第45話

「どうにもいてもたってもいられずにな、私の立ち会いの元話をしてもらおうか」

「ということは、今回のご相談相手は・・・」


エルは視線をナナに向ける。

その瞬間口角を吊り上げ、ニタっとした笑顔を作り出す。まるで悪徳ビジネスマンが鴨を見つけた様な表情だった。


「なるほどなるほど、では今回のお話を進めさせてもらいましょうか!」

「ナナは何も聞いていないのであります。なので、前提条件含めて全て説明して欲しいであります」

「えぇ、えぇ。構いませんとも、少々お待ちくださいね」


エルは右手に付けている指輪を軽く叩く。するとエルの背後にブラックホールのような空間が現れ、その中に手を突っ込んだ。

そしてそのブラックホールの中から、一枚のフリップボードを取り出した。


「では僭越ながら改めて自己紹介を、私はLエル。主であるボーディガン様に代わり様々な交渉事や問題を解決する、所謂ネゴシエーターでございます」

「それで、そのネゴシエーターがなんの用でありますか?」

「我々は独自の情報網を持っていまして。魔族と人間族は相容れず、直近には大都市に対して侵略行為もあったと。我々はその問題を解決するべく派遣されました」

「レニィの街の事だな?」


リーリャンが口を挟むと、エルはウインクをしてリーリャンにアイコンタクトを送った。

そしてフリップを捲ると、広大な地図が描かれていた。


「魔族の領域と人間の領域は隣接しております、争いは解決しなければ未来永劫問題となり続けます。その解決策を我々は持っている!」

「その解決策とはなんでありますか?」

「ズバリ、!」


エルは拳を高らかに突き上げながら、そう叫んだ。ナナは後ろに座るベルフェゴール卿を睨み付ける。ベルフェゴール卿はその視線に萎縮し、小さくなってしまう。


「不可能であります! 人間族は数が多く戦力も高い、そんな場所に戦争を仕掛ければ魔族側が滅ぼされるであります!」

「当然魔族だけなら、ね? 正しく表現するならば、我々と人間の戦争に魔族に手を貸してもらおうと言うお話でございます」

「お前達の戦争に魔族を巻き込もうと言うのでありますか?! 父様! どういうつもりでありますか!」

「ま、魔族全体の事を、魔族の未来を考えればここで決断を下すべきかと思ったんだ・・・それにこの話に手放しで賛成という訳では無い・・・」

「えぇその通り! ですので私がここまで来たのです!」


エルは両手を広げ、力強く拳を握りしめる。


「我々には力がある! 敵戦力はおおよそ人間族、そして同盟を結び良好な関係にある獣人国とその他エルフ種などの亜人数万合わせて数十万。それに対する我々ボーディガン軍は五万とやや数では劣ります。だがもう一度申し上げよう、我々には力がある!」


テンションが乗ってきたのか、エルはフリップを放り投げ机の上に立ち上がる。


「我々はを多数保有している!」

「ギフターって?」

「ギフターとはギフトを主な武器として使う、我々が名付けた者の名称です。ギフトとは神からの贈り物、人には辿り着けない異能の力を与えてくれる! その強さは一騎当千、この異能を持って数の不利をひっくり返すのです!」

「だから俺に声をかけたのか? ギフトで戦う俺に?」

「その通り。優秀そうなギフターには声を掛け我々が確保し、成長させ戦力とする。ですが優秀な戦力と言えど数に限りがある、そこで魔族に協力を要請したいのです」


エルは机の上をツカツカと音を立てて歩き、ナナの目の前にまでやってくる。


「魔族の基礎体力や戦闘力があれば、更に勝ちの目は大きく出来る。これは戦争を前にした同盟の申し出なのですよ」

「断るであります! 負けた時のデメリットが大きすぎるでありますし、自国民を危険に晒す事になるのには変わりないであります!」

「負け? 我々に負けはありません。その為に私がここに来たのです」


エルはまた指輪を叩き、ブラックホールを出現させる。そしてその中から、鎖で巻かれた一冊の本を取り出した。


「魔王。それはこの世の理を外れ、圧倒的な力を持つ最強の存在。そんな魔王になる方法がこの本に書かれているとしたら?」

「話が見えてこないでありますね?」

「おやおや。魔王になれば圧倒的な戦力になります、そんな人が戦争に参加すれば・・・?」

「負けの目が潰れるって話か」

「そこの獣人の人大正解です! この魔王化の秘法は手土産です、何やら固執していると言うお話も伺ったので最適かと思いましてね」

「不要であります。戦争に参加するなんてナナは断固として認めないであります。未来を考えてなんて耳触りのいい話をいくら並べようと、戦場に立つ魔族の事を何も考えられていないであります」

「未来の子孫を守る為に、人間族に踏み躙られる未来を防ぐ為に! どうか我々に手を貸していただきたい! 今ここで決断を!」

「そこまでだ!」


睨み合いを続ける二人が弾かれるように視線をベルフェゴール卿に向ける。

ベルフェゴール卿はこめかみを片手で抑えながら、大きなため息を吐いた。


「ナナ、私は手放しで呑むと言う話ではないと言ったな」

「それでもこの狂気的な話を聞きにコイツを城に入れた事が、ナナには許せない事であります!」

「ナナの言い分も分かる、だが魔族連合国の上層部は多方賛成なのだ。唯一の反対は、私だ」

「・・・っ!」

「もう外堀は埋まっている、後は私が首を縦に振れば全て終わる。志願兵を各所で募り、本格的に戦争の準備が始まる」

「そんな・・・いいのですか、父様はそれでいいのでありますか!」

「・・・戦争になれば、私が最前線に出る。魔王化とやらを使ってでも、誰よりも前に。大切な魔族を守る為なら何だってする、未来を紡ぐ為ならいくらでも身を削る」


沈痛な面持ちをするベルフェゴール卿の目の中には、確かな覚悟の炎が揺らめいていた。

ナナはふらつき、倒れる様に椅子に座った。


「母様は、そんな事望んでいないでありますよ」

「あぁ、きっと見限られるだろうな」

「父様は、本当にそれでいいのでありますか?」

「覚悟の上だ」


両者とも顔を合わせない。

ただ一人、エルだけが笑みを浮かべていた。


「待ってくれ」


俺の手が自然に上がっていた。


「ベルフェゴール卿」

「なんだ?」

「責任から逃れようとしているだけじゃないですか? 俺にはそう見えた」

「なっ! この私がいつ責任から逃げたと言うのだ!」


ベルフェゴール卿は立ち上がり、地面を踏み鳴らす。しかし俺はそれに怯まず、真っ直ぐとその瞳を見続けた。


「未来がどうとか言ってますけど、今ある問題を魔族全体の問題にして擦り付けようとしている様に感じるんです」

「そんなことは無い、私は魔族の事を考えて!」

「一度冷静に物事を考えてみてください。戦争に参加したとあれば、勝っても負けても周辺の種族からどう見られるかを」

「う・・・だが勝てば、世界でもそれなりの立場を」

「それが幸福ですか? 他の種族から恐れられ忌避される未来が?」


俺は振り返り、エルに視線を向ける。


「それに、俺はこの手口を知っている」

「手口?」

「疲弊状態にさせ、決断を迫る。詐欺の常套手段だな。魔族連合の上層部とやらにも美味い話を持ち込んで、わざわざ戦争に向かう様に仕向けているんじゃないか?」

「・・・酷い言い草ですね? 大体そんなことをして我々になんのメリットが?」

「自分で言ってただろ、戦力を確保したいんだって」

「ふむ・・・」


エルの顔からは笑みが消え、俺をじっと真顔で見つめている。


「まぁ、正直なところ予想外でした」


エルは大きくダラリと体を垂らし、脱力しながら呟く。


「本当ならここでさっさと契約を取り付け、サブプランなんて使わずに済んだのに」

「サブプラン?」


エルは指輪を叩き、ブラックホールを開く。そしてその中から弓矢を取り出す。


「では」


そう言って、さも当然かのようにベルフェゴール卿を狙った。


「させるかぁ!」


エルの手から放たれた矢を、ナナが大剣で弾き飛ばす。

エルは舌打ちをして、大きく飛び退いた。


「ご名答! もう既に魔族の戦争参入は決まっている! 我々は魔族連合国の上層部に働きかけ、戦争に誘導していた。それだけじゃない、今回のレニィの街への侵攻も我々の手引きだ!」

「何!」

「おや、あなたはレニィの街の関係者? そりゃあ申し訳ありませんでしたねぇ、お友達でも死にましたか?」

「殺してやる!」


リーリャンが炎の翼を広げながら、エルに突進する。

その瞬間エルの目の前にブラックホールが現れ、その中から巨大な腕が現れた。


「あはっ! ここでベルフェゴール卿を殺しさえすれば魔族連合国は我らの物、その為に邪魔な奴らを殺す準備は既に出来ています!」

「らごごご!」


ブラックホールを引き裂きながら、巨人が姿を現す。リーリャンを握り持ち上げ、地面に叩きつけた。

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