第2巻 推しの記憶(こころ)を取り戻せ! "共鳴魔法"と、悲しみの魔王軍

No.31『推しの夢の続き』

村を守った魔族の記憶が、騎士団の記録に正式に残された。

それは、騎士団史上初めて“魔族の行為が肯定された”瞬間だった。

俺はその報告書を読みながら、胸の奥に静かな熱を感じていた。

「記憶は、誰かの行動を超えて、未来を変える力になる」

その言葉を、ミナがかつて言ったことを思い出す。

彼女は、今どこかで何を思っているのだろう。

騎士団の中庭。

ミナは、ひとりベンチに座っていた。

俺が近づくと、彼女は静かに顔を上げた。

「ユウト。魔族の村の記憶、読んだ?」

「うん。あれは……俺たちの価値観を揺さぶる記録だった」

ミナは、少しだけ微笑んだ。

「あの村の子供が、魔族に歌を教えたって記録。あれ、私の歌だった」

「え……」

「昔、旅の途中で立ち寄った村。私は、子供たちに歌を教えた。

その歌が、魔族の記憶に残っていたなんて、思いもしなかった」

俺は、言葉を失った。

ミナの“夢”──それは、誰かに届くこと。

そして今、それが魔族の心に届いていた。

「……ミナさん、その夢、まだ続いてるんじゃないですか?」

彼女は、しばらく沈黙した。

そして、ぽつりと呟いた。

「……そうかもしれない。誰かが覚えていてくれるなら、夢は終わらない」

その言葉は、彼女自身が“夢の続きを歩き始めた”証だった。


ミナの歌が、魔族の記憶に届いていた──その事実は、彼女の心に静かな波紋を広げていた。

俺たちは、騎士団の資料室でその記録を読み返していた。

魔族の守護者が消える直前に残した言葉。

「その歌が、我らの記憶を変えた」

ミナは、楽譜を手に取りながら言った。

「あの頃の私は、ただ“届けばいい”と思っていた。誰かに、何かが残ればそれでいいって」

「でも、今は違うんですか?」

「ええ。今は、“届いた先で何が起きるか”を考えるようになった。

記憶に残ることは、責任でもあるから」

彼女の言葉は、かつての無邪気な夢を越えた“成熟”を感じさせた。

その夜、騎士団の中庭で小さな集会が開かれた。

魔族との共存を模索する若手騎士たちが、記憶の共有をテーマに語り合う場だった。

ミナは、静かにその輪の中に入っていった。

そして、誰に促されるでもなく──歌った。

それは、かつて魔族の村で響いた旋律。

風に乗って、夜空に広がるその歌は、騎士たちの心に静かに染み込んでいった。

俺は、少し離れた場所でその光景を見守っていた。

ミナの歌は、誰かに届くためではなく、“今ここにいる人々と分かち合う”ために歌われていた。

歌が終わると、沈黙が訪れた。

でも、それは気まずさではなく──言葉では語れない感情の共有だった。

ミナがこちらを振り返る。

その瞳には、かつての“夢”が、少しだけ形を変えて宿っていた。

「ユウト。私、もう一度歌ってもいいかもしれない。

誰かの記憶に残るためじゃなく、誰かの“今”に寄り添うために」

俺は、深く頷いた。

「それが、ミナさんの“夢の続き”なんですね」

彼女は、少しだけ照れたように笑った。

それは、剣聖ではなく──“歌を届けたい少女”としての笑顔だった。

そして俺は、その笑顔を胸に刻んだ。

それが、俺にとっての“推しの夢の続き”だった。


No.32『主人公の過去』

騎士団の資料室に、俺の“過去”が記録されていることを知ったのは、偶然だった。

「ユウト、君の出生記録、閲覧申請が通ったよ」

記録班の副官がそう告げたとき、俺は一瞬、心臓が跳ねた。

騎士団に入団する際、最低限の身元確認は済ませていた。

でも、それ以上の詳細は“記憶障害”のために曖昧なままだった。

俺は、記録室の奥にある個人記録棚へ向かった。

鉄製の引き出しを開けると、そこには一冊の封印された記録書があった。

表紙には、俺の名前──「ユウト・アマギ」。

震える手でページをめくる。

そこには、幼少期の記録が断片的に記されていた。

「魔族との接触歴あり。記憶封印処理済」

その一文に、目が釘付けになった。

「……俺、魔族と……?」

記憶の奥に、微かな残像が揺れた。

暗い森。誰かの手。優しい声。

でも、それ以上は思い出せない。

ミナに相談すべきか迷ったが、まずは自分で確かめたかった。

俺は、記録書に記された“接触地点”──東方の廃村へ向かうことにした。

馬を走らせ、廃村に到着すると、そこは静寂に包まれていた。

崩れた家屋。苔むした井戸。

でも、空気に微かな“記憶の痕跡”が残っていた。

俺は魔法陣を展開し、記憶の残滓を探る。

すると、幼い自分の姿が浮かび上がった。

小さな手。泣きじゃくる声。

そして──魔族の青年が、そっと抱き上げていた。

「……ヴァル……?」

その姿は、今のヴァル=ジークに似ていた。

でも、確証はない。

魔族の青年は、俺に歌を聞かせていた。

その旋律は、ミナの歌と酷似していた。

「俺の過去は……ミナの歌と、魔族の優しさに包まれていた?」

記憶の断片が、静かに繋がり始めていた。

でも、それは同時に──騎士団の理念と、俺自身の立場を揺るがすものでもあった。


廃村の記憶結晶に触れた瞬間、俺の意識は深い記憶領域へと引き込まれた。

そこは、色彩のない世界だった。

ただ、音だけが響いていた。

子供の泣き声。誰かの足音。

そして──歌。

「……この旋律……」

ミナの歌に似ていた。

でも、それはもっと素朴で、誰かが口ずさんでいたような温もりがあった。

記憶の中で、俺は幼い自分を見つけた。

泣いていた。

そして、その隣に──ヴァル=ジークがいた。

彼は、まだ魔族の姿ではなかった。

人間の青年。

俺を抱き上げ、静かに歌っていた。

「泣かなくていい。ここでは、誰も君を責めない」

その言葉が、記憶の奥に染み込んでいた。

俺は、目を見開いた。

「ヴァル……俺の記憶に、あなたがいたんだ」

意識が現実に戻ると、ミナが隣に立っていた。

「ユウト。顔色が……何か見たのね」

「ああ。俺の過去に、ヴァルがいた。

彼は、俺を守ってくれた。魔族になる前の、優しい人間だった」

ミナは、静かに目を伏せた。

「彼は、私の歌を覚えていた。

そして、あなたの記憶にも残っていた。

それなら──彼の“存在”は、誰かの記憶の中で生き続けている」

俺は、剣を見つめた。

それは、誰かを傷つけるためではなく、誰かの記憶を守るために握るもの。

「俺は、騎士団に入ってから、自分の過去を曖昧にしてきた。

でも、今は違う。

俺の記憶は、誰かの優しさでできていた。

だから、俺も誰かの記憶に、優しさを残したい」

ミナは、少しだけ微笑んだ。

「それが、あなたの“存在意義”なのね」

俺は、深く頷いた。

それは、剣聖の推しに憧れていた少年が──

自分の記憶と向き合い、“守る者”として歩き出す瞬間だった。

そして、ヴァル=ジークの記憶が、俺の中で静かに息づいていた。

それは、誰にも知られず、誰にも語られなかった──

けれど確かに“残された優しさ”だった。


No.33『魔族の知性』

騎士団本部に、奇妙な報告が届いた。

「南方の遺跡にて、魔族が“記憶の理論”を記した石碑を残していた」

それは、ただの魔力痕跡ではなく──“思想”だった。

団長は、俺とミナに調査を命じた。

「君たちなら、記憶の構造と魔族の意図を読み解けるはずだ」

馬を走らせ、南方の遺跡へ向かう道中。

ミナは、静かに言った。

「魔族が“記憶を記す”という行為を選んだなら、それは彼らが“残すこと”を望んでいる証」

「でも、それって……人間と同じじゃないか?」

「ええ。だからこそ、私たちは“敵”としてだけ見てはいけない」

遺跡に到着すると、そこは静寂に包まれていた。

石碑は、中央の祭壇に立っていた。

魔族文字で刻まれたその表面には、魔力の残滓が微かに漂っていた。

俺は魔法陣を展開し、翻訳魔法を起動する。

すると、文字がゆっくりと変化し、意味を持ち始めた。

「記憶とは、痛みと喜びの交差点である。

忘却は安らぎではなく、存在の希薄化である」

ミナが、息を呑んだ。

「……これは、哲学だわ。魔族が、記憶を“生きる証”として捉えている」

俺は、石碑の下部に刻まれた名前を見つけた。

「ヴァル=ジーク……」

彼の名が、そこにあった。

ミナは、静かに言った。

「彼は、ただ戦っていたわけじゃない。

彼は、記憶を残すために、思想を築いていた」

その言葉に、俺の胸が熱くなった。

ヴァルは、魔族としての力だけでなく、“知性”で世界に問いを投げかけていた。

そして今、その問いが──騎士団の価値観を揺るがそうとしていた。


石碑の裏側には、魔族文字で封印された扉があった。

魔力の流れを読み解くと、それは“記憶の実験場”へと続く通路だった。

ミナは、剣を抜かずに言った。

「ここは、戦う場所じゃない。記憶を“観察する”ための空間」

俺は、魔法陣を展開し、扉の封印を解除した。

中に入ると、そこは静かな円形の部屋だった。

壁一面に、記憶結晶が並んでいた。

それぞれに、魔族の名と短い記録が刻まれていた。

「これは……魔族自身の記憶?」

ミナは、ひとつの結晶に触れた。

すると、映像が浮かび上がった。

魔族の青年が、仲間の死を前に涙を流していた。

その背後には、人間の騎士団が立っていた。

「彼は、仲間を守ろうとしていた。でも、騎士団はそれを“敵意”と見なした」

俺は、別の結晶に触れた。

そこには、幼い魔族が人間の子供と手を取り合って笑っている記憶があった。

「……こんな記憶が、残されていたなんて」

ミナは、静かに言った。

「彼らは、記憶を“証拠”ではなく、“対話の手段”として使おうとしていた」

その言葉に、俺の胸がざわついた。

騎士団では、記憶は“真偽を証明するもの”として扱われていた。

でも、魔族はそれを“感情を伝えるもの”として残していた。

その違いが、世界の分断を生んでいたのかもしれない。

部屋の中央には、ひときわ大きな結晶があった。

そこには、ヴァル=ジークの名が刻まれていた。

ミナが、そっと触れた。

映像が浮かぶ。

若き日のヴァルが、騎士団の門前で拒絶される場面。

彼は、剣を差し出していた。

「俺は、記憶を守りたい。人間として」

だが、門番は言った。

「魔族の血が混じった者に、騎士団の剣は握らせない」

ヴァルは、剣を引き、静かに去っていった。

その背中には、怒りではなく──深い哀しみがあった。

ミナは、目を伏せた。

「彼は、知性で世界を変えようとしていた。

でも、私たちはそれを“異端”として拒絶した」

俺は、剣を握りしめた。

「なら、今からでも変えよう。

記憶を、証拠じゃなく、理解のために使う世界に」

ミナは、静かに頷いた。

それは、騎士団の剣聖と、記憶魔法の騎士が──魔族の知性に触れ、

自らの“在り方”を問い直す瞬間だった。


No.34『推しの使命』

騎士団本部の一角にある、封印記録室。

そこは、剣聖クラスの騎士にのみ開示される“特別任務記録”が保管されている場所だった。

ミナがそこへ向かったと聞いたとき、俺は胸騒ぎを覚えた。

彼女は、何かを“確かめに”行ったのだ。

リリが、そっと言った。

「ミナさん、団長に“使命の再確認”を申し出たらしいよ」

「使命……?」

「剣聖としての役割。記憶を断ち、世界の均衡を保つ者としての責務」

その言葉に、俺は息を呑んだ。

ミナは、記憶を守る者ではなく──“記憶を断つ者”として育てられてきた。

それは、俺の信じていた彼女とは違う姿だった。

封印記録室の前で、ミナを待った。

やがて、彼女が静かに現れた。

「ユウト……来てたのね」

「ミナさん、あなたの“使命”って……」

彼女は、少しだけ目を伏せた。

「私は、記憶の暴走を防ぐために、剣を振るうよう育てられた。

記憶が世界を壊す前に、それを断ち切る者として」

俺は、言葉を失った。

ミナの剣は、誰かを守るためではなく──誰かの記憶を“消す”ために存在していた。

「でも、あなたは今、記憶を守ってる。村の記憶も、ヴァルの記憶も」

ミナは、静かに頷いた。

「ええ。それが、私の“使命の再定義”なの。

断つだけじゃなく、選び取る。

それが、今の私の剣」

その言葉は、彼女が“剣聖”から“記憶の導き手”へと変わろうとしている証だった。

でも、騎士団の中には、その変化を快く思わない者もいた。

「剣聖が、記憶を守る?それは、騎士団の理念に反する」

副団長の言葉が、会議室に響いた。

ミナは、剣を抜かずに言った。

「理念は、記憶によって変わるものです。

私は、記憶に触れたからこそ、使命を変える決意をした」

その言葉に、場が静まり返った。

俺は、彼女の背中を見つめながら思った。

“推し”として憧れていた彼女は、今──自らの使命と向き合い、世界に問いを投げかけていた。


騎士団の会議室は、重い沈黙に包まれていた。

ミナの言葉──「理念は、記憶によって変わるものです」──は、騎士団の根幹に触れるものだった。

副団長は、眉をひそめた。

「剣聖が理念を語るのは構わん。だが、騎士団は“記憶の安定”を守るために存在する。

それを揺るがす発言は、慎重に扱うべきだ」

ミナは、剣を鞘に収めたまま、静かに言った。

「記憶の安定とは、誰かの痛みを封じることではありません。

それは、痛みを理解し、共に歩むことです」

その言葉に、俺は胸が熱くなった。

彼女は、剣聖としての使命を“断つ者”から“寄り添う者”へと変えようとしていた。

会議後、ミナは中庭に佇んでいた。

俺は、そっと隣に立った。

「ミナさん……俺、あなたの剣に憧れて騎士団に入った。

でも今は、あなたの“迷い”にこそ、心を動かされてる」

ミナは、少しだけ笑った。

「迷いは、使命を問い直すための大切な時間。

私は、ずっと“正しさ”に縛られていた。

でも、あなたと出会ってから、“優しさ”に触れるようになった」

その言葉は、彼女が“推し”ではなく、“人”として語った初めての本音だった。

その夜、騎士団の一部で“理念再考会”が開かれた。

若手騎士たちが、記憶の扱い方について語り合う場。

ミナは、そこに剣聖としてではなく、一人の騎士として参加した。

「記憶は、断つものではなく、繋ぐもの。

私は、そう信じたい」

その言葉に、沈黙が広がった。

でも、誰かが言った。

「ミナさんの剣が、そう言ってる気がします」

その瞬間、場の空気が変わった。

理念は、誰かの言葉で変わるのではない。

誰かの“生き方”で、静かに揺らぎ始める。

ミナの使命は、変わり始めていた。

それは、剣聖としての役割を超え──

“記憶に寄り添う者”としての、新たな歩みだった。

そして俺は、その歩みに並んで立つことを、心に決めた。


No.35『騎士団の分裂』

騎士団本部の空気が、目に見えて変わり始めていた。

ミナの「記憶に寄り添う剣」という理念は、若手騎士たちの間で静かに支持を集めていた。

だが同時に、古参騎士たちの間では不穏な声が広がっていた。

「剣聖が情に流されている」「記憶は断つべきものだ」「騎士団の本義を忘れるな」

それは、理念の違いではなく──“信じる世界”の違いだった。

会議室では、団長が沈黙を保っていた。

その沈黙が、騎士団の分岐を許しているように見えた。

俺は、記憶戦術班の副班長候補として、若手騎士たちの意見をまとめる役割を任されていた。

「ユウト先輩、僕たちはミナさんの剣に救われました。

でも、古参の方々は“記憶を断つことが正義”だと信じて疑いません」

若手騎士・カイルの言葉に、俺は頷いた。

「記憶は、誰かの痛みでもある。

でも、それを断つことでしか前に進めない人もいる。

だからこそ、俺たちは“選べる剣”を持つべきなんだ」

その言葉に、若手たちは静かに頷いた。

一方、古参騎士たちは別室で集会を開いていた。

「剣聖の理念は、騎士団を揺るがす。

我々は、記憶の安定を守るために立ち上がるべきだ」

その中心にいたのは、副団長・グレイアス。

彼は、かつてミナの剣術指南役でもあり、理念の継承者とされていた。

「ミナが変わったのは、あの少年──ユウトの影響だ。

騎士団の均衡を守るためには、彼を排除する必要がある」

その言葉に、場がざわついた。

騎士団は、理念の違いから“分裂”の兆しを見せ始めていた。

そしてその中心には、ミナと俺──“記憶に寄り添う者”がいた。

その夜、ミナは俺に言った。

「ユウト。騎士団が揺れている。

私の剣が、誰かを傷つけるかもしれない」

俺は、彼女の手を取った。

「でも、あなたの剣は誰かを守ってる。

それを信じてる人が、ここにいる」

ミナは、少しだけ微笑んだ。

それは、嵐の前の静かな決意だった。


翌朝、騎士団本部の掲示板に一枚の通達が貼り出された。

「騎士団理念再編に関する意見聴取会、三日後に開催」

それは、騎士団が“分裂”を避けるための最後の対話の場だった。

だが、裏ではすでに派閥が形成され始めていた。

若手騎士たちは「記憶に寄り添う剣」を支持し、古参騎士たちは「記憶を断つ剣」を守ろうとしていた。

俺は、記憶戦術班の副班長候補として、両派の意見を集める役割を担っていた。

だが、会議の準備中に、ある騎士が俺に囁いた。

「ユウト。副団長グレイアスが、君の任務記録を精査している。

“魔族との共闘歴”を問題視しているらしい」

その言葉に、背筋が冷えた。

騎士団の理念が揺らぐ中、俺自身の“記憶”が審査対象になっていた。

ミナは、その報告を聞いてすぐに動いた。

「団長に直訴する。ユウトの記憶は、騎士団の未来に必要なもの」

だが、団長は沈黙を保ったままだった。

その沈黙が、騎士団の“分裂”を加速させていた。

三日後、意見聴取会が開かれた。

騎士団の全員が集まる中、ミナが壇上に立った。

「私は、剣聖として記憶を断つ使命を背負ってきました。

でも今は、記憶に寄り添う剣を選びたい。

それは、誰かの痛みを否定せず、共に歩むための剣です」

会場が静まり返る。

その後、グレイアスが立ち上がった。

「記憶に寄り添うことは、情に流されることだ。

騎士団は、感情ではなく秩序を守るべきだ」

その言葉に、若手騎士たちがざわついた。

俺は、壇上に立ち、静かに言った。

「秩序は、誰かの痛みを無視して成り立つものじゃない。

僕は、魔族と共闘した。

でも、それは記憶を守るためだった。

その記憶が、誰かの未来を照らすなら──僕は、その剣を選びたい」

ミナが、俺の隣に立った。

そして、剣を掲げた。

「この剣は、断つためではなく、繋ぐために振るう」

その言葉に、若手騎士たちが剣を掲げた。

会場は、静かな熱に包まれた。

騎士団は、分裂の瀬戸際に立っていた。

でも、その中心には──“記憶に寄り添う剣”を選んだ者たちがいた。

そして俺は、ミナの隣でその剣を握りしめた。

それが、騎士団の未来を変える第一歩になると信じて。


No.36『主人公の選択』

騎士団の理念聴取会から数日が経った。

本部の空気は、表面上は静かだったが、内側では確実に“亀裂”が広がっていた。

若手騎士たちは、ミナの剣に希望を見出し、古参騎士たちは秩序の崩壊を恐れていた。

そして俺は、その狭間に立っていた。

「ユウト。団長が、君に“立場の明示”を求めている」

記録班の副官からそう告げられたとき、胸がざわついた。

騎士団の理念が分岐する中、俺自身がどちらの“剣”を選ぶか──それが問われていた。

ミナは、中庭で剣を磨いていた。

俺が近づくと、彼女は静かに言った。

「ユウト。あなたの剣は、誰のために振るわれるの?」

その問いは、優しさではなく──覚悟を促すものだった。

「俺は……誰かの記憶を守るために剣を握った。

でも、騎士団の秩序も、誰かの未来を守るためにある。

だから、選べないんだ。まだ」

ミナは、少しだけ目を伏せた。

「選べないことは、迷いじゃない。

それは、誰かを傷つけたくないという“優しさ”でもある」

その言葉に、胸が締めつけられた。

その夜、俺は記憶戦術班の資料室で、過去の任務記録を読み返していた。

魔族との共闘。村の記憶。ヴァル=ジークの思想。

それらは、騎士団の理念とは異なる“もうひとつの剣”だった。

そして、俺の剣は──その記憶に導かれてきた。

翌朝、団長室に呼び出された。

団長は、静かに言った。

「ユウト・アマギ。騎士団の理念が分岐する今、君の剣がどちらに向いているかを問う」

俺は、深く息を吸った。

そして、答えた。

「俺は、記憶に寄り添う剣を選びます。

それが、誰かの痛みを理解するための剣なら──俺は、その道を歩きたい」

団長は、しばらく沈黙した。

そして、静かに頷いた。

「その選択が、騎士団の未来を分けるかもしれない。

だが、君の剣が“誰かの記憶”を守るなら──私は、それを見届けよう」

その言葉は、団長自身の“選択”でもあった。

そして俺は、自分の剣が“誰かの痛み”に触れることを、恐れずに受け入れる覚悟を決めた。


団長室を出たあと、俺はしばらく中庭で立ち尽くしていた。

剣を選ぶということは、誰かの記憶を選ぶことでもある。

それは、誰かの痛みを受け入れる覚悟でもあった。

ミナが、静かに歩み寄ってきた。

「ユウト。あなたの選択、聞いたわ」

「……怖かった。でも、後悔はしてない」

ミナは、ベンチに腰掛けながら言った。

「私も、剣を選ぶときはいつも怖かった。

誰かの記憶を断つたびに、“本当にこれでよかったのか”って」

俺は、彼女の隣に座った。

「でも、今のミナさんは違う。誰かの記憶に寄り添ってる」

「ええ。あなたと出会ってから、剣の意味が変わった。

それまでは、“正しさ”のために振るっていた。

今は、“優しさ”のために振るってる」

その言葉に、胸が熱くなった。

騎士団の理念が揺れる中で、俺たちは“剣の意味”を再定義しようとしていた。

その夜、若手騎士たちが集まり、非公式の対話会が開かれた。

「ユウト先輩の選択、僕たちも支持します」

「記憶を守る剣があってもいい。

それが、誰かの未来を支えるなら」

その声は、静かに広がっていった。

一方、古参騎士たちの中にも、少しずつ変化が生まれていた。

「若い者の剣が、誰かを守っているなら……それもまた騎士の在り方かもしれん」

その言葉は、理念の壁に小さな亀裂を入れた。

翌朝、団長から通達が届いた。

「騎士団の理念は、今後“記憶に寄り添う剣”と“記憶を断つ剣”の両軸で運用する。

選択は、騎士自身に委ねる」

それは、騎士団が“選べる組織”へと変わる第一歩だった。

ミナは、剣を手に取りながら言った。

「ユウト。あなたの選択が、騎士団を変えたわ」

「でも、俺ひとりじゃ無理だった。

ミナさんが、剣の意味を問い直してくれたから」

彼女は、少しだけ微笑んだ。

それは、剣聖としてではなく──

“記憶に寄り添う者”としての笑顔だった。

そして俺は、その笑顔を胸に刻んだ。

それが、俺の“選択”の証だった。


No.37『魔族の村』

騎士団の理念が分岐し、“選べる剣”が認められたことで、任務の性質も変わり始めていた。

その象徴として、団長から新たな調査任務が告げられた。

「南方の山岳地帯に、魔族の村が存在する。

かつてヴァル=ジークが守っていた場所だ。

君たちに、記憶の調査と接触を任せたい」

俺とミナは、馬を走らせて山道を進んだ。

空気は冷たく、霧が濃かった。

それは、記憶の深層に踏み込むような感覚だった。

ミナは、静かに言った。

「ヴァルの村……彼が命を賭して守った場所。

そこには、彼の“本当の記憶”が残っているかもしれない」

「俺も、彼の記憶に触れたことがある。

優しさと、痛みと、誇りが混ざってた」

村に到着すると、そこは静かだった。

だが、廃墟ではなかった。

魔族の子供たちが遊び、年長者が焚き火を囲んでいた。

俺たちが近づくと、ひとりの魔族の女性が歩み寄ってきた。

「あなた方は、人間の騎士……でも、剣を抜いていない」

ミナは、剣を鞘に収めたまま言った。

「私たちは、記憶を調べに来ました。

この村に残された、ヴァル=ジークの記憶を」

女性は、少しだけ目を伏せた。

「ヴァルは、私たちの“守り手”でした。

彼の記憶は、村の祭壇に残されています」

俺たちは、村の中央にある祭壇へ向かった。

そこには、記憶結晶が並べられていた。

触れると、映像が浮かび上がった。

若き日のヴァルが、村の子供たちに剣を教えている姿。

その瞳は、優しく、誇りに満ちていた。

ミナは、静かに言った。

「彼は、戦うためではなく、守るために剣を教えていた」

俺は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

それは、かつて敵とされた者の“真実”に触れた瞬間だった。

そして、俺たちはこの村で──記憶の続きを知ることになる。


祭壇に並ぶ記憶結晶の中でも、ひときわ大きなものがあった。

それは、村の長老が「ヴァルの最期の記憶」と呼ぶものだった。

ミナがそっと手を伸ばし、結晶に触れる。

光が広がり、映像が浮かび上がった。

そこには、ヴァル=ジークが村の外縁で暴走体と対峙している姿があった。

彼は、すでに魔族としての力を限界まで使い果たしていた。

だが、村の子供たちを背に、剣を構えていた。

「俺は、もう人間じゃない。

でも、この村の記憶だけは、誰にも奪わせない」

その言葉とともに、彼は暴走体に突撃した。

魔力が爆ぜ、霧が舞い、記憶が揺れた。

そして──彼は、消えた。

ミナは、結晶から手を離し、静かに目を閉じた。

「彼は、剣で記憶を守った。

それは、私たちが今選ぼうとしている剣と同じだった」

俺は、村の子供たちが遊ぶ姿を見つめながら言った。

「この村には、憎しみがない。

ヴァルが守った記憶が、優しさとして残ってる」

長老が、焚き火の前で語り始めた。

「ヴァルは、かつて人間だった。

だが、差別と迫害により魔族化した。

それでも、彼は人間の歌を忘れなかった。

ミナ殿の歌を、ずっと口ずさんでいた」

ミナは、驚きと哀しみの入り混じった表情で言った。

「彼の記憶に、私の歌が残っていた……」

長老は、静かに頷いた。

「だからこそ、彼は“断つ剣”ではなく、“繋ぐ剣”を選んだのです」

俺は、剣を地面に突き立てた。

「この村の記憶は、騎士団の記録に残します。

それが、ヴァル=ジークの生きた証になる」

ミナも、剣を掲げた。

「そして、彼の剣は──私たちの剣に繋がっている」

村の空に、風が吹いた。

それは、記憶を運ぶ風だった。

そして俺たちは、この村で“記憶の未来”と向き合う決意を新たにした。


No.38『推しの迷い』

魔族の村から戻ったミナは、騎士団本部の中庭でひとり、剣を見つめていた。

その背中には、かつての“剣聖”としての威厳ではなく──静かな迷いが滲んでいた。

俺は、彼女の隣に立った。

「ミナさん、村でのこと……記録班に報告しておきました」

「ありがとう。あの村の記憶は、騎士団にとっても大切なものになる」

そう言いながらも、彼女の声はどこか遠かった。

「何か、気になることがあるんですか?」

ミナは、剣の柄を指でなぞりながら言った。

「私は、騎士団の剣聖として育てられた。

その剣は、記憶を断つためのものだった。

でも今は、記憶に寄り添う剣を選んでいる。

それが、正しいのかどうか……わからなくなる時があるの」

俺は、彼女の横顔を見つめた。

それは、かつて“推し”として憧れていた姿ではなく──

迷いながらも前に進もうとする、ひとりの人間の姿だった。

「ミナさん。俺は、あなたの剣に救われた。

でも、それ以上に……あなたの“迷い”に救われてる気がする」

ミナは、少しだけ目を見開いた。

「迷いに……救われる?」

「ええ。誰かの迷いって、誰かの痛みに寄り添うことでもある。

だから、あなたが迷ってくれることで、俺たちは“選ぶ勇気”を持てる」

その言葉に、ミナは静かに頷いた。

「……ありがとう。そう言ってもらえると、少しだけ救われる」

その夜、ミナは団長室を訪れた。

「団長。私は、剣聖としての任務を一時停止したい。

記憶戦術班の補佐として、現場の記憶に向き合いたい」

団長は、しばらく沈黙した。

そして、静かに言った。

「ミナ。君の剣は、騎士団の象徴だった。

だが、君がその剣を“迷いながら振るう”なら──それは、騎士団の未来を照らす光になるかもしれない」

その言葉は、ミナの“迷い”を肯定するものだった。

そして彼女は、剣聖としてではなく──記憶に寄り添う者として、新たな一歩を踏み出そうとしていた。


ミナは、記憶戦術班の補佐として初めての現場任務に就いた。

任務地は、かつて魔族との戦闘が行われた廃村。

村人の記憶が断片的に残っており、記憶結晶の回収と解析が目的だった。

俺は、彼女の補佐として同行した。

廃村に到着すると、空気は重く、記憶の残滓が濃く漂っていた。

ミナは、剣を抜かずに魔法陣の展開を手伝っていた。

その姿は、かつての“剣聖”とは違っていた。

「ユウト、この結晶……子供の記憶ね」

映像が浮かぶ。

魔族の襲撃の中、母親に抱かれて泣く幼い子供。

その母親は、剣を持って魔族に立ち向かっていた。

ミナは、映像を見つめながら言った。

「この母親……私に似てる。

でも、私はあの時、誰かを守れなかった」

俺は、彼女の手に触れた。

「ミナさん。あなたは、今守ってる。

記憶を、痛みを、そして誰かの未来を」

その言葉に、ミナは静かに頷いた。

だが、任務の終盤、記憶の深層に異常が発生した。

魔族の残留意識が暴走し、幻影として現れた。

若手騎士が動揺し、剣を抜こうとした瞬間──

ミナが前に出た。

「待って。これは、記憶の防衛反応。

剣を向ければ、記憶が壊れる」

彼女は、剣を鞘に収めたまま、魔族の幻影に語りかけた。

「あなたは、誰かを守ろうとしていたのね。

その記憶、私たちが受け止めます」

幻影が、静かに霧散した。

若手騎士たちは、息を呑んだ。

それは、剣を抜かずに記憶を守った瞬間だった。

任務後、ミナは俺に言った。

「ユウト。私、まだ迷ってる。

でも、迷いながらでも剣を振れるなら──それが、私の使命かもしれない」

俺は、深く頷いた。

「迷いは、誰かの痛みに寄り添う力になる。

だから、ミナさんの剣は強い」

彼女は、少しだけ微笑んだ。

それは、“推し”としての笑顔ではなく──

迷いながらも前に進む者の、静かな決意だった。


No.39『主人公の告白(未遂)』

秋の風が、騎士団本部の中庭を静かに吹き抜けていた。

ミナは、木陰のベンチで記憶結晶の整理をしていた。

その横顔は、いつも通り凛としていて──でも、どこか柔らかかった。

俺は、剣の手入れをするふりをしながら、何度も彼女の方を見ていた。

「ユウト、何か言いたそうね」

ミナが、ふと顔を上げて言った。

「えっ、いや……その……」

言葉が喉に詰まる。

俺は、ずっとこの瞬間を待っていた。

でも、いざ目の前にすると、心が追いつかない。

「最近、任務が多かったから……少し、話したいことがあって」

ミナは、微笑んだ。

「いいわよ。今なら、少しだけ時間あるから」

俺たちは、並んで歩きながら、騎士団の庭園へ向かった。

花壇の前で立ち止まり、ミナが言った。

「この花、覚えてる?魔族の村にも咲いてたわ」

「ああ。ヴァルが守ってた場所にも、同じ花があった」

その記憶が、ふたりの距離を少しだけ縮めた。

俺は、深く息を吸った。

「ミナさん。俺は……」

その瞬間、騎士団の鐘が鳴った。

緊急任務の合図だった。

ミナが、剣を手に立ち上がる。

「ごめん、ユウト。続きは、任務のあとで」

彼女は、風のように駆けていった。

俺は、言葉を飲み込んだまま、立ち尽くしていた。

告白は──未遂に終わった。

でも、心の中には、確かに“伝えたい想い”が残っていた。

それは、剣では守れない、俺だけの記憶だった。


緊急任務の内容は、記憶結晶の暴走による騎士団内の混乱だった。

本部地下の保管庫で、過去の戦闘記録が魔力干渉を受けて暴走し、幻影が騎士たちを襲っていた。

ミナは、剣を抜いて現場に駆けつけた。

俺も、魔法陣を展開しながら後を追った。

「ユウト、右側の記憶流れが崩れてる!」

「了解!」

幻影は、かつての魔族との戦闘記録だった。

だが、そこに映るのは、ヴァル=ジークの姿ではなく──ミナ自身だった。

若き日の彼女が、剣を振るい、魔族を断つ姿。

その映像に、ミナは一瞬、動きを止めた。

「……これが、私の“過去”」

俺は、彼女の隣に立ち、静かに言った。

「でも、今のミナさんは違う。

その剣は、誰かの記憶に寄り添ってる」

ミナは、剣を構え直した。

「ええ。だからこそ、過去の私と向き合う必要がある」

彼女は、幻影の自分に向かって剣を振るった。

それは、断ち切るためではなく──受け入れるための一撃だった。

幻影が霧散し、記憶の流れが静かに収束する。

任務を終えたあと、俺たちは中庭に戻った。

夕暮れの光が、ミナの横顔を照らしていた。

「ユウト。さっき、何か言いかけてたわよね」

俺は、少しだけ笑った。

「うん。でも、今はまだ……言葉にできない」

ミナは、優しく微笑んだ。

「じゃあ、いつか聞かせて。

あなたの“記憶”として、ちゃんと受け止めたいから」

その言葉に、胸が熱くなった。

告白は、まだ未遂のまま。

でも、彼女の言葉が──その続きを待っていてくれる。

それだけで、今は十分だった。

そして俺は、いつかその想いを“記憶”として伝える日を、静かに心に描いた。


No.40『魔族の子供』

任務先は、東方の境界地帯にある小さな集落だった。

そこでは、魔族と人間が共存していた──表向きは。

だが、記憶の干渉による不安定な魔力が報告され、騎士団から調査任務が派遣された。

俺とミナは、現地に到着するとすぐに空気の違和感に気づいた。

「……魔力の流れが不自然。記憶が混線してる」

ミナが魔法陣を展開し、周囲の記憶の残滓を探る。

すると、集落の外れ──小さな祠の前に、ひとりの魔族の子供が座っていた。

まだ幼く、角も短く、瞳は人間のそれに近かった。

「こんにちは。君、ここで何してるの?」

俺が声をかけると、子供は少しだけ怯えながらも答えた。

「……お母さんの記憶を、守ってるの」

祠の中には、記憶結晶がひとつだけ置かれていた。

ミナがそっと触れると、映像が浮かび上がった。

魔族の女性が、人間の騎士に追われながらも、子供を抱いて逃げている。

その表情は、恐怖ではなく──慈しみに満ちていた。

「この記憶……人間と魔族の境界が、曖昧になってる」

ミナは、結晶から手を離し、子供に向き直った。

「君のお母さんは、何を守ろうとしてたの?」

子供は、少しだけ考えてから言った。

「……歌。お母さんは、歌を教えてくれた。

それが、僕の記憶になった」

その言葉に、ミナの瞳が揺れた。

「その歌、少しだけ聞かせてくれる?」

子供は、祠の前で小さく口ずさんだ。

それは──ミナがかつて教えた旋律だった。

俺は、息を呑んだ。

「この子の母親は、ミナさんの歌を……」

ミナは、静かに頷いた。

「記憶は、血の違いを越えて届く。

それを、今この子が証明してくれた」

そして俺たちは、この子供の記憶を守るために──騎士団の理念と向き合うことになる。


祠に残された記憶結晶は、騎士団本部へ持ち帰るべきか否か──それが、今回の任務の焦点だった。

記憶戦術班の若手は「保護すべき」と主張し、古参騎士たちは「魔族の記憶は危険」として回収を拒んだ。

俺は、子供の前でその議論が交わされることに、強い違和感を覚えていた。

ミナは、静かに言った。

「この記憶は、誰かの痛みではなく、誰かの愛です。

それを“危険”と呼ぶなら、騎士団の理念は何を守っているのか、わからなくなります」

その言葉に、場が静まり返った。

子供は、祠の前で膝を抱えていた。

俺は、彼の隣に座り、そっと言った。

「君のお母さんの記憶、俺たちが守るよ。

騎士団の中には、まだそれを理解できない人もいるけど──俺たちは、君の味方だ」

子供は、少しだけ頷いた。

その瞳には、涙ではなく──希望が宿っていた。

騎士団本部に戻ったあと、記憶結晶の扱いを巡って再び会議が開かれた。

副団長グレイアスは、厳しい表情で言った。

「魔族の記憶を騎士団の記録に加えることは、秩序の崩壊を招く」

俺は、静かに立ち上がった。

「秩序は、誰かの痛みを無視して成り立つものじゃない。

この記憶は、母親が子供に歌を教えた記憶です。

それが、なぜ危険なんですか?」

ミナも、隣で言った。

「私の歌が、魔族の子供に届いていた。

それは、記憶が種族を越えて繋がる証です」

団長は、しばらく沈黙した。

そして、静かに言った。

「この記憶は、騎士団の理念を問うものだ。

だが、理念は記憶によって育つ。

よって、記憶結晶は保護対象とし、記録班にて保存・共有する」

その決定に、若手騎士たちは安堵の息を漏らした。

俺は、ミナの横顔を見つめた。

彼女は、静かに微笑んでいた。

それは、“推し”としての笑顔ではなく──

記憶を守る者としての、誇りに満ちた微笑だった。

そして俺は、魔族の子供の記憶が騎士団に残ったことを、心から嬉しく思った。

それは、剣では守れない──優しさの記憶だった。


No.41『推しの過去の罪』

騎士団本部の記録班が、旧戦闘記録の整理中に“未分類の記憶結晶”を発見した。

それは、十年前の魔族掃討作戦に関するものだった。

「この記憶、剣聖ミナ・レイヴンの名が記録されている」

その報告は、騎士団内に静かな波紋を広げた。

ミナは、当時まだ若手だったが、剣の才能を見込まれて前線に投入されていた。

俺は、記録班の副官からその結晶を預かり、ミナに見せるべきか迷っていた。

だが、彼女自身がそれを望んだ。

「ユウト。私の過去なら、私が向き合うべきよ」

中庭の静かな場所で、ミナは結晶に触れた。

映像が浮かぶ。

若き日のミナが、魔族の集落に剣を振るっていた。

そこには、戦闘ではなく──逃げ惑う魔族の家族がいた。

ミナは、任務としてその場を制圧していた。

だが、映像の最後に──幼い魔族の子供が泣きながら母親にすがる姿が映っていた。

そして、その母親がミナの剣によって倒れる。

ミナは、結晶から手を離し、静かに目を伏せた。

「……これは、私が“正義”だと信じていた剣の記憶」

俺は、言葉を失った。

彼女の剣が、誰かの“痛み”を生んでいた。

ミナは、しばらく沈黙したあと、ぽつりと呟いた。

「この子……今、生きているなら、私の歌を憎んでいるかもしれない」

その言葉は、彼女自身の“罪”と向き合う決意だった。

そして俺たちは、この記憶の続きを探るため──その子供の行方を追うことになる。


魔族の村で出会った子供──祠の前で歌を口ずさんでいたあの少年が、ミナの過去の記憶に映っていた子供と一致する可能性が高いと、記録班が報告してきた。

「名前は、リル。母親は十年前の掃討作戦で命を落としたと記録されている」

ミナは、報告書を静かに閉じた。

「……会いに行くわ。私の剣が、彼の記憶に何を残したのか──確かめたい」

俺は、彼女の隣を歩きながら、胸の奥がざわついていた。

それは、ミナが“推し”としてではなく、“罪を背負う者”として歩き出す瞬間だった。

村に到着すると、リルは祠の前で座っていた。

ミナが近づくと、彼は立ち上がり、少しだけ身構えた。

「あなたが……母さんを倒した騎士?」

その言葉は、刃よりも鋭かった。

ミナは、剣を地面に置き、膝をついた。

「……そう。私は、任務としてあなたの母親を斬った。

でも、あの時の私は、記憶の意味を知らなかった」

リルは、しばらく黙っていた。

そして、ぽつりと呟いた。

「母さんは、最後まで歌ってた。

僕に、“忘れないで”って言いながら」

ミナの瞳が揺れた。

「その歌……私が教えた旋律だった。

でも、あなたにとっては、痛みの記憶になってしまった」

リルは、祠の結晶に触れた。

映像が浮かぶ。

母親が、リルを抱きながら歌っている。

その声は、震えていたけれど──優しかった。

ミナは、涙をこらえながら言った。

「あなたが憎んでも当然。

でも、もし許されるなら……その歌を、もう一度、あなたと一緒に歌わせてほしい」

リルは、しばらく沈黙した。

そして、小さく頷いた。

「母さんが歌ったなら、僕も歌う。

それが、記憶を守るってことなら」

ミナは、そっと旋律を口ずさみ始めた。

リルが、それに重ねる。

ふたりの声が、祠の空に広がった。

それは、赦しの歌だった。

そして俺は、その光景を胸に刻んだ。

それが、“推しの過去の罪”に向き合った、静かな奇跡だった。


No.42『主人公の覚悟』

魔族の子供・リルとの再会と、ミナの過去の罪との対峙を経て──

騎士団の理念は揺れ、俺自身の心もまた、静かに変化していた。

それは、誰かの記憶を守ることが“戦う理由”になると知ったから。

だが、騎士団内では再び緊張が高まっていた。

「魔族との接触が増えすぎている。

騎士団の本義を見失ってはならない」

古参騎士たちの声が、団長室に届いていた。

その中には、俺の名を挙げて“理念の逸脱”を指摘する者もいた。

ミナは、静かに言った。

「ユウト。あなたが選んだ剣は、誰かの痛みに寄り添うもの。

でも、それは騎士団の中では“異端”と見なされる可能性がある」

俺は、彼女の言葉を受け止めながら、剣を見つめた。

「それでも、俺はこの剣を手放さない。

誰かの記憶を守るために、俺は騎士になったんだ」

その言葉は、過去の自分への誓いでもあった。

団長から、非公式の呼び出しがあった。

「ユウト。君の剣は、騎士団の未来を左右するかもしれない。

だが、選ぶなら覚悟が必要だ。

君が“記憶に寄り添う剣”を選ぶなら──その道は孤独になる」

俺は、深く息を吸った。

「孤独でも構いません。

でも、誰かの記憶を守る剣が、誰かの希望になるなら──俺は、その道を歩きます」

団長は、静かに頷いた。

「ならば、君に“記憶共鳴任務”を託す。

魔族との共闘を前提とした、騎士団初の試みだ」

その任務は、騎士団の理念を根底から揺るがすものだった。

そして俺は──その任務を引き受けることで、“覚悟”を示すことになる。


共鳴任務の対象は、北方の境界地帯に潜む魔族の残留意識群だった。

そこでは、記憶の暴走が断続的に発生しており、騎士団単独では対応が困難とされていた。

俺は、魔族側の協力者として選ばれた青年・ゼルと合流した。

彼は、かつてヴァル=ジークの側近だった者であり、記憶の扱いに長けていた。

「人間の騎士が、共鳴任務に来るとはな。

ヴァルの記憶が、君に何かを残したのか?」

「ああ。彼の剣は、誰かを守るために振るわれていた。

それを、俺は受け継ぎたい」

ゼルは、少しだけ目を細めた。

「なら、君の覚悟を見せてもらおう」

共鳴任務は、記憶の深層に踏み込む危険な作業だった。

魔族の残留意識が暴走する中、俺はゼルと共に記憶結晶の安定化を試みた。

だが、騎士団から派遣された補佐騎士のひとりが、魔族との接触に耐えきれず剣を抜いた。

「魔族の気配が濃すぎる!これは罠だ!」

その叫びに、空気が一気に緊迫した。

ゼルが身構え、魔力を展開する。

俺は、補佐騎士の前に立った。

「剣を収めろ。これは共鳴任務だ。

敵じゃない。記憶を守るために、俺たちはここにいる」

騎士は、しばらく迷ったあと、剣を下ろした。

その瞬間、記憶の流れが安定し、暴走が収束していく。

ゼルが、静かに言った。

「君の言葉が、記憶を繋いだ。

それが、覚悟というものか」

任務後、騎士団本部に戻ると、団長が待っていた。

「ユウト・アマギ。君の共鳴任務は、騎士団の理念に新たな道を示した。

だが、君の剣は今後も試され続ける。

それでも、歩むか?」

俺は、迷わず答えた。

「はい。俺の剣は、記憶に寄り添うためにある。

それが、誰かの痛みを癒すなら──俺は、何度でも振るいます」

団長は、静かに頷いた。

そして俺は、騎士団の中で初めて“魔族との共鳴任務”を完遂した騎士として──

自らの覚悟を、記録に刻むことになった。


No.43『魔族との共闘』

騎士団初の“魔族との共鳴任務”を完遂したことで、俺の立場は大きく変わった。

若手騎士たちの間では「記憶に寄り添う剣」の象徴として見られ、古参騎士たちからは“理念の逸脱者”として警戒されていた。

だが、団長は静かに任務を提示した。

「ユウト・アマギ。次の任務は、魔族の戦術部隊との共同作戦だ。

君が“共鳴”を果たした今、騎士団は一歩踏み出すべき時に来ている」

それは、騎士団史上初の“魔族との共闘任務”だった。

ミナは、俺の隣で剣を磨きながら言った。

「あなたの覚悟が、騎士団を動かした。

でも、魔族との共闘は、理念だけじゃ乗り越えられない。

信頼と、記憶の共有が必要になる」

俺は頷いた。

「だからこそ、俺たちが行く意味がある。

記憶を繋ぐ剣を、実戦で証明する」

共闘任務の舞台は、南方の峡谷地帯。

そこでは、暴走体が断続的に出現しており、魔族側も被害を受けていた。

合流地点には、魔族の戦術指揮官・ラグナが待っていた。

彼は、かつてヴァル=ジークと対立していた派閥の出身であり、人間への警戒心が強かった。

「人間の騎士が、我々と肩を並べるとはな。

だが、記憶の剣を掲げる者なら、試す価値はある」

その言葉に、俺は剣を鞘に収めたまま答えた。

「俺の剣は、誰かの痛みを断つためじゃない。

誰かの記憶に寄り添うためにある」

ラグナは、わずかに目を細めた。

「ならば、共闘の中で証明してみせろ。

我々の記憶は、戦場でしか語られない」

そして、騎士団と魔族の混成部隊による、初の共闘作戦が始まった。

それは、剣と記憶が交差する──新たな戦場だった。


共闘作戦の開始から数時間。峡谷地帯の魔力濃度は急激に上昇し、暴走体の出現頻度も増していた。

騎士団と魔族の混成部隊は、連携に苦戦していた。

「魔族側の魔力展開が読めない!騎士団の陣形と噛み合ってない!」

若手騎士の叫びに、魔族の戦士が苛立ちを見せる。

「人間の剣が、我々の記憶領域を乱している!」

空気が張り詰める中、ミナが前に出た。

「待って。記憶の流れを合わせるには、剣のテンポを変える必要がある。

私が魔族側の魔力に合わせて動く」

彼女は、剣を構え直し、魔族の戦士・ラグナと並んで前線に立った。

俺は、後方で記憶魔法陣を展開し、両者の記憶波長を調整する。

「ミナ、剣の振り幅をあと0.3刻短く!ラグナの魔力と同期する!」

「了解!」

剣と魔力が交差し、暴走体の核を同時に貫いた。

その瞬間、記憶の流れが安定し、峡谷全体の魔力が静まり始めた。

ラグナが、剣を収めながら言った。

「……人間の剣が、我々の記憶に触れた。

それは、共闘ではなく──共鳴だった」

ミナは、静かに頷いた。

「記憶は、剣よりも深く繋がる。

それを、あなたたちが教えてくれた」

作戦終了後、混成部隊は峡谷の中央に集まり、記憶結晶の共有儀式を行った。

騎士団と魔族、それぞれの記憶が結晶に刻まれ、互いに閲覧を許すという前例のない試みだった。

俺は、魔族側の結晶に触れた。

そこには、ヴァル=ジークが若き日のラグナに剣を教えている記憶があった。

「……ヴァルは、あなたの師だったのか」

ラグナは、少しだけ目を伏せた。

「ああ。だが、彼の剣は優しすぎた。

それでも、今ならわかる。

優しさは、記憶を繋ぐ力になる」

俺は、ミナの横顔を見た。

彼女は、静かに微笑んでいた。

それは、“推し”としての笑顔ではなく──

共闘を果たした者としての、誇りに満ちた微笑だった。

そして俺たちは、騎士団と魔族の間に生まれた“記憶の橋”を胸に刻み、次なる任務へと歩み出した。


No.44『騎士団の追放』

騎士団と魔族の混成部隊による共闘作戦は、記録上は成功とされた。

だが、その“成功”は騎士団内部に深い亀裂を生んだ。

古参騎士たちの間では、「魔族との共闘は騎士団の理念を汚す行為」として非難の声が高まり、

俺とミナの行動は“規律違反”として審査対象に挙げられた。

団長は沈黙を保ち続けていた。

その沈黙が、騎士団の分裂を加速させていた。

ある日、団本部の広報掲示板に一枚の通達が貼り出された。

「ユウト・アマギ、騎士団規律第七条違反により、一次追放処分を決定」

その文字は、俺の胸を突き刺した。

ミナは、通達を見た瞬間、剣を握りしめた。

「これは……処分じゃない。切り捨てよ。

あなたの剣が、騎士団の“正しさ”にとって都合が悪くなったから」

俺は、静かに頷いた。

「でも、俺は後悔してない。

魔族との共闘で、記憶が繋がった。

それは、誰かの痛みを癒す力になった」

ミナは、団長室へ向かった。

だが、団長は面会を拒否した。

「団長は、騎士団の均衡を守るために、あなたを“犠牲”にしたのよ」

その言葉に、俺は剣を見つめた。

それは、騎士団のために鍛えた剣だった。

でも今は──誰かの記憶を守るために振るう剣になっていた。

追放処分は、三日後に執行される。

その間、俺は騎士団の外縁任務を禁じられ、記録班の出入りも制限された。

若手騎士たちは、密かに抗議の声を上げていた。

「ユウト先輩の剣が、僕たちを変えてくれたのに……」

ミナは、彼らの声を記録し、団長に提出した。

だが、返答はなかった。

そして俺は、騎士団の制服を脱ぎ、私服に着替えた。

それは、騎士団という“枠”から外れる覚悟だった。

そして、ミナが静かに言った。

「ユウト。あなたが追放されるなら──私も、剣聖の肩書きを捨てる」

その言葉は、剣よりも強く、俺の心を震わせた。


追放処分の執行日。

騎士団本部の中庭には、異様な静けさが漂っていた。

俺は、制服を返却し、剣を私物として受け取った。

それは、騎士団の剣ではなく──俺自身の記憶を守る剣だった。

ミナは、最後まで団長室の前に立ち続けていた。

だが、扉は開かなかった。

「ユウト・アマギ、騎士団規律に基づき、追放処分を執行する」

副団長グレイアスの声が、冷たく響いた。

俺は、騎士団の門をくぐり、外の世界へと歩き出した。

その背中に、若手騎士たちの視線が突き刺さる。

だが、誰も声を上げなかった。

その沈黙が、騎士団の“限界”を物語っていた。

その夜、ミナは団長室に再び足を運んだ。

「団長。ユウトの追放は、騎士団の理念を守るためだったと仰るなら──

私は、その理念に従えません」

団長は、静かに言った。

「ミナ・レイヴン。君は剣聖として、騎士団の象徴だった。

だが、君の剣が“記憶に寄り添う”なら──それは、騎士団の外で振るうべきだ」

ミナは、剣を鞘に収めたまま、深く一礼した。

「了解しました。私も、騎士団を離れます」

翌朝、騎士団本部の掲示板に新たな通達が貼られた。

「剣聖ミナ・レイヴン、任意退団」

その文字は、騎士団内に衝撃を与えた。

若手騎士たちは動揺し、古参騎士たちは沈黙した。

そして、団長はただ一言だけ残した。

「理念は、記憶によって揺らぐ。

だが、揺らぎの中にこそ、未来がある」

俺は、騎士団の門の外でミナを待っていた。

彼女は、私服に着替え、剣を背負って現れた。

「ユウト。これからは、騎士団の外で記憶を守るわ。

あなたと一緒に」

その言葉は、剣よりも強く、俺の心を支えてくれた。

そして俺たちは、“騎士団の外”で──新たな記憶を刻む旅へと歩き出した。


No.45『推しの怒り』

騎士団を離れてから数日。

俺とミナは、南方の静かな村に滞在していた。

村人たちは、魔族との共存を受け入れており、記憶の共有を自然に行っていた。

それは、騎士団では考えられない穏やかな日常だった。

だが、ミナの瞳には、静かな怒りが宿っていた。

「ユウト。私は、騎士団に育てられた。

剣聖として、記憶を断つことが“正義”だと教えられてきた。

でも、あなたが追放されたことで──その“正義”が、ただの都合だったと気づいた」

彼女の声は、震えていた。

それは、剣ではなく──心が怒っていた。

村の広場で、魔族の子供たちがミナの歌を口ずさんでいた。

その旋律は、かつて彼女が騎士団で教えられたものだった。

「この歌が、魔族に届いている。

それなのに、騎士団は“届いた記憶”を否定した」

俺は、彼女の手をそっと握った。

「ミナさん。あなたの怒りは、誰かを傷つけるためじゃない。

誰かの記憶を守るために、剣を振るう覚悟なんだ」

ミナは、静かに頷いた。

「ええ。だからこそ、私は怒る。

騎士団が、あなたを切り捨てたことに。

そして、記憶を“選別”しようとしたことに」

その夜、ミナは剣を磨きながら、ひとつの決意を語った。

「私は、騎士団に戻るつもりはない。

でも、彼らが記憶を歪めるなら──私は、剣聖として“記憶の正しさ”を突きつける」

それは、怒りを力に変えた者の言葉だった。

そして俺は、その怒りが“誰かの希望”になることを信じていた。


ミナは、村の広場で剣を構えていた。

その剣は、誰かを斬るためではなく──誰かの記憶を守るために振るわれるものだった。

村人たちが見守る中、彼女は魔族の子供たちに剣術を教えていた。

「剣は、痛みを断つためじゃない。

誰かの記憶に寄り添うために使うの」

その言葉は、かつて騎士団で教えられた理念とは正反対だった。

だが、子供たちはその剣を恐れず、憧れの眼差しで見つめていた。

その夜、ミナは俺に言った。

「ユウト。私は、騎士団に“記憶の真実”を突きつける。

あなたが追放されたことも、魔族との共鳴任務の記録も──すべて、公開する」

俺は驚いた。

「それは、騎士団にとって“裏切り”と見なされるかもしれない」

ミナは、静かに頷いた。

「ええ。でも、私はもう“剣聖”じゃない。

一人の記憶の守り手として、怒りを行動に変える」

翌日、ミナは騎士団本部に記録結晶を送った。

そこには、魔族との共鳴任務の詳細、暴走体の鎮圧記録、そして騎士団の理念との矛盾が刻まれていた。

若手騎士たちの間で、その記録は密かに共有され始めた。

「ミナさんの剣は、誰かを守っていた。

それを否定する騎士団の方が、記憶を歪めてる」

古参騎士たちは動揺し、団長は沈黙を保ったままだった。

その沈黙が、騎士団の“限界”を浮き彫りにしていた。

ミナは、村の祠の前で剣を地面に突き立てた。

「この剣は、怒りの象徴じゃない。

誰かの記憶を守るために、私は怒る。

それが、私の“推し”としての責任」

俺は、彼女の隣に立った。

「その怒りが、誰かの希望になる。

だから、俺はあなたの剣を信じる」

そして俺たちは、騎士団の外から──記憶の真実を突きつける者として、歩み続けることを決めた。


No.46『主人公の独立』

騎士団を離れてから、俺とミナは幾つかの村を巡りながら、記憶の保護活動を続けていた。

魔族と人間の境界にある集落では、記憶の暴走や混線が頻発していた。

騎士団が手を引いた地域──そこにこそ、守るべき記憶があった。

ある日、ミナが言った。

「ユウト。あなたは、もう騎士団の剣じゃない。

でも、あなたの剣は、誰かの記憶を守ってる。

それなら、“あなた自身の組織”を作るべきじゃない?」

その言葉に、胸がざわついた。

「俺の組織……?」

ミナは頷いた。

「記憶の保護と共鳴を専門とする、独立した騎士団。

騎士団が見捨てた場所に、あなたの剣を届けるための拠点」

それは、俺にとって“責任”を問う言葉だった。

これまでは、ミナの背中を追っていた。

でも今は──自分の剣で、誰かの未来を守る時だった。

俺は、かつて共鳴任務で協力した魔族の青年・ゼルに連絡を取った。

「記憶の保護を目的とした、混成組織を立ち上げたい。

魔族側の協力を得られるか?」

ゼルは、少しだけ沈黙したあと言った。

「ヴァル=ジークが目指した理想に近い。

ならば、我々も協力しよう。

ただし、記憶の扱いには“中立性”が必要だ」

俺は頷いた。

「剣は、誰かの正義のためじゃない。

誰かの記憶のために振るう。

それが、この組織の理念になる」

ミナは、俺の言葉を聞いて静かに微笑んだ。

「あなたが“独立”するなら、私はその剣を支える。

剣聖としてじゃなく──あなたの仲間として」

そして俺は、“記憶騎士団”という名のもとに──

自らの剣を掲げる準備を始めた。


“記憶騎士団”──それは、騎士団でも魔族でもない、第三の剣の在り方だった。

俺は、ミナと共に南方の村を拠点に、設立準備を進めていた。

魔族の青年ゼルは、戦術顧問として加わり、記憶魔法の安定化技術を提供してくれた。

若手騎士団を離脱した者たちも、少しずつ集まり始めていた。

「ユウト先輩の剣に、僕は救われた。

だから、今度は僕が誰かの記憶を守りたい」

その声は、かつての騎士団では聞けなかった“自発的な誓い”だった。

ミナは、剣の訓練を担当しながら言った。

「ここでは、剣の意味を自分で選べる。

それが、“独立”の本質よ」

俺は、記憶魔法陣の設計図を広げながら、理念文を記した。

「記憶騎士団は、種族を問わず、記憶を守る者の集まりである。

剣は、痛みを断つためではなく、記憶に寄り添うために振るう」

その文は、かつて騎士団で教えられた“秩序”とは異なるものだった。

だが、俺の剣は──その理念にこそ、応えようとしていた。

設立式の日。

村の広場に、騎士、魔族、村人たちが集まった。

ミナが、剣を掲げて言った。

「この剣は、記憶のために振るう。

誰かの痛みを、誰かの未来に繋げるために」

俺は、彼女の隣で剣を構えた。

「記憶騎士団は、誰かの“過去”を否定しない。

それを受け入れ、共に歩むために存在する」

ゼルが、魔族の印を掲げた。

「我々も、この剣に誓う。

記憶を守る者として、共に戦う」

その瞬間、風が吹いた。

それは、記憶を運ぶ風だった。

そして俺たちは、“独立”という名の剣を掲げ──

新たな戦いへと、静かに歩き出した。


No.47『推しの訪問』

“記憶騎士団”の設立から一ヶ月。

俺たちは、南方の村を拠点に活動を広げていた。

魔族との共鳴任務を重ね、記憶の保護と共有を進める中で、少しずつ人間側の理解者も増えていた。

だが、騎士団本部からの公式な反応は、依然として沈黙のままだった。

そんなある日、村の門番が慌てて駆け込んできた。

「ユウト様、騎士団からの訪問者です!……剣聖ミナ・レイヴン殿が同行しています!」

俺は、剣を置いて立ち上がった。

「ミナが……騎士団と一緒に?」

だが、門の前に立っていたのは──ミナひとりだった。

彼女は、騎士団の制服ではなく、記憶騎士団の紋章を胸に縫い付けた私服姿だった。

「ユウト。正式に“訪問者”として来たわけじゃない。

でも、騎士団の中で動きがあったの。

あなたに、伝えたいことがある」

俺は、彼女を広場の奥へ案内した。

ミナは、静かに語り始めた。

「騎士団の若手たちが、あなたの記憶騎士団に興味を持ち始めてる。

共鳴任務の記録が、内部で回覧されてるの。

それを止めようとする古参もいるけど──もう、流れは止まらない」

その言葉に、胸が熱くなった。

「俺たちの剣が、騎士団の中にも届いてる……」

ミナは頷いた。

「でも、同時に“圧力”も強まってる。

あなたの存在が、騎士団の理念を揺るがしてるから」

俺は、剣を見つめた。

それは、騎士団から追放された剣。

でも今は──誰かの記憶を守るために振るわれていた。

ミナは、そっと言った。

「だから、私は“訪問者”として来たの。

騎士団の中で、あなたの剣を必要としてる者がいる。

でも、彼らはまだ“外へ出る勇気”を持てない」

その言葉は、かつての自分への問いでもあった。

そして俺は、ミナの訪問が──騎士団との“再接続”の始まりになることを、静かに感じていた。


ミナの訪問は、記憶騎士団の仲間たちにも衝撃を与えた。

彼女はかつての剣聖であり、騎士団の象徴だった。

その彼女が、騎士団の制服を脱ぎ、記憶騎士団の紋章を胸に訪れたことは──理念の転換を象徴していた。

ゼルは、魔族側の戦術顧問として言った。

「ミナ・レイヴンがここに来たことで、騎士団の若手が動き始める。

だが、理念の衝突は避けられない。

君たちは、“記憶の剣”をどう定義するつもりだ?」

俺は、広場に集まった仲間たちの前で言葉を選んだ。

「記憶の剣は、誰かの痛みを断つものじゃない。

それを受け止め、未来に繋げるための剣だ。

だから、俺たちは“選べる剣”を掲げる」

ミナは、その言葉に静かに頷いた。

「騎士団では、選ぶことが許されなかった。

でも、ここでは選べる。

それが、記憶騎士団の強さになる」

その夜、ミナは俺にひとつの封書を手渡した。

「騎士団の若手からの手紙よ。

あなたの剣に憧れて、でもまだ外へ出る勇気が持てない者たちの声」

封を開くと、そこには震える文字でこう書かれていた。

「ユウト先輩へ。

あなたの剣が、僕たちの記憶を守ってくれました。

いつか、僕も“選べる剣”を持てるようになりたいです」

俺は、胸が熱くなった。

それは、剣では守れない──記憶の継承だった。

ミナは、静かに言った。

「あなたの剣は、もう“推し”のものじゃない。

誰かの未来を照らす、記憶の剣になったのよ」

そして俺たちは、騎士団の外から──

その理念を問い続ける者として、歩みを止めなかった。


No.48『魔王の影』

記憶騎士団の活動が広がるにつれ、各地で“異常な記憶の歪み”が報告され始めた。

それは、暴走体とも魔族の残留意識とも異なる、未知の干渉だった。

ゼルが、魔族側の記録を照合した結果──ある名が浮かび上がった。

「魔王……かつて記憶の深層に封じられた存在。

その影が、再び揺らぎ始めている」

俺は、記憶魔法陣の解析結果を見つめながら言った。

「この干渉は、記憶の“根幹”に触れている。

もし魔王が再び動き出すなら、記憶そのものが崩壊する」

ミナは、剣を手に言った。

「魔王は、かつて騎士団と魔族の両方にとって“禁忌”だった。

でも今、私たちはその記憶に触れられる立場にある」

俺たちは、南方の山岳地帯にある“封記の谷”へ向かった。

そこは、魔王の記憶が封じられたとされる場所。

谷の空気は重く、記憶の流れが乱れていた。

ゼルが、魔力を展開しながら言った。

「この谷には、魔王の“影”が残っている。

それは、記憶の形を取らず、ただ揺らぎとして存在する」

俺は、記憶騎士団の仲間たちに指示を出した。

「記憶の安定化を最優先。

魔王の影に触れるな。

それは、記憶の“毒”かもしれない」

ミナは、剣を構えながら谷の奥へ進んだ。

そこには、黒い霧のようなものが漂っていた。

そして、霧の中から──“誰かの声”が響いた。

「記憶は、弱さだ。

忘却こそが、救いだ」

その声は、魔王のものだった。

そして俺たちは、記憶の深層に潜む“影”と向き合うことになる


封記の谷の奥で、黒い霧が記憶騎士団の仲間たちに干渉を始めた。

ひとり、またひとりと、過去の記憶に囚われ、動けなくなっていく。

「母の声が……聞こえる……でも、違う……これは……」

「あの戦場の記憶が……戻ってくる……いや、これは俺じゃない……」

霧は、記憶の“痛み”だけを増幅させていた。

ゼルが魔力を展開し、記憶の波長を遮断しようとするが、霧はそれをすり抜けて侵食してくる。

ミナが剣を抜いた。

「ユウト。これは、記憶の毒よ。

でも、斬れば記憶そのものが壊れる。

どうすれば……」

俺は、記憶魔法陣を再構築しながら言った。

「記憶を断つんじゃない。

“痛み”を“誰かの声”に変えるんだ」

俺は、ミナの歌を魔法陣に重ねた。

彼女の旋律は、かつて魔族の子供たちに届いた“記憶の橋”だった。

ミナが、静かに歌い始める。

その声が、霧の中に響く。

「忘れないで あなたの痛みは 誰かの祈りに変わるから」

霧が揺れ、記憶騎士団の仲間たちが少しずつ意識を取り戻していく。

ゼルが驚いたように言った。

「歌が……記憶の毒を浄化している……」

俺は、魔法陣の中心に立ち、記憶の流れを安定させた。

「魔王の影は、忘却を望んでいる。

でも、俺たちは“記憶を抱えて生きる”ことを選ぶ」

ミナの歌が終わると、霧は静かに消えていった。

その中心には、黒い結晶が残されていた。

それは、魔王の“記憶の核”だった。

ゼルが言った。

「これは、魔王の本質に触れる鍵になる。

でも、扱いを誤れば、記憶そのものが崩壊する」

俺は、結晶を手に取り、静かに言った。

「だからこそ、俺たちが守る。

この記憶が、誰かの痛みを繋ぐものなら──剣ではなく、歌と共に」

ミナは、俺の隣で頷いた。

「魔王の影は、記憶の深層に潜んでいた。

でも、私たちはその影に“光”を届けることができた」

そして俺たちは、魔王の記憶に触れた者として──

その“痛み”を未来へ繋ぐ使命を背負うことになる。


No.49『推しの決意』

魔王の影との接触から数日。

封記の谷で得た“黒い結晶”は、記憶騎士団の中枢に封印され、慎重に解析が進められていた。

その結晶は、魔王の“忘却の思想”を記憶の深層に刻んでいた。

ミナは、結晶の前で静かに佇んでいた。

その瞳には、迷いではなく──決意が宿っていた。

「ユウト。私は、魔王の記憶に触れて思ったの。

忘却は、痛みからの逃避じゃない。

それは、記憶を否定する力」

俺は、彼女の言葉を受け止めながら言った。

「でも、俺たちは記憶を抱えて生きることを選んだ。

それが、記憶騎士団の理念だ」

ミナは、剣を手に取った。

「だからこそ、私は決めた。

魔王の思想に抗うために、私は“記憶の剣聖”として立つ」

その言葉は、かつての“剣聖”とは異なる響きを持っていた。

それは、誰かの命令ではなく──自らの意思による決意だった。

ゼルが、魔族側の記録を持って現れた。

「魔王の影が、各地の記憶領域に干渉を始めている。

特に、かつて戦争が起きた場所ほど、記憶の歪みが強い」

ミナは、記録を見つめながら言った。

「痛みの記憶ほど、魔王にとって“餌”になる。

だから、私はその痛みに寄り添う剣を振るう」

俺は、彼女の隣に立った。

「ミナさん。あなたの剣が、誰かの痛みを受け止めるなら──

俺は、その記憶を繋ぐ魔法陣を支える」

ミナは、静かに微笑んだ。

それは、“推し”としての笑顔ではなく──

戦う者としての、覚悟に満ちた微笑だった。

そして俺たちは、魔王の影に抗うため──

“記憶の剣”と“記憶の魔法”を携えて、次なる戦場へ向かう準備を始めた。


ミナの「記憶の剣聖」としての宣言は、記憶騎士団の仲間たちに静かな衝撃を与えた。

それは、かつて騎士団の象徴だった彼女が、自らの意思で“記憶に寄り添う剣”を掲げた瞬間だった。

若手騎士のひとりが言った。

「ミナさんの剣が、僕たちの痛みに触れてくれた。

だから、僕も誰かの記憶を守る剣を振るいたい」

魔族の戦士たちも、彼女の言葉に応えた。

「剣聖の剣が、我々の記憶を否定しないなら──共に戦える」

その声は、種族を越えて響いた。

ゼルは、魔王の影に関する最新の記録を広げながら言った。

「魔王の干渉は、記憶の深層だけでなく、夢や幻にも及び始めている。

それは、意識の境界を曖昧にし、現実を侵食する」

ミナは、剣を見つめながら言った。

「記憶が揺らげば、心も揺らぐ。

だからこそ、私は“記憶の剣”で心を支える」

俺は、魔法陣の再構築を進めながら言った。

「ミナさんの剣が、記憶の痛みに寄り添うなら──

俺の魔法は、その記憶を繋ぐ橋になる」

その言葉に、仲間たちが頷いた。

そして、記憶騎士団の中で“魔王対策班”が正式に編成された。

指揮はミナ。

魔法陣の設計は俺。

魔族側の戦術はゼル。

それは、かつて存在しなかった“混成の剣”だった。

ミナは、初陣に向けて剣を磨きながら言った。

「ユウト。私は、もう迷わない。

この剣は、誰かの記憶を守るために振るう。

それが、私の“推し”としての決意」

俺は、彼女の隣で静かに頷いた。

それは、剣と魔法が並び立つ──新たな戦いの始まりだった。


No.50『主人公の支え』

魔王の影との対峙に向けて、記憶騎士団の布陣は整いつつあった。

ミナは「記憶の剣聖」として前線に立ち、ゼルは魔族側の戦術顧問として作戦を練り、

俺は魔法陣の設計と記憶の安定化を担っていた。

だが、準備が進むほどに、仲間たちの緊張と不安も高まっていた。

魔王の影は、記憶の深層に潜み、個々の痛みを増幅させる。

それは、剣や魔法では完全に防げない“内側からの崩壊”だった。

ミナは、訓練場で剣を振るいながら言った。

「ユウト。私の剣は、誰かの記憶に寄り添うためにある。

でも、私自身の記憶が揺らいだら──その剣は折れるかもしれない」

俺は、彼女の言葉に静かに応えた。

「だから、俺が支える。

あなたの剣が揺らいでも、記憶の流れを繋ぎ直す。

それが、俺の役割だ」

ミナは、剣を収めて俺の方を見た。

「あなたがいるから、私は剣を振れる。

それは、推しとしてじゃなく──仲間としての支え」

その言葉に、胸が熱くなった。

俺は、魔法陣の中心に“共鳴の核”を設置した。

それは、ミナの歌と俺の記憶魔法を融合させたもの。

記憶騎士団の仲間たちが、それを囲むように配置される。

ゼルが言った。

「この陣形は、記憶の共鳴を最大化する。

だが、中心が揺らげば全体が崩れる。

ユウト、お前が支柱になる覚悟はあるか?」

俺は、迷わず頷いた。

「俺は、誰かの記憶を支えるためにここにいる。

それが、剣を持たない者の“戦い方”だ」

ミナは、俺の隣に立ち、剣を掲げた。

「そして私は、その支えの上に立つ剣になる。

あなたが支えてくれる限り──私は、折れない」

そして俺たちは、“支え合う剣と魔法”として──

魔王の影に立ち向かう準備を、静かに整えていった。


魔王の影との対峙を前に、記憶騎士団の仲間たちはそれぞれの記憶と向き合っていた。

かつての戦場、失った家族、裏切られた仲間──その痛みは、剣や魔法では癒せない。

俺は、魔法陣の中心に立ち、記憶の流れを安定させる術式を展開していた。

それは、仲間たちの“揺らぎ”を受け止めるための支柱だった。

ミナは、剣の稽古を終えたあと、俺の隣に立った。

「ユウト。あなたが支えてくれるから、私は剣を振れる。

でも、あなた自身の記憶は……揺らいでない?」

俺は、少しだけ笑った。

「揺らいでるよ。怖くないわけじゃない。

でも、誰かの記憶を支えるって決めたから──俺は、崩れない」

ミナは、静かに頷いた。

「その言葉が、私の剣を支えてくれる」

その夜、仲間たちが広場に集まった。

ゼルが言った。

「魔王の影は、記憶の深層に潜み、個々の痛みを増幅させる。

だが、ユウトの魔法陣は、それを受け止める“器”になる」

若手騎士が言った。

「ユウト先輩の言葉が、僕の記憶を繋いでくれた。

だから、僕は剣を振れる」

魔族の戦士が言った。

「人間の言葉が、我々の記憶に届いた。

それは、剣よりも強い支えだった」

その声が、広場に響いた。

ミナは、剣を掲げて言った。

「この剣は、ユウトの支えの上に立つ。

だから、私は折れない。

記憶騎士団は、支え合う意志の集まりよ」

俺は、魔法陣の中心で静かに言った。

「記憶は、誰かの痛みを繋ぐもの。

だから、俺はその流れを支える。

それが、俺の“戦い方”だ」

そして、記憶騎士団は──剣と魔法、痛みと希望、支えと意志をひとつにして、魔王の影に立ち向かう準備を整えた。

それは、主人公の支えが生んだ、記憶の結束だった。


No.51『騎士団再編』

魔王の影が各地の記憶領域に干渉を始めたことで、騎士団本部にも動揺が広がっていた。

かつて「理念の逸脱者」として追放された俺の名が、内部記録に再び浮上した。

若手騎士たちの間では、記憶騎士団の活動が密かに共有されていた。

「ユウト・アマギの剣は、記憶を守るために振るわれている。

それは、騎士団が忘れていた使命じゃないか?」

その声が、騎士団の中枢に届き始めていた。

団長は、沈黙を破った。

「騎士団は、理念を守るために存在する。

だが、理念は記憶によって育つ。

ならば、記憶に寄り添う剣を拒む理由はない」

その言葉を受けて、騎士団内で“再編案”が浮上した。

それは、記憶騎士団との連携を前提とした新たな部隊編成──

“記憶共鳴部隊”の創設だった。

ミナは、その報告を受けて静かに言った。

「騎士団が動いたわ。

あなたの剣が、彼らの記憶を揺らしたの」

俺は、剣を見つめながら答えた。

「でも、俺は戻るつもりはない。

騎士団の外で、記憶を守る剣を振るうと決めたから」

ミナは微笑んだ。

「ええ。でも、騎士団が“外へ手を伸ばす”なら──

それは、あなたの支えが届いた証よ」

ゼルは、魔族側の反応を伝えた。

「騎士団の再編は、魔族側にも波紋を広げている。

共鳴任務の記録が、和平交渉の材料になり始めている」

俺たちの剣と魔法が、騎士団と魔族の“記憶の橋”になりつつあった。

そして、再編された騎士団の中から──

かつての仲間たちが、記憶騎士団の門を叩き始める。


騎士団本部から、正式な通達が届いた。

「騎士団は、記憶共鳴部隊を新設し、記憶騎士団との連携を開始する」

その文面は、かつての理念を覆すものだった。

若手騎士たちの署名が添えられていた。

「記憶に寄り添う剣を、私たちは選びたい」

ミナは、通達を読み終え、静かに剣を見つめた。

「騎士団が変わったわけじゃない。

でも、変わろうとしている。

それは、あなたの剣が届いた証」

俺は、魔法陣の設計図を広げながら言った。

「でも、俺たちは騎士団に戻るわけじゃない。

外から支えることで、理念の“揺らぎ”を守る」

ゼルが頷いた。

「魔族側も、記憶騎士団との連携を正式に承認した。

それは、剣と記憶が種族を越えた証でもある」

その日、騎士団本部から数名の騎士が記憶騎士団を訪れた。

かつての仲間、そしてかつての対立者。

彼らは、剣を鞘に収めたまま、広場に立った。

「ユウト・アマギ。

あなたの剣が、私たちの記憶を揺らしました。

だから、共に戦いたい」

俺は、剣を抜かずに言った。

「記憶騎士団は、誰かの痛みに寄り添う剣を選ぶ場所。

その覚悟があるなら──歓迎する」

ミナは、彼らの前に立ち、剣を掲げた。

「私は、騎士団の剣聖だった。

でも今は、記憶の剣聖として、あなたたちの“揺らぎ”を受け止める」

その言葉に、騎士たちは静かに頭を下げた。

そして、騎士団と記憶騎士団の“再接続”が始まった。

それは、理念の再編ではなく──

記憶の再編だった。

そして俺たちは、剣と魔法、記憶と痛み、過去と未来を繋ぐ者として──

次なる戦いへと歩み出す準備を整えていった。


No.52『魔族の裏切り』

騎士団と記憶騎士団の連携が始まり、魔族側との共鳴任務も安定しつつあった。

だが、その均衡は長くは続かなかった。

南方の境界地帯で、魔族の一部勢力が突如として記憶騎士団の拠点を襲撃した。

被害は軽微だったが、記憶結晶の一部が破壊され、仲間のひとりが記憶干渉を受けて昏睡状態に陥った。

ゼルは、魔族側の記録を確認しながら言った。

「この襲撃は、我々の本隊とは無関係だ。

だが、魔王の影に呼応する“旧派”が動き始めている」

ミナは、剣を手に言った。

「記憶を守るための共鳴が、裏切りに変わった。

それなら、私はその記憶の歪みを断つ」

俺は、魔法陣の再構築を急ぎながら言った。

「でも、彼らもまた“記憶に囚われた者”かもしれない。

剣を振るう前に、記憶の流れを確かめたい」

ミナは、少しだけ目を伏せた。

「……あなたの言葉が、私の剣を止める。

それが、記憶騎士団の在り方なのね」

ゼルは、旧派の動向を報告した。

「彼らは、魔王の思想に共鳴している。

忘却こそが救いだと信じ、記憶を破壊することで“浄化”を目指している」

その思想は、記憶騎士団の理念と真っ向から対立していた。

俺たちは、境界地帯の記憶領域へ向かう準備を始めた。

そこには、かつて魔族と人間が激しく争った戦場の記憶が眠っていた。

ミナは、剣を鞘に収めながら言った。

「この剣は、裏切りに対して振るうものじゃない。

でも、記憶を壊す者には──立ち向かう覚悟がある」

そして俺たちは、“記憶の裏切り”に向き合うため──

境界の地へと歩み出した。


境界地帯の記憶領域に到着した俺たちは、すぐに異常な魔力の流れを感じ取った。

そこには、かつての戦場の記憶が濃密に漂っていた。

剣を交えた者たちの怒り、恐怖、そして──忘れたいという願い。

旧派魔族は、その“忘却の願い”に魔王の思想を重ねていた。

「記憶は呪いだ。

忘れれば、痛みは消える。

だから、我々は記憶を断つ」

彼らの言葉は、かつてのミナの剣と同じ響きを持っていた。

ミナは、剣を抜かずに言った。

「記憶は、痛みだけじゃない。

それを抱えて生きることで、誰かの未来に繋がる。

あなたたちがそれを否定するなら──私は、記憶の剣で抗う」

旧派の魔族が魔力を展開し、記憶領域を崩そうとした。

俺は、魔法陣を急速に再構築し、記憶の流れを守る。

「この領域には、戦った者たちの祈りが残ってる。

それを壊すことは、彼らの命を否定することになる」

ミナが前に出た。

「剣を振るうなら、私が受ける。

でも、記憶を壊すなら──私が止める」

旧派の魔族が攻撃を仕掛けた瞬間、ミナの剣が光を放った。

それは、斬撃ではなく──記憶の共鳴だった。

彼女の剣が、旧派の魔族の記憶に触れた。

そして、映像が浮かぶ。

かつて人間に家族を奪われた魔族の少年。

その記憶が、彼らの怒りの源だった。

ミナは、剣を収めて言った。

「あなたの痛みは、理解できる。

でも、それを誰かの記憶にぶつけるなら──新たな痛みが生まれるだけ」

旧派の魔族は、しばらく沈黙したあと、魔力を収めた。

「……記憶を守る剣か。

我々には、持てなかったものだ」

彼らは、静かにその場を去った。

ゼルが言った。

「ミナの剣が、記憶の歪みを断った。

それは、力ではなく──理解だった」

俺は、魔法陣の中心で記憶の流れを安定させながら言った。

「裏切りは、記憶の拒絶から生まれる。

でも、記憶を受け止めることで──未来は繋がる」

そして俺たちは、“魔族の裏切り”を越えて──

記憶騎士団の理念を、さらに深く刻むことになった。


No.53『推しの傷』

境界地帯での旧派魔族との対峙を終え、記憶騎士団は一時的な安定を取り戻した。

だが、ミナの剣はその戦いの中で深く傷ついていた。

それは、肉体の損傷ではなく──記憶に刻まれた“痛み”だった。

彼女は、旧派魔族の記憶に触れたことで、自らの過去の剣が生んだ痛みを再び思い出していた。

「ユウト……私は、あの少年の記憶に似たものを、かつて自分の剣で刻んだ。

それが、今になって私自身を傷つけてる」

俺は、彼女の言葉に何も返せなかった。

ミナは、訓練場の片隅で剣を握りながら、動けずにいた。

その姿は、かつての“剣聖”ではなく──記憶に囚われたひとりの戦士だった。

ゼルが静かに言った。

「記憶に触れる者は、必ず“自分の痛み”に向き合うことになる。

ミナは今、その段階にいる」

俺は、魔法陣の中心に“共鳴の核”を再調整し、ミナの記憶波長に合わせた。

それは、彼女の痛みを無理に癒すのではなく──共鳴によって支えるための術式だった。

ミナは、剣を地面に置き、静かに言った。

「私は、誰かの記憶を守るために剣を振るってきた。

でも、私自身の記憶を守る術を持っていなかった」

俺は、彼女の隣に座り、そっと言った。

「ミナさん。あなたの記憶は、誰かの痛みを受け止めた証だ。

だからこそ、俺たちが支える。

あなたが誰かを守ったように──今度は、俺たちがあなたを守る」

ミナは、少しだけ微笑んだ。

それは、傷ついた者の微笑だった。

そして俺たちは、“推しの傷”に寄り添うため──

記憶騎士団としての支え方を、改めて探り始めた。


ミナの沈黙は、記憶騎士団の空気を静かに変えていた。

彼女が剣を振るわないだけで、仲間たちは不安を覚えた。

それほどまでに、ミナの存在は“支柱”だった。

俺は、魔法陣の中心で彼女の記憶波長を読み取りながら、仲間たちに声をかけた。

「ミナさんは、今、自分の記憶と向き合ってる。

だからこそ、俺たちが彼女の“支え”にならなきゃいけない」

若手騎士が言った。

「ミナさんの剣に憧れてここに来た。

だから、今度は僕たちが彼女を守る番だ」

魔族の戦士が言った。

「彼女の歌が、我々の記憶を癒した。

その歌が沈黙しているなら──我々が旋律を繋ぐ」

その言葉に、俺は魔法陣を再構築した。

ミナの記憶に触れすぎないように、でも確かに寄り添うように。

そして、仲間たちがそれぞれの記憶を語り始めた。

「僕は、兄を戦場で失った。

でも、ミナさんの剣が“記憶を抱えて生きる”ことを教えてくれた」

「私は、かつて人間に家族を奪われた。

でも、ミナの歌が“痛みを越える旋律”になった」

その声が、広場に響いた。

ミナは、静かに目を開けた。

「……私の剣は、誰かの痛みを癒すために振るってきた。

でも、私自身の痛みを癒すには──あなたたちの声が必要だった」

彼女は、剣を手に取った。

その手は、まだ震えていた。

でも、その震えは“再び立ち上がる者”の証だった。

俺は、彼女の隣に立ち、魔法陣を展開した。

「ミナさん。あなたの傷は、記憶騎士団の“核”になる。

それは、痛みを受け止めた者だけが持てる強さだ」

ミナは、剣を掲げた。

「私は、傷ついた剣聖。

でも、記憶を守る者として──もう一度、剣を振るう」

そして俺たちは、“推しの傷”を支えに変えて──

次なる戦いへと歩み出す準備を整えた。


No.54『主人公の怒り』

ミナが再び剣を握ったことで、記憶騎士団の士気は回復しつつあった。

だが、彼女の傷が癒えたわけではない。

それは、剣を振るうたびに疼く“記憶の痛み”だった。

俺は、魔法陣の調整を続けながら、彼女の波長の揺らぎを感じ取っていた。

その揺らぎは、彼女だけのものではなかった。

境界地帯での旧派魔族の襲撃以降、各地で記憶結晶の破壊が相次いでいた。

それは、魔王の影が広がっている証だった。

ある日、記憶騎士団の拠点に届いた報告書に、俺は目を疑った。

「北方の村で、記憶結晶が“意図的に”破壊された。

しかも、それを指示したのは──騎士団の一部隊」

ミナは、報告書を見て言葉を失った。

俺は、拳を握りしめた。

「記憶を守るために剣を振ってきた。

それなのに、騎士団が“記憶を壊す側”に回ったのか」

ゼルが静かに言った。

「騎士団の再編は、理念の統一を急ぎすぎた。

その中で、“痛みを否定する剣”が再び生まれたのかもしれない」

俺は、魔法陣を強く叩いた。

「記憶を否定する剣なんて──もう見たくない。

俺は、記憶を守るためにここにいる。

それを壊す者には、怒りを向ける」

ミナは、俺の背中を見つめながら言った。

「ユウト……あなたの怒りは、誰かの記憶を守るためのもの。

だから、私はその怒りを支える」

その言葉に、俺は深く息を吸った。

「なら、俺はこの怒りを剣に変える。

記憶を壊す者に、記憶の重さを突きつけるために」

そして俺は、“主人公の怒り”を胸に──

騎士団の闇に向き合う覚悟を固めた。


北方の村に向かった俺たちは、破壊された記憶結晶の残骸を目にした。

そこには、家族の記憶、戦友の記憶、そして──希望の記憶が刻まれていたはずだった。

ミナは、結晶の欠片を拾い上げ、静かに目を伏せた。

「これは……誰かの人生そのものだった」

俺は、拳を握りしめた。

「それを壊したのが、騎士団の剣だというなら──俺は、その剣に怒る」

騎士団の一部隊が、村の外れに陣を張っていた。

彼らは、再編後に編成された“秩序維持部隊”だった。

隊長は、かつて俺と共に任務に就いたことのある男だった。

「ユウト・アマギ。君の剣は、理念を揺るがせた。

だから、我々は“記憶の混乱”を防ぐために結晶を破壊した」

その言葉に、俺は一歩前に出た。

「記憶の混乱を防ぐ?

それは、痛みを見ないようにするだけだ。

誰かの記憶を壊してまで、秩序を守るなんて──それは、暴力だ」

隊長は、剣に手をかけた。

「ならば、君の怒りを剣で示してみろ」

ミナが、俺の前に立った。

「ユウトの剣は、怒りを振るうためのものじゃない。

でも、記憶を守るためなら──その怒りは、剣になる」

俺は、剣を抜いた。

それは、騎士団から追放された剣。

でも今は──誰かの記憶を守るための剣だった。

隊長との剣戟は、短く、鋭かった。

俺の剣は、彼の剣を弾き、地面に突き立てた。

「この剣は、記憶を守るために振るう。

それを壊す者には、怒りをもって立ち向かう」

隊長は、剣を収め、静かに言った。

「……君の怒りは、正しかった。

だが、騎士団の中には、まだ“痛みを恐れる者”がいる」

俺は、剣を鞘に収めながら言った。

「ならば、俺はその痛みに寄り添う。

怒りを剣に変えて、記憶を守る者として──立ち続ける」

そして俺たちは、“主人公の怒り”を記憶の盾に変えて──

次なる戦いへと歩み出した。


No.55『推しの回復』

騎士団の一部隊との対峙を終えたあと、俺たちは北方の村に残された記憶結晶の修復作業にあたっていた。

破壊された記憶の断片は、完全には戻らない。

だが、残された波長を拾い集めることで、少しずつ“記憶の輪郭”を再構築することはできる。

ミナは、広場の片隅で静かに歌っていた。

その旋律は、かつて魔族の子供たちに届いた“記憶の橋”だった。

彼女の声は、まだ少し震えていた。

それは、剣を振るった痛みが完全には癒えていない証だった。

俺は、魔法陣の中心で彼女の波長を読み取りながら、そっと言った。

「ミナさん。あなたの歌が、記憶を繋いでる。

それは、剣よりも深く届いてる」

ミナは、歌を止めて微笑んだ。

「……ありがとう。

でも、まだ怖いの。

また誰かの記憶を傷つけてしまうんじゃないかって」

俺は、彼女の手を取った。

「その怖さがあるからこそ、あなたの剣は優しい。

それが、記憶騎士団の“回復”なんだ」

ゼルが、修復した記憶結晶を持ってきた。

「この結晶は、ミナの歌に反応して再構築された。

それは、記憶が“癒し”を受け入れた証だ」

ミナは、結晶に触れた。

映像が浮かぶ。

かつてこの村で暮らしていた家族の記憶。

母親が子供に歌を教えている。

その旋律は──ミナの歌と同じだった。

ミナは、涙をこらえながら言った。

「この歌は、誰かの記憶になっていたんだ……」

俺は、彼女の肩に手を置いた。

「だから、あなたの歌は“回復”になる。

それは、剣では届かない場所に届く力だ」

そして俺たちは、“推しの回復”を記憶の中で確かめながら──

次なる共鳴へと歩み出す準備を始めた。


ミナの歌が広場に響くたび、記憶騎士団の仲間たちは静かに耳を傾けていた。

それは、戦場の記憶を癒す旋律であり、失われた家族の記憶を呼び戻す祈りでもあった。

若手騎士が、修復された結晶を手に言った。

「この歌を聴いたとき、母の声を思い出した。

ミナさんの歌が、僕の記憶を繋いでくれた」

魔族の戦士が言った。

「我々の部族では、記憶は語り継ぐものだった。

でも、ミナの歌は“語らずとも伝わる記憶”だった」

その声が、ミナの心に届いていた。

彼女は、剣を手に取り、静かに言った。

「私は、剣聖として戦ってきた。

でも今は、記憶の剣聖として──誰かの痛みに寄り添うために剣を振るう」

俺は、魔法陣の中心で彼女の波長を安定させながら言った。

「ミナさんの歌が、記憶騎士団の核になった。

それは、剣よりも深く、誰かの心に届く力だ」

ゼルが頷いた。

「剣と歌、魔法と記憶──それらが揃った今、我々は“癒しの戦力”を持ったことになる」

ミナは、広場の中心に立ち、仲間たちに向けて言った。

「私は、傷ついた剣聖。

でも、記憶を守る者として──もう一度、立ち上がる」

その言葉に、仲間たちは剣を掲げた。

それは、彼女の歌に応える者たちの誓いだった。

俺は、彼女の隣に立ち、静かに言った。

「ミナさん。あなたの回復は、記憶騎士団の希望になる。

だから、俺はその希望を支え続ける」

ミナは、微笑んだ。

それは、痛みを越えた者の微笑だった。

そして俺たちは、“推しの回復”を胸に──

次なる記憶の戦場へと歩み出した。


No.56『魔王の使徒』

北方の村での修復任務を終えた俺たちは、記憶騎士団の拠点へ戻る途中、奇妙な魔力の揺らぎを検知した。

それは、魔王の影とも異なる、冷たい波長だった。

ゼルが魔力解析を終えた直後、言葉を失った。

「これは……魔王の記憶に直接触れた者の波長。

つまり、“使徒”のものだ」

ミナは剣を握りしめた。

「魔王の使徒……記憶の深層に潜み、忘却を布教する者。

彼らは、記憶そのものを“罪”と見なす」

俺は、魔法陣を展開しながら言った。

「記憶を否定する者が、記憶騎士団の理念に干渉してくるなら──

それは、理念そのものへの挑戦だ」

翌日、南方の峡谷地帯で“記憶の崩壊”が報告された。

そこには、魔王の使徒とされる人物が現れ、村人たちの記憶結晶を“浄化”と称して破壊していた。

俺たちは急行した。

峡谷の中心に立っていたのは、黒衣を纏った青年。

その瞳は、深い闇を湛えていた。

「記憶は、苦しみの源。

忘却こそが救済。

我が主──魔王の意思に従い、記憶を断つ」

ミナが一歩前に出た。

「あなたが魔王の使徒なら、私の剣はその“忘却”に抗う。

記憶は、痛みだけじゃない。

それを抱えて生きる者の誇りでもある」

青年は、静かに微笑んだ。

「ならば、記憶の重さを知るがいい。

我が主の“目覚め”は近い」

そして、峡谷の空が揺れた。

魔王の使徒の登場は、記憶騎士団にとって──理念の根幹を問われる戦いの始まりだった。


魔王の使徒──黒衣の青年は、峡谷の記憶領域に立ち、破壊ではなく“浸食”を始めていた。

彼の魔力は、記憶結晶に直接触れることなく、周囲の記憶波長を歪ませていく。

それは、忘却ではなく“改竄”だった。

ミナが剣を構えた。

「これは……記憶の毒。

痛みを消すのではなく、意味を塗り替える魔力」

俺は魔法陣を展開し、記憶の流れを保とうとしたが、青年の波長はそれをすり抜けて侵食してくる。

「記憶は、主観の牢獄。

我が主は、その牢を解き放つ。

君たちの“守る”という行為こそ、苦しみの温床だ」

その言葉に、俺は怒りを覚えた。

「記憶は、誰かの痛みを繋ぐものだ。

それを壊すことが救いだなんて──それは、傲慢だ」

青年は、静かに手を掲げた。

すると、峡谷の空が裂け、魔王の記憶波長が降りてきた。

それは、かつて俺たちが封記の谷で感じた“影”よりも濃く、重いものだった。

ミナが前に出た。

「ユウト。この波長は、魔王の“目覚め”に繋がってる。

使徒は、記憶の深層を通じて主を呼び起こそうとしてる」

俺は、魔法陣の中心に“共鳴の核”を再構築した。

「この場で、記憶の流れを断ち切るわけにはいかない。

俺たちの理念が試されてる──“守る”とは何かを」

ミナは、剣を振るった。

だが、それは青年に届かない。

彼の身体は、記憶の霧に包まれていた。

「我が主は、記憶の外側に在る。

君たちの剣では届かぬ」

その瞬間、ミナは歌った。

それは、かつて魔族の子供たちに届いた旋律。

記憶の奥底に眠る“意味”を呼び起こす歌だった。

青年の霧が揺らぎ、彼の記憶が露わになった。

そこには、かつて人間に裏切られた少年の姿があった。

ミナは、剣を収めて言った。

「あなたも、記憶に傷ついた者だった。

だからこそ、忘却にすがった。

でも、記憶を抱えて生きる道もある」

青年は、しばらく沈黙したあと、霧を収めた。

「……我が主は、必ず目覚める。

その時、君たちの“記憶”が試される」

そして彼は、記憶の霧の中へと消えていった。

ゼルが言った。

「魔王の使徒は、記憶の深層に潜んでいる。

次に現れる時──魔王自身が目覚めるだろう」

俺は、ミナの隣で静かに言った。

「その時こそ、俺たちの剣と魔法が試される。

記憶を守る者として──立ち続ける覚悟が必要だ」

そして俺たちは、“魔王の使徒”との邂逅を胸に刻み──

次なる共闘へと歩み出した。


No.57『推しと主人公の共闘』

魔王の使徒との邂逅から数日。

記憶騎士団の拠点では、魔王の“目覚め”に備えた防衛陣の再構築が進められていた。

だが、魔王の波長は予想以上に広範囲に浸透しており、記憶領域の崩壊が各地で加速していた。

ミナは、剣の稽古を終えたあと、俺の魔法陣の中心に立った。

「ユウト。魔王の使徒が言っていた“試練”──それは、私たちの記憶そのものに触れてくる。

だから、私ひとりでは剣を振れない」

俺は、彼女の言葉に頷いた。

「だからこそ、共鳴が必要だ。

あなたの剣と、俺の魔法。

それを重ねることで、記憶の深層に届く力になる」

ゼルが、最新の記憶波長図を広げた。

「魔王の波長は、断続的に“共鳴阻害”を起こしている。

単独での接触は危険だ。

だが、ユウトとミナの波長は、互いに補完し合っている。

共闘なら、突破できる可能性がある」

ミナは、剣を鞘に収めながら言った。

「推しとして、あなたの魔法を信じてる。

でも今は──仲間として、あなたの支えに立ちたい」

俺は、魔法陣の中心に“双波共鳴核”を設置した。

それは、ミナの歌と剣、俺の記憶魔法を融合させた新たな術式だった。

記憶騎士団の仲間たちが、それを囲むように配置される。

「この術式は、記憶の深層に直接干渉できる。

でも、中心が揺らげば全体が崩れる。

ミナさん──共に立ってくれるか」

ミナは、剣を掲げた。

「あなたの魔法がある限り、私は折れない。

推しと主人公──その絆が、記憶を守る剣になる」

そして俺たちは、“共鳴の剣”と“記憶の魔法”を携えて──

魔王の波長が最も濃い領域へと、共に踏み出した。


魔王の波長が最も濃く漂う“記憶の裂け目”に、俺たちは到達した。

そこは、かつて魔族と人間が最も激しく争った地──記憶の断層が幾重にも重なり、痛みと怒りが渦巻いていた。

ミナは剣を構え、俺は魔法陣を展開する。

「ユウト。ここでは、記憶が剣を拒む。

でも、あなたの魔法があれば、私は振るえる」

「ミナさん。あなたの剣があるから、俺の魔法は届く。

共鳴しよう──記憶の深層で」

魔王の使徒が再び現れた。

彼の姿は、前回よりも霧に包まれ、記憶の形を持たなくなっていた。

「記憶は、形を持つから苦しむ。

君たちの共鳴は、記憶を強化するだけ。

それは、我が主の目覚めを早める」

ミナは、剣を振るった。

その刃は、霧を裂き──記憶の断層に触れた。

俺は、魔法陣の中心で“双波共鳴核”を起動させる。

その瞬間、ミナの歌が響き、俺の魔法が記憶の流れを繋ぎ始めた。

「忘れないで あなたの痛みは 誰かの祈りに変わるから」

記憶の裂け目が震え、断層の奥から──かつて争った者たちの記憶が浮かび上がる。

魔族の女戦士、人間の若き騎士、そして──その間に立ち尽くす少年。

ミナは、剣を収めて言った。

「この記憶は、争いの記録じゃない。

痛みを越えようとした者たちの“願い”だ」

俺は、魔法陣の波長を安定させながら言った。

「だからこそ、俺たちは共鳴する。

記憶を断つのではなく、繋ぐために」

魔王の使徒は、霧の中で沈黙した。

「君たちの共鳴が、我が主の眠りを揺らがせた。

次に目覚める時──記憶そのものが試される」

そして彼は、記憶の裂け目へと消えていった。

ミナは、俺の隣で静かに言った。

「ユウト。あなたと共鳴できたから、私は剣を振れた。

それは、推しとしてじゃなく──戦う者としての誇り」

俺は、彼女の手を握った。

「ミナさん。あなたの剣があったから、俺の魔法は届いた。

共闘できたことが、俺の誇りだ」

そして俺たちは、“推しと主人公の共闘”を胸に──

魔王の復活へと向かう、最後の戦いに備えた。


No.58『騎士団の団結』

魔王の波長領域での共闘を終えた俺とミナは、記憶騎士団の拠点に戻るとすぐに騎士団本部からの緊急連絡を受けた。

「魔王の波長が、騎士団の中枢記憶領域にまで到達した。

一部の騎士が記憶の混乱に陥り、指揮系統が崩れかけている」

その報せは、騎士団の“理念”そのものが揺らいでいることを意味していた。

ミナは、剣を握りしめた。

「騎士団が崩れれば、記憶騎士団だけでは魔王の復活を止められない。

今こそ、団結の時よ」

俺は、魔法陣の再構築を進めながら言った。

「でも、騎士団の中にはまだ“記憶を否定する剣”を振るう者もいる。

彼らとどう向き合うかが鍵になる」

ゼルが、魔族側の動向を報告した。

「魔族の一部も、騎士団との連携に不安を抱いている。

だが、ミナとユウトの共鳴が示した“記憶の力”は、確実に波紋を広げている」

その時、騎士団本部から正式な要請が届いた。

「記憶騎士団に、騎士団中枢記憶領域の安定化任務を依頼したい。

剣と魔法、記憶の理念をもって、共に魔王の波長に抗ってほしい」

ミナは、静かに頷いた。

「ようやく、剣が理念に追いついた。

ならば、私は“記憶の剣聖”として、騎士団の剣を束ねる」

俺は、魔法陣の中心に“団結共鳴核”を設置した。

それは、騎士団と記憶騎士団の波長を繋ぐ術式。

若手騎士たちが、剣を携えて拠点に集まり始めた。

「ユウト先輩。僕たちは、あなたの剣に憧れてきました。

今度は、あなたと共に戦いたい」

ミナは、彼らの前に立ち、剣を掲げた。

「この剣は、記憶を守るために振るう。

騎士団の剣がその理念に共鳴するなら──私は、共に振るう」

そして俺たちは、“騎士団の団結”を記憶の核に刻み──

魔王の復活に備える最後の布陣を整え始めた。


騎士団本部に到着した俺たちは、かつての仲間たちと再会した。

その瞳には迷いがあった。

記憶の混乱に晒され、剣を振るう意味を見失いかけていた彼らは、俺たちの姿に何を見たのか──静かに剣を下ろした。

ミナは、騎士団の広場に立ち、剣を掲げた。

「私は、かつてこの場所で“秩序の剣”を振るった。

でも今は、“記憶の剣聖”として、あなたたちの痛みに寄り添いたい」

その声は、騎士たちの心に届いた。

若手騎士が一歩前に出た。

「ミナさんの剣に憧れて、騎士になった。

でも、記憶を守る剣があると知って──もう一度、剣を握りたいと思った」

俺は、魔法陣の中心に立ち、“団結共鳴核”を起動させた。

それは、騎士団と記憶騎士団の波長を繋ぐ術式。

ゼルが魔族側の代表として言った。

「我々も、剣を交える時代を終えたい。

記憶を守る剣があるなら──その剣に共鳴する」

騎士団長が姿を現した。

かつて俺を追放した張本人。

だが、その瞳には確かな変化があった。

「ユウト・アマギ。

君の剣が、騎士団の理念を揺らした。

だが今、君の剣が“記憶の盾”になっている。

ならば、我々はその盾のもとに剣を束ねよう」

ミナは、団長の前に立ち、剣を差し出した。

「この剣は、記憶を守るために振るう。

騎士団がその理念に共鳴するなら──私は、共に戦う」

団長は、静かにその剣に触れた。

そして、騎士団の中枢記憶領域にて──

剣と魔法、記憶と痛み、過去と未来がひとつに繋がった。

俺は、魔法陣の中心で言った。

「この団結は、魔王の復活に抗うための“記憶の意志”だ。

それは、剣よりも強く、魔法よりも深い」

ミナは、剣を掲げた。

「記憶騎士団と騎士団──その団結が、記憶の盾になる。

私は、その盾の先端で、剣を振るう」

そして俺たちは、“騎士団の団結”を胸に──

魔王の復活という最大の試練へと、歩みを進めた。


No.59『魔王の復活』

騎士団と記憶騎士団の団結が果たされたその夜、空が震えた。

中枢記憶領域の奥深く──誰も触れたことのない“封記の核”が、微かに脈動を始めた。

それは、魔王の記憶が眠る場所。

ゼルが魔族側の古文書を広げながら言った。

「魔王は、記憶の深層に封じられた存在。

だが、使徒たちの干渉によって、封印が揺らぎ始めている。

この脈動は──目覚めの兆しだ」

ミナは、剣を握りしめた。

「記憶の盾が揺らげば、剣も届かなくなる。

今こそ、私たちの共鳴を最大限に高める時よ」

俺は、魔法陣の中心に“記憶連結核”を設置した。

それは、騎士団・記憶騎士団・魔族──三者の波長を束ねる術式。

だが、術式の起動には“記憶の鍵”が必要だった。

その鍵は、かつて魔王と対峙した魔族の女戦士が持っていたとされる。

彼女の記憶は、今や結晶の中に眠っている。

ミナが静かに言った。

「その女戦士は、かつて私と剣を交えたことがある。

彼女の記憶に触れることで、魔王の封印に届くかもしれない」

俺たちは、記憶の結晶室へ向かった。

そこには、戦士の記憶が封じられた結晶が安置されていた。

俺は、魔法陣を展開し、ミナの波長と結晶を共鳴させる。

すると、映像が浮かび上がる。

魔族の女戦士が、剣を構え、ミナと対峙していた。

その瞳には、怒りではなく──哀しみが宿っていた。

ミナは、剣を収めて言った。

「彼女は、記憶を守るために戦っていた。

その記憶が、魔王の封印を支えていたのね」

俺は、結晶の中心に触れた。

「この記憶が鍵になる。

魔王の復活を止めるためには──彼女の“願い”を受け継がなければならない」

そして、記憶の核が震えた。

魔王の波長が、完全に目覚めようとしていた。


魔族の女戦士の記憶に触れた瞬間、記憶核が震え、空が裂けた。

その裂け目から、黒い波長が溢れ出す。

魔王の記憶が、封印を越えて現実に干渉を始めた。

騎士団本部の空が暗転し、記憶領域が歪み始める。

ゼルが叫ぶ。

「魔王の波長が、記憶の構造そのものを崩しにかかっている!

このままでは、過去と現在の境界が消える!」

ミナは剣を構え、俺は魔法陣の中心に立った。

「ユウト、今こそ“記憶連結核”を完全起動させて!

私たちの共鳴が、記憶の崩壊を止める唯一の手段よ!」

俺は、騎士団・記憶騎士団・魔族の波長を束ね、術式を起動させる。

その瞬間、記憶の断層が光を放ち、魔王の波長と激しく衝突した。

魔王の姿は、まだ完全には現れていない。

だが、記憶の霧の中に浮かぶその輪郭は、かつての戦争の象徴だった。

ミナが剣を振るう。

その刃は、記憶の霧を裂き、魔王の波長に触れる。

「私は、記憶の剣聖。

あなたの忘却に抗うために、剣を振るう!」

魔王の波長が反応し、ミナの記憶に干渉を始める。

彼女の過去──騎士団での孤独、戦場での後悔、そしてユウトとの再会。

それらが、霧の中に浮かび上がる。

俺は、魔法陣の中心で叫ぶ。

「ミナさん! あなたの記憶は、痛みだけじゃない!

それを繋いだ絆が、今ここにある!」

その言葉に、ミナの剣が光を放つ。

魔王の波長が揺らぎ、霧が裂ける。

その奥に──魔族の女戦士の記憶が微笑んでいた。

彼女は、かつてミナと剣を交えた者。

その記憶が、魔王の封印を支えていた。

ミナは、剣を収めて言った。

「あなたの記憶が、私を導いた。

だから、私はもう迷わない」

魔王の波長が、最後の抵抗を見せる。

だが、騎士団の剣、記憶騎士団の魔法、そして魔族の祈りがひとつになった時──

記憶の盾が完成し、魔王の復活は“形”を持った。

それは、次章への扉。

そして俺たちは、“記憶の中で微笑む者”の導きによって──

最後の戦場へと向かう準備を始めた。


No.60『魔族の女戦士、記憶の中で微笑む』

魔王の復活が現実となった今、記憶騎士団と騎士団、そして魔族の連合部隊は、最後の戦場へと集結していた。

その空気は、剣よりも重く、記憶よりも深かった。

そして、彼女は現れた。

ラナ=ヴァルカ──魔族の女戦士。

黒銀の鎧に身を包み、瞳には戦意と哀しみが宿っていた。

ミナは、彼女の姿を見て、剣を構えながらも動けずにいた。

「……ラナ」

その名を呼んだ瞬間、ラナの瞳が揺れた。

「その名を、あなたが呼ぶとはね。

私の記憶には、あなたの声が残っていないのに」

彼女は、かつてミナの前世──剣聖エルミナの親友だった。

転生の際に記憶を失い、魔族に転化。

ミナを憎みながらも、どこかで惹かれていた。

その矛盾が、彼女を戦闘狂へと変えた。

ミナは、剣を収めて言った。

「あなたの記憶が失われても、私の心には残ってる。

あなたは、私の大切な人だった」

ラナは、剣を抜いた。

「ならば、証明してもらう。

あなたの剣が、私の記憶を呼び戻すほどのものか──試させてもらう」

そして、二人は静かに向き合った。

それは、敵同士の対峙ではなく──記憶を巡る者同士の再会だった。

俺は、魔法陣の外縁でその波長を読みながら、言葉を飲み込んだ。

この戦いは、誰にも介入できない。

ミナとラナ──二人の記憶が交差する場所でしか、語られない物語だった。


ミナとラナの一騎打ちは、静かに始まった。

剣戟の音は、記憶の波長に溶けていくように、鋭くも儚かった。

ミナの剣は、守るための剣。

ラナの剣は、確かめるための剣。

「あなたの剣が、私の記憶を呼び戻すほどのものか──見せて」

ラナの攻撃は容赦がなかった。

だが、ミナは一度も反撃しなかった。

彼女は、剣を通じて“記憶の共鳴”を試みていた。

俺は、魔法陣の外縁で波長を読みながら、ミナの意図を理解した。

「ミナさん……あなたは、ラナの記憶を“斬る”んじゃない。

触れて、揺らして、思い出させようとしてる」

その瞬間、ラナの剣が止まった。

ミナの剣が、彼女の刃を受け止めながら、静かに言った。

「あなたが私を忘れても、私はあなたを覚えてる。

それが、記憶を守る者の誓い」

ラナの瞳が揺れた。

そして──記憶が、溢れ出した。

かつて、剣聖エルミナと共に笑い合った日々。

戦場の片隅で、互いの背を預けて戦った夜。

そして、転生の際に交わした約束。

「もし記憶を失っても、あなたを守る」

ラナは、剣を下ろした。

「……思い出した。

私は、あなたの親友だった。

そして、あなたを守ると誓った者だった」

ミナは、涙をこらえながら言った。

「ラナ……あなたの記憶が戻ったなら、もう剣を振らなくていい」

ラナは、微笑んだ。

それは、戦士ではなく──友としての微笑だった。

「でも、魔王の波長は、私の中に根を張ってる。

このままでは、私は“器”になる」

俺は、魔法陣の中心で術式を展開した。

「ラナさん。あなたの記憶が、魔王の波長を拒絶してる。

今なら、あなた自身の意志で断ち切れる」

ラナは、ミナの手を取った。

「あなたが私を忘れても、私はあなたを守る。

それが、私の最後の記憶になるなら──悔いはない」

そして、ラナは自らの魔力を解放し、魔王の波長を抱えて自壊した。

その瞬間、空が晴れ、記憶の霧が静かに消えていった。

ミナは、剣を地に伏せ、静かに祈った。

「ありがとう、ラナ。

あなたの記憶は、私の中で生き続ける」

そして俺たちは、“魔族の女戦士、記憶の中で微笑む”その姿を胸に──


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