誰か本当のこと教えてよ
ヒロケン
第1話 童貞という致命的欠点
たかし、32歳。会社員。独身。
意識高い系のYouTube動画は、だいたいチェック済みだ。
投資はもちろん全米株式一択。現金貯金? あんなのは情弱のすること。
毎日の筋トレはマスト。日々の積み上げこそが、未来を切り拓くのだ。
今日も尊敬するYouTuber・マモルさんの動画をチェックする。
テーマは――
「やめてよかったこと5選!」
マモルさんのおかげで、生産性は爆上がり。
同世代が飲み会でバカ騒ぎしている間、俺は未来のために積み上げている。
電車に乗ればスマホで脳死している連中ばかり。
女子高生は謎のダンス動画に夢中。
若い女は新作フラペチーノをチェック。
横のおっさんは、爆破して消えるブロックのゲームに没頭。
――全員、生産性ゼロ。
俺は違う。電車の中では自己啓発本一択だ。
今日の本は『シリコンバレー式、究極の生産性』。
シリコンバレーに勝てるものなど、この世に存在しない。
だが、努力の塊のような俺にも、ひとつだけ致命的な欠点がある。
――彼女いない歴=年齢。
端的に言うと、童貞だ。
ベンチプレス100kgを上げても、
TOEIC700点をとっても、
投資で2000万円を築いても――
「童貞」
この一言で、すべてが吹っ飛ぶ。
「あの人、ベンチプレス100kgも上げられるらしいよ!」
「えー!すごい!」
「でも、童貞なんだって」
「うわ、キモ」
――はい、終了。
なんなら、ベンチプレス100kgも上げられない童貞より、キモさが際立つ。
多様性の時代? 笑わせるな。
日本はまだまだ「独身・童貞・実家暮らし」に厳しい国だ。
そして俺は、その三点セットをコンプリートしている。
ご飯も洗濯も、母親が全部やってくれる。
だからこそ、欠点を埋めるべく今日も努力する。
ライフハック系オーディオブックを耳に突っ込み、ジムでベンチプレスを上げまくる。
その時だった。
ランニングマシンで走っているタンクトップ姿のエロい女が目に入った。
鍛え上げられた身体。いやらしい目で見てしまう。
――目が合った。
「あっ、やべ」
慌てて視線を逸らす。
だが、そのエロい女が、こちらに向かって歩いてくるではないか。
近づく、近づく、さらに近づく――。
「どこ見てんのよ! エッチ!」
そう言ってビンタされる未来が頭をよぎる。
一人で焦る俺。
女は、俺の前に立ち止まった。
「あの、プロテイン忘れてますよ」
さっきエアロバイクの横に置き忘れていたプロテインを差し出された。
「あっ、すいません! あり、ありがとうございます!」
プロテインを受け取っただけなのに、心臓は爆発寸前。
「毎日、ジムで練習してますよね?」
「そ、そうですね」
笑っていいとも!の観客みたいな返事しかできない。
「すごい重いのあげるんで、すごいなーって思ってました。トレーニングがんばってください」
「あっ、はい」
――春がやってきた。
童貞の思考回路は、単純なのだ。
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