第29話 愚の骨頂
死屍累々。
オーガの軍勢を一掃したルカの腕から降りたシロは盛大に頭を下げる。
「本当にご迷惑をおかけしました……」
「全くだよ……まぁ、護りながら戦えたし結果的オーライかもな」
「返すお言葉もないです……それにしてもルカさんはどうしてここに……? どうして
「
「視野専有……ですか?」
「俺の能力の一つの『視野広角』は時間軸の前後左右――つまり未来と過去、そして条件さえ揃えば相手の視野の
(視野専有の条件は
ゼノンに何と言われようが、クゥラにどんな目で見られようが、少女の根拠のない信頼がルカの救援の手綱となった。
信じる力は少女の生を再燃させるに至ったのだ。
「……ルカさんを信じてと心が訴えていたのは間違いじゃありませんでした……ですが――ごめんなさい……」
「なんの謝罪だ?」
「私に力がないから……私に力があれば、ルカさんのお手を煩わせてしまうこともなかったんです」
「一人でこの数は結構キツイだろ……別に恥じることはないと思うぞ?」
「
少女は自分に自信がない。それは生涯においての成功例が極端に少ないことを含め、種族としての異端性にある。
しかしルカは長所にもなり得る彼女の『異端性』にも気が付いている。
「……この電磁砲は全部君が撃ったんだろ? 一体全体何発を……?」
「二十発くらい、ですかね……? これしか能がないもので……」
(
特殊電磁銃の事情を知っているルカは、己を卑下に扱う少女に真実を伝えようかと悩むものの。
「っ!? ルカさんごめんなさいっ!」
早口の謝罪が告げられ、付近に落ちていた己の日傘を拾い上げたシロは、一目散に隔壁の向こう側へと身を消した。
「ちょっとルカ! いきなり単独行動なんてどうしちゃったの!?」
「……あー……そう、とてつもない尿意が来てさ」
「はぁ!? 何をふざけて――オーガの大群……? わざわざ大河まで渡って戦闘を……? ここに誰かがいたの?」
「いや違くて! すんごい便意が来たんだよ特大のやつが!」
「さっき尿意って言ってなかった? ……でも勝手に一人で動かれるとこっちも困るの」
「それはホントごめん」
「……どうやって察したかとか、経緯とかはわかんないけど、この状況から見るに魔物に襲われている誰かを助けに来たってところでしょう? 話したくないならこれ以上は聞かないよ」
「いや尿意と便意が――」
「はいはい、もうすっきりしたんでしょ? 戻って迷惑かけた分取り戻そ?」
サキノに手を引かれ、ルカは一度背後を顧みた。
隔壁の向こうに小さな影は見当たらず、息を潜めているだろう少女を心残りにしてルカは去っていくのだった。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
【モノローグ⇒シロ】
「ただぃまー……」
コラリエッタさんの護衛任務を終えて工業地帯に戻り、建付けの悪い扉の工場へと身を潜り込ませる。
(静かです……ちゃんと寝ているみたいですね)
消灯されている住処に安堵を落とし、机に傘を立て掛けて疲労感から椅子へと腰を下ろす。
「ルカさんは本当にいい人ですね……たまたま近くにいたとはいえ駆け付けてくれるなんて……きっと多くの人を助け、多くの感謝をされるのが当たり前の人なのでしょう。あ、お礼しそびれてしまいました……また会えるでしょうか……あれほど運命的な出会いを三度もしたんですからきっとまた……」
会える筈――そう直感が告げてはいるものの、否定的な思考が頭を巡る。
「……いえ、私に関わると碌な目に遭いません……そうです、ルカさんのような善人は私なんかに関わっちゃいけないんです……私はきっと疫病神ですから……」
心の中で短い付き合いに礼を告げ、静寂過ぎる夜に疲労を溶かしていく。
「静か、ですね……ゼノンとクゥラの寝息すら聞こえないくらい……居ないなんてこと、ないですよね……?」
早足で奥の寝室へと向かい、逸る気持ちから少々乱暴に扉を開く。
「ゼノン!? クゥラ!? な……いない――っ!?」
どこに、誰が、どうやって、どうして。
必死に冷静であれと頭が叫びを上げるも、現実は上手く回ってくれない。
「ノート……」
寝室の簡易机の上、
「
一も二もなく駆け出し、リビングに立て掛けてある仕込傘『アストラス』を握ろうとして――失敗した。
「……っ!?」
傘は地に倒れ、再度掴もうとするも目に映る手は大きく震えていた。
「弱い私が一人で禁足地に行って助けられる……? 魔物の軍勢を相手に……? 無理に、決まってます……」
咄嗟に頭の中に浮かぶ人物像。
「ルカ、さん……駄目……手練れの戦士達ですら生還率の低い禁足地ですっ……。ルカさんに死ぬ覚悟を背負わせるなんて……でも見捨てる訳には……!」
残された選択肢が頭を過ぎる。
生に執着しろと、犠牲も余儀なしだと悪魔が囁いている。
『……ポンコツ』
脳裏で再生されるクゥラの罵倒。
身体から力が抜け落ちていく感覚。
『ポンコツパンダ』
脳裏で再生されるゼノンの罵倒。
身体から震えが抜け落ちていく感覚。
『『ポンコツ』』
二人の声が重なる。
地に落ちた傘を拾い、ぎゅっと握り締めた。
「二人とも――決断する勇気をありがとう」
扉を勢いよく開け放ち、全速力で住処を飛び出す。
(
どこまでも愚昧で。どこまでも愚蒙で。どこまでも愚陋で。
それでも。
(愚かならば愚かなりに、どこまでも愚直になるべきです!)
子供達を想う気持ちだけは疎かであってはいけない。
子供達を見捨てる愚者にだけはなってはいけない!
二人の罵倒に背中を押され、都市外へと急いだ。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
【玄天界・都市外北部】
「はっ、はっ……! 魔物の死骸と血の匂いが道を示してくれてます……っ」
魔物の消滅までの
「三名の小隊……二人の女性と……っ、ルカさん!」
シロは
視界に捉えた小隊へと加速し、ようやくルカも急迫するシロの存在に気が付き――。
「シロ? どうしてここに?」
「ルカさ――――っぁがっ」
「わあ、女の子が飛んでる」
屍となったトレントの根に足を躓き、レラ達が眺める中、飛び込む先は勿論ルカの顔面。
「ぶッ!?」
ルカはどこか既視感を感じながらシロの臀部に押し倒された。
「むぐぅー! むっぐぐむぐむぐー!」
「ごっ、ごめんなさ――ルカさん! 二人が……ゼノンとクゥラが家にいないんです!」
「ぷはっ……どういうことだ? とりあえず落ち着いて俺の上から――」
「落ち着いてる場合じゃないんです!
「ヒンドス樹道……って言ったら禁足地だろ? なんでそんな場所に子供達だけで――」
「理由はわかりません! ですが二人は家族みたいな存在なんです! 私を孤独の縁から掬い上げてくれた大切な存在なんです! 私に二人を救える力はありません……でもっ、頼れる人はいなくてっ……」
ぎゅっとルカの服を握り、萎れた耳と俯きながら懇請する。
「ルカさん……お願いします。力を、貸してください……」
ポタポタと涙滴が頬を伝い、上体を起こしたルカの服を湿らせた。
「ルカさんにとってメリットのない話なのはわかっています……あまりにも危険です……ですがっ、私が差し出せるものならなんでも――」
少女の零れ落ちる涙をルカは指で掬い上げ、頭をポンと撫でた。
「急ごう。場所が禁足地なら一刻を争うだろ」
「――っは、はいっ! ありがとうございますッ!」
ルカの上から下り、体を引き起こした二人の元へ別の心配の声が上がる。
「ルカちょっと待って。クロユリの任務はどうするの?」
「悪い。俺は元々部外者、任務不履行で報酬はなくていいから行かせてくれ。この子に一生モノの
「……場所は危険な禁足地だよ? 二人で行こうなんてあり得ない」
「それでもだ。目の前の子が
「そう、だけど……」
サキノはこの場に置いて決定権を持つ【クロユリ騎士団】幹部のレラへと視線を送る。
「はっきり言いなよサキちゃん。私も連れてって~って」
「私はクロユリの一員、任務中なのにそんな勝手なこと言えるわけないじゃないっ!」
「言ったら許可するのに?」
「ルカ、私も連れてって?」
「即断即決するサキノ好きだぜ」
レラの許可発言にサキノは一切の羞恥なく同行を願い出た。
サキノの愚直さに一頻り笑ったレラは頷き、
「いいよ、許可する。ただし、全員生きて帰ってくるのが条件! いいね?」
最後は幹部らしく三人の生還を切に願い激励を送り、三名の小隊は禁足地へと駆け始めた。
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