第9話 それでも愛されたいと願ってた

9



 

 シュヴァルツヴァルトのフリード王太子との話を終えて、部屋に戻ってくると。

 ヘルマが私に告げたのです。


『姫様、どうか……どうか……落ち着いて聞いてくださいませ……』


『え、なに……どうかしたの、ヘルマ?』


『先ほど、国王陛下から私に命令が下りました』


『命令? お父様がヘルマに……? それはいったいどんな……』

 

『……姫様の輿入れに同行してシュヴァルツヴァルトに行くのではなく、クーゲル帝国に帰国せよとのことでございまして……それで』


『……は?』


 

***



「ヘルマをシュヴァルツヴァルトに連れていけないって……お父様、それどういうことですか!?」


「言った通りだ。ヘルマはお前の輿入れには連れていかせぬ。あの侍女は帝国の人間だからな、お前が嫁に行ったあとあちらに帰す」


「帝国に帰すって……そんな! 私はヘルマがいないと……」 

 

「なぁに、心配するなフランツェスカ。代わりの侍女はこちらでちゃんと用意してある」


 代わりがいればなんでもいいわけ、ないでしょう……?

 

 しかも「心配するな」って。

 いや……それ、心配しかないのですが!?


「代わりの侍女なんて必要ありません! だからヘルマをシュヴァルツヴァルトに連れていく許可をください、帝国に帰すだなんて……やめてください! お願いします、お父様っ……!」


「……フランツェスカ? 話はこれで終わりだ、もう出て行きなさい」


「っ……お父様!」


「出ていけ、お前にはもう……用はない」

 

 用はないって、なんですかそれ。

 私のこと……なんだと思っていらっしゃるの?

 

 このクソ親父にとって私は、書類かなにか?

 用済みになったら……捨てるの?


「お父様……? 一つだけ、教えてください。私はどうして……お父様に……愛されないの、ですか……?」


「……お前は、産まれるべきではなかった」


 ずっと、気づかないふりをしてきました。

 どれだけ酷い仕打ちをされても、気にするほどのことでもないと私は自分にいいきかせた。

 

 どんなに冷たくされても強がって、それはきっと私の努力が足りないのだと思い込んで必死に耐えてきた。


 ……なのに、その言葉がすべて壊しました。

 娘として愛されたいと願ってきた、私の心を。


「私は、お父様にとって……いらない存在だったのですね……?」

 

 声が震える。

 溢れた涙が頬を伝って、床に落ちていく。


 そんな私にクソ親父はなにも答えず。

 興味でも失ったかのように、背を向けました。


 部屋を出ると、不思議と涙は止まりました。


「戻らなきゃ……」


 宮に戻ろうと角を曲がった、その瞬間。

 ちょうど前から歩いてきたフリード王太子に、ばったりと鉢合わせた。


「フラン、ツェスカ……?」

 

「……っ、王太子殿下!?」

 

 そして私の顔を見た王太子は、驚いたように薄氷のような青の瞳を見開く。


「泣いて……?」


「っ……あら、王太子殿下! このような場所でお会いするなんて奇遇ですね。夜のお散歩ですか?」


「え? ……あ、いえ。私はモルゲンロート王に少しお話がありまして。それでこちらに」


「そう、ですか。あの人に……」


 少し前の私だったなら、その話の内容がどんなものなのか気になったことでしょう。

 けど……もう、全部どうでもいいです。


「フランツェスカ。貴女はどうして……」


「……王太子殿下。名残惜しい限りですが私は先に失礼いたします。明日の出立の準備がまだ……残っておりますので」 


「そう、ですか。引き止めてしまい申し訳ありません」


「いえ……では、また明日」


「ええ、また明日お会いしましょう」


 フリード王太子はずっと何か言いたげに、私の事を見つめていました。

 だけど私はそれに気づかないふりをした。

 

 私を愛することはないと言った男になんて、慰められたくなんてなかったから。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る