第6話:新たなる目標
聖光学園戦から一週間が過ぎた。
部として正式に認可されたeスポーツ部は、これまでとは違う雰囲気に包まれていた。学校側からの期待、他の生徒たちからの注目。そして何より、自分たち自身の意識の変化。
「県大会の要項、もらってきました」
田村先生が部室に入ってきた。手には、県高等学校eスポーツ大会の資料が握られている。
「ありがとうございます」遥斗が受け取る。
「しかし」田村先生が苦笑いする。「参加費が結構かかるんだな」
真白が眼鏡を上げる。「どのくらいですか?」
「エントリー費、交通費、宿泊費...全部で15万円くらいかな」
5人が固まった。高校生にとって、15万円は大金だった。
「学校からの補助は?」悠真が恐る恐る聞く。
「新設部だから...今年度の予算はもうないんだ」
田村先生が去った後、部室は重い空気に包まれた。
「15万円か...」ナナがため息をつく。
「一人3万円ですね」真白が計算する。「バイト代では厳しいです」
凛斗は黙ったまま考え込んでいる。悠真も困った表情だ。
遥斗は資料を見つめていた。県大会は2か月後。参加費の締切は1か月後。
「みなさん」遥斗が顔を上げる。「諦めますか?」
「え?」
「お金がないから県大会を諦めるか、それとも何とか方法を考えるか」
ナナが立ち上がる。「諦めるわけないよ!」
「そうですね」真白が頷く。「理論的に考えて、必ず解決策はあるはずです」
「俺も頑張る」悠真が拳を握る。
凛斗が静かに言う。「やる」
遥斗は安心した。このチームなら、きっと道は見つかる。
「それじゃあ、作戦を考えましょう」
遥斗が黒板に向かった。『資金調達作戦』と書く。
「まず、どんな方法がありますか?」
「バイトを増やす」ナナが提案する。
「親に頼む」悠真も続ける。
「学校に再交渉」真白が冷静に分析する。
凛斗が小さく手を上げる。「スポンサー」
「スポンサー?」
「企業に、支援してもらう」
遥斗の目が輝いた。確かに、プロのeスポーツチームには企業スポンサーがついている。高校生でも、可能性はあるかもしれない。
「でも、どうやって?」ナナが首をかしげる。
「まず、企画書を作りましょう」遥斗が提案する。「光陵高校eスポーツ部がどんなチームで、どんな価値を提供できるかを」
その日から、5人は資金調達に奔走した。
真白は企画書の作成を担当した。データを駆使して、eスポーツ市場の成長性や教育的価値をまとめる。
ナナと悠真は地元企業のリストアップ。IT関係の会社から、地元の商店まで、可能性のありそうな企業を片っ端から調べた。
凛斗は意外にも、SNSでの情報発信を担当した。無口な彼だが、ゲームの動画編集は上手く、光陵eスポーツ部の魅力を伝える動画を作成していた。
そして遥斗は、実際の営業活動。企画書を持って、企業を一軒一軒回る役目を買って出た。
「頑張ってる?」
夜遅く、疲れ果てて帰宅した遥斗に、母親が声をかけた。
「ああ。大変だけど、楽しい」
母親は微笑んだ。「お兄ちゃんもそんな顔してたわ。何かに一生懸命になってる時」
一週間後。
「結果報告します」
部室で、遥斗が疲れた顔で報告した。
「20社回りましたが...全部断られました」
「そんな...」ナナが落ち込む。
「理由は様々ですが、『実績がない高校生では』というのが多かったですね」
真白が眉をひそめる。「実績がないと支援してもらえない。支援がないと実績を作れない。矛盾してますね」
「でも」遥斗が続ける。「可能性を感じてくれた企業もありました」
「本当?」悠真が身を乗り出す。
「地元のIT企業、『テクノサポート』さんです。社長さんが元々ゲーム好きで、高校生のeスポーツに興味を持ってくれました」
凛斗が振り返る。「条件は?」
「実際に結果を出せるかどうかを見たい、と」
「つまり?」
「まず県大会に出場して、ベスト8以上に入れれば、正式にスポンサー契約を結んでくれるそうです」
しばしの沈黙。
「でも、そのための参加費が...」ナナが困惑する。
「それも相談してみました」遥斗が微笑む。「参加費だけ、立て替えてくれるそうです」
「本当?」
「ただし、ベスト8に入れなかったら、みんなでアルバイトして返済」
真白が計算する。「リスクはありますが、チャンスでもありますね」
「やる価値あり」凛斗が断言する。
「みんな、どうですか?」遥斗が確認する。
4人が頷いた。「やろう」
テクノサポート社との契約を結んだ翌週、部に大きな変化があった。
まず、新しいユニフォームが届いた。黒地に青のライン、胸には「TECHNO SUPPORT」のロゴが入っている。
「かっこいい!」ナナが鏡の前で見とれている。
「プロっぽい」悠真も満足そうだ。
さらに、部室に新しいモニターとゲーミングチェアが追加された。環境が格段に良くなった。
「これで聖光学園にも負けませんね」真白が機材をチェックしている。
しかし、遥斗は複雑な心境だった。
(プレッシャーも大きくなった)
ベスト8に入れなければ、借金を返さなければならない。そして何より、期待に応えなければならない。
「県大会の組み合わせ、発表されました」
田村先生が最新の資料を持ってきた。
トーナメント表を見ると、32校が参加。ベスト8に入るには、5回勝たなければならない。
「1回戦の相手は...」真白が確認する。「南山高校。県内ランキング15位ですね」
「勝てそうですか?」悠真が心配そうに聞く。
「桜ヶ丘に1勝2敗だった俺たちなら、可能性はあります」遥斗が分析する。
「問題はその後ですね」真白が続ける。「2回戦の相手は、おそらく県内5位の青山工業」
青山工業。聖光学園に次ぐ強豪校の一つだった。
「そこを突破すれば、ベスト8」
遥斗は深呼吸した。道のりは険しい。でも、不可能ではない。
県大会まで1か月。
光陵eスポーツ部の特訓は、これまで以上に激しくなった。
午前中は個人技術の向上。午後はチーム戦術の練習。夜は録画分析と戦術研究。
「疲れた...」ナナがキーボードに突っ伏している。
「でも、確実に強くなってますね」真白が成長を実感している。
聖光学園戦から1か月。5人の連携は格段に良くなっていた。特に、プレッシャーのかかる場面での判断力が向上している。
「今日は練習試合を組みました」遥斗が発表する。
「どこと?」凛斗が聞く。
「桜ヶ丘高校です。リベンジマッチです」
1か月前に1勝2敗で負けた相手。今の実力なら、どこまで通用するか。
桜ヶ丘高校との再戦。
結果は、2勝1敗で光陵の勝利だった。
「やったー!」ナナが立ち上がる。
「リベンジ成功ですね」真白も満足そうだ。
桜ヶ丘の山田が近づいてきた。「別人のようなチームワークでしたね。驚きました」
「ありがとうございます」遥斗が答える。
「県大会、頑張ってください。応援してます」
帰り道、5人の顔は明るかった。
「やっぱり成長してる」悠真が実感している。
「でも」遥斗が冷静に分析する。「桜ヶ丘はランキング5位。青山工業は県内3位です」
「まだ足りないってこと?」ナナが不安になる。
「いえ」遥斗が微笑む。「可能性が見えてきたってことです」
その夜、遥斗は一人で考えていた。
桜ヶ丘に勝てた。これは大きな成長だ。でも、青山工業、そしてその先にいる聖光学園のレベルを考えると、まだまだ足りない。
(あと何が必要だろう?)
技術的には向上している。チームワークも良くなった。戦術も洗練されてきた。
でも、何かが足りない。何か大切なものが。
胸ポケットから兄の写真を取り出す。
「兄さん、俺たちはどこまで行けるでしょうか?」
写真の中の兄は、相変わらず優しく微笑んでいる。
その時、遥斗の携帯が鳴った。真白からのメッセージだった。
『明日、大事な話があります。みんなに集まってもらえませんか?』
翌日の部活。
真白が神妙な面持ちで話し始めた。
「実は、父から連絡がありました」
「お父さんから?」ナナが首をかしげる。
「父は転勤が決まりました。来月末に、九州の支社に移る予定です」
5人が凍りついた。
「つまり...」悠真がつぶやく。
「家族で引っ越しです。県大会の後で」
真白の声は冷静だったが、その目には涙が浮かんでいた。
「そんな...」ナナが声を震わせる。
凛斗も、珍しく動揺している。
「県大会が最後になります」真白が続ける。「みなさんと戦える最後の機会です」
遥斗は言葉が出なかった。真白の分析力と戦術眼は、チームに欠かせないものだった。彼がいなくなったら...
「だからこそ」真白が立ち上がる。「絶対にベスト8に行きましょう。いえ、もっと上まで」
「真白...」
「これが僕たちの最初で最後の県大会です。全てを出し切りましょう」
部室が静寂に包まれた。そして、一人ずつ立ち上がった。
「やろう」凛斗が言う。
「絶対に勝つ」ナナも続く。
「真白のために」悠真が拳を握る。
「みんなで、頂点を目指そう」遥斗が宣言する。
5人の絆が、これまでになく強く結ばれた瞬間だった。
県大会まで残り2週間。
真白の転校が決まってから、チームの雰囲気は変わった。楽しい練習から、何かを背負った真剣な戦いに。
でも、それは重苦しいものではなかった。むしろ、一つの目標に向かって心を一つにする、美しい結束だった。
「今日で基本練習は終わりです」遥斗が発表する。「明日からは実戦形式のみ」
「了解」4人が答える。
準備は整った。技術も、戦術も、そして何より気持ちも。
あとは本番で全てを出し切るだけ。
真白との最後の大会。5人で戦える最後の舞台。
「絶対に、悔いのない戦いをしよう」
遥斗の言葉に、4人が力強く頷いた。
県大会開幕まで、残り14日。
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次回:「第7話 県大会開幕」
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