
和平の為ではなく私の身をただ案じていた、そんな表情で。
「では、帰りましょうか。あまり長く外にいては冷えてしましますから」
「あ……はい」
――歩き出そうとした、その時でした。
「まあ、フリード殿下。ご機嫌麗しゅうございますわ」
凍えるような寒さの中、その声が軽やかに響いた。
声のする方へ視線を向ければ。
白いコートの裾を優雅に揺らしながら、一人のご令嬢がこちらに歩みよってきていた。
年の頃は私と同じくらい、光り輝く銀髪に透けるような白い肌はまるで雪の妖精のよう。
そして整った顔立ちに柔らかな微笑。
清楚で可憐、正統派美人とはきっとこの令嬢のような女性のことをいうのでしょう。
ですが私の腹違いの妹の方が、純真無垢な少女の演技は上手いですね。
演技力は六十五点といったところでしょうか?
「クラウディーヌ、なんの用ですか?」
「宮に行きましたらこちらにいらっしゃると伺いまして。モルゲンロートの王女殿下に一度ご挨拶を……」
「挨拶は必要ありません、帰りなさい」
そう言ってフリード王太子は眉をひそめるが、クラウディーヌと呼ばれた令嬢は気にする素振りもなく、親し気に笑いかける。
「ふふっ……そちらがモルゲンロートの王女殿下でございますね? 私はクラウディーヌ・ヴァイス。以後お見知りおきを、王女殿下」
クラウディーヌは裾をつまみ、にっこりと優雅に微笑んで私に一礼した。
その姿はまるで貴族令嬢のお手本。
けれど一瞬、その瞳に敵意が宿ったのを私は見逃さなかった。
……もしかして。
私に『愛することはない』と言った原因って、この令嬢が理由なのでは!?
だから私なんかに「挨拶は必要ない」とフリード王太子は言ったと。
なるほど、合点がいきました。
フリード王太子はこういった清楚な令嬢が好みなのですね、私とはまるっきり正反対。
そりゃ開口一番『愛するつもりはない』と私におっしゃるわけです。
「クラウディーヌ、挨拶は必要ないと私は言いましたが?」
「お会いしたらご挨拶するのが礼儀だと思いまして、気に触ったのなら謝りますわ」
「今後一切勝手に王宮に入ってはなりません。もし見かけたら、いくら公爵の娘でも……ただではおきませんよ?」
「っ……まあ、怖いわ」
ん? あれ……? 拒絶?
恋人ではない?
そしてフリード王太子は私の方へ向き直る。
「お待たせしましたフランツェスカ。寒くないですか? 早く帰りましょう」
「は、はい」
そして歩き出したフリード王太子の隣で私はなぜか、少しほっとしていた。
なぜそんな風に思ったのか、自分でもよくわからなったけれど。
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