ヤンデレ僕っ娘幼馴染に監禁されたんだけどコイツ俺のことおもちゃにしてないか?

酒井迷(さかいまよう)

第1話

 気が付くと、目の前が真っ暗だった。


 っていうか、あれだな。アイマスク的なの付けられてるわ。まぶたが物理的にあかねえ。

 なんか気づけば手足も動かせねえし。何かに固定されてる。

 形的に……椅子? 椅子の上に座らされたうえで手足固定されてんだけど。ウケる。


 さて、これからどうしたもんかな。なんか息苦しいなと思ったら口もふさがれてる。

 おいおいこれじゃ助けを呼ぼうにも呼べないぞ。完全に詰んだか?


 俺が本格的に泣きだそうかなと思った矢先に、ガチャリというドアの空いた音がした。


 だ、誰?

 シチュエーション的には完全に誘拐犯なんですけど! 

 男子高校生を監禁するド変態なんですけど!


 カツカツと地面をたたく足音がこちらに近づいてくる。

 ヒエーッ! やめてこないで! まだ死にたくなーい! 

 うわっ多分目の前で止まった! 音の感じしかわからないけどこれ近いって!



「ふふっ。だーれだ」



 うっわ知ってる声じゃねえか! ふざけんなバカ! 



「あれ? もうわかったの?」



 必死に首を縦に振る。わかったから早く解放してくれバカ。



「いまぼくのことバカって思ったでしょ」



 必死に首を横に振る。なんでコイツ考えてること分かるんだよ。エスパーか?

 もしかして見えてないだけで今俺の頭には特殊な器具が装着されてて考えてることが筒抜けになってるんじゃないか?



「ふふっ。そんな心配しないで大丈夫だよ。ぼくはエスパーじゃないし、君の頭には特殊な器具も装着されてないから」



 おいおいおいじゃあお前の発言が怖すぎるんですけど。俺のプライバシーの権利とかはどこ? 



「こんな状態でプライバシーもなにもないよね?」



 だからなんで話が通じるんだよ。話が通じたのに嬉しくないのははじめてだ。



「幼馴染なんだから、考えてることくらいしゃべらなくてもわかるって」



 幼馴染ってそんな万能カードじゃないぞ。



「そんな幼馴染の君にしつもーん! なんで今君がそうなってるかわかる?」



 幼馴染ってそんな万能カードじゃないぞ。凶悪犯専用の拘束をされてる理由が分かったら苦労はしねえ……!



「わかんないって顔してるね~。じゃあヒントをあげよう!」



 なんでコイツこんなテンション高いの? 俺ガッツリ拘束されてるんですけど。



「今日の君の行動を振り返ってみて?」



 ええーっと、まず起きて、歯を磨いて、朝飯を食べて、



「家を出てぼくといっしょに登校したよね。その登校途中のことを思い出して」



 なんでコイツこんなタイミング完璧なん? まあいいや。登校途中?

 歩道橋でおばあさんの荷物を持ってあげたな。ほら、俺ってできてる人間だから。



「そう、おばあさんの荷物持ってたよね。僕の荷物は持ってくれないのに」



 えっえっえっそれは違くないですか? 思わず敬語になっちゃったけどそんなん言われたら俺何もできなくなっちゃうって。



「おばあさんの荷物を持つなって言ってんじゃないの。ぼくの荷物も持ってほしかったって言ってんの」



 窪塚……? わがまま度合いがキングすぎるよ。いやクイーンか。



「それともなに? ぼくよりもおばあさんの方がタイプだった?」



 俺のストライクゾーンありえないくらい広く見積もられてないか? どこ投げても入るじゃねえか。



「10代から90代の男性または女性がタイプなんでしょ」



 なんで容疑者みたいな言い方なんだよ。あとさりげなく男性を守備範囲に入れるな。

 これじゃただ単に人類が好きな人だって。俺の恋愛対象は女の子だから。



「じゃ、じゃあぼくも恋愛対象になる?」



 なるっちゃあなるけど、お前この状況で恋に発展することあると思うか? 両手両足椅子に縛り付けられてるんだぞ。



「ほら、恋ってがんじがらめになるものでしょ?」



 多分だけど物理的にはならないと思うぞ。あくまで気持ち的な話だろそれ。



「それに吊り橋効果ってあるじゃん。お化け屋敷とかでさ、恐怖のドキドキと恋愛のドキドキがまざって勘違いするやつ!」



 勘違いする余地がないくらい恐怖が勝ってたぞ。体の自由全部奪われてたら吊り橋どころじゃないからな?

 命綱なしの綱渡りだろこんなもん。死ぬて。



「どう? ぼくのこと、だんだん好きになってきたんじゃない?」



 それってストックホルム症候群じゃないですか? 被害者が加害者のことをかばってしまうでおなじみの。



「ストックホルム症候群?でもいいよ。君が僕のことを好きになってくれるなら」



 ダメだコイツつええ。勝てねえ。



「今日はね、君がぼくのことを好きになってくれるように、いろんなものを用意したんだ」



 この拘束を外してくれたら好きになっちゃうかも! だからできれば早く外してくれないかなあ!



「外したら好きになるって? でも外したら君すぐ帰っちゃうでしょ? それに君のお母さんにも許可はとってるから」



 噓でしょ。なんでこんな計画的犯行にGOサイン出してるわけ? 母さんまで倫理観なくなってどうすんの。



「いろいろお願いしたら、『うちの息子をよろしくお願いします』だって」



 ありえない勢いで外堀が埋まってる。もう我が城は持ちません! 殿! お逃げください! 殿完全に縛られてる! 無理だ!



「それで、まず最初に用意したのはごはん! ぼくの手作りだよ」



 胃袋をつかみに来てる。外堀のあとは内側から行こうとしてる。



「大丈夫。変なものは入ってないから安心してね」



 これまでに安心できる要素が一つでもあったか? 俺は家に帰れても母さんというスパイのせいで安心できなくなったんだけど。むしろ安心要素減ってるな。



「それじゃ、ご飯食べるから口のガムテープは外してあげる」



 隙を見て助けを求める。ここしかない!



「一応言っとくけどここ地下室だから大声で叫んでも意味ないよ。そんなことしないってぼくは信じてるけどね」



 マジ? 準備が入念すぎるだろ。地下室ってどうやって調達するんだ。

 ……いやちょっと待てよ? これはもしかしたら俺の行動を縛るためのフェイク?

 本当は地下室でもなんでもなくて、ただ俺に叫ばせないための嘘だとしたら……?



「そんなことしないって信じてるけど、もし大声とか出されたらぼく手が滑っちゃうかも」



 純度100%の脅迫じゃねえか!? 生殺与奪の権を完全に握られている。まずい。



「それじゃあまず一品目! はいあーん」



 こっわ。見えない食事のあーんってこんな怖いの? 目が見えないってこんなに大変なんだ……。



「どうしたの? 早く口を開けて? じゃないとぼく……」



 急いで口を開ける。手を滑らされたら俺じゃもうどうしようもない。



「ふふっ。素直でよろしい。はいどーぞ。どう? おいしい?」



 な、なんだこれ? なんかプルプルしてて、すっぱくてしょっぱい? は? 意味わかんないんだけど。



「今何食べたかわかる? 当ててみて? すっぱくて、プルプルしてて、つるんって飲み込めるもの!」



 ちょ、ちょっともう一口くれ。さすがに初見で噛まずに飲み込むのは無理だ。



「おかわり? いいよ。はいあーん♡」



 うっわわかったこれ。ところてんだ。

 ところてんの手作り!? 既製品しか見たことがねえよ!



「えへへ。すごいでしょ~。寒天から作ったんだ」



 いやまあすごいけど目隠しされてると食いでがなさ過ぎてちょっと損してる気がするな。ふつうに見えてる状態で食べたい。



「おいしかった? 目隠しなしのご飯はまた今度ね」



 なんで俺は視覚を奪われたまま味覚のトレーニングしてるの? 飯食う時くらい見せてよ。



「ででん! 第二問! この料理は何かわかるかな~!」



 これもうクイズでいいのね? おっしゃ当てたるで!



「今度はちょっと大きいから、口を大きく開けてね。はい、よくできました! いくよ? あーん」



 うおっ……デッカ……。口の中パンパンになるまで入ってきた。しゃく。もちゃ。歯切れのいい団子状のモノ……。玉こんにゃくじゃねえか!



「えっすごい! そんなすぐ玉こんにゃくってわかるんだ!」



 これはブラインドもぐもぐクイズ王になる日もそう遠くないな。なんか視覚を奪われているからこそ逆に脳裏にはっきりと料理の像が思い浮かぶ。

 失ってしまった能力をほかの部分がカバーしはじめてる。人間ってすげえ……。



「よし! じゃあ次は最後の問題だよ! 第三問!」



 ちょっと楽しみになってる自分がいることにむかつくわ。なんでこの状況に体も心も適応しようとしてんだよ。抗え、もっと。



「ちょっと滑るから気を付けないとね……はいあーん♡」



 滑る? なんだそれ。とりあえず口開けるか。


 ジュッ。


 あっっっっっつ!!!!!!! くちびるあっっっっっつ!!!!!!!!!!


 おい目隠ししてやっていいことのライン超えたぞいま!



「あっあっごめんね? そんな熱いとは思わなくて……ちゃんとふーふーして冷ますからね?」



 彼女がふーふーする音が聞こえる。最初からやってくれ。くちびるこれベロンってなってない? 俺今自分じゃわかんねえんだ。



「うーん。見てる感じはくちびるだいじょぶそうだよ。一応お水で冷やしとく?」



 ブンブン頷く。俺は見えてねえから純粋な痛みだけが今ある。



「ちょっと待っててね。今お水取ってくるから」



 スタタタタタ。ガチャ、パタン。ガチャリ。


 あいつ出ていくときもカギ閉めてったな……。この状況からでも脱出できると思われてるの俺? 脱獄王か?


 急に静かだ。自分の息遣いしか聞こえない。心臓の音が嫌にうるさく聞こえる。一人でこのままは精神的にヤバい! 早く帰ってきてくれ!



 ガチャリ。鍵の開く音がした。



「いやーお待たせ! 硬水と軟水どっちがいいかとか迷ってたら遅くなっちゃった! どう? ぼくがいなくてさびしかった?」



 ちょっとね! ちょっとだけね!



「ふふっ。もうまったく、しょうがないんだから……それじゃあお水あげるから上向いて?」



 上? いやふつうに飲ませてくれればいいんだけど。手が滑るの怖いしここはしたがっとくか。


 椅子によりかかるようにして上を向く。あれこの椅子全然びくともしないな。



「椅子も当然地面に固定してるよ? 倒れちゃったら危ないもん!」



 なんでそこの配慮はできるのにアツアツのもん食わせるんだよ。気づかいのバランスがおかしいだろ。

 あと椅子固定は常識ではないからな? 非常識寄りではあるぞ。



「それじゃあ水行くよ~」



 よし来い!


 ――ポタ。――ポタ。――ポタ。


 一定の間隔で水滴がくちびるにあたる。

 えっこれ海外の一番きつい拷問?

 どんなに屈強な兵士も眠れなくて気が狂うやつじゃん。



「一気にやっちゃうと息できなくなるかなって」



 俺の気がおかしくなる前にガッツリやってくれ。いっそ楽にして。



「よーし……じゃあいくよ! えい!」



 ビチャビチャビチャッ!


 打点が高い……! こんなん滝行ですやん! もう悟りは開きかけてんだよ!



「あっそっか。もっと口の近くからやればよかったのか。うっかりうっかり」



 計画性のあるやつのうっかりって信頼ならないんだよな。わざとだろお前。



「え~? そんなことないけどなあ。次はちゃんと口の近くからやるよ。はい!」



 おーおーこれこれ。こんな感じ。ひりひりしたところに冷たい水がしみる……なんかこの水しょっぱくない? 汗?



「これ? 経口補水液」



 なんで? 硬水とか軟水とかの次元じゃないじゃん。



「君の健康を気づかってだよ」



 経口補水液って手遅れになってから飲むものだぞ。……じゃああってるか。現状手遅れみたいなもんだし。所さん、助けてください。



「ここに助けは来ないよ。ぼくと君の二人っきり」



 こんなセリフ主人公とラスボスの一騎打ち以外で聞くことあるんだ。


 カチッ。チチチチチ、ボッ。


 コイツ今ガスコンロ付けなかったか?



「第三問のために温め直してあげるよ」



 しってるか? それ余計なお世話っていうんだぜ。

 あと地下室でガスコンロ使うの怖いからやめてね。今までの恐怖とは別のベクトルの恐怖が今来てるから。



「たしかに君の心配もその通りだね。じゃあ温めてる間は換気扇を回しておくよ」



 いやアツアツにしないでって言う話なんですけど。別のベクトルに行った恐怖が元のベクトルに戻ってきてるだけだこれ。


 ぐつぐつと何かが煮えるような音。換気扇の回る音。ここって本当に地下室なの?

 なんかいい匂いもしてきた。和風? 多分なんかのだしの匂い?



「ここが本当に地下室なのか、よくわからないって顔してるね。ネタバレするとね、ここは核シェルターだよ」



 はい? 核シェルター?



「核シェルターっていうのはね、核爆発による被害から身を守るために作られる一時的な避難所のことを言うんだ」



 いや核シェルターが分かんなくて疑問だったわけじゃないのよ。なんで核シェルターが当たり前みたいな顔してんのかが分かんねえってことなのよ。



「スイスでは核シェルターは100%配備されてるんだし、別におかしなことじゃないよね?」



 ここがスイスだったらそうかもしれない。でもここはスイスじゃないんだよ? ゴリゴリに日本だよ? 日本の普及率で考えよう?



「日本はまだ核シェルターが0.02%しか普及してないんだ。みんな危機意識が足りないよね」



 俺は今過去最大級の危機に直面してるのは危機意識が足りなかったから……?

 そういわれたらぐうの音も出ねえ。もっとコイツを警戒しておくべきだった……!



「はあ。君も本当に危機意識が足りないよね」



 何ですか? オーバーキル?



「ぼくみたいなかよわい女の子に、こんなかんたんに捕まっちゃうんだよ?」



 そういって俺のほおを両手で挟む。

 こんな計画的な犯行を行える人物に「かよわい」という形容詞はいささか的外れかと……。

 あっ顔つぶさないで、タコみたいになっちゃう。



「それに、君が気付いてないだけで学校でも君のことを狙ってる子って結構いるんだからね?」



 えっマジ? たとえば誰? 全然俺知らなかったんだけど。



「ダーメ。教えてあげなーい。それに、誰が君のことを好きなのか知ってどうするつもりなの?」



 前半と後半の温度差がやばい。整っちゃう。整いすぎてヒートショック起きちゃう。心臓キュッてなってる。



「ねえ、どうするつもり?」



 なんでこんな俺詰められてんの? 気分は浮気が妻にばれた旦那だ。誰とも結婚してなければ付き合ってもいないのに。もちろんコイツとも。



「あははっ! 冗談冗談。別に何にもしないよ。別に君がほかの人のことを知ったとしても、一番はぼくだもんね?」



 Yesかはいしか選択肢のない質問が来たな。まあでも実際一番親しい女の子ってなったらコイツなんだよな。幼馴染っていうシステムの功罪を考えたい。



「それに、君のことが気になってた子たちには君の恥ずかしい写真を見せたから、きっとみんな幻滅してると思うよ」



 えっお前何してんの? やっぱり俺にプライバシーの権利はないじゃん。

 ていうか恥ずかしい写真って何? どこに出しても恥ずかしくないように生きてたつもりだけど。



「たとえば、ザリガニに指を挟まれて泣いてるやつとかー、あとは履いてる靴下が左右で違くて、それを必死に隠そうとしてるやつとか……。他にもいっぱいあるよ?」



 なんか絶妙に人には見られたくない瞬間をピックアップしてんなコイツ。

 ていうかそれいつの写真だよ。俺ここ数年でザリガニに指挟まれて泣いた記憶ないんだけど。



「当然君と出会った時からずっと記録してるんだから。ちょっと昔の写真ってだけ」



 こいつ俺に辱めを与えるだけじゃなく、幼馴染マウントまで取ってんの?

 一石二鳥過ぎる。名軍師か。



「それじゃもっと思い出話もしたいんだけど、そろそろ第三問が温まったかな?」



 クソ! 忘れてたのに!

 おい今度は冷ましてからにしろよ? また経口補水液滝行はしたくないぞ俺。



「そんな心配しないでって。よし、じゃあ火を止めて……」



 カチッ。ガスコンロのつまみをひねったのであろう音。



「それじゃあいっぱいふーふーしてあげるね? ふーふー。ふーふー。」



 今回はずいぶん入念に冷ましている。さっきのあれはアクシデントだったっぽいな。

 というかこの地下シェルターに目隠し状態で拘束されてること自体が重大なアクシデントだよ。もっと先に気を使う場所があるだろ。



「もうそろそろいいかな。熱いかもしれないから気を付けてね。」



 俺気をつけようがなくない? 気を付けるのはお前だよ。俺気を付けたって避けられないんだから。



「口開けて? はい、あーん♡」



 言われるがまま口を開く。そう、俺は哀れな生き物。だが、今は生き延びることが優先だ。

 男には、耐えなければならない時がある……!



「お~食べるの上手だね~。大丈夫? 熱くない?」



 まあ熱いけど食べられるくらいの熱さだ。おだしがよくしみていて、プルンっという独特の食感がある。

 このざらつきは……隠し包丁か。へえ。結構手間かかってんじゃん。

 これおでんのこんにゃくだな。三角形だし。



「どう? 実はこれが一番自信作なんだけど……」



 おいしいよ。うん。間違いなく単品で見たらおいしい。

 ……でもさあ! 料理には流れってもんがあんじゃんか! ところてん→玉こんにゃく→おでんこんにゃくだとなんか食った気がしねえよ!

 ずっとプルプルプルプルしやがってよお! ほぼゼロカロリーだろこのフルコース!



「おいしかった? やったあ! それなら大成功だね!」



 ちょっとなんか騙されてる。食べてるはずなのに体が飢えてきてる。おでんのほかの具ない? 大根とか、がんもどきとか……。



「今日はこんにゃくしか用意してないんだ。他の具材はまた今度食べさせてあげる」



 うそでしょ。他の具材がDLC方式なことはあっちゃならないだろ。聞いたことある? 初期キャラがこんにゃくしかいないおでん。


 っていうかこんにゃくしか入ってないおでん鍋めっちゃ見てえ! 人生でもう二度と見れることないだろ!

 はずれの十連ガチャみたいな顔ぶれを見せてくれ! いや、こんにゃくが外れっていうわけじゃないんですよ? ただ、ずっとそれに準ずるものしか食べてないので……。レアリティ的にはノーマルレアっていうだけで……。




「それじゃあ今日やりたかったことのひとつ目のごはんはこれでできたでしょ? ごちそうさましよっか!」



 えっごはん終了ですか? 多分胃が泣いてます。あと腸も。栄養が何も入ってきていません。エマージェンシー、エマージェンシー。食物繊維ばっかりで炭水化物がありません。



「もう食べないから、お口はふさいじゃうね?」



 ビリビリビリ。ガムテープをめくる音がする。別にふさがなくてもいいと思います。今まで俺はしゃべってなかったじゃないですか。おかしいですよこんなの!



「念には念を、ね? それにおかしいのは最初からだよ?」



 おかしい自覚はあるんかい! じゃあなおさら怖えわ! 自分が異常だって自覚してる異常者が一番手に負えないんだから!



「でも……君が悪いんだよ? ぼくがいつもこんなにアピールしてるのに、ぜんぜん振り向いてくれないんだもん!」



 アピール? アピールったって、そんなことされてる記憶ないけどな……。



「いつもいっしょに学校に行ってるでしょ? それに席だっていつもとなりでおしゃべりしてる。知ってた? 席替えのたびに毎回ぼくと君の席がとなりなの、あれ偶然じゃないんだよ?」



 ば、買収工作? 俺が毎回のんきに席替え楽しんでたのも、全てコイツの掌の上だったってこと? ゆ、ゆるせねえ! 神聖な席替えに人の意思を介在させるな!



「みんなちゃんとお話ししたら席譲ってくれるし、ぼくたちって本当にいいクラスメイトに恵まれたよね」



 お話し? 恐喝ではなく? いったい何をお話ししてるんですか?



「何を話してるかって? ふふっ。それはナイショ。ほら、女の子って秘密が多い方が魅力的って言うでしょ?」



 お前の場合はミステリアス飛び越えてスリルサスペンスじゃないか? 



「いつもたくさんアピールしてるのに……だから今日はいつもやらないことでアピールしようと思ったんだ」



 その結果が拉致監禁になるの計算式が途中でぶっ壊れてないか?

 それはみんながやらないことじゃなくてやっちゃいけないことなんだぞ? 奇抜と異常をはき違えてはいけない。



「まずはごはん! 結婚した時のことを考えて? 毎日ぼくがおいしいご飯を作ってあげるよ?」



 コイツ全然人の話聞かねえんだけど。……いや俺しゃべってないからこれが普通なんだ。あぶねえ! コイツの異常性を前提に考え始めてた!


 あと毎日こんにゃくフルコースはノイローゼになるからやめてね。切実に。

 人間はこんにゃくをエネルギーに変えられるようには進化してないから。あいつサブウェポンだから。こんにゃく自身もメイン張ると思ってないから。



「ごはんの次と言ったらもちろん……お風呂だよね!」



 お風呂? この完全拘束されてる状態で? もう水責めの拷問しかイメージできないけど。



「お風呂って言ってもそのままじゃ入れないし、かといって自由にしたら君すぐいなくなっちゃうでしょ?」



 そらそうだ。俺だってシャバの空気が恋しくなってきてる。あと体を動かしたい。なんか血流がすごい悪くなってる気がする。



「だから、気分だけでもお風呂を味わってもらおうかなって……はいこれ」



 はいこれって言われても見えないが。なに?



「よし、じゃあつけるからじっとしててね?」



 おい! 何をつけるのか先に言わないとフェアじゃないぞ!


 彼女の手が俺の頭に触れる。そしてきついわっかが俺の頭にはまった。

 孫悟空の頭についてるアレ? 悪いことしたらきつくなってくアレ? 悪いことしてるのは俺じゃなくてコイツなんだけど。三蔵法師さーん! コイツ懲らしめてくださーい!



「よし、こんなもんかな? これはシャンプーハットだよ。君のために緑色のにしたんだ。ほら、好きでしょ緑色」



 緑色は好きだけど見えねえって。こいついい加減目隠し外してくんないかな。なんで見えないのにこだわってるんだよ。おしゃれの鉄則か?



「じゃあシャンプーしよっか。……ってうそうそ! このままじゃ服が濡れちゃうもんね? 実はこんなのも用意してたんだ」



 ごそごそとモノを動かす音がする。

 服が濡れちゃうことに配慮できるなら経口補水液滝行のときに配慮してほしかったな。

 おかげさまで俺の服が脱水症状を抜け出してる。本来服は脱水状態であるべきなのに。



「じゃーん! これ知ってる?」



 見えないです。知ってても見えないです。



「これはね、カットケープ。ほら、美容院で髪の毛を切る前に体に掛けるエプロンみたいなのあるでしょ。あれのことをカットケープっていうんだって」



 へえ~。初めて聞いたな。確かに絶対見たことはあっても名前が意外とわからないものってあるよな。これ見えててもわかんなかったわ。クイズ王として情けねえ。



「これをつけちゃえば多分服が濡れることはないと思うんだけど……こんな感じかな?」



 ファサッっと軽いものが首から下を覆った。



「……あははははっ! ご、ごめんね?」



 なんか急に笑い出したぞ。怖いってコイツ。会話できる怪物から会話できない怪物に進化してないか?



「ふっ、ふふっ……。君の格好がちょっと面白くて……。笑うつもりはなかったんだけど……。ふふっ。浮かれたてるてる坊主みたいで……ふふふっ」



 今の俺の格好が面白い? 上から考えよう。まず緑のシャンプーハットだろ? そんで目にはアイマスク、口にはガムテープ。首から下はカットケープでおおわれてる。


 マッドサイエンティストがやるヤバい実験の被験者?

 あとこのありさまは全部お前のせいだからな? 俺のファッションセンスはもうちょいまともだぞ?



「……ふう。気を取り直して、シャンプーしていくね?」



 正気を取り直して、この拘束を解いてくれないか? 



「じゃあまず髪をぬらしていこうか……と思ったけどもう十分ぬれてるし、もうシャンプーいっちゃおうか」



 俺の髪もたっぷりと経口補水液を飲み干してるからな。髪も脱水症状から抜け出してる。



「じゃあ軽く手で泡立てていきまーす」



 ぺちゃぺちゃというシャンプーをなじませる音が聞こえるかと思えば、頭のてっぺんからわしゃわしゃと洗われた。

 くっ……こんな異常者相手でも、シャンプーされたら気持ちいい……! 心に反して体は正直だ……! 悔しい……!



「どうですか~? かゆいところないですか~?」



 適切な力加減……正直何も言うことが無い。完璧だ。完璧ってこんな怖いんだ。



「普段適当に髪洗ってるでしょ? ちゃんと側面とか後ろも洗わなきゃダメだよ?」



 確かにな。なんか勢いでガーっとやって終わらせてたわ。

 ……ん? ちょっと待てよ? コイツなんで俺がどんな感じで髪洗ってるのか知ってんだ?



「やばっ……えっと髪触ってると分かるんだよ」



 いやいやいや無理でしょ。「やばっ」て言ってるし。と、盗撮? コイツ前科何犯? 海外なら三百年くらい懲役付くんじゃねえの?



「えいっ! えいっ! このっ! わからずやっ! このっ!」



 ヤバいコイツ力任せに洗い始めた! 脳みそシェイクして記憶を飛ばそうとしてる! がんばれ俺の記憶! 負けるな!



「はあ……はあ……。十分洗えたかな。そしたら流しちゃうね」



 あ、危ない。記憶まで洗浄されるところだった。ギリ耐えた……。


 ドポドポドポ……。髪の間を水が通り抜けていく感覚。なんだかんだで気持ちいいな。こんなんでもスッキリした気分になる俺って……。



「それじゃあ髪乾かすね~」



 タオルでゴシゴシされながら、ドライヤーをかけられる。

 そういや美容師さんってみんな語尾が伸びたような話し方するよな。スタッカートのきいてる美容師さんってイメージわかないかも。



「やっぱ髪短いとかわくの速くていいなー。うらやましいよ」



 俺も自由に動けるのうらやましいんだけど。



「だいたい乾いたかな? それじゃあハットとケープ外しちゃうね?」



 ばつん!とゴムのはじけるような音を立ててハットが外れた。その反動でハットについていた水が顔にかかる。


 なんかこの水、目に染みるんだけど!? 



「あっごめんね? 顔拭いてあげるからね? ちなみにこの水は経口補水液だよ」



 何なんだよそのあつい経口補水液推しは。そんなに俺の髪って水分足りてなさそうに見えてんのか? 経口補水液はオールマイティなやつじゃないんだって。絶対使用用途外だろ。



「それじゃあ、ごはんもお風呂も終わったよ。次に何が来るか……わかる?」



 あの新婚さん鉄板のごはんにする? おふろにする? それとも……ってやつ?

 ま、まだ心の準備ができてない! 一度手を出したが最後墓場まで連れていかれる! これは予想じゃない! 確信がある!



「えへへ。緊張してるの? えいっ」



 膝の上に衝撃。コイツ俺の膝の上に座ったな? 暗闇の中で鋭敏になった俺の太ももが相手の太ももを感知している。


 ち、近い。なんだかいい匂いもする。俺のシャンプーの匂いかもしれないけど。

 くっ……。結局俺は女の子に近づかれたらドキドキしてしまうクソザコメンタルなのか……? 自分の単純さが憎い……!



「それじゃあ、目を閉じてくれる……?」



 そもそも開けても見えねえんだって! コイツなんで分かってないの!?



「それじゃ、いくよ?」



 お互いの息遣いが聞こえる距離。なんなら心臓の鼓動すらも聞こえてきそうだ。


 なんかさっきとムードが全然違うぞ! ギャグ時空だと思ってたのに!


 どんどん息の音が近づいてくる。お互いの鼻と鼻が触れ合うんじゃないかと思うくらいだ。 




 ちゅっ。




 ほっぺたに何かが当たる感触。まあ俺口にガムテープ貼られてるから口には来ないか。そりゃそうだ。これはセーフ……?



「えへ、えへへへへ。やっちゃった……! きょ、きょうはこのくらいにしといてあげようかなっ!」



 膝から重みがゆっくりとなくなっていく。



「じゃ、じゃあまた明日ね!」



 バタバタバタ。ガチャ。キィーバタン。扉が閉まった音。


 すごい勢いでどっか行ったな……。っておい! この拘束外してから行け!


 誰か! 誰か助けてくださーい!!! 




 fin.

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【あとがき】

 経口補水液は脱水症状の際に用いる飲料です。当小説のような使いかたは効果がありません。正しい用法・容量を守ってお使いください。

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