第21話 それ、嫉妬では……?

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「騎士団へようこそ、王太子妃殿下。むさくるしい所ではございますが、どうぞごゆっくり見学なさっていってください。騎士達も喜びますので」


 朗らかな笑顔でそう挨拶したのは。

 年配の騎士で名はグスタフ、この騎士団の騎士団長らしいです。

 

 モルゲンロート第三騎士団の団長バナードよりいくらか若そうに見えますので、たぶん五十代半ばくらいでしょう。


「お忙しい中、快く見学をお許しいただきありがとうございます。騎士団長にそうおっしゃっていただけて助かりますわ」


 フリード王太子が手をあげると、騎士達の訓練は再開された。

 

 雪を踏みしめる音と金属がぶつかる音、そして張り詰めた空気。

 ……なんだか懐かしい。

 

 シュヴァルツヴァルトの騎士団。

 それはこの国の誇りであり、戦場で幾度となく私が苦渋を飲まされた相手。


 クソ親父の無茶な命令で前線に出されたばかりのあの頃は、こうして見学する立場になるとは想像すらしていなかった。

 

 目を細めてじっくりと騎士達の動きを観察する。

 

 馬の騎乗訓練。

 扱いは悪くないようにみえますが、あれではいざという時に馬が指示を効かないでしょうね。

 信頼関係が出来ておりません。

 

 そして剣術と陣形の訓練。

 騎士の動きは悪くない、というより統制が完璧に取られていて申し分ない。


 けれど遊びがなく、動きが単調で次の動きを読みやすい。

 敵からすれば狙いやすいことこの上なし。

 統率が取れすぎているのが、完全に裏目に出てしまっています。

 

「フランツェスカ……いかがですか?」

 

「そうですね……動きは良いですが、次にどう動くのか手に取るようにわかるのが……もったいないなと」


「……ほう? フランツェスカ、貴方は騎士の戦いにずいぶんと詳しいようだ」


「も、モルゲンロートの令嬢達の間では騎士の訓練を見学するのが流行っておりますのよ! ほら、真剣になにかに打ち込む男性って素敵でしょう?」


「ほう? それはまた……」


 うん。絶対に納得してない顔。

 完全に嘘だとバレてる。

 

 なんですか。

 『騎士団見学が令嬢達の間で流行ってる』って、我ながら言い訳が下手過ぎです。

 誰がそれを信じるというのか。

 

 けれどフリード王太子はそれ以上なにも聞いてはこず、ただ私をじっと見つめていた。

 その青の瞳の奥に、なにか探るような光がちらりと見えたのは私の気のせいではないような気がします……が。


 それは見なかったことにしたいと思います。

 やぶ蛇になりそうなので。


 そんな私達をよそに。


 ――馬のいななきが訓練場に響いた。

 

 鳴き声のする方を見てみれば。

 どうやら先ほどの馬が暴れているようです。

 

 若い騎士が暴れる馬を、手綱を引いて必死に抑えようとしているように見えますが。

 全く制御できていなかった。


「――危ないっ!」


「フランツェスカ!?」

 

 気付いたら身体が勝手に動いていた。

 足元の雪を蹴って馬の所へ駆け寄り、横から手綱を取った。

 馬の瞳は恐怖の色に染まっていた。


「ほら大丈夫、大丈夫だよ? 怖くない、誰も傷つけたりなんかしないから……ほら落ち着いて? うん、いいこね……」


 驚かせないように小さな声で話し掛けて、そっと首筋を撫でてやると。

 暴れていた馬は次第に鼻息を静めていった。

 

 後ろでは騎士達からは驚きと感嘆の声を上げる。

 

 そして私はといえば。

 やってしまった、どう言い訳しよう……という気分だった。


「えっと……差し出がましいことをして、すいません」

 

「いいえ、とても助かりました! それに見事な手際でございました、流石は王太子妃殿下! 馬の扱いはどこで覚えられたのですか!?」


 いや、まだ王太子妃ではありませんけど。

 結婚式、まだしていませんし。


「お……幼い頃から、馬が好きでよく触れ合っておりましたの」


「おお、そうでしたか! それであんなに!」

 

 そう言って笑ってみせる。

 フリードの視線が、じっとこちらに注がれているのを感じる。

 めちゃくちゃ気まずいし、なんか視線が痛い。


 そんな空気の中で。

 がっしりとした体躯の若い騎士が、まるで意を決したかのように、一歩前へ進み出てきた。


「失礼ですが、王太子妃殿下!」


 突然そう声をあげた若い騎士の顔は真っ赤で、なぜか声が裏返ってしまっていた。

 いったいどうしたのかと見れば、彼は緊張で手を震わせながら必死に言葉を紡いだ。


「先ほどの……その、馬の扱い方……! とても見事でした! 王太子妃殿下、私は尊敬します!」

 

「えっ? あ、あれはただの偶然ですわ……」

 

「いえ! ご謙遜なさらず! どうか、我々にもご指導ご鞭撻をお願いします!」


 ……え? 指導? 私が?

 シュヴァルツヴァルトの騎士に!?


 訓練場のあちこちから「俺も聞きたい」やら「ぜひ!」と口々に声が上がる。

 

 いやいやいや、なんでそうなるんですか!?

 私は王太子妃になる為にシュヴァルツヴァルトにやって来ただけであって、騎士団教官になる為ではありませんよ?


 それに、敵国の王女が訓練場で講義するなんて、冗談にもほどがあります。


「皆さんのお気持ちは大変嬉しいのですけれど、私なんて馬が好きなだけの素人です。人に教えられるほどでは……」


「構いません! その、フリード殿下の馬まで落ち着かせた方に素人だなんて我々は言わせません!」


「あー……フリードの……」


 あっ、この馬……フリード王太子の馬だったんだ。

 どおりで気難しい。

 馬は主に似るっていいますものね?


 でもなんかすごい勢いで騎士達に持ち上げられておりますけど、これどうしましょう?

 私も軽くアドバイスするくらいなら、別にいいですけれど。


「……必要ありません」


 低く響いた声に場の空気が一瞬で凍りつく。

 見れば、フリード王太子がゆっくりとこちらに歩み寄ってきていた。


 その青の瞳は本日二度目の絶対零度、怒っているように見えた。

 もしかして私、フリード王太子の地雷でも……踏み抜きました?

 でも、暴れる貴方の愛馬助けただけですけれど――!?

 

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