序章:第4話【終末期④】

そして、惨劇は始まる。

ゾンビの殲滅行動始めた再殺隊は、まず、ゾンビ棟に隔離された大量のゾンビの駆逐から開始した。

隔離棟を俯瞰する再殺隊。窓からは棟内を彷徨うゾンビの大群が見える。

『あれらは怪物である。殲滅が妥当である』

隊員は自らにそう言い聞かせる。

再殺隊はゾンビ棟内外に可燃性の特殊な薬品を散布し、火を放った。

隔離棟内のゾンビを炎によって建物ごと破壊するのが目的だった。

燃え上がる炎は薬品の効果で、高温かつ一点集中的に強まり、ゾンビ棟内の生ける屍を燃やし尽くした。

窓から炎に焼かれて蠢き回るゾンビの姿が見える。

その姿はまるで生きながら焼かれる人間のそれであり、

人肉を焦がす臭いが、隊員の感情を逆撫でる。

『あれらは怪物であり、殲滅が妥当である』

隊員は自らにそう言い聞かせ続け、駆逐を完遂する。

炎熱によって身体を焼かれたゾンビの大半は、活動を停止したが、

中には、火を免れ、施設外へ逃れてきたゾンビもいた。

逃げ惑うゾンビに向かって拳銃を構えた再殺隊は狙いを定め頭を撃ち抜く。

叫び声を挙げながらのたうち回るゾンビの頭を吹き飛ばす。

火に包まれながら這い回るゾンビの頭を弾丸が貫く。

助けを求めるように手を伸ばすゾンビの頭が弾け飛ぶ。

そして、

一頻りの再殺の後、蠢くゾンビの姿は無く、

ゾンビ棟には、焼け爛れ、頭を破壊された大量のゾンビが…、

いや、

数え切れない程の老人の無惨な遺体が、横たわっていた。

以降も、全国各地のゾンビ棟での、ゾンビ殲滅作戦は進行する。

だが、どれ程にゾンビ棟を焼却しても、新たゾンビの発生は止まらなかった。

そして、次の惨劇が始まる。

政府と再殺隊が行った次の手段は、

見つけ次第、殺す。

つまり、ゾンビ狩りである。

独居老人などが人知れず亡くなり、ゾンビ化するケースは少なくなかった。

隔離を免れた老人は、そのまま自宅に留まり、生前と同じ生活様式をなぞる事もあった。

それらの老人を駆逐する為に、再殺隊はゾンビと思わしき老人がいれば住居に踏み込み、ゾンビを始末した。

また、亡くなった老人が蘇った時に迅速に駆逐できるように、各病院や老人施設に協力を要請し、再殺隊が老人の臨終の瞬間に立ち会った。

そして、医師が臨終を告げ、家族が悲しみに暮れる中、遺体が蘇る兆候があれば、再殺隊はゾンビの頭を撃ち抜いた。

さらに、極少数であったが自分の肉親がゾンビ化した事で再び殺される事を可哀想に思い、自宅で保護し駆逐を免れようとするケースもあった。

だが、警察にも根を張り社会機能そのものを味方に付け、ゾンビ化老人の発見に特化した再殺隊の眼を逃れる事はできず、家族がやてめと叫ぶ中、再殺隊はゾンビの駆逐を実行した。

ゾンビの殲滅が続く中、不幸にも未発症の老人が殲滅作戦に巻き込まれるという事案があった。

この報告を受けた再殺隊上層部の判断は、

「緊急的な措置の結果であって、少数の犠牲は仕方がない」

であり、その判断に政府も意を唱える事は無く、この件が問題になる事は無かった。

また、再殺隊の隊員の中には、『老人を殺した』として罪の意識に悩む者もいた。

だが、再殺隊上層部は、

「相手は化け物であり怪物である。気にやむ必要は全く無い!」

と喝を入れた。

さらに、誤って未発症の老人を殺害してしまった隊員に対しても上層部は、

「どうせ年寄りはそのうちにゾンビになるのだ。むしろ、危険を未然に防いだのだ。気にする事は無い」

と、激励した。

ゾンビ撲滅、そして社会の平穏を強烈にプロパガンダとして掲げた政府と再殺隊を支持する人間は多く、特に再殺隊の存在は徐々に社会でその力を増していった。

『化け物を始末する』

その行動は勇ましく英雄的であり、社会は彼ら再殺隊を英雄視した。

そして、ゾンビ撲滅による惨劇は、次の段階に進行する。

気付いているだろうか?

政府が駆逐を命じ、再殺隊が滅殺を行っているゾンビは、確かに死体であり、生きる屍であるが、

実際には、ただの老人とほとんど違わないのだという事を。

異なるのは、生きているか、死んでいるか、だけであり、

身体能力も行動も、普通の老人と大差がない事を。

そして何より、彼らは人を襲わない。

人を喰らう事も無い。

フィクションの世界のゾンビとは、全く異なる存在なのだ。

そう。

蘇る老人をゾンビ・怪物と認識した社会は混乱と恐慌に巻き込まれ、正常な判断を鈍らせていたのだ。

そして、無害なお年寄り達を怪物と見做し、撲滅を指示したのだ。

これは、ゾンビの殲滅ではない。

罪なき無害な高齢者の、虐殺なのだ。

暴走する再殺隊は、新たな指針を打ち出した。

『これからゾンビ化する可能性がある者を駆逐する』

つまり、

ゾンビ化していない、生きている老人の抹殺である。

「どうせ老人は社会の役には立たない」

「社会の役に立たないのなら、殺せばいい」と、政府も再殺隊の指針を支持した。

実際に、高齢者を養う為の社会保障費は莫大である。

ならば、老人がいなくなれば、社会保障費の節約にもなるのだ。

時勢に流される現職総理大臣も再殺隊の新たな行動指針に判を押す。

そう、政府は、国は、社会は、老人の撲滅を推奨したのだ。

再殺隊は、ゾンビ化すると言われている88歳以上の老人が死を迎える前に、見つけ出し、次々に捕え、淡々と殺害していった。

その行為は再殺ですらない。

それは、ただの殺人であり、虐殺だった。

そして、述べ454000人の老人の命が奪われた。

その結果。

ゾンビは、老人は、この社会から撲滅された。

ついに、老人のいない世界が誕生したのだ。

その実現に為に、50万人近くのお年寄りの頭は撃ち抜かれ、駆逐された。

そしてこれからも、ゾンビ化の兆しがある者がいれば、即刻再殺される。

社会は変化を否定した。

蘇る老人を怪物と定め、

ゾンビを屠る事を正義とした。

この社会の姿は、この人類が望み辿り着いた世界の形である。

そしてここから、真の惨劇が始まる。

怪物の存在により視野狭窄に陥っていた人類は、ある重要な事実を忘れていた。




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