第10話
あれから和先輩と何度かメッセージのやり取りをして、いよいよ今日は夏祭り。
俺は朝から落ち着かずに、無駄にうろうろとしていた。
それは、和先輩のメッセージの中に、特に葵先輩の名前が出なかったから。去年は三人で行った。
でも.......もしかして、今年は二人で行けるのか?
それとも、たまたま出なかっただけ?
二人だったら.......変に期待しすぎちゃいけないと思いつつ。二人で並んで歩く神社の境内を想像して、にやける。
家の中をうろつく俺に、昼過ぎに起きてきた兄貴が声を掛けた。
「......お前.......デートか?」
「...ち.......違うよ」
「ふーん。ついに本命を落としたのかと思った」
「.......」
本命は本命だけど......デートじゃないかも.....っていうかデートじゃない。
俺が勝手に舞い上がってるだけだ。先輩にしたら後輩とちょっと出かける、そんな気持ちだろう.......
兄貴の言葉に、勝手にテンションが下がる。
「......まあ....頑張れよ」
何を感じ取ったのか、励ましてくれる兄貴。もしかしたら、先輩の好きな人って兄貴かも知れないんだよな.......
駅前のロータリーは、夏祭りに向かう人達で賑わっていた。待ち合わせの電光掲示板の前も沢山の人が居た。
約束した時間になっても現れない先輩。もう5分過ぎてる。もしかして、来れなくなった?たった5分が、妙に長く感じる。
「夏希!ごめん」
声がした方に振り向くと、白いTシャツとデニム姿の和先輩が、こっちに向かって走っている。
「...はぁ....はぁ...悪い....遅くなった」
「いや、大丈夫です。俺も、今来たところなんで」
息を切らす先輩に嘘をつく。本当は30分前からここにいた。
両手を膝に呼吸を整えていた先輩が顔を上げる。ふわっと笑った顔に、急速に心臓が動き出す。
「行こうか.......」
歩き出す先輩。葵先輩は?やっぱり二人?俺も慌てて隣に並ぶ。
「.......あの.....葵先輩は?」
「.......誘ってないけど....一緒が良かったか?」
先輩が、視線を上げて伺うように俺を見る。
「いや!そんなことないです。二人で、いいです。いや、二人がいいです」
思わず力説してしまった。俺の動揺に笑い出す先輩。
「.......俺も二人がいいかな」
最後に聞こえた一言は、俺の聞き間違えじゃないと思う。
急に火照った首筋を不自然に手で隠しながら、神社の入口まで歩く。だんだんと増えていく人に先輩との距離が近くなって、あの香りを微かに感じ始める。
参道には沢山の夜店が両脇に並んでいて、賑わっていた。
「.....俺、お腹すいてるんだ。何か食べようか」
「何がいいですか?みんな旨そう」
お店の看板を見ながら話してると、不意に手を握られた。
「あったぞ」
先輩が一つの店を指差して、俺の手を引く。二人向かった先に見えたのは、トルネードポテト。
「去年、夏希、旨いって夢中になって食べてたもんな」
先輩、そんなの.......覚えてんの?
確かに、初めて食べて旨くて、来年も絶対食べるって騒いだ覚えがある。
でも、俺自身、今この時まで忘れてた。
先輩の頭の片隅に、俺の事がちゃんと刻まれてる感じがして、ちょっと感動だ。
「さあ、買おう」
そう言って先輩が離そうとした左手を、右手でぎゅっと掴んだ。
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