第10話 淡い恋とヴェネチアの祭り

「泣いているのか? 大丈夫かい」

「……」


泣いている幼い少女は身なりの良い少年に

優しく声を掛けられた。


それが出会い…淡い恋に繋がる出会い。


「僕はセリムだよ…この帝国の皇子の一人」


「よかったら、お菓子があるけど食べる?」

菓子とハンカチを少年のセリム皇子は差し出した。


「バクラヴァだよ、こちらはロクムにナツメヤシ、甘くて美味しいから」


「君の名前は?」


「…私は新しい名前をまだ頂いていません。

以前の名前は忘れなさいと…言われました」


たどたどしいオスマン帝国の言葉で

幼い少女は答えた。


「そうなんだね」


「あ、光が差して君を照らしている。

君は光の姫みたいに綺麗だね」


「ヒュレカム母様に…君の事を頼んであげるから」


光の姫…


故郷ヴェネチア共和国の祭り。


祝祭で会った…若い片目を隠した占い師。

占い師の言葉を思い出す。


もう、あまり思い出すこともできない

おぼろげな記憶の中の出来事。



◇ ◇ ◇

祝祭のパレードが行き過ぎる。

賑やかな祭りの騒ぎ…


楽器を鳴らす者達、踊る者達もいる。


「どうしよう、はぐれたわ」


「おや、おや…これは…これは!

世界の半分を支配する帝国に行く…光の姫」


「え?」


一人の人物が声をかけた。


「世界の運命に繋がるやも知れないよ 光の姫」


「……」


片眼をフード、布で隠した占い師は…

また、言葉を紡ぐ


「光の姫…絶望が…哀しみが…」


「時に貴方の前に立ちはだかるように思えるかもしれない」


「だけど…人の運命は

希望、喜びと哀しみ、絶望はつきもので…

そうして、鮮やかに彩られてゆくものさ」


「光の姫…貴方には

幸運の光が絶えず貴方を包んでいる」


「得る愛…光を抱きしめて、貴方は生きなさい」


「それが、どんな遠い地でも…」


「……!」

片眼を隠した占い師の名前らしきものを呼びかけて、

よく似た少女が声をかけた。


「どうしたの?」「ああ、迷子の幼い姫さ」


「世界の運命、光の姫」また、占い師はそう呼ぶ。


「ねえ、今は家族のもとに送ってあげないとね」


「さあ、お姫様…私が送ってあげる

まずは運河の小舟、ゴンドラに乗りましょうか?」


幼い少女は自分が誰なのか、家族がどこにいるかも

まだ分からず、驚いて声も出さなかったのに


全てを知るかのように

家の前まで送られたのだった。


◇ ◇ ◇


これは…

ヌルバヌがトプカプ宮殿に連れて来られて

まだ間もない頃の話


まだ12才か13才の少女だった。


父親の愛妾の子供で、母を亡くし、

貴族の父親はいつも多忙…。


地中海の島に居た

母方の叔母に一時預けられた頃に


オスマン帝国の海賊達に拐われたのだった。



◇ ◇ ◇

※伝承ではヴェネチア共和国の貴族の少女

ヌルバヌ 光の姫


実際の記録ですが、詳しくは不明な点が多いです。

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