親友からしか得られないもの

@hayate12sukoshi

掌編小説

「ラストオーダーですが、どうされますか?」

 店員の言葉に思わずハッとする。

 僕は見ないようにしていた腕時計に目をやる。お店に入ってからすでに2時間が経過していた。

 目の前に座るカズが「トシはどうする?」と口だけで聞いてくる。

 ハイボールがまだ半分くらい残っているけど、僕は「ハイボールをお願いします」と言っていた。友達は「2つで」と言うと、店員は「かしこまりました」と淡々と言って、戻っていった。

「もうそんな時間か」

 カズがポツリと言う。

「早いな」

 僕が呼応する。

 テーブルには枝豆が少し、卵焼き1切れ、ポテトフライが5本ほど残っていた。

 いつからか、手を出さなくなった食べ物たち。分かっていた、すでにある程度お腹は満腹になっている。お互いに次は何を頼むとか言わなくなっていた。時間が経過しているのは明らかだったが、気にしないようにしていた。

 店員はあっという間にハイボールを2つ持ってくる。

 僕はあわてて、グラスに残ったハイボールを飲み干して、店員にグラスを渡す。

 この一杯分しかお店にはいられない。カウントダウンの始まりだった。

「次はいつ会えるかなあ」

 カズはぼんやりとそう言いながら、新しくきたグラスを左手でもつ。薬指についている指輪が一瞬照明に照らされて光る。

「いつだろうな。また行けそうな時に連絡するよ」

 僕はハイボールを一口含んだ。すでに4杯目くらいだが、この薄さにあまり慣れない。

「いつもありがとうな」

 大学を卒業して、僕は地元の企業に就職し、友達は遠方の企業に就職した。国内とはいえ、新幹線で2時間はかかる。そして、半年に一回程度、僕は旅行がてらに友達が住んでいるところまで来ている。

「僕が来たいだけだから」

 たまには地元で会いたい気持ちもある。でも、きっと僕は言わない。そんなのは些細なことだ。

「明日はどこか観光するの?」

「うーん。お昼に海鮮丼が安くて美味しいお店があるらしくて、そこに行く予定。他は特に決めてないかな」

「そっか」

 そう言って、カズはスマホを見る。

「博物館は行った? トシ、そういうの好きだったよな?」

「そんなのあるんだっけ? まだ行ってないや」

「あるみたい。時間があるなら行けば?」

「そうだね」

 僕の返事を聞いて、カズはスマホをポケットにしまった。

「そういえば、うちのがさ、会いたがってたよ」

 カズは奥さんのことを『うちのが』という言い方をする。普通に名前で呼んで良いのに、と思うけど、なんとなく照れくさいのかもしれない。

「ありがたいね。そう思ってくれるのは」

 僕の体温が少し上がる。アルコールのせいにした。広角も上がるような気がする。これもアルコールのせいだと思う。

「また、旅行とかも行きたいよなあ」

 カズはぼんやりと呟く。

「そうだね」

 正直、難しいと思う。遠距離住んでいる社会人同士だから。何より、カズは妻帯者だ。でも、実際に行けるかどうかではない。お互いに同じ思いをもっている。一緒に旅行に行ける。その感覚を共有していることが大事なんだ。

 これが、僕がわざわざ来ている理由だ。

 僕はカズと自分のグラスを見る。もう半分も残っていない。もうこの時間を終わらせないといけない。

 カズもぼんやりとグラスを見つめている。彼は今、何を思っているのだろう。

「伝票、こちら置いておきます」

 店員も空気を読んだかのように伝票を持ってくる。

「こっち来るの、大変だろ? 出しとくよ」

 カズはいつも居酒屋でご馳走してくれる。割り勘にしようと思うが、交通費やホテル代のことが脳裏をよぎってしまい、「ありがとう」とだけ言って、この状況を受け入れてしまっている。

 僕が立ち上がるのに合わせて、カズも立ち上がる。カズは軽くテーブルと椅子を見渡す。

「忘れ物はないな。この前、飲み会で財布忘れて、うちのに怒られたんだよね」

 カズはどこか寂し気に言った。

 僕は曖昧に頷いて、先に店を出た。

 空は真っ暗なのに、照明のせいでまだまだ元気な予感がする。

「お待たせ」

 カズが出てきたので、「ごちそうさま」と頭を下げる。カズは「やめろよ」と笑う。

 僕たちは駅に向かって、歩き出した。

「楽しかったなあ」

 カズの言葉が空中を漂う。その言葉をしっかりと吸い込み、「うん」と頷く。

 僕たちに間に漂うのは、無条件に受け入れられる感覚だ。その感覚が僕を強くしてくれる。

「また、すぐに行くよ」

 僕の言葉にカズは笑って、「おう」と言ってくれる。

 性欲が間に入らない。しがらみもない。親友からしか得られない幸福感がそこにはある。

 僕はまた、生きる意味を見つけられた。

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