第2話 きっかけはオーソドックス

「人生で捨てて良かったもの5選!」


今日も崇拝するYouTuber・マモルさんの動画をチェックする。


『捨てて良かったもの一つ目はテレビです!』


ふふっ、もう捨ててますよ。

テレビなんて時間泥棒。見ていた時間を勉強にあてることで、生産性は爆上がりだ。


『捨てて良かったもの二つ目はブランド服!』


ふふっ、それもとっくに捨ててますよ。

私服の制服化。決まった服を数着で回すことで、朝のコーディネートに悩む時間ともおさらば。生産性爆上がりだ!


……だが。

今、オレが爆上がりしているのは、生産性だけじゃない。


あのジムにいた――タンクトップ姿のエロい女への気持ちだ。


あの日以来、何度かジムに足を運んでいるが、彼女に出会えていない。

また声をかけてくれるんじゃないか……そんな淡い期待を抱き、わざとプロテインを置き忘れるフリまでした。

――そして本当に忘れて帰り、シェイカーを2本も追加購入してしまった。


今日もジムに来た。

目的はもちろん筋トレ……いや、彼女に会うためだ。


血走った目でフロアを見渡すオレ。


「ちっ、今日もいないか……」


まさか、オレの下心がバレて、身を守るために退会したんじゃ……?

そんなネガティブ妄想で頭が爆発しそうになった、そのとき――。


「こんにちはー」


うるせぇな、今それどころじゃ……ん?


……タンクトップのエロい女だ。


「コ、コンニチワ……」


オレの口から出たのは、初期のボカロみたいなカタコト。

彼女は軽く挨拶を返し、エアロバイクの方へ行ってしまった。


その後ろ姿を目で追うオレ。

正直、筋トレどころじゃない。声をかけたい。でも恥ずかしい。


だって、オレは童貞だから。


テレビもブランド服も捨てられたけど、プライドだけは捨てられない。

声をかける勇気が出ないまま、モゾモゾすること一時間。

彼女は更衣室へと戻ってしまった。



「なにやってんだよ!この童貞が!」


居酒屋に、童貞というワードが響き渡る。

相手は旧友のコージだ。学生時代からエロ本を貸し合った仲で、お互いの性癖も筒抜けの関係。


「お前、自己啓発本ばっか読んでる場合じゃねぇぞ!ホットドックプレスでも読め!」


すでに既婚、子供二人、マイホームにマイカー。オーソドックスという教科書があれば、3ページ目に出てきそうな男だ。


「どうやってお近づきになればいいかわかんねぇんだよ!シリコンバレー式の本には、そんなこと載ってないんだ!」


コージは酒をぐっと飲み干し、オレの耳元でゴソゴソと囁いた。


「はぁ!? そんな方法で大丈夫なのかよ!」

「バカ、一回やってみろ。こういうのが効くんだよ」


――そして翌日。

オレはジムで、彼女を待っていた。


少しすると、スタイル抜群の彼女が現れる。


「やっぱ、いいケツしてんなぁ……」


ダメだ!下心は隠せ!


勇気を振り絞り、彼女の近くへ歩み寄る。


「あ、あのー……」


「あっ、こんにちは」


チャンスだ!

「じ、ジュース……間違って2本買っちゃって……1本いかがですか?」


古典的すぎる。効くわけねぇ……そう思った次の瞬間。


「えー!いいんですか?ありがとうございます!これ、好きなんですよ!」


……効いた。


数分、他愛もない会話をして別れる。


その瞬間、オレの心は爆発した。


「おいおい、春を通り越して天国に来ちまったじゃねぇか!」


――童貞の思考回路は、単純なのだ

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