第27話 洞窟を解放
パン屋の設置により、俺のダンジョンポイント収入は、もはや笑いが止まらないレベルで安定していた。
生活を送るには十分すぎるほどの収益だ。
しかし、俺は気づいてしまった。
このダンジョン経営という仕事が楽しくて仕方がないということに。
ブラック企業時代には、仕事が楽しいなんて思ったことは一度もなかった。
しかし、今は違う。
自分のアイデアが形になり、それをお客さんが喜んでくれる。
その反応がDPという形でダイレクトに返ってくる。
こんなにやりがいのある仕事が他にあるだろうか。
「よし、事業拡大だ! 第三フロアを解放するぞ!」
俺は、すっかり仕事の楽しさに目覚めた敏腕経営者として、次なるプロジェクトに着手することを決意した。
第一フロア「すやすや草原」は、「開放感」。
第二フロア「陽だまりの森」は、「生命」と「温もり」。
となれば、第三のフロアに求められるのは、それらとは異なるコンセプト。
俺は静かで、神秘的で、少しだけ非日常を味わえるような空間を創り出したいと考えた。
俺はアプリの管理画面を開き、これまで手付かずだったきさらぎ荘の空き部屋、「103号室」の区画をタップした。
『空室103号室に、新規ダンジョンゲートを設置しますか?』
「もちろん、YESだ!」
ゲートを設置した後、俺は新規フロアのテーマ選択画面へと進んだ。
俺の頭の中には、すでに明確なビジョンがあった。
俺が選んだのは、『洞窟』のカテゴリーだった。
しかし、ただの暗くてジメジメした洞窟では癒しにはならない。
むしろ、閉所恐怖症の人にとっては苦痛ですらあるだろう。
俺の目指すのは、あくまで「癒しの洞窟」だ。
俺は、詳細設定の項目を一つ一つ丁寧にいじっていく。
まず、フロア名。俺は、そのコンセプトを的確に表す『静寂の洞窟』と命名した。
次に、内部環境。気温は「ひんやりと心地よい」に設定。
夏場には最高の避暑地になるはずだ。湿度は「適度に潤っているが不快ではない」という絶妙なラインを狙う。
そして、最も重要なのが「光」の演出だ。
俺は、「照明」の項目で、『壁や天井が、発光性の植物や鉱物で自然に照らされている』というオプションを選択した。
これにより、洞窟内は人工的な明かりではない、幻想的で柔らかな光に満たされることになる。
最後の仕上げは出現モンスターの設定だ。
もちろん、ここでも戦闘要素は一切排除する。
俺が選んだのは、二種類の環境生物に近いモンスターだった。
一体目は『ひかりゴケ』。
これは、壁や天井にびっしりと群生し、青や緑の淡い光を放つ苔のようなモンスターだ。
特性は『触れるとほんのり温かい』『特に何もしない』。
ただそこに在るだけで、洞窟の幻想的な雰囲気を演出してくれる存在だ。
二体目は、『クリスタルスライム』。
これは、第一フロアのぷにぷにスライムの亜種のような存在で、体そのものが水晶のように透明で内部から七色の光を放っている。
洞窟内を、ゆらり、ゆらりと、クラゲのように漂っているだけだ。
特性は『触れると壊れそうで壊れない』『見ていると心が落ち着く』『特に何もしない』。
BGMには、洞窟内に響く「水滴が落ちる音」と「微かな風の音」だけを設定した。
これにより、訪れた者は都会の喧騒を忘れ、静寂と瞑想の世界に浸ることができるはずだ。
「よし、これで完璧だ…」
俺は、自分の創造した、少しファンタジーに振り切った癒し空間の設計図に満足した。
全ての設営を終え、必要DPを支払って「フロア作成」ボタンをタップ。
モニター画面が、新たに生成された「静寂の洞窟」の内部映像に切り替わる。
画面の向こうには、俺がイメージした通りの光景が広がっていた。
洞窟の壁一面に群生した「ひかりゴケ」が、青や緑、時には金色にゆっくりと明滅しながら、洞窟全体を優しく照らし出している。
天井からは、鍾乳石の先端で光る水滴が、ぽつり、ぽつりと、下の水面に落ちて、美しい波紋を広げている。
そして、その幻想的な光の中を、虹色に輝く「クリスタルスライム」たちが、夢のようにゆったりと漂っていた。
「うわ…綺麗だな…」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
それは、もはや単なるダンジョンフロアではなく、一つの芸術作品のようだ。
「ちょっとファンタジーに振りすぎたかとも思ったけど…これは、アリだな」
俺は、この静謐な空間に、常連客たちがどんな反応を示すのか今から楽しみで仕方がなかった。
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