第26話
心地のいい温かさの中目を覚ます、どうやらあの状況で眠ってしまっていた様だった。
サクラが俺に覆い被さるように寝ていて、ナナは既に居なくなっていた。俺はサクラを退かし、ベッドから抜け出す。
街も眠りから覚めたように通りからは人々の歩く音がし、商売を始めた屋台達が大声を上げて客寄せをしている。
「俺も少し出掛けるかな」
俺は荷物を軽く整理し、片手に収まるだけの金銭と昨日余った食料を手に宿を出た。
清々しい朝の空気と至る所から上がる煙が混じった空気は独特の味わいで、俺は工業地帯の一角にいるのだと自覚した。
しばらくプラプラと通りを歩いていると人混みが消え始め、それと同時にこの街初めての大規模な緑を見付けた。
「街の一角に小さな公園があるのか」
小さな公園は緑が生い茂り、木が数本生えている。ベンチも備え付けられており、いかにも憩いの場という感じだった。
俺はベンチに座り、自分の来た道を見つめる。
まるでアーチの様に建物が立ち並び、遠くでは人々が蠢いている。そんな喧騒もここには届かず、一呼吸おける。近くには教会のような建物があり、子供達の元気な声が聞こえる。
「あれ?」
俺はその教会の前に立つ人物に見覚えがあった。
黒いズボンに中華ドレスの様な服を着こなし、朝の陽射しに大量のピアスが反射する。赤い短髪は風に微かに靡き、整った顔付きにイカついサングラスが似合う。
それは間違いなくリーリャンだった。
「何してるんだ?」
「うわビックリした! なんだキミか・・・」
俺はベンチから立ち上がり、リーリャンに声をかけた。リーリャンは驚いた様に周囲を見回したが、俺しかいないことを確認すると落ち着きを取り戻した。どうやらあの二人の事が苦手らしい。
「入らないのか?」
「今は朝のお祈りの時間だから、もう少ししたらかな」
「ふぅん」
「それよりもキミはどうしてこんな場所に?」
「俺は朝の散歩さ、いい感じの公園があったからね」
俺がそう言うと、教会の扉が開く。中から元気な子供達が数人飛び出し、リーリャンに飛び付いた。
「リーリャン!」
「お姉ちゃん! 何しに来たの?」
「やぁみんな、僕はみんなが元気にしているのか様子を見に来たのさ」
「げんきー!」
「そうかそうか、それは良かった!」
子供達は俺の事を不思議そうな目で見ている。どの子供も目が人間と違う。ある子供は瞳孔が複数あり、ある子供は塗り潰した様に真っ黒だ。
その時、教会の中から修道服を来た女性が出てきた。
「まぁ、リーリャン」
「どうも、マザー・セリーナさん」
「それと、そちらの方は?」
「まぁ、知り合いみたいなものです」
「あらあら、どうぞ中に入って。お茶でも出すわ」
リーリャンは子供達に構いながら、俺に中に入るように目で合図する。俺は促されるままに教会の中に入った。
「あなた、リーリャンとのご関係は?」
「俺は・・・」
「彼は僕の依頼人です、最近この街に来たばかりなんですよ」
「あら・・・そうなの」
マザー・セリーナさんは少し悲しそうな顔をして、俺達を庭先の小さなテーブルに案内した。
「お茶の好みはある?」
「何でも大丈夫です」
「分かったわ」
マザー・セリーナさんは紅茶を入れたティーカップを三人分用意した。
「それで、今回はどうしたのリーリャン?」
「ここの様子を見に来ただけさ、みんな元気そうで安心したよ」
「えぇ、大丈夫よ。何も問題ないわ」
「あの、すいません。ここは一体?」
「ここはレニィ孤児院、子供達を育て未来に羽ばたかせる為の施設よ」
「孤児院・・・」
俺は庭から先程の公園を見る。公園では子供達が楽しそうに遊んでいる。
「あの子達もみんな孤児なの」
「そうなんですね」
「マザー、本題に入ってもいいかな?」
「えぇ、何かしら?」
「今回の依頼で目標額に届きそうなんだ、あと少しの辛抱さ」
「辛抱なんてそんな・・・それにお金は全部・・・」
マザー・セリーナさんは言葉を詰まらせ、手を口元に当て涙を流し始めた。
リーリャンは優しくマザー・セリーナさんの背中に手を当て、優しく優しくさすった。
「ごめんなさいね、ごめんなさいね」
「謝る様な事じゃないさ、僕がしたくてした事だよ」
俺はただその様子を呆然と見守る事しか出来なかった。
しばらくして落ち着いたのか、マザー・セリーナは笑みを取り戻した。
「それじゃあマザー・セリーナ、そろそろ僕達はお暇するよ」
「またいつでもいらっしゃい、依頼人の人もね」
「あぁ、ありがとうございます」
俺達は見送られ、孤児院を後にした。
街中を並んで歩く中、俺は疑問が絶えなかった。その様子を察したのか、リーリャンは俺の肩を叩いた。
「さっきのは何だって顔だね?」
「まぁな、俺には関係の無い話だ。まるで前後を知らないドラマを見ている気分だ」
「そうだな・・・あの孤児院、どう思った?」
「貧乏だな。子供達の服が古く、サイズが合っていないのもあった。内装も質素で経営は限界そうだった」
「やっぱりキミはそういうタイプか」
リーリャンはニヤリと笑い、俺を導く様に路地裏に入っていった。
「あの三人の中で一番話が通じる、賢い人物だと思っていたよ」
「どうして?」
「観察眼と僕の推測さ。そして何より、情に厚いタイプと見た」
「そうか?」
「だからキミに見せた、僕の育った場所をね」
路地裏から続く階段を登りながらリーリャンは話を続ける。
「お察しの通り、僕はあそこで育った」
「マザー・セリーナさんへの態度からそうかとは思っていたよ」
「そしてキミの考えの通り、資金援助をしている。資金の出処はわかるかい?」
「情報屋と・・・不死魔王を騙ったカツアゲだな」
「そ。キミ達には通じなかったけどね。情報屋だけでは食っていくので精一杯なんだ、だから不死魔王を騙っていたんだ」
少し、リーリャンについて分かった気がした。
「ほら、見てご覧」
リーリャンは階段をのぼり切り、俺に手を広げて街の景色を見せる。いつの間にか俺達は高台に登り、街を見下ろせる場所にいた。
街はどんよりと暗く、煙突から立ち上る煙が空を覆っていた。
「僕はこの街からあの孤児院を救い出したいんだ」
「救い出す?」
「ここは空気が悪い、それに治安も。子供達には最適な環境とは言えない。だから僕がお金を出して、近くの別の街に孤児院を移す計画を立てていたんだ」
「それで?」
「・・・率直な話、報酬を弾んでくれないか? キミ達相当お金を持っているって噂になってるぜ?」
俺は少し合点がいった。リーリャンは同情してもらうために、俺を連れて孤児院に入ったんだと。俺達が金を持っている事を知っていて、その中で一番話の通じそうな俺に狙いを定めた。
要するに、俺は舐められていた。
「おい」
俺はリーリャンの腕を掴んで、高台から外に突き飛ばす。
高台からリーリャンが落ちそうになるが、俺は掴んだ腕を離さない。
「僕は不死鳥、死なないよ」
「舐めるなよ、俺を」
「あぁ、キミなら出してくれると思ってね」
リーリャンは俺の手を離し、体を逸らして空中に身を投げ出す。俺がしっかりと掴んでいるから落ちはしないが、俺が手を離せばすぐにでも落ちてしまう。
「どうする? ここで僕の手を離してここを去るか?」
「あれは俺の金じゃない。俺達の金だ。サクラの、ナナの金でもある。俺の一存で決められはしない」
「そう」
「【反転】」
俺は反転を使い、投げ出したリーリャンの体を引き寄せる。
「・・・正当な報酬しか期待するなよ」
「ありがとう」
リーリャンは静かに笑い、俺の頭をポンポンと撫でた。
そしてリーリャンは勢いよく高台から飛び降りた。
「また報告に行くよ! またね!」
リーリャンの声だけが響く。高台から身を乗り出し下を見るが、もうリーリャンの姿はない。
「・・・俺ってそんなに舐められやすいかなぁ?」
俺はそう呟いて、帰路に着いた。
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