第3話




家に帰って、頭からシャワーを浴びてる今も、頭の中は先輩の香りと抱き締めたあの感触でいっぱいだった。



先輩っていい香りだなと思ったことはあった、でも今は......そんなもんじゃなくて。

あの首筋に鼻をつけた時に感じた、身体の熱さも.......



やばっ......



相手は男の先輩だっていうのに、しっかり反応している自分自身を上から見つめる。




嘘だろ.......俺ってそっち側の人だった?



いやいや、今まで付き合ったのは女の子で、もちろんそういう経験も女の子だ。




先輩は.......可愛いけど男だ。可愛いって......男の先輩に思うことじゃないかも知れないけど。



でも......



.......それは初めて会った時からずっとそう思ってた。





先輩と初めて会ったのは、中学に入学して少したった頃。



部活を決めなきゃならない時で、俺は一人、体育館の入口近くをうろうろしてたんだ。



中ではバスケ部が練習をしている。本当は凄く入りたい。

でも、入るには覚悟が必要で.......


その時、声をかけてくれたのが和先輩だった。




「見学?入らないの?」


「あっ.......いや.......」



少し首を傾げて、不思議そうに俺を見た先輩。



何も言えずに戸惑っていると、フワッと背中を押されて、そのまま体育館の中に連れて行かれた。




「.......ここで見学出来るから」


そう言うと、練習の中に入っていった先輩。振り返った顔がふわっと笑って一瞬ドキッとしたんだ。



そのまま、他にも数名いた見学者と一緒に、練習の様子を見ていた。



バスケットボールを、手の中で自由に操り、相手を抜けてゴールする。

先輩達の動きに夢中になった。特に.......あの先輩が.......




「よーし。集合」


先生の言葉で集まってきた先輩達。少しすると、その中から声が聞こえてきた。



「.......あれ、真冬先輩の弟だよな」


「えっ?真冬先輩の?」



ガヤガヤと話しながら、視線がこちらに集中する。先生まで「西野の弟かぁ」なんて、こちらを見てる。


俺は、いたたまれなくて下を向いた。



.......これが嫌だったんだ。




俺の兄貴の真冬。三つ歳上の兄貴は、ここのバスケ部に所属してた。ポイントガードだった兄貴は、ここの中心的な存在で、試合を見に行っても、みんなに慕われてるのが良く分かった。



それに憧れてバスケに興味を持ったんだけど、優秀すぎる兄貴は時に迷惑な存在で.......




先輩達の好奇の視線は、俺を萎縮させた。



練習が終わったあとも、俺はここに入るのが当然だと言うように声をかけられ、その妙な期待に居心地が悪くなった頃。



「入部するか、しないか、彼はまだ何も言ってないよ」



俺を囲む輪の外側から聞こえてきた声。一瞬静かになった体育館。



不意に引かれた手。和先輩はそのまま俺の手を握り、体育館の外まで連れて出てくれたんだ。



「.......ごめん、引っ張りだして」


「いえ.......助かりました」



「もしかして、体育館に入れたの、迷惑だったかなと思って」



「そんなことないです!見学したかったし.......でも.......」



「.......やりたいか、やりたくないかじゃない?」


「..........」



「.......やりたかったら一緒にやろうよ」



そう言って笑った先輩の顔が、すげー可愛いそう思ったんだ。



兄貴と比べられるとか、期待通り出来ないかもとか、俺の中でモヤモヤしていた気持ちがその笑顔で吹き飛んで、俺は次の日、入部届けを出したんだ。







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