天才甘えんぼ幼馴染の秘密と、タイムリープし家族の絆に触れるまで~遥から彼方まで~

遠藤孝祐

第1章 ハルカナコンビと恋の始まりのクリスマス

プロローグ タイムループと無敵のハルカナコンビ①

 <過去 ループ×X回>




星八ほしやリムさん……あなたが好きです! 俺と付き合ってください!」


 月をのぞめる小高い丘の上で、ツンツン髪の男子高校生が告白をしていた。


 その先には、月明りに照らされる神秘的な女子生徒がいた。


 薄く儚げな唇。どこか愛らしい目鼻立ち。


 リムは、幼子のように首を傾げた。


「今回はどうだ。父さ……アキラはいけると思うか? カナタ」


「わかんないけど、ハルカのパ……アキラくんだって今回こそいけるよ!」


 木陰からそっと顔を出す、同年代の男女。寒さから身を守るように肩を並べて、告白の結果を見守っていた。


 朝日あさひハルカと天鳥あとりカナタ。ハルカナコンビと呼ばれる二人。触れられるほどの距離にいる、幼馴染という間柄。


 ハルカの父となるアキラが、母となるリムに告白をしている。


 タイムリープした二人は、告白の成功を祈って両手を合わせていた。


「ごめんなさい」


 ガラスを鳴らしたように美麗な声は、拒絶の言葉を告げる。


 ハルカとカナタは、そろって肩をすくめた。


「ぬおおおおおおお――――ん!?」


 アキラは憤怒の叫びをあげながら、逃げるように坂を駆け下りた。


 訪れた静寂は、失敗の虚しさを告げている。


「今回もダメだったか……まったく父さ……アキラは情けない」


 ハルカはそう言いつつ、がっくりと肩を落とす。


 アキラとリムが結ばれないと、この時代にハルカは産まれない。


 ハルカ自身は消えないが、落胆の色は隠せなかった。


「ハルカ。自分の父親を悪く言うのはいけないんだよ。ハルカのパ……アキラくんの魅力がちょっと足りないだけだよ」


 フォローしている気持ちで、カナタもボロカスなことを言い出した。


「はあっ。また始めからやり直しか」


「だねぇ……いつになったら、未来に帰れるのかな」


 ハルカナコンビのタイムリープ後、世界のルールは狂った。


 アキラがリムに告白し、失敗をする度に十二月を繰り返している。


「うっ。寒っ」


 思わぬ寒さに、カナタは体を丸める。じっと見物していたせいで、体はすっかりと冷え切っていた。


 ブルブル震えるカナタの肩。


 突如、ふわりと温もりが重なる。


「……ハルカ?」


 ハルカは自分で着ていたコートを、迷うことなくカナタに羽織らせていた。


「寒そうだったからさ。これなら温かいだろ」


「でも、それだとハルカが寒いんじゃ」


「いいって。カナタに体調を崩される方が嫌だ」


 カナタはコートをきゅっと握った。


 まだ残るハルカの温もり。少しわんぱくさの滲む、男の子の匂い。


 カナタの口元はふんわりと緩む。


「ありがとっ。でも、どうせだったらさ」


 照れくさそうに背を向けるハルカに、カナタは両手を広げて迫る。


 二人で密着をすれば、きっともっとあったかいと思うから。


 抱き着こうとする寸前、カナタは止まる。


(このままループを続けちゃダメ。気持ちが、抑えられなくなりそう……)


 ループに囚われている中、唯一気持ちを分け合えるのはハルカだけ。異常な事態が続く限り、ハルカナコンビはずっと一緒に居られる。


 いずれ別れが来る運命。一線を引いたカナタの心は、繰り返しの誘惑に揺れていた。


(でも、温まるためだったら仕方ないよね)


 言い訳をしつつ、カナタはじりじりと距離を詰める。


 温もりが重なる寸前、カナタより先に動いた者がいた。


「ハルカは、私が温める」


 突然やってきたリムが、一足早くハルカに抱き着く。


 眠る寸前の猫の如く、リムの表情はとろけていた。


「ちょっいつの間に!?」


「うん。なぜか、安心」


 いちゃついているような二人を見て、カナタは眉根を曲げていた。


「リムちゃん! ハルカも嫌がってるからやめてあげてよ!」


「ハルカ、嫌なの?」


 リムからもたらされる、平坦で可愛らしい問いかけ。


 甘えるような上目遣いに、ハルカは口を紡げなくなる。


 将来は母となるのリムも、今は同年代の少女なのだ。ハルカが戸惑うことも無理はなかった。


 ハルカは、うわ言のように口を開いた。


「嫌……じゃない」


 素直すぎるハルカの発言と、抱き着きを阻止されたことで、カナタの怒りは限界を超える。


 嫉妬を否定できないくらい、カナタはブチ切れた。


「ハルカの――マザコン!」


 カナタの絶叫と共に、世界の輪郭が徐々にぼやけ、光の粒子がふわふわと舞う。


 雪が空へと帰るように、輝きは勢いを増して世界を覆いつくす。何度も味わったループの前兆。


 世界が輪郭を失う中、ハルカナコンビはここまでの軌跡について、思い返していた。


 そして、世界は再びループする。










 <現代 ループに至るまで>




 ドンドンパフパフ。


 陽気に奏でるファンファーレを浴びて、ハルカは目を覚ました。


「……なんだこれ?」


 いつもと変わらぬ自室。白い壁には何も貼っていない。簡素な学習机には、参考書が開かれている。


 ただ枕元には、見覚えのない人形が佇んでいた。


 ハルカは悟る。これはおそらく、彼女が発明した新手の目覚まし時計だと。


 スウェットを着替えもせず、ハルカは階下へと駆け出した。


 安眠妨害トラップ発明を、設置しやがった相手に文句を言うために。


「カナタ!」


「あっ起きたんだねハルカ。おはよー」


 ソファーで呑気にお茶をすする少女、カナタは首を後ろに曲げていた。


「おはよー……じゃねえよ。これは一体なんなんだよ?」


 ハルカはじたばたとうごめく人形をかざす。安眠を妨害されたことで、ハルカはいたくご立腹だ。


「最新型のファンファーレ目覚ましだよ。心地よく起きられるかなと思ってね」


「ああ。心地よくて、思わず掴みかかちまったよ」


「ハルカの役に立てて、私としても鼻が高いよ」


 カナタの得意げな顔を見て、ハルカは密かに溜め息をつく。


 皮肉だとわかっているが、あえて気づかないように返事をしている。ハルカにはそう思えてならなかった。


 ハルカナコンビと呼ばれてしまうほどの、幼馴染の絆を感じた。嫌な意味で。


「今日は早く来られたからさ、朝食を作ったよ」


 カナタは言いつつ、朝食をテーブルに並べる。


 煮詰められた食材の芳香が、ふわりとリビングへと飛んでくる。白米にワカメの味噌汁。スクランブルエッグにコールスローサラダ。


 理想的な朝食に、ハルカの強張った顔も徐々に柔らかくなった。


 父である、アキラ姿は見当たらない。もう既に仕事に行ったのだろう。


 家の中には、ハルカとカナタの二人きり。


「一緒に食べよっか」


 たんぽぽのように光る、カナタの笑顔。


 ハルカは観念してテーブルに着き、両手を合わせてうなずいた。


「いただきます」


「はい、召し上がれ。ハルカにはやっぱり、長生きして欲しいからさ」


 異様なほどおせっかいな幼馴染に、ハルカはもう何も言えなかった。


 料理を頬張る。仄かな塩味のバランスが、ハルカにとっては絶妙な味つけだった。


「やっぱうまいな。カナタの料理は絶品だ」


「ふっふっふー。もっと褒めてくれてもいいんだよ? ハルカのために作ってるんだから」


「カナタの料理って、母さんの味に似てるんだよな」


 ぽつりと言ったハルカを見て、カナタは両手を腰に当てていた。


「へっへーん。カナタちゃんは、ハルカの好みなんてお見通しなんだよ」


 誇るように言い放ち、カナタは白米を口に運ぶ。


 カナタは気まぐれのように、ハルカのために食事を作ることがある。


 その度にカナタは、テスト当日のような表情で料理に挑む。


 パステルカラーの包丁とまな板。カナタが持ち込んだ調理器具が、収納棚をどんどん侵食していった。


 ふとカナタを見ると、大げさなくらいにニコニコしている。柔らかいまなじりは、懐かしいという感情を宿しているよう。


「カナタ、なんか嬉しそうだな?」


 ハルカが聞くと、カナタはあわあわと慌てだした。ごまかすように頬張ったのは、少し多めのコールスロー。


 もしゃもしゃとした咀嚼そしゃく音。なんとなく気まずさが伝わる。


 カナタは一瞬だけ目を細めると、はにかみつつ笑う。


「ハルカとご飯食べるのが、一番いいなって」


 あまりにもストレートな言葉を受け、ハルカは顔を隠すように茶碗を傾けた。なんだか気まずいけど、心地の良い沈黙に包まれる。


 そして、素直な気持ちを口にした。


「俺も、カナタとご飯を食べてると落ち着くな」


 幼い頃にいなくなった母親のことを思うと、ハルカは時折虚しさを感じる。けれど、カナタがいる時には忘れることができた。


「やっぱり、ハルカナコンビはこうでなくっちゃね」


 ハルカナコンビは仲の良い幼馴染。これからもずっと変わらない。疑いようのない事実だと思える。


 そう考えていた。


「……カナタ?」


 ふと見えたカナタの表情。わずかに瞼がかぶさる。唇は結ばれ、口の端は尖っている。


 痛みに耐えるような相貌が、どうしても脳裏にこびりつく。


「ん? そんなに見つめられると、照れちゃうじゃん」


 悪戯っぽく返すカナタは、いつも通り甘えんぼで、無邪気な顔に戻っていた。


 温かくて心地よい、幼馴染という適温。


 明るさで満たされる中、ハルカの胸奥には、ざわめきが生まれていた。

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