第2話 牙の契約

 獣人の表情が一瞬ひるんだ。だが、すぐに目を据え、揺るがぬ口調で答えた。


「ああ、殺せるさ。俺をこんな目に合わせてきた奴らを、全員ぶちのめしてやる」


「……そうか。それは、息の根を止めるってことで合ってるか?」


「そうだ。二度と手を出せないように、完全に叩き潰してやる!」


 獣人は唇を噛み締め、その声には一切の迷いがなかった。


「それがどうかしたのか?」


 リオルは少し間を置き、獣人を見定めるように視線を巡らせた。小柄な体を背筋で支え、少年らしくもどこか大人びた落ち着きを保っている。


「いや――お前をここから出してやってもいいと思ってな」


 獣人が疑わしげに目を細め、警戒を滲ませた声で言う。


「その代わりに、あんたは何が欲しいんだ?俺を助けてくれる理由があるはずだ」


「…ああ、俺は偽善者じゃないんでな」


 その言葉を聞いて、獣人の目つきが鋭くなる。


「偽善者じゃなければ、なおさら怪しいな。一体何を企んでるんだ?」


 リオルはふと笑い、肩をすくめた。


「僕は見ての通り、貴族の坊ちゃんだ。だが事情があってな……一族からは疎まれている。家族でさえ、僕を殺す機会を窺っている。家の中だって安全じゃない。狙われることなんて、珍しくもないんだ」


 しばらく沈黙が流れた後、獣人はゆっくり口を開いた。


「なるほどな。あんたも、俺と似たような状況ってわけか。――じゃあ、俺が護衛でもすれば、ここから出してくれるってことか?」


「いいだろう。だが、ただの護衛じゃない。僕の命令は絶対だ。『殺せ』と言えば殺せ、『教養やマナーを身につけろ』と言えば、死ぬ気でやれ。例外は認めない」



「そして、これが一番大事だ……僕を裏切ることは許さない」



 その言葉には静かな威圧が帯び、リオルは獣人の瞳を射抜くように視線を向けた。


 檻の向こうで獣人の瞳が僅かに揺れた。


「それができるなら、こんな地獄のようなところから出してやろう。どうだ、契約するか?」


 獣人はしばらく考え込み、やがてゆっくりと頷いた。


「いいだろう。その条件で契約を結ぼう。ただし忘れるなよ。俺はあんたの言うことを聞くが、自由になったら殺すかもしれねぇってことをな」


「…そうか。なら、僕の手から離れたときに、殺しに来ればいい」


 檻の中の獣人がにやりと笑い、低く喉を鳴らした。


「ああ、楽しみにしておけよ。必ずお前の後ろに忍び寄って、首筋に噛みついてやるからな」


 リオルは檻に一歩近づき、手を差し出すようにして呼びかけた。



「楽しみにしておくよ。さあ、こい。僕のところへ」

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