第2話「芽吹きと出会い」
翌朝、鳥の声で目を覚ました。昨夜は焚き火のそばで、石を枕代わりに眠った。背中は少し痛いが、不思議と体は軽い。神々から与えられた《創耕》の力が、疲労を癒やしてくれているのかもしれない。
「さて……まずは腹を満たすところから、だな」
川の水を手ですくい、喉を潤す。清らかな水が体に染み渡る。昨夜芽吹かせた草を確認すると、短い時間しか経っていないのに小さな実をつけていた。口に含むと、ほんのり甘くて瑞々しい。心臓が跳ねた。
「……これだけで生きていけるかもしれないな」
小さな自給自足の可能性に、胸が熱くなる。追放された絶望は消えないが、「ここでならやり直せるかもしれない」という希望が少しずつ芽吹いていた。
昼過ぎ。川辺から少し離れた丘に登ると、見晴らしのいい草地が広がっていた。土を掘ると柔らかく、日当たりもいい。ここを拠点にするのがよさそうだ。
「よし、畑を作ろう」
スコップも鍬もない。だが、手で土を掘り返すと、自然と地面が耕されたようにほぐれていく。《創耕》の力が働いているのだろう。深く息を吸い込み、胸の奥で力を解き放つと、地面が震え、黒々とした土が波のように盛り上がった。
「……すごい」
ただの人間だった俺の手が、大地を動かしている。無能と呼ばれた俺が、今は土地を生かし、命を育む。目頭が熱くなり、笑いがこぼれた。
「これなら、本当に……」
その瞬間――。
「きゃあああっ!」
悲鳴が森の方から響いた。俺は思わず顔を上げる。木々の間を走る影。人影と、それを追う獣の咆哮。
「誰かが襲われてる……!」
考えるより先に体が動いた。俺は畑から飛び出し、声のした方向へ駆けた。
森の奥。そこには、栗色の髪をした少女が木の根元に倒れ込み、巨大な狼に迫られていた。牙を剥き出しにした狼は、普通の野生種ではない。灰色の毛皮は鉄のように硬そうで、目は血走り、唸り声が大地を震わせていた。
「逃げろ!」
俺は咄嗟に少女の前に飛び出した。だが武器はない。素手でどうにかなる相手ではないことは、冒険者としての経験からも分かっていた。
「くっ……!」
狼が飛びかかってくる。咄嗟に手を地面につけた。すると《創耕》の力が走り、土から太い根が伸び上がり、狼の脚に絡みついた。
「――!?」
狼が驚いたように吠え、体勢を崩す。その隙に俺は少女を抱き起こし、木陰へと転がり込む。胸が焼けるほどに鼓動が速い。だが、まだ終わってはいない。
「頼む……!」
必死に力を込めると、根がさらに伸び、狼の全身を絡め取った。獣は暴れたが、次第に力を失い、やがて呻き声を残して動かなくなった。
「……はぁ、はぁ……」
汗が滲む。初めて実戦で《創耕》を使った。恐怖で足が震えていたが、何とか守りきれた。
「……だ、誰?」
震える声が背後から聞こえた。振り返ると、少女がこちらを見上げていた。年は十六、七だろうか。薄い布の服は破れ、膝に擦り傷がある。だが瞳は澄んでいて、怯えながらも芯の強さを感じさせた。
「俺はリオ。通りすがり……というか、ここで暮らそうとしている者だ」
「助けて……くれたの?」
「まあ……結果的には、な」
少女は目を見開き、やがて涙ぐんだ。
「ありがとう。本当に……ありがとうございます」
そう言って深く頭を下げる。その仕草はどこか気品があった。
「君は……どうしてこんな所に?」
「……私は、家を追われたんです」
ぽつりと落ちる言葉。事情を聞けば、彼女の名はエリナ。とある小さな領地の出身で、継母に疎まれ、屋敷を追い出されたらしい。森を抜けて隣村へ向かおうとしたが、途中で狼に襲われてしまったのだという。
「追放、か……」
自分と同じ境遇に、思わず胸が痛んだ。
「もしよければ……ここで一緒に暮らさないか?」
自分でも驚くほど自然に、その言葉が口をついた。孤独に耐えるよりも、この出会いを大切にしたいと思ったのだ。
エリナは驚いた顔をした後、小さく笑った。
「……はい。ここに、居させてください」
その日の夕暮れ。俺とエリナは、川辺で火を起こし、拾った木の実や草を煮込んで簡単なスープを作った。粗末だが、二人で囲む食卓は不思議と温かかった。
「……美味しいです」
「そうか。よかった」
エリナが笑う。その笑顔を見て、俺は心から思った。
――ここから始まるのだと。追放された無能ではなく、《創耕》の加護を持つ俺として。孤独ではなく、仲間と共に。
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