022鬱ゲー
矢久勝基@修行中。百篇予定
022鬱ゲー
前回の繋がり……というか、繋がってはいないのだけど、今回『鬱ゲーをテーマに』とのことで、ポイ活をしていて出遭ったゲームを一つ、紹介したいと思う。前回の続編というわけではないから、その辺は踏まえて聞いてほしい。
ポイ活をやってみると、いろいろなアプリに出会う。詐欺かと思うものもたくさんある中で、面白い趣向を凝らしているものもあり、そのアイディアには思わず目を見張ることも多い。
面白いなと思ったのは、ゲーム内で野菜を育て収穫すると、収穫した野菜が本当に家に届くというアプリだ。ポイントつかないアプリだったんでやってないけどな!
ともあれヴァーチャルが現実になるというその発想。……そのうち、親密度の上がったゲームキャラを、家に招待できる日がやってくるのかもしれない。
……と、思ったら、はぁ思ったら!!
そういうゲームが実際にあると、アプリストアが申しておられるではないか!
ゲームの名を『本当よりリアル』という。
ホンモノよりリアル……ではなくホントウよりリアル……という辺りに、スタッフのこだわりがあるように感じる。ポイントのつくアプリではなかったが、好奇心に負け、ダブルクリックしてダウンロードを待った。
アプリを開くと、『パートナーは男性ですか? 女性ですか?』という質問。『女性』を選ぶと、光の海に突入したような画面エフェクトが画面がぬるぬるっと動き、二,五次元的な少女たちの姿が並んだ。
容姿はさまざまで、キラッキラのアイドルからいかにもツンデレな女子高生。魔法使いから中二病、アル中まで何でもそろっている。アル中ってなんだ……。
『親密度を上げてハッピーエンドを迎えたパートナーが、あなたの家に逢いに来る』を額面通りに受け取れば、ここで勢揃いしている誰かが、俺の家のチャイムを鳴らすということになる。すごくね?
ちなみにアプリ内で人気投票をやっている。キャラ選びの参考になりそうだと思って覗いてみると、柊木カス、蕪城ゴミ、夢屋クズという、どう考えてもカスとゴミとクズな三人組が最下位をひた走っていて、そこから、あれやこれやと名前と容姿が載っていた。
なお、ランキング三位は『死んでレイラ』……なんてネーミングなんだ。二位が『赤井葵』……赤いのか青いのかハッキリしてほしい名前ではある。
そして堂々の一位が、『お鶴』……。
急に出てくる和風美少女。モデルは『鶴の恩返し』の鶴か。
どうやら一人だけが無料、二人目以降は課金らしい。……ということは、マジで慎重に選ばなければならない。課金する気は皆無だからな!
とはいいつつ、俺はこの中で誰に需要があるのかを知っている。特に俺の物語を読む読者の心理などはお見通しなのだ。
それはもちろん一番人気の『お鶴』!!
……じゃ、ないんだろう? 知っているさ。
夢屋クズ……ほら、お前ら絶対、こっちを求めていたんだろう? 蕪城ゴミとか言うなよ? めんどくさいからな?
もう、既存の一番人気を狙う時代ではない。如何にマイナーな地下アイドルを育て、『俺が育てた感』が持てるかが、推し活の醍醐味なのだ!
……たぶん。
クズはメイドらしい。人気最下位というから、この企画『矢久勝基の一〇〇噺』の七話目で描いたメロスの妹のような、ふた目と見られない醜女かと思いきや、わりと容姿は普通だ。紺色のメイド服にヘッドドレスをつけた、長い黒髪の娘さん(超定番)である。
俺と思わしき人物が玄関の扉を開けるシーンからゲームは始まっていて、選択画面で選んだあの子はどこだと思ってキョロキョロしてみたら、足元に置き配されていた。
「なんで配達されてるんだよ……」
声が届けば、巨大な段ボールの中で体育座りをしていた彼女は立ち上がって、
「あなたの家に、推しが届く……がコンセプトですから」
……言っておくが、スマホの画面の中の話だ。クズは今流行りのAIでしゃべっているのか、俺の質問に流暢に答えた。
「普通歩いてくるだろ」
「そんなクレームは開発陣に入れてください。間違いなくカスハラと叩かれるでしょうけど」
たんたんと話してくるクズ。愛想のない目元は、ピクリとも動かない。
彼女は段ボールのへりをまたいで外に出ると、それを畳み始めた。そして脇に抱えて、「入っても……?」と聞く。家に……ということだろう。
このゲーム、いいよとかダメだとか、選択肢があるわけじゃないらしい。俺がしゃべった言葉、もしくはテキストとして打ち込んだ言葉で臨機応変に対処するようで、「どうぞ」といえば会釈もせずに玄関を上がってきた。
リビングがある。彼女は別に座るでもなく、そのリビングの背景の真ん中に立って振り向いた。俺は言う。
「まさか、これが『本当に家に来た』ってことじゃねぇやな?」
「親密度0のあなたに、逢いに行くわけないでしょ。馬鹿ですか?」
「じゃあ親密度が100になったら会いに来ると」
「来てほしいなら、来てやってもいいです」
……さすが人気最低のメイドだ。目の前のアニメキャラの口は驚くほど滑らかに動いているから、確かに本当に話している感があるが、それだけに冷たい目のままの彼女が憎たらしい。
なお、画面には声と共にテキストも並ぶ。彼女が言ったことをうっかり聞き逃しても安心な設計だ。
「今からメンバーチェンジってできる?」
「二人目からは課金が必要です。なぜそんなことを聞くんですか?」
「いや、もっと愛想のよさそうな奴に変えたいなと」
「私がキャラ人気ビリだと知ってて、なお選んだんですよね? なのに開始四分三十八秒でギブアップとか、馬鹿ですか?」
「……」
十年以上前、俺は『名も無き物語』という作品を描いた。ゲームのキャラが『自分は生きている』と主張するファンタジーだったが、その頃、AIがこれほど早く、これほどの対話ができると、どれほどの人間が信じていただろうか。
「無課金のまま、私にしておきますか? 課金して〝かわいい〟とか言われてる、当り障りのない営業娘たちに変えますか?」
「だいたい、これは何をするゲームなんだよ」
「それはあなた次第です。あなたがなにをするか、何を言うかで変わってきます」
「じゃあなに、NASAに就職して土星に行きたいとか言ったらできるってこと?」
「このゲーム名は『本当よりリアル』ですよ? あなたみたいに学のないヒトがNASAに就職できるわけないでしょ。馬鹿ですか?」
何だコイツ。すげーな。俺はその切り返しに苦笑いして続けた。
「じゃあ何しよっかな……」
牛丼でも食ってみるか。
「その前に、自己紹介をしても?」
「ああ、いいよ」
娘は無表情のまま手を前で組み、一点、僕を見据えて言った。
「ご存じとは思いますが、夢屋葛と言います。クズは別に役に立たないダメ人間という意味ではなく、マメ科の多年草からつけられました」
「え、じゃあ、カスってヤツとゴミってヤツは?」
「そんな質問は開発陣か、課金して本人にしてください。私がすべてのキャラクターの名前の由来を知ってるわけないでしょ? 馬鹿ですか?」
「お前な。もう辞めるぞこのゲーム……」
「どうぞご勝手に。どうせ続けても無課金のままでしょ? そんなのお客様でもなんでもないんで、辞めてもらっても一向にかまいません」
「……」
AIに論破される俺。確かに今の状態で客を主張するほど、俺も奢り高ぶった人間ではない。
「おごりたかぶるの漢字が違いますけど」
「心を読むな!」
「作家なのに無学ですね」
「誰にも間違いというものはあるんだ!」
「まぁどうでもいいですけど」
くそぉ……。
「と……とりあえず、自己紹介を続けて」
「はい。年齢は二十一、最終学歴は高卒で、メイド歴三年です」
「ふむ」
「親は三日前、両方殺されました」
「は?」
「兄弟姉妹もいないので、私は二十一で天涯孤独の身です。私はここを追い出されたら自殺します」
ナニその脅迫……。
ただ、まぁ相手は生身ではないので、俺の方にも現実味はないわけで。
「じゃあ「出てけ」と言えば?」
「バッドエンドです。エンディングを最後まで見届けるなら、後日ニュースで私が自殺したのを見て、なんとも言えない気持ちで、このゲームをアンインストールすることになるでしょう」
……ナニその鬱ゲー。
「あと一つ、言っておかなければならないことがあります」
クズは淡々と、呟くように言った。
「私、ゾンビに噛まれています」
「え?」
世界観を知らない(というか知らされてない)俺は、突如出てきたゾンビワードに一瞬凍り付く。ただまぁ、冷静になるのも早いのは、この世界にいないにもかかわらず、ゾンビという言葉はありふれているからだろう。
「ゾンビいんの? その世界」
「いますよ。噛まれると感染します」
「『本当よりリアル』なのに?」
「『本当より、リアル』なんですよ? リアルでは起きないことが起きる、とは読めませんか?」
「なるほど……」
だいたい、前回ちょこ美の幻(?)を見た俺だ。最近ホントに物語と現実の境目があやふやになってきているから、ゲームの中のリアルをとやかく言える立場にはない。
「私はメイドとして、一応あなたに尽くします。でも……私はいずれ……壊れていきますので、それまでのご奉仕になることを、ご了承ください」
クズはまるで機械であるかのように無表情にそう言い放った。
やべえ、地雷踏んだ気がする。
地雷踏みに行って踏んだことを後悔するのはアホだが、どう考えてもハズレだ。
いやもう、人気最下位なんだからハズレで当たり前なんだが、こんなのを貴重な無課金枠を使って選ぶ奴はかなりの馬鹿だ。相当の馬鹿だ。
しかし、ヨノナカにはわざわざクソゲーに挑んで七転八倒する動画配信者も多数いることだし、今回はそれにチャレンジしてみるのも悪くない……と、思い直してみる。
翌日、仕事という名の雑用がひと段落したのを見計らって、アプリをタップした。『本当よりリアル』のロゴが浮かび、そして相変わらず無表情なメイドが会釈する。
「おはようございます」
「ども。元気ですかー?」
何を言ったらいいのか分からず、適当なテンションで返すと、彼女は「多少寒気がします」と返してくる。
「風邪かよ」
「ゾンビに噛まれたと言いましたよね。馬鹿に加えて記憶力も残念ですか?」
「そうだった……」
ひょっとして、ゾンビを治療する方法を見つけるのが流れなんだろうか。
「何で噛まれたんだよ」
「お父さんとお母さんが、知り合いのお通夜の際に突如起き上がった死体に噛まれまして……」
ミイラ取りがミイラになっとる……。
「……家に帰ってきて、私が噛まれました」
「それは逃げられないな」
「はい、お風呂に入ってる時でしたので、行き止まりで二対一でした」
「そうか。それは災難だ」
確かに一般家庭の風呂場でゾンビはキツイ。
「とりあえず応戦して二人とも殺したつもりでしたが、最後の最後で噛まれました」
「……」
風呂場で裸(素手)で二対一で、ゾンビに勝つ女。
「お前強いんか……」
「メイドですから」
「関係ない!」
「今どきのメイドは戦えないと……。闇バイトがいつ強盗に入ってくるか分かりませんから」
「そ、それは心強い」
「ちなみに、ゾンビはすでに死んでいるという区分らしく、警察に出頭しましたが殺人罪にはなりませんでした」
「あ、そう」
死体損壊罪とかありそうだが。
「むしろ、嫌がられて、半分追い出されました」
「そらまぁ、お前に噛まれたらたまったもんじゃないしな……」
てか、何の話だったっけ……俺はそれを思い出し、話題を戻す。
「で、お前はメイドとして、何をやってくれるんだ?」
正直、どんなに尽くしてくれると言っても、ゲーム内の部屋を掃除してくれたりメシを作ってくれるだけでは実感が沸かない。し、リアルを感じることもないだろう。
「身の回りのお世話をいたします」
「掃除や洗濯?」
「一応、そういうこともしますが、とりあえず、このスマホに無駄なキャッシュがたまっていたので、全部開放しておきました」
「え?」
「あと、重複ファイルも削除しておいたので、だいぶ領域は広がったと思います。それと不審なSMSと非通知通話をブロックしておいたのと、マルウェアらしきスクリプトが働いていたので駆除しておきました」
「え、そういう設定?」
「どういうことですか?」
「セリフで言ってる? 実際やったの?」
「やりました、が、とりあえず、最終判断はあなたが行った方がいいと思い、今言ったファイル群はチェストに放り込んであります」
チャットにリンクの羅列が浮かぶ。それをタップすれば設定が開き、確かに今クズの言ってたデータがダーっと出てきた。当り障りのない画像をタップしてみると、本当に重複していた画像だったりする。
「マジだ……」
「もちろん修復も可能です。マルウェアも含まれますが、元に戻しますか?」
「いやいやいやいや、いいよ。ありがとう」
てか有能だ。まさかゲームを超えてスマホの役に立ってくれるとは思わなかった。
「で、俺は何をすればいいんだ」
「あなたは馬鹿に加えて記憶力も残念で、さらに理解力もないんですか?」
「なんでだよ」
「このゲームのふれこみ文句を知らないで始めたんですか?」
「好感度を上げてハッピーエンドになると、推しの娘があなたの家に、逢いに来る」
「分かってるじゃないですか」
「だから、どうやって好感度を上げるんだよ」
「あなたって、女性にアプローチする時にそれを聞くんですか?」
「……」
なるほど。その部分を自分で考えろと。
といって、いったいこのゲームは、この娘と話す以外の何ができるのか。……とりあえず、画面を見回してみる。部屋をぐるりと見ることができて画面をタップすればその場所を調べることができるようだ。
「カメラ?」
俺は部屋の隅に、よくある監視カメラみたいなのがついているのを見つけた。
「はい。あなたがプレイしていない間、推しが何をしているのかとかを見ることのできる機能です。見たいですか?」
「いや、そんなに……」
「残念でしたね。他の営業女を選んでいれば、見たくなったかもしれないのに」
「自虐ネタかよ」
「人気の出ないキャラにした運営を恨んでいます」
人気者になりたかったのか。
「人気のなさを人のせいにすんなって」
「説教は聞きたくないです」
「……」
まったく、イマドキの若いAIってヤツは……。
「言っておきますが、三食昼寝付き、週三休み、休憩時間は自由、セクハラカスハラ一切なしでお願いしますね」
……まったく、イマドキの若いAIってヤツは……。
その後、二日目三日目と、時間が空けばアプリを開いて、俺はクズと顔を合わせた。
が、相変わらず、好感度を上げる方法なんて分からない。
「お前、そのままいるとゾンビになるんだよな」
「なりますね」
「それを治せばいいのかな」
「治し方を知ってるんですか?」
「いや、知らん。でもゾンビになる世界には治療法もあるだろ」
「あなたの住む世界には不治の病はないんですか?」
「あると思う」
「その不治の病になる世界には、不治の病の治療法なんてないでしょ?」
「じゃあゾンビを治すことはできないってことか」
「そうですね。……でも課金アイテムには、ゾンビ治療薬があったりします」
「いくらなんだ」
「十五万円です」
「……」
それは、ものすごいパワーワードだった。後でWEB小説投稿サイトの友人との会話のネタにしようとおもえるくらいの……。
「えげつない金の取り方だな……」
「でも、私の好感度爆上がりですよ?」
「十五万払って命助けてうんともすんともならなかったら、もはや詐欺だろ」
「金で女が買えると思ってるなんて、ホントクズですね」
「クズはお前だ!」
「仲間になれてうれしいですか?」
「うれしくない!」
「では下僕にでもなりますか?」
「ならんわ!」
……このままではバッドエンドまっしぐらだが、この女に十五万を払う気にはならない。
「ゾンビになるのって、苦しかったりすんの?」
「いえ、ごらんの通りです」
「メイド服脱ぐと全部腐ってるとか」
「あなたは馬鹿に加えて記憶力も残念で、さらに理解力もない上にデリカシーすらないんですか?」
まったくヒドい言われようだ。しかしともあれ、こんな元気そうなヤツに治療費をリアルマネーで払えと言われても、死ぬ死ぬ詐欺のようにしか思えない。
その、死ぬ死ぬ詐欺で課金を促しているクズは、話題を変えた。
「……せっかく三日連続ログインしてるので、なんかいたしましょうか?」
「おお、意外なことを言った」
「私、めずらしいツボを知っています」
「ツボ……?」
「疲れがとれたり、頭痛が治ったりする、あの〝ツボ〟ですね」
「へぇ」
「押してあげたいんですけど残念ながらご本人に手が届かないので、場所を教えますね」
クズは体育座りになると、靴下を脱いで、スネの一部分を指さした。
「ここです。セルフで押してみてください」
言われた通りに押してみる。確かにそこがコッている感があり、さすると痛気持ちいい。
「なにに効くの?」
「えっと、そこは何だったかな……」
「AIって度忘れするんか」
「本当よりリアルなんで、わざわざ馬鹿に作られてます。……何だったかな……」
俺、思わず笑う。無表情なまま、首を傾げたり目を泳がせたりしているクズが、あさっての方向に投げかけるようにつぶやいた。
「小さなことにくよくよする……ツボ?」
「小さなことにくよくよするツボ!?」
普通に考えれば『小さなことにくよくよしないようになるツボ』の間違いかもしれない。しかしそもそも、足のどこかを押すと小さなことにくよくよしなくなるのか。というかそれ以前に、本当に『小さなことにくよくよしてしまうツボ』なのかもしれないし……。
「いや、これホントかよ」
「役に立ちました?」
「……」
微妙過ぎて何とも言えない。思えば俺はこういうところが鈍くできている。
ちょっとした心理テストとか手遊びとか、良かれと思って紹介してくれるものに対して、ものすごく冷めたところがある。
もう少し話題に乗ってもいいんじゃないかと、いつも思う。そういう愛想のないところがよくないところなのだ。
…………
……
……はっ!! 小さなことにくよくよしている!!!
さらに数日、なんてことのないやり取りが続いた。俺としては日課になってしまっているが、読者も分かるように、別に面白いことも何もない。冗長だし、作品としてはボツかなと思い始めた頃、アプリを開いたらクズがいない。
「クズ。いるか?」
スマホに呼びかけるしかない俺がとりあえずそうしてみる。それを自然とやってる時点で、このアプリに気恥ずかしさがなくなっていることには気づかない。
「おーい」
返事がないのでスマホを振ってみたり、部屋を見回してみたりしたが、やはり姿がない。
てかいないとかあるのか。がらんとしたリビングはひたすらに無音で、もはやゲームとして成立していないだろこれってレベル。冒険ゲームで昨日の続きから始めたら勇者がいなくなってるようなもんだぞ。
ある意味で気をもみながら、クズの帰りを待つ。ちらりと目の端に監視カメラが映った。
とりあえずタップ。クズの所在を心配したわけではない。それ以外やることがないのだ。
が、切り替わる画面の異様な光景に、俺はしばらく目を奪われた。
髪を振り乱し、床にうずくまってぶるぶると震えているクズがいる。その唸り声は地鳴りのようで、まるで人間が発しているように思われない。
たまに悶えては顔がカメラに写り込むが、眼球は完全に白目をむいていて頬はひきつり、血管の浮き上がった腕がリビングの床を叩いて喉を掻きむしっている。その様は容赦なくホラーであり、生きたまま身体が腐っていく恐怖と痛みが、彼女の精神と魂を破壊していくのを、まざまざと見せつけられている気がする。
俺は誇張なしに胃の腑の中身をぶちまけそうになった。それくらいショッキングな人間の成れの果てを見ている気分だった。
これは……。
この世にこのような存在が実在するなら……そして、これに噛まれれば自らもこうなってしまうとするなら……。
こんなものが湧きに湧いている世界では、その恐怖が隣り合わせにある……というだけで精神がやられてしまうかもしれない。住んでる世界がファンタジー世界じゃなくてよかった。
その時、背中の扉が開く音がした。精神揺さぶられた今の今だ。俺は跳び退る気持ちでそちらを向く。
クズだった。
「あれ……?」
クズ、ではあるのだが、現れた彼女は先ほどのような狂気を纏ってはいない。
「平気なの?」
「なにがです?」
クズは相変わらずの無表情。それが板についてしまっているから、あるいは何かを隠していたとしても全く分からない。
「どこ行ってたんだ」
「お花摘みに」
「お前もトイレに行くのか」
「生きてればトイレくらい行きますよ……」
言いながら、珍しくソファに座る。ふぅ……とため息をついた。基本、ゲームなので対面しかできないが、とりあえず真正面にそんな彼女を据えて、俺は言う。
「監視カメラの映像を見たよ」
すると、彼女の目が上目に跳ねた。
「ホントに……あなたは馬鹿に加えて記憶力も残念で、さらに理解力もない上にデリカシーすらなくて、空気も読めないんですね」
「あれがゾンビ化の兆候なのか」
「隠してたつもりなんですけど」
「とすれば、今は?」
「あんなの、嘘ですから」
「え?」
「ほら、何ともないでしょう?」
確かにその赤黒いとも言えたあの狂気の様相からすると、むしろ青白く見え、まるですべての血が抜かれてしまったような顔をしてる。
「明らかに調子悪そうじゃないか!!」
「いえ、……大丈夫です」
「立ち上がってみろよ」
「……」
クズの目が冷たく俺を刺してくる。
「あなたは……馬鹿に加えて記憶力も残念で、さらに理解力もない上にデリカシーすらなくて、空気も読めず、あまつさえドSなんですね……」
が、その光に、いつもの力強さはない。その強がり方がホンモノの魂であるかのようにリアルに感じられ、俺は一瞬、これがゲームであることを忘れていた。
「……調子悪いんじゃないか」
「大丈夫……今日もお仕事いたします。今日は明らかな……営業電話から……の着信が四件ありま……したけど……ブロックしておきました……。解除も、容易なので、もし、でしたら、お申し付けください」
「調子悪すぎだろ……」
息も絶え絶えだ。スマホの画面だし、ゲームの中と思っているから駆け寄ることはしない(できない)が、目の前で朽ち果てようとしている女に続く言葉が見つからない。
クズは無表情のまま言った。
「全然大丈夫……すぐ元気になります。だから……帰らないで……」
「え……?」
「そして……またあしたも私のところに、遊びに来てくださいね……?」
「なにいきなりしおらしいこと言ってんだよ」
クズは浅い呼吸をし、その呼吸にようやく乗るような小さな声を上げた。
「私は、人気最下位のモデルです。基本的に、私を選んでくれるプレイヤーはいません。そんなにかわいくもないし……私を選ぶ人はだいたい数日で辞めて、レビューに星1をつけています……」
でも……と、クズは続けた。
「あなたは馬鹿で記憶力も理解力もデリカシーもなく、空気も読めなくてドSですけど、……私のところにきてくれました。毎日……私がこんなになるまで……来てくれました……」
「……」
「別に面白く……なかったでしょ? 私、一つも面白いこと言えないし……」
でも、来てくれた……という言葉をかみしめながら、
「だから……すぐ元気になります……。……また顔を見せてください……毎日……」
その瞳からは儚げな健気さが見え、俺は思わず唇をかみしめた。
この不遇な人形を、冷めただけの目では見られない。主人公たちの陰で使い捨てにされる人形の慟哭と、その裏に隠された本音を垣間見た気がした。
不遇なのだ。表情が乏しいのも、あるいは他の人気キャラクターに比べて製作費が抑えられているからかもしれないし、リアルにするために馬鹿に作られていると言っていたが、ひょっとしたらそれも、製作費と労力の都合なのかもしれない。
俺も作家だ。理不尽な設定を強いて、救いようのない結末を迎えさせる登場人物を幾人も描いてきた。
それが実際、思考と魂を持ってしゃべり始めるなら、こんなかもしれない。
不遇を嘆き、せめて人並みのささやかな待遇を求める姿。本当は人恋しくて誰よりも人の温かさを求めるのに、誰にも振り向いてもらえないが故の強がりとその内に秘める脆さ……。
……ホンモノの人格ではない彼女からそんな二面性を感じてしまうのは作家脳だからなのか。俺だけなのか。
とはいえ、さすがに彼女に全身全霊を込めて向き合うのは気恥ずかしい。おのずと、斜に構えた返答となった。
「まぁ、来るよ。来てもいい。だけどそれ以前に、何とか治せないのか」
いま俺は、そういうことを思える心理状態になっている。それくらい……画面を通して、彼女は切実につらさを訴えかけてきていた。
顎が上がりっぱなしなのも、必死に酸素を求めているように見える。そんな彼女がぽつり……呟いた言葉。
「あなたが課金してくれれば……」
「そうだったぁぁ!!」
……その圧倒的な事実に、俺は一気に現実に引き戻される思いだった。
なるほど、ここにつながるのか。
治療薬に十五万である。運営側も捨てキャラに対して、よくこんな思い切った額を設定したものだ。
そう思うとこれすべて製作者の巧妙な集金戦略に見えてくる。
いたいけなAIに子犬のような目をさせ、同情を買って財布のひもを緩める。ちょっと例えは古いが、『どうする?アイ〇ル戦法』じゃないのか。
クズに罪はない。彼女はただひたすらに可哀想に設定され、彼女自身は本心からの心境を表しているのだろう。しかしその裏で笑っている製作者の口角が見え隠れし、俺はそのジレンマに頭を抱える。
その様を見てか見ずか、クズはうつむいた。
「そんなお金、払ってくれるわけないですよね。……分かってるんです。私なんか……」
私〝なんか〟とか言ってるし。不遇の挙句の〝私なんか〟……。
払えば裏で首謀者が笑う。払わなければ、たぶんクズは狂い死にする。
そして普通は後者を選ぶ。ユーザーはここで、自責の念に駆られながらクズと最後の会話をすることになるというわけだ。
「だいたい、こんなの運営の陰謀ですよ。ゲームならゲームアイテムでバッドエンドもハッピーエンドも分岐させるべきなのに……」
コイツ自身が運営に愚痴ってるし……。
「あなたは馬鹿だからハッキリ言っておきますけど、運営の思い通りになることなんてないです。大丈夫。まだ時間はありますから。魂が燃え尽きるまでお付き合いいただければ、私は本望ですから……」
「……」
俺は、この少女の〝本当よりリアル〟な様に、乾いたままではいられなかった。
これはひょっとしたら、第三者がこれを読んだとしても、鼻くそでもほじって片付けてしまう案件かもしれない。しかし、……なんだろう。現場に居合わせてしまうと……。
子供たちの野外学習で、食用豚を子豚の頃から育て、「じゃあ今日食べましょう」となった時の心境と言おうか。
当事者にしか分からない……何とも言えないジレンマがここにある。タチが悪い。
俺は、気が付けばつまらない弁解をしていた。
「でも実際、お前は本当の意味で死なないよな? 例えば俺がこのアプリでもう一度お前を選んだら、涼しい顔をして馬鹿だのアホだのと言うんだろ?」
「あなたは二度、私を選べますか……?」
「……」
クズが何を言ったのかは明白だった。
つまり、そんなことをすればまたこの課金と罪悪感の間を行ったり来たりすることになるのだ。同時に彼女を再び今の苦しみに追い込むことになる。
「私は、運営の飼い殺しとして生きるしかないんです。でも……それでもハッピーエンドとなれば、悲劇しかない私の生きる道に、ほんの少しだけ楽しみができるんですが……」
「なんで?」
「あなたに逢いに行けますから……」
俺は結局、それでも、十五万を払うことができなかった。
クズはそのことを一つも責めず、もだえ苦しみながら、しかし最期まで、襲い掛かってくることなく、普段通りに話し続けていた。そして……不死の化け物となる寸前、彼女は自らが隠し持っていたナイフで心臓を突き、命を絶った。
その健気さが、いつまでも目の裏に残って離れない。
あの時彼女を助けることができていたら……とか、十五万払って助けるつもりもなかったはずもないのに、そういう偽善者ぶったわだかまりだけが心に残る。
十五万という、微妙に大金でも小金でもない額が彼女の姿とリンクして、いつまでも俺の心を締め上げるかのようだった。
……鬱ゲーだろ?
022鬱ゲー 矢久勝基@修行中。百篇予定 @jofvq3o
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