青い花の森賢人

第2話 目覚め

 「いつまで寝てるんだい。さっさと起きて飯の支度をしな」

 薄暗い部屋の中に、無愛想な嗄れ声が響いた。

 藁を敷き詰めた小さな寝台(ルビ:ベッド)の上で、窓帷(ルビ:カーテン)の隙間から漏れる微かな陽射しにまどろんでいた部屋の主は、忌々しそうに顔をしかめた。その表情のまま、薄目で戸口のほうを見やると、無遠慮に開け放たれた扉の前に、見慣れた老婆が立っていた。


 老婆もまた、忌々しくしかめっ面をうかべながら、その大きな鷲鼻をふんと鳴らすと、のそのそとした足どりで何処かへと去っていった。

 再び静寂が訪れた部屋の片隅では、昼寝を邪魔された猫みたいな顔をした部屋の主が、のたくたと寝台から起きようとしていた。立ち上がった彼の背丈は人間の子供ほどで、肌は浅黒く、癖のある長い銀髪を、植物の蔓のような髪留めで無造作にまとめていた。小人(ルビ:ミクラーン)と呼ばれる種族である彼は、大きな欠伸をひとつすると、部屋の中をぐるりと見渡し、小さくため息をついた。

 「ゆうべは夜更かししすぎたな」

 小人の彼から見てもさして広くない部屋には、魔術書、植物学、薬学、百科図鑑といった類の書物が、盗賊にでも荒らされたかと見紛うほどに散乱していた。しかし、一見めちゃくちゃにとっ散らかっているようにしか見えないそれらは、ある種の法則・分類(当の本人だけが分かるであろう)に基づいて配置されていて、彼が現在取り組んでいる研究課題が一段落するまでは、片付ける気などさらさらないのであった。

 ひとまず、彼は久しく掃除もしていない部屋の空気を入れ替えるべく、寝台の傍の窓を開け放った。やわらかな朝の陽射しが薄暗い部屋にさしこみ、舞い上がる埃を反射してチラチラと光っている。窓の外には彼が世話をしている(正しくはさせられている)畑が広がっていて、実りの季節を迎えた作物たちが、静かに収穫のときを待っていた。彼が窓辺に寄りかかってぼんやりと畑を眺めていると、どこか郷愁を感じさせる秋の風が、彼の頬を撫でていった。

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