加賀美ライラの居場所

 吸血鬼の魂は死後、地獄に堕ちるのだという。

 永遠に業火や極寒に苛まれるのか、あるいは虚無の深淵に投げ込まれるのか。死んでみなければ答えは出ない。

 翻って、人間たちはどうだろうか。

 吸血鬼が地獄行きなら、彼らは天国に行けるのか。

 針の穴を通れるくらいに清い心の持ち主ばかりだろうか。そんなわけはない。

 むしろ人面獣心の獣がこの世には溢れているし、獣性をむき出しに振る舞うことを強さ賢さと思う輩こそが富んで力を蓄える。

 

 吸血鬼はどれほど穢れなき魂でも問答無用で地獄に堕ち、吸血鬼ではないだけの獣を天国が迎え入れるとしたら、そんな世界には何の価値もない。

 しかし、死後はどうでもいい。所詮死後だ。

 生きている間は関係ない。死ななければいいのだ。問題はライラの生きるこの地上を、獣たちが我が物顔で闊歩していること。


 は、その典型だった。

 吸血鬼の不自由を、我が身の不自由を一番に感じるのは、に体を弄ばれる時。


「ただいま」

「おかえり。おじさん、待ちきれなかったよ♡」


 家に帰ると、満面の笑みの叔父が出迎える。張り出したズボンの先端には、溢れ出た喜びが染みを作っている。

 手を掴まれ、そこを触らされる。温度と硬さと形がはっきりと伝わる。もはや鳥肌が立つようなことさえない。慣れてしまっていた。


「おじさん、お部屋、行きたいなあ」

「うん!」


 冷めきった心で満面の笑みを作る。当初は脅しで従わせようとしてきたこの男は、従順に振る舞ううち、自分を受け入れているのだと半ば信じるようになったフシがある。螺旋階段を恋人繋ぎで昇る。先走りの跡が二階へと続いている。

 殺すならたやすい。それでも結局、こうして従うしかない。この男を殺せばライラは居場所を失う。ライラが日光に怯えずにすむ場所はこの家をおいて他にない。

 この日は叔父の部屋でした。

 自分の部屋だけは行為の現場にしないでと訴えるのは、ささやかな抵抗だった。    

 ライラにとっての最後の砦だから。

 しかたないなあとワガママを聞く時もあれば「ダメ♥」と無視する時も、真顔で平手打ちする時も、外に引きずり出され、近所に見られておかしくない状態で犯される時もある。

 居場所を守るため、この男が自分の中を踏み荒らすのを受け入れるしかなかった。



 目を覚ますと寝床の上、朝の光の中だった。

 夢か現か曖昧な中で、叔父との行為の記憶だけは鮮明だった。あの男の重さが、肌触りが、臭いが、どれだけ洗っても消えてくれない。

 頭をぎゅっと抱いて震えが収まるのを待つ。

 それでも、この体があの男を忘れる日は永遠に来ないだろう。

 だからせめて、目に見える世界を綺麗にしなきゃならない。

 獣のいない世界を作らなければ。


 ライラはそうやって生きてきた。

 獣の振る舞いで富んだ者たちを針の穴へねじ込んできた。

 加賀美ライラは闇より出て悪を闇へ葬る正義の死神だ。

 叔父も、あのマフィアも、高利貸しも政治家も軍人も、風波も槇原も。


 全てを狩り尽くすまで、加賀美ライラは止まらない。

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