世界を壊す方法

@tomo0611

世界を壊す方法

世界を壊す方法


朝9時。給湯室。

あくびを噛み殺しながら、透明なプラスチックボトルにウォーターサーバーから水をそそぐ。


フレックス出社だけど、会社の始業は10時だからこの時間に給湯室が混み合うことはない。

サーバーから注ぐことのできる最大水量は300ミリリットル。

このボトルを並々に満たすにはボタンを2度押さないといけないからここが混み合ってるとなんとなく顰蹙を買うような気がしてちょっとだけ気が引ける。


ぼぅっとそんなことを考えていたら軽やかな電子音が聞こえて水の落ちる音が止まった。

あと一回。同じことを繰り返す。

この音、なんて曲だっけ?

大昔、吹奏楽部に所属していた頃の記憶を引っ張り出そうとしても埃を被った引き出しは明確な答えを出してくれなかった。


まぁ、後で調べよっか。

たたたーん、たたたた、たったたーん。

これだけ書き込んでもSNSには優秀な特定班がいる。


マイボトルに蓋をして、デスクに戻る。

フリーアドレスになってもう2年は経つはずだけど私の席はほぼ固定だ。

業務上、私を訪ねてくる人はそれなりにいるからこの方が都合がいい。


PCを起動している間に、ボトルの蓋を開けて某大型ディスカウントストアで買った粉末状の玄米茶を少しだけ水面に落とす。

多すぎると粉っぽい感じがするから本当に少しだけ。


「…」


粉が水分を吸って、小さな塊がボトルの底に向かって落ちていく。

それがまるで隕石が落ちていく瞬間のようで好き。

私は今、小さく世界を滅ぼしている。


「綺麗」


誰もいないフロアで、ボトルを見つめながら呟く私はこの瞬間だけ神様になれる。

もしもこのボトルの中に恐竜がいたら私はさぞ残酷な神様に見えるだろう。


「…」


現実はただマイボトルを薄暗いフロアで見つめているヤバい女だけど。

全ての粉が沈んだのを確認してから、私はこの世界に名前をつける。


薄い玄米茶。

私の相棒。


毎日変わるその名前はシェフの気まぐれサラダよりも気まぐれだ。


「今日は、ジュラ期の湖かな」


もう一度蓋を開けて、湖の湖面に口をつける。

舌を撫でるのは慣れた味だ。


「…さて、今日も頑張りますか」


何せ今日の私はジュラ期の恐竜を滅ぼそうとしている神様なのだ。この玄米茶を飲み干す頃にはこのバカみたいな量のタスクも終わっているはず。


今日もまた、私は世界を滅ぼしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を壊す方法 @tomo0611

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ