第7話:県大会開幕

県大会当日。


会場の県立総合体育館は、これまで見たことのない規模だった。巨大なメインホールには100台を超えるゲーミングPCが整然と並び、各ブースには参加校の横断幕が掲げられている。


「うわあ...すごいスケール」ナナが圧倒されている。


「全32校、160名のプレイヤーが集まってるんですね」真白が興奮を抑えきれない。


遥斗は会場を見回した。聖光学園の横断幕が一際大きく、周囲からも注目を集めている。他にも青山工業、白鷺女学院など、名だたる強豪校の名前が見える。


「俺たちも負けてられないね」悠真がチームユニフォームを着直す。


黒地に青ライン、胸の「TECHNO SUPPORT」のロゴが誇らしい。


凛斗は静かに会場の空気を読んでいた。「緊張してる」


「みんな?」遥斗が確認すると、凛斗が小さく頷く。


「でも、悪い緊張じゃない」


開会式が始まった。


「第5回県高等学校eスポーツ大会を開催いたします」


司会者の声が会場に響く。参加校が順番に紹介されていく。


「光陵高校!」


名前を呼ばれた時、5人は起立した。会場からは小さな拍手。新設校として、まだ知名度は高くない。


でも、その分プレッシャーは少ない。


「聖光学園!」


会場が大きくどよめいた。昨年度優勝校への注目は群を抜いている。


高橋部長が堂々と起立し、チーム全体から王者の風格が漂っている。


遥斗は胸に手を当てた。兄の写真が入ったポケットを軽く押さえる。


(兄さん、いよいよです)


「1回戦、第3試合。光陵高校対南山高校」


ついに、光陵高校の初戦が始まった。


相手の南山高校は県内ランキング15位。実力的には互角から若干不利といったところ。


「いつも通りで行こう」遥斗がチームに声をかける。


「理論的には勝算は十分です」真白が最後の戦術確認をする。


「積極的に行くよ」ナナが拳を握る。


「サポートは任せて」悠真が頷く。


「勝つ」凛斗が静かに宣言する。


試合開始。


序盤、両チームは慎重に入った。


県大会という舞台の重圧が、双方のプレイに影響している。いつもなら積極的に攻めるナナも、様子を見ている。


「落ち着いて」遥斗が声をかける。「いつものゲームです」


真白が状況を分析する。「相手も緊張してます。チャンスを待ちましょう」


中盤、流れが変わった。


凛斗が得意のソロキルを決める。個人技の差が出た瞬間だった。


「やった!」ナナが勢いづく。


そこから光陵のペースになった。連携が機能し始め、南山高校を圧倒していく。


「今の判断、完璧でした」真白がナナの動きを褒める。


「悠真のサポートがあったからだよ」


チームワークが完璧に機能している。


終盤、大きくリードした光陵が勝利を確信した時。


南山高校が最後の反撃を仕掛けてきた。


「危ない!」真白が警告する。


一瞬の油断から、凛斗のキャラクターが集中攻撃を受ける。


「凛斗!」


しかし、凛斗は慌てなかった。以前なら一人で何とかしようとしたであろう場面で、チームに助けを求める。


「カバーして」


「任せて!」ナナが即座に反応する。


悠真の的確なサポートと真白の冷静な判断で、ピンチを切り抜けた。


そのまま光陵が勝利。


「1回戦、光陵高校の勝利!」


「やったー!」ナナが立ち上がってガッツポーズ。


「県大会初勝利ですね」真白も満足そうだ。


南山高校の選手たちが握手を求めてきた。


「いいゲームでした。頑張ってください」


「ありがとうございました」遥斗が代表して答える。


観客席から拍手が聞こえてくる。光陵高校を応援しに来た生徒たちだった。


「遥斗!頑張れー!」


同じクラスの友人たちが声援を送っている。


遥斗は手を振り返した。支えてくれる人たちがいる。それが、何より嬉しかった。


1回戦の他の試合結果が発表された。


聖光学園、青山工業、白鷺女学院など、強豪校は順当に勝ち上がっている。


「2回戦の相手は...」真白が確認する。「青山工業ですね」


予想通りの相手だった。県内ランキング3位の強豪校。


「青山工業か...」悠真が緊張する。


「聖光学園に次ぐ実力ですね」真白が分析する。「理論的に考えて、かなり厳しい相手です」


凛斗が振り返る。「どのくらい強い?」


遥斗は事前に調べた情報を思い出した。「個人技術は高いレベルで安定してる。特に、エースの田所というプレイヤーは全国レベルです」


「全国レベル...」ナナが小さくなる。


会場の別エリアで、青山工業の試合を観戦した。


1回戦の相手を圧倒的な実力で下している。特にエースの田所のプレイは、凛斗に匹敵するレベルだった。


「すげえ...」悠真がつぶやく。


「理論的に分析すると」真白が冷静に観察する。「個人技術は我々と同等以上。チーム連携も高いレベルです」


「勝てるかな...」ナナが不安を口にする。


遥斗は考えていた。確かに強い。でも、何かが見えた。


「みんな、気づきましたか?」


「何を?」


「青山工業の戦い方、すごく『教科書的』なんです」


真白が眉をひそめる。「教科書的?」


「セオリー通りで、隙がない。でも、逆に言えば予想しやすい」


「つまり?」凛斗が聞く。


「俺たちの武器は『予想外』でした。型にはまらない戦い方」


遥斗は思い出していた。聖光学園戦の第3戦。プレッシャーから解放された時に見せた、創造的な戦い方。


「明日の2回戦は、俺たちらしさを全面に出しましょう」


「でも、相手のレベルが...」ナナが心配する。


「大丈夫」遥斗が断言する。「真白の分析力、ナナの積極性、悠真のサポート力、凛斗の個人技、そして俺たちのチームワーク。全部組み合わせれば、絶対に勝機はある」


真白が頷く。「確かに、理論的にゼロではありませんね」


「やってみよう」凛斗も同意する。


その夜、5人は遅くまで青山工業対策を練った。


2回戦当日。


青山工業との対戦が迫っている。


「緊張してるか?」遥斗がチームに確認する。


「まあまあ」ナナが苦笑いする。


「理論的準備は完璧です」真白が資料を確認する。


「任せてください」悠真が自信を見せる。


凛斗は静かに頷いた。


会場の注目が光陵高校に集まっている。新設校がどこまで戦えるのか、多くの人が興味を持っている。


「第5試合、光陵高校対青山工業」


ついに2回戦の開始だった。


試合開始から、青山工業の実力が発揮された。


田所を中心とした完璧な連携。教科書通りの戦術展開。光陵は序盤から劣勢に立たされた。


「うーん、厳しい」ナナが歯を食いしばる。


「理論通りの強さですね」真白も分析に苦労している。


しかし、遥斗は慌てていなかった。


「予定通りです。中盤から仕掛けましょう」


中盤、光陵が動いた。


突然、セオリーを無視した奇策を仕掛ける。ナナが予想外のポジションから攻撃し、真白が大胆な戦術変更を指示する。


青山工業が戸惑いを見せた。


「何だ、この動き?」田所が混乱している。


「教科書にない戦術ですね」青山工業のリーダーも困惑する。


光陵の型破りな戦い方が効果を発揮し始めた。


凛斗が一人で突破するのではなく、チーム全体で流動的に攻める。悠真が積極的に前に出て、真白がリアルタイムで戦術を修正する。


「これ、面白い戦い方だな」


観客席からも注目の声が上がっている。


中盤で光陵が逆転。会場がざわめいた。


「光陵高校、青山工業をリードしています!」実況の声が興奮している。


しかし、青山工業も県内3位の実力校。終盤で意地を見せてくる。


田所が本気を出し、個人技で光陵を苦しめる。


「やばい...」ナナが追い詰められている。


最終局面。


青山工業が追い上げ、ほぼ互角の戦いになっていた。


あと一歩のところで、どちらが勝つかわからない状況。


その時、遥斗が決断した。


「みんな、俺を信じて」


「え?」


「最後の作戦です。全員で一点突破します」


真白が理解する。「理論的にはリスクが大きいですが...」


「でも、これしかない」凛斗が同意する。


「やってみる!」ナナが覚悟を決める。


「サポートします」悠真も続く。


5人が一つになった瞬間だった。


光陵高校の最後の攻撃。


5人の連携が完璧に決まった。まるで一つの意思で動いているかのような美しい連携。


青山工業の堅い守りを突破し、決定的な一撃を決める。


「やった!」


会場が大きくどよめいた。


「信じられません!光陵高校、青山工業を破ってベスト16進出です!」


実況の声が興奮に震えている。


5人は立ち上がって抱き合った。


「やったよ、真白!」ナナが涙を流している。


「みんな、ありがとう」真白も感動している。


遥斗は胸のポケットに手を当てた。


(兄さん、ベスト16です。まだまだ行きますよ)


青山工業の田所が握手を求めてきた。


「すごいゲームでした。僕たちの負けです」


「ありがとうございました」


清々しい敗北を認める相手に、遥斗は敬意を払った。


ベスト16進出が決まった光陵高校。


次の相手はベスト8をかけた3回戦。そこを勝ち抜けば、スポンサー契約の条件であるベスト8入りが達成される。


「次の相手は...」真白が確認する。「白鷺女学院ですね」


県内ランキング4位。青山工業と同レベルの強豪校だった。


「また強い相手だね」悠真が苦笑いする。


「でも」ナナが明るく言う。「青山工業に勝てたんだから、どこでも勝てるよ」


凛斗も頷く。「俺たちは強くなった」


遥斗は5人を見回した。1回戦、2回戦と勝ち上がる中で、チームが確実に成長している。


技術面でも、精神面でも。


「そうですね」真白が微笑む。「理論的に考えても、我々にはもう不可能はありません」


3回戦は明日。


5人で戦える貴重な時間は、着実に過ぎていく。でも、その一瞬一瞬が、かけがえのない宝物になっている。


「明日も、俺たちらしく戦おう」


遥斗の言葉に、4人が力強く頷いた。


ベスト8まで、あと1勝。


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次回:「第8話 ベスト8への階段」

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