第6話 挑戦
「はぁ……なんでやっとバルトと再会できたこのタイミングでこういうことが起こるのかしら」
レナスとミリスの報告を聞いたルリアは、苛立ちを隠せないのようで、石造りの椅子に腰掛け、その肘掛けに指をトントンと叩きつけている。
「すまない。私が取り逃がさなければ――」
ルリアの苛立ちを自分のせいだと言い始めるミリスに、ルリアは慌てて訂正する。
「ごめんなさい。ミリスを責めているわけではないのよ。何故、こうも人の生活に首を突っ込もうとするのか、理解できなくて」
「ゲルトステインなのかね? 結構前に痛い目に合わせてからしばらく何もなかったんだがなぁ」
「証拠がないから決めつけることはダメよ。私達から争いを生むことはしたくないわ」
「ゲルトステインに行って聞いてこようか? 私達のことを語り継いでいれば、話が通じる奴もいるだろう。もしゲルトステインが黒幕なら潰してくることもできるが?」
さらりと恐ろしいことを口走るミリスにルリアは苦笑する。
ルリアのためならミリスはやるだろう。
それがわかっているから、適当な返事は言えるわけがない。
「動き方からすると、この街の場所を探っていた感じだし、ゲルトステインならそんなことしないでしょ。知っているのだから」
隣国のゲルトステインはルリアルトがここにあることを知っている。
何年前だったか、侵攻してきた彼らを完膚なきまでに返り討ちにしたことで、不戦の約定も交わしている。
いくら時が経ったと言っても、あの被害を軽視できる統治者はいないだろう。
慧族からしたらあまりにも昔の話で今の統治者がただの御伽話と思っている可能性はあるが。
「でもこうなると、いつ侵攻が来るか油断できないわね。バルトが早く帰ってくるといいのだけど」
「何層まであるかあたし達は知らないから、旦那がどんだけ時間かかるかもわかんねーもんな」
「私がしばらく森の中を見廻りしよう。見張り達に余計な苦労はなるべくさせたくないし、主人を見つけたり何かあればすぐに知らせる」
気にするなと言っても気にしているのだろう。
ミリスはそう申し出る。
ルリアは下手に止めることはせず、彼女の気が済むようにさせることにした。
「わかったわ、無理はしないようにね」
「御意」
「じゃああたしは挑戦者達んところにでも行ってくるわ」
そう言うと早速二人とも部屋から出ていく。
この街を守る為に、それぞれがやれることをやる為に。
ルリアもこの街の統治者として民を守る動きを取りたかった。
そのために出来ることは何か。
自分達がいなくなった時、それでもこの街は平和であり続けるのだろうか。
一抹の不安は拭えなかった。
その不安を少しでも小さくすべく、ルリアは呼び出したロキと共に部屋を出た。
◇◇◇
「くっ……キリがないな」
ルリア達が侵略者達への事前対策を取っている頃、バルトはダンジョンの中層にいた。
街が慌ただしくなっていることなど知る由もない。
淡々とただ目的のために歩を進めていた。
入り口が地上にあるダンジョンは基本的に地下に向かって広がっていく。
緩やかな坂道を進んでいくと進むにつれて空間が広くなっていく。
剣を振り回せるだけの空間になった頃から魔物が出始めたが、上層は問題なく進めた。
しかし中層になると数が多くなり、進む勢いが極端に落ちた。
力負けすることはないが、休む暇がない。
ダンジョンの魔物はダンジョンに踏み入ったものを問答無用で襲ってくる。
そこには知性も何もなく、ただそう言う仕組みと言えばそれまでの、機械的な襲撃だった。
「こちらは手を出したくないんだが、ダンジョンの魔物にはわかってもらえないか」
また一体、飛びかかってきた蜘蛛の魔物を黒い刀身の剣で切り捨て、霧散する魔物から溢れた魔石を掴んでは背中の荷袋に入れる。
ひたすらこの作業だ。
ダンジョンの魔物は、ダンジョン内の魔力が結晶化し、顕現したものだ。顕現した身体を形作る魔力がなくなれば、ただの魔石となる。
しかしその魔石を放置しておくと再びその魔石を核として魔物が生まれる。それがダンジョンだ。
魔物の核となる魔石だが、その魔石はダンジョンの外など、ダンジョン以外の空間に持ち出すことで、ただの魔力を溜め込んだ石となる。
バルトは別空間へと荷物を格納するボックス機能が付与されている荷袋を借りてきてよかったと心底思った。
普通の荷袋ではもう一杯になっていたことだろうし、長時間ダンジョン内にいるのだから、荷袋の中の魔石が再度顕現化してしまうことも十分あり得た話だから。
それにしても――
「ロキが言うには、ここのマスターは話が通じる可能性があるんじゃなかったのか?」
ロキが言っていた三体のうちの一体。
ロキが促せば従属するかもしれないと言っていたそのダンジョンにバルトは来ているが、出会う魔物全て問答無用で襲ってくる。
ダンジョン内の魔物の傾向はダンジョンマスターに通ずるものがある。
そうすると、ここのダンジョンマスターも話が通じずに一方的に襲ってくる可能性が高いということだ。
そもそも地下迷宮化しているダンジョンは悪意の塊のため、それはそれで仕方ないのだが、意思疎通すら出来ないとは思っていなかった。
「ダンジョンマスターだけが意思疎通できるパターンか? だとしても、この調子だと凶暴だな」
先が思いやられる――そう思いながら、バルトはようやく見つけた下層へと続く坂道へと入っていった。
何日が経過しただろう。
手持ちの食糧の残量的には、そろそろ七日が経った頃だろうとは思う。
しかし陽の光がなく、壁や地面に埋まっている魔石からの魔力光のみで照らされるダンジョンの中では時の流れはわからない。
自分の体内時計だけが頼りだった。
「食糧的にも、体力的にも、そろそろ会いたいところなんだが」
下層になると襲撃してくる数は減ったが強さが急に跳ね上がった。
深手を負うことはなかったが、衣服に魔物の攻撃がかすることが増え、服もボロボロになってきていた。
バルトは鎧を纏わない。
剣を振るう時の邪魔になるからだ。
敵の攻撃には当たらなければいい。
そしてこちらの攻撃を当てればいい。
それがバルトの戦闘スタイルだった。
防具を纏えば剣技が鈍るし、また攻撃によっては防具で受けてしまおうと思う場合がある。
しかし、それが受け切れない攻撃だった場合、装備がダクマタイト製でない限りは死を待つばかりだ。
歴戦の戦士は受けられるもの、受け切れないものを見極める目も持っているのが当たり前だが、その攻撃の強弱の見極めが出来るのであれば、そもそも避ければいいだけの話、ということだ。
「ダンジョンマスターが小さくてすばしっこいやつじゃないことを祈るばかりだ。これ以上服が破れたら、街中を歩けなくなっちまう」
決して自分が負けることを想定していない。
それは積み重ねてきた努力の賜物か、それとも蛮勇の根拠のない自信か。
それはバルトでさえも、わかっていない。
腕に自信はあると自負しているが、ダンジョンマスターに挑むのは初めてなのだから。
「やっとか」
開けた空間。
その最奥に座しているのはかなり大型の魔物だ。
翼を折りたたんで丸くなっている。
何かの獣なのは間違いなさそうだ。
ジャリ――とバルトがその空間に足を踏み入れると、丸まっていた魔物の首が持ち上がり、鋭い眼光と威圧感がバルトを射抜く。
「このプレッシャー、間違いないな」
剣を構えながら、一歩、また一歩と、その姿の全容がわかる距離まで歩を進めていくと、先方も身体を起こし、四肢を踏ん張り起き上がると、翼を大きく広げた。
青白い魔力光が降り注ぐ中、その姿には神々しさすら感じるものがありバルトは息を呑む。
「グリフォン……初めて見た。こんなデカいのかよ」
ダンジョンマスターは鷲の頭と翼、そして獅子の肉体を持ち、ドラゴン同様に幻獣と呼ばれるグリフォンに間違いなかった。
『人間か』
幻獣種には知性を持つものが多い。
ロキ同様、このグリフォンも意思疎通が図れるようでバルトは安堵し、剣を下ろす。
「不躾に足を踏み入れてすまない。話をさせて――」
言葉の途中でバルトは横に跳んだ。
バルトが直前までいた地面に、数本の羽根が刺さる。
『ほぉ。ここまで来ることはあるか』
「待ってくれ! 争いたいわけじゃ――」
『たかが人間風情が我と言葉を交わそうとするなど恥を知れ!』
羽根の追撃がバルトを襲う。
それも何なく躱し、バルトは走りながら声をかけ続けた。
「待て待て待て! うぉっ――」
グリフォンが翼をはばたかせると、突風がバルトを襲い、バルトは身体を浮かせられて壁へと叩きつけられる――ことはなく、その直前でバルトはくるりと身体を回転させると壁に両足をつけ、衝突を回避した。
「ったく聞く耳もたずかよ」
そこに再び羽根の追撃があるが、剣で叩き落とす。
一本一本が重い。斬れることも折れることもなく、その羽根の頑丈さで本体の頑丈さも窺い知れる。
弾いた羽根から視線を戻すと、グリフォンの開いた口に濃紫の魔力が溜まっていた。
ブレスだ。
流石は幻獣種。
語り継がれる伝説となるに相応しい容赦のなさだ。
敵と認識したものに隙を与えない。
それだけでなく、あの密度はヤバい。
バルトの経験と観察眼が、その危険を察知する。
「待っ――」
バルトの声は声にならず、グリフォンのブレスがバルトを呑み込んだ。
ブレスはそのまま地下迷宮の壁を穿ち、壁を崩落させ、この地下迷宮そのものが崩壊しかねない威力。
やがて壁の崩落がおさまり、グリフォンは鼻を鳴らすと、再び丸くなろうと翼を折り畳む。
その時、崩落して作られた岩山から岩が転げ落ちた。
『大したものだ。その剣、ダクマタイトか』
腰をおろそうとしていたグリフォンは再び立ち上がると、構え直す。
避けようのないブレスの直撃を受けたはずのバルトが、岩山から這い出し、怪我一つなく立っていた。
「ふぅ……流石に待ってくれないか。焦ったぜまったく……だが、耐えられる」
『拾った命、こっそり逃げ帰ればいいものを』
「それじゃここに来た意味がないんでね」
ここに来たのは腕試しでもあるが、ロキに言われた通り、ルリアルトの住人達にバルト自らの価値を示すための自身に課した試練だ。
何よりダンジョン一つも踏破できずに、今のルリア達の側にいるなどと、バルト自身が許せなかった。
「話は聞いてくれないんだろ?」
『たかが人間と思うたが、我を前に逃げ出さぬ胆力は見上げたものだ。我を超えられるのであれば聞いてやろう』
「よし、約束な。絶対守れよ」
『人間に言われるとは心外でしかないな。逃げ帰らなかったことを後悔するぞ!』
グリフォンが地を蹴り、バルトへ突進する。
その圧だけで大多数の人間は恐怖に硬直し、何も出来ずグリフォンに蹴散らされることだろう。
しかし、バルトは臆さない。
何も出来ずに後悔に塗れたあの瞬間。
あの時の、全てを失う恐怖に比べれば目の前のグリフォンなど恐るるに足らず。
いや、決して恐ろしくないことはなかった。
しかし、バルトにとっては、この恐怖に呑まれ何も出来ないことが最も恐れるべきことだった。
だからバルトは恐れない。
もう何も失わないために――。
猛スピードで迫り、振り上げられた爪を見据え、バルトは剣を構え直すと、大地を深く踏み込んだ。
激しい剣撃が鳴り響く。
切り上げた剣がバルトを襲う爪を大きく弾き、そして、グリフォンの巨躯を仰け反らせる。
『なっ!?』
バランスを崩し、ふらつくグリフォンを挑発するように見遣りながら、バルトは剣を鞘に戻す。
距離を測るように左手を前に出しながら、右肘を引いて軽く構えを取る。
「俺は殺すつもりはない。だが、殺さないでくれとも言わない。ただ、漢と漢の全力勝負をしようじゃないか」
『愚かな! 剣もなしに我が嘴は防げまい!』
仰け反ったグリフォンがその反動を活かしながら勢いよく嘴でバルトを狙う。
「力比べといこうじゃないか――
グリフォンの鋭い嘴が、突き出したバルトの拳に突き刺さる――ことはなく、バルトの拳は嘴を受け止めていた。
『なん……だと!?』
拮抗し、目の前の人間を捻り潰せないことにグリフォンの驚愕が聞こえる。
しかし、まだだ。こんなことでは足りない。
最強の幻獣種の一角に認められようとするのなら、拮抗するくらいでは足りない。
大地を更に踏み締め、腰をもう一捻り。
どんなに高い壁であろうが、超えてやる――
「超えてや……らぁぁぁっ!!」
『グァッ』
バルトが振り抜いた拳の先に宙を舞うグリフォン。
そしてそのままダンジョンの壁に打ち付けられると、地響きを立てながら堕ちていくのだった。
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