第2話 血を分ける家
犬鳴谷を訪れてから半年が経った頃、私は奇妙な電話を受けた。発信者は第一話で出会った老婆ハルの孫娘、ミキを名乗った。
「先生、助けてください。母が……母が急に獣みたいに吠え出して」
慌てて谷に向かうと、茅葺き屋根の家は荒れ果て、窓という窓が板で打ち付けられていた。中に入ると、煤けた囲炉裏の前でミキが震えていた。奥の座敷からは、低いうなり声が漏れている。
障子を開けると、そこにはハルの娘であるサエがいた。髪は乱れ、爪は血にまみれて畳を掻きむしっている。唇からは泡を吹き、まるで犬のように四つん這いで動き回っていた。
「近ごろ、母が『犬神に食われる』って繰り返すんです。病院に連れていこうとすると、異様な力で暴れて……」
私は脳裏にハルの言葉を思い出した。「血を絶やすと、犬神は主を食う」――。ハルは既に亡くなっていた。残されたのは娘のサエと孫娘のミキだけ。もし血を継ぐ者が途絶えたら、犬神は憑き主を喰らうのか。
その夜、家に泊まることになった。眠れぬまま耳を澄ませていると、座敷からサエの叫び声が響いた。
「やめて! 首を噛むな……!」
駆けつけると、畳の上にサエの姿はなかった。障子には鋭い爪痕が刻まれ、血の点々と続く跡が裏山へ伸びていた。
懐中電灯を手に跡を追う。月明かりの下、杉林を抜けた先で、それを見た。
サエが首を大きく裂かれて横たわり、その傍らには犬のような影が立っていた。首から上だけが異様に肥大し、目は赤く燃えている。影は私をじっと見つめると、闇に溶けて消えた。
翌朝、警察に事情を話すと「野犬に襲われたのだろう」と処理された。だが、ミキは泣きながら首を振った。
「ちがう……あれはうちの犬神。おばあちゃんが言ってた通り、血を絶やすと主を喰うんです」
彼女の言葉を聞いた瞬間、背筋を冷たいものが走った。もし残されたのがミキ一人なら――次は彼女の番なのか。
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