第21話

 少年のことが気がかりではあったけれど、雇われた以上時間どおりに出社せねばならないゼレックは、毎日出かけていくしかなかった。

 少年は、ゼレックがいない間、以前のように川のそばで絵を描いたり、歌を歌ったりして過ごした。施設にもときどき行ったが、ユゼールたちはいないので、先生たちと話してひまをつぶした。

 彼は、ゼレックの家をひと部屋ずつ画用紙に写し取り、それができあがると次は、施設の絵を描いた。アイシェルが好きなバラ園も、手製の絵の具で再現した。フィーシェの面倒もみたし、シノンが貸してくれた本も読んだ。毎日、決して口には出さないけれど、ゼレックの帰りが待ち遠しかった。

 みんなと出会う前は一人でもじゅうぶんやっていけたのに、人とふれあう楽しみを知ってからは、少しでも欠けると切なくなってしまう。思春期の最初のころにもてあます、子どもと大人の中間の感情に、彼は小さな胸を痛めていた。

(学校に行ったら、こういうのって治るのかなぁ)

 庭の木に背中をあずけ、シスリルは一人考える。

「学校」と聞くとどうしても、いやな思い出ばかりよみがえらせてしまうけれど、もしかしたら、やり直せるかもしれないのだ。

 勉強も経験もみんなより遅れているけれど、

「君の年齢なら、いくらでも取り戻せるよ」

 と、院長先生は言ってくれた。

 ゼレックも、お金なら出してあげると約束してくれた。悪いなと思うけれど、働いていつか返せばいいのだ。

 はかりに乗る二つの感情のうち、マイナスの記憶ばかりでできているほうは、日ごとに目方が減って気体に変わっていき、新しい場所へ踏み込みたい気持ちが重みを増している。

「ねぇ」

 ある日の夕食の時間に、少年は思いきって切り出した。彼にしては珍しく、長く深く考えた末の発言だ。

「学校に行きたいって言ったら、どう?」

 突然のことに、ゼレックは思わず、突き刺したばかりの肉をフォークごと落としてしまいそうになった。

「本気で言っているのかい?」

 心底驚いて、彼は尋ねる。

「おかしいの?」

 少年は不満げだ。

「いやいや、そうじゃないんだけどね。君はあんなに学校をきらっていたから、もう二度と行かないんだと思っていたんだよ」

 ゼレックはあわててフォローした。

「まあ、最初はそう思ってたんだけどさ。みんなと話してたら、何か行きたくなっちゃって」

 シスリルは照れくさそうに笑う。

「そうか」

 あっさりうなずいただけだったが、ゼレックは内心、とてもうれしかった。このままずっと何もしないわけにはいかないと、自分から気がついてくれたところに、少年の成長を感じ取っていたのだ。

 さっそく行かせてやりたいが、その前にしておかねばならないことがある。二人は、まるで親子のように暮らしているけれども、実際はまだ他人なのだ。学校へ行くからには、それなりにきちんと役所に届けなければならない。保護者がいない場合は養子になるか、施設に入らなければならないのだ。

 ゼレックは、二人が長い間保留にしてきた問題についてくわしく説明した上で、シスリルに訊いた。

「養子になるかい? それとも、施設のほうがいいかい?」

 どちらを選んでもかまわないけれど、それは人生において重大な意味を持つ選択なのだ。

「養子になったら、アンタがオレの父さんになるの?」

 いつになく真剣な表情で、少年は問う。

「そうだね」

 書類の上では、とゼレックはうなずいた。

「もちろん、そうなったとしても、今までどおりでかまわないよ。無理に『父さん』と呼ぶ必要はない」

 彼にとっても、シスリルを養子に迎えるのは複雑な気持ちを伴うものだった。別れたとはいえ、かつてはゼレックにも血のつながった娘がいたのだ。彼女はもう帰ってはこないだろうけれど、再び子どもを持つというのは、どうにも不思議な気分だった。

「施設に入るのも、悪くないけど」

 友人たちの顔を思い浮かべているのか、シスリルはまだ悩んでいる。

 そのまま少し時間が過ぎて、小さな頭で思いきり迷ったあげく、

「ちょっと考えてもいい?」

 と、彼は言った。

「ああ」

 ゼレックがうなずいたので、その問題は再び、時間の流れの中にあずけられることになった。



 その週の終わりに、シスリルはまた施設へ遊びに行った。休日なので、ユゼールたちもいて、少年が来るのを待っていた。

 みんなで近くの公園へ行ってフリスビーを投げたりした後、シスリルは彼らに尋ねてみた。

「ねぇ。施設で暮らすのって、楽しい?」

 いきなりそんなことを訊かれて、三人は一瞬、ぽかんとする。

「どうだろう。楽しいってほどでもないけど、家よりはまし」

 頭の後ろに両手をやって空を見上げながら、まずシノンが答えてくれた。

「あたしは楽しい。フィーシェもいるし」

「きゅうくつだとかは思ったことないよな。わりとしたいことできるし」

 アイシェルとユゼールも続ける。


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