第9話 あれから1年後

 朝の光が薄く差し込む食堂に、わたくしはいつものように執事服に身を包み、ご主人様に挨拶を送った。


「ご主人様、おはようございます」


 黙って席に着き、ふっとだけ私の顔を見られた。


「ああ」


「本日の朝食は、鮮度の良いトマトとレモン果汁を絞った冷製スープに、焼きたてのパンとベーコン、そして温かく煮込んだオートミールをご用意しております」


 ご主人様は手を止め、わずかに眉をひそめた。


「昨日の夜明けに害虫が出たようだが、駆除は済ませたか」


「はい。駆除いたしました。眠りを妨げてしまい、申し訳ありません」


 手元にはカップを置き、時折窓の外を見やるその姿は、以前と変わらず慎重さを感じさせます。季節は巡り、屋敷には絶えず客が訪れ、手配に追われる日々が続いておりますが、ご心配には及びません。わたくしがここにおりますゆえ――。


「夜会へ行く準備は出来ているか」


「はい、すべて整っております」


 背丈はわずかに伸び、声は変わらず子供の音色でございますが、命令の重みは年長者にも勝ります。幼さを纏った冷徹さ――それが、ご主人様でございます。


 思い返すのは、初めてご主人様の屋敷に連れて来られた日のこと。檻の鉄柵を離れ、未知の世界に足を踏み入れた夜でございます。


 あれからいくつもの季節が過ぎ、わたくしは知っております。ご主人様に科せられた運命さだめの重さを。そして、私が仕える年月にも限りがあることを。


「夜会は何が起こるか分からない。お前はいつも通り、僕のそばにいろ」


「承知しました、ご主人様。仰せのままに」


 その約束は、形式のように当たり前のように存在しており、わたくしだけは、いつか来るその日まで、ただひたすらにご主人様の味方であり続ける所存でございます。

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Leo Bestia 〜小さなご主人様〜 seika @seika1

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