白の英雄譚

@Higasinoten

第1話  空っぽの体

 今、俺は雲よりさらに上にある天空城でただ一人、自分が終わるその時を待っていた。


 俺がするべき戦いは全て終わった。だから俺の役割も、もうここまでだ。


 俺にできることは全部やった、と思う。自信はまあ、あるにはあるが。

  

 こんなとこで1人で暇だから、死ぬまで今までの事を振り返ることにした。


 ……ハルと友達になって、別れて。リールに行って、そこでこの英雄の仲間と会って、皆んなから英雄帰ってきてと頼まれて。


 それとまあ、それで俺に価値がないって、とうとう認めさせられて。


 最後まで俺に価値はなかったな。



 まあなんだ、認めたくなかったんだ。俺が普通の人間なんだって、どこにでも居る奴だって、替えのきく人間だってさ。


 だから、自分からみんなを敵に見立てて攻撃してたんだ。


 いや、普通どころか、普通なこともできない欠陥品だったな俺は。


 この世界では、本当の俺のことを知っている人はいない。俺がしたことは全部、この英雄がしたことにしかならない。


 だから俺は英雄譚にはのらない。


 あっちの世界でも俺のことを知ってる人も、覚えている人も、誰一人いなかった。


 失敗だらけで、ただプライドだけが高い、普通にもなれない、そこら辺に転がってる欠陥品だった。

 


 


ーーーー

「なあ課題みしてくんね?」


「あうん。いいよ」


 中学ではじめて話しかけてくれた。やったー!これを機に友達に!…えっとー、


 まず話の振り方を気をつけたらいいだっけ?話題はたしか相手によりそえばってネットで書いてあった。


 いやけど相手がなに好きかわかんないし。…あ、そうだ!聞けばいいんだ。返しに来てくれる時に頑張って聞いてみよう!


 まだかな?そろそろかな?

 

 緊張するな。いけるかな?あ!きた!


「これあんがとなー」


 あ待って。


「あの!さ」


「なに?」


「…」


 落ち着けー。大丈夫。がんばれ。話題話題。


がんばれ!


「普段とかなにしてるの?」


「普段?遊びに行ったりしてるかな」


「そうなんだ…」


 どうしよどうやって会話続ければいいんだ?

会話を広げれば、えっとー


「どこ遊びに行ったりするの?」


「え、カラオケとかかな。まあとりあえずありがとな」


「あ、」


…………、うん。次頑張ろう。


 ちょっとキョドリすぎてたかな。けど、ちゃんと改善していけば


「なあなあさっきさーいきなり普段なにしてるの?とか聞いてきたんだけどw」


え?


「マジでw?インキャ君陽キャデビューw?

キツイって。勘違いインキャはw」


「なあーw」


……聞こえてるんだけどな。


 そんなに言わなくてもさ…。けど俺も悪かったし、うん。……大丈夫だよ。仲良くなれる人もいるはず。



「あのこれお願いしてもいい?」


「うん。いいよ」


「ありがとーそれじゃあねー」


「あのっ、あ…」


 話かける暇もなかったな。次は自分から話しかけてみれば。…そうだよ。自分から行動しないと。

うん。



「あのさ!課題見せてくれない?」


 がんばれ!まず自分で話しかけれた。


「え、あうん。いいよ。はい。それでさー」


「ありがとう。…」


…とりあえず課題やろう。返す時にもう一回!


「あのこれありがとう」


「全然いいよ。それじゃあねー」


 また同じ……


「班作って課題やれよー」


班行動ならいけるかも。積極的に話しかけてみたら。


「これどうかな!」


よし!まず最初に話せた。これで…


「お!いいじゃん。じゃああとよろしくー」


「てかさー」


え?それだけ?俺が話せないのが悪い…のかな…


「いいの?1人でやらして?」


「え?いいっしょ別にあいつなんでも聞いてくれるから。優しいから」


優しい?ほんとうに?


「ほらえーとあれ?誰だっけ?名前わかんね」


「ちょっと聞こえるよーw」


ああ…、そうか。そうだよな。

……、


もう……いいや。俺には絵があるし。こんな奴らゴミだ!どうでもいい…。うん。


「芸大に落ちたなら、滑り止め私立に行くんだぞ。元々そいつ約束だ。浪人は許さんからな」


「うん」


なんだよ…。


「そんな落ち込まなくても、これからチャンスはあるよ。ほら大会とかでさ」


「うん……」


「とにかくこれで話は終わりだ」

……………



「君の絵ね、才能ないよ。もうやめた方がいいよ。

そろそろ君3回目ででしょ?応募してくれて。

まだ大学生で若いんだしさ。他の道でーーーー」


 うるさい。お前らのセンスがないだけだろ!クソクソクソ!ゴミどもが!クソどもが!


クソ……


ーーーーーー ーーーー




 ……振り返っておいてなんだけど、自分が死ぬって時になって、嫌なことを思い出いだすのやめてほしいな。


 この世界とか関係なく、この時から俺に価値なんてなかったな。


 だけど気づいたじゃないか。俺だけの、いや俺だからこそ色んな人のためになること。それで少しは救われたし。だから、満足だ。うん。


 ……ただ最後にハルともう一度、話したかった。


 本当の名前を、ハルにだけは言いたかったな。


 ありがとうってもう一度言いたかった。


ーーーーーーーーー

 

 時間はかなり遡り、異世界に来る前、つまりは現実の世界で死ぬ前にまで場面は移り変わる。一応言うとこれは回想シーンとかではない。





 俺は、自分に問題があるとか自分が凄くないなんて思ったことは一度もない。


 俺が何かミスをしたとしてもそれは他の誰かが悪いし、俺と会話している相手が気まずそうにしてどっかに行ったとしても、それは俺に合わせれなかった奴がゴミで悪いだけだ。


 つまり俺は凄い。ゴミとは違う。


 絵は上手いし個性豊かだし他の凡才の奴らとは違う。俺を何故か落とした審査員達がセンスの塊もないカスなだけだった。


 1人じゃなにもできないゴミ達と違って俺は今まで1人で全てやってきた。だから友達なんていらない。


 俺は唯一の人間で替えのきく普通な奴らとは違う。「替えのきく人間なんていない」、

こんな言葉は、替えのきく人間の負け犬の遠吠えだ。


 実際どうだ?


 もしあそこにいる奴が今急に死んだとしたら?そりゃあ一ヶ月は悲しまれるだろうよ。職場でも急に空いた穴は埋まらない。ただ急にってだけで、一年後にはすぐに埋まってる。


 もっと言えば死んだやつより優秀な奴かもしれない。そして、代わりに入った奴も同じだ。死んだとしても遅くても一年で埋まる。


 ほらな、無価値だ。俺はそんな意味のないゴミとは違う。俺の良さをわからない奴らは全員無価値のゴミだ。


 などと勝手にブツブツ心で自己肯定をしながら万引きをしていたのであった〜。


「はぁはぁ、クソッ」

支払いをせずに持ってきた菓子パンを手に全力でスーパーの店員から逃げていた。

「オイッ!待てこら!!」


「はぁはぁ、チャリは、せこいだろ!」

(別にパンの一つや二ついいだろ!このゴミが!)


 こいつの人生はすでにもう終わっていた。


 会社はやめて毎日バイトで食い繋ぐ日々、何度も何度も何度も受験した芸大には落ち続け、何度も応募した賞にも落ち続けた。


 ー君の絵ね、才能ないよー


 (なんで俺ばっかこんな)


「ははっ、あはははは!!!」

「終わりだあー、あはは!!」

 

 上を見ながら、笑いながら、走っていた。


 誰が見ても人生が終わっている人にしか見えない状態だった。そして本当に人生が終わった。


「え?」

ドン!!と飛びだした道でトラックに轢かれた。さらに酷いことに即死ではなかった。


 「あ、ぁぁーぃたぃ」


 走馬灯というものをみた。雨のようにポタポタと勝手に落ちてきて止めることができなかった。


「、、、、」


 口がもう動かない。意識も薄れていく。そんな中、最後の力で言葉をだした。


 「もう一回だけ、」

 死ぬって時に普通の人は何を思うんだろう?後悔か懺悔か満足か、はたまたそれ以外の何かか…。


 断言する。普通の人なら後悔しか出てこないだろう


 (こんなんじゃ………、これでおわ

この瞬間、人生は本当におわった。

終わったはずだった。



「!!あ、れ?」

ポツ、ポツ、と水が落ちる音が聞こえる。


「これって、もしかして」

自分の発した声が聞き覚えのない声だった。


「!!」


 周りを見渡していると自分の体に気がついた。全くもって見覚えのない見た目だった。


 少し古い西洋風の服に腰についている剣、そしてオレンジが混ざった長い黄色の髪。


 これは「異世界、転生?」


「マジで?」

 

 自然と足が明るい方に向かっていく。


 (おお!体が軽い!)

 

 そのためすぐに洞窟から出ることができた。そして視界に広がったのは男なら誰もが夢に見た景色。


 ファンタジーの世界。そこには現実離れした、いや今はもう現実になった世界が日の出のように広がっていた。


「ッッッッッ!やったー!!!!!!」


 高い山の洞窟だったため新年の初日の出でも見たかのように爽快で謎の達成感があった。


「異世界!間違いなく異世界!剣、魔法、無双、の世界!はははは!」


「あ!そうだ」


 腰の剣を抜いてみることにした。ゆっくりと味わうようにその刀身をだしていく。一目でわかった。これは普通の剣ではないと。実物など今まで見たことなんてなかったが、この美しさに心底見惚れた。


「すごい……」


 バァン!!


「!?まさか、魔物?!」


 魔物というとまず恐怖だったりを感じるのが普通だろうが、と感じそうだが案外嬉々として反応していた。


 そして手に残った感触を無視して剣を腰にしまい、音のする方にキラッキラッに輝いた目を星の残像を残す勢いで向けた。


 かなり遠くから聞こえた爆発音にも聞こえるそれは目を凝らして見るとかなりはっきりと見えた。


「!?ほんと凄いなこの体。かなり遠くのはずだけどな、と、見えた!」


 ワクワクと書いてあった顔は泥のように落ちていきしまいには微妙な顔に変わっていく。


 それもそのはず初めて見たはずの魔物は創作物で見ていた魔物と既視感があったからだ。


 かなり想像通りで期待は少し戦力ダウンだ。


「なぁんだー、普通じゃんか。まいっか。えっとどれどれ」


 顔がうるさい。新しいおもちゃを見つけたように次の何かに意識がサンバを踊りながら向かう。


「こいうのはだいだい女の子が襲われてるんだよ。で、俺が助けて一目惚れだ。現実世界の奴らとは違ってバカでクズじゃないだろうなー」


 ふっふーと笑いながら魔物が追っている方向を目で追いかける。するとやはり可愛い女の子がいた。ついでに言うと、集団で移動していて何人かは武装している奴ぽっい。男なんてどうでもいいが。


「やはりな、可愛いじゃないか!ならいく!…………」


 馬鹿はわかるまでに時間がかかるから馬鹿なんだ。だからいつかは気づく。だから気づいた。ここはかなり高い。落ちたら確実に死ぬだろ。


(……………………どうやって行くんだ?)


 いざ冷静になると、賢者になってしまった。


(…………………)


 ドン!!バンドンバン!!!


「はぁ!!?」


 この世界に来て初めての魔法を見た。いや見てしまったと言った方が正解だろう。


 初めて見た魔法が遠目でしかもただの爆発なのは、映画館で、ふと誰かの会話からネタバレをくらったようにどこにぶつけたらいいかわからない怒りが湧く。


「ふざけんな!初めての魔法なんだぞ!」


「!そっか魔法か!」


 興奮がまた熱を出し始めてそれは口に出すことによって解消された。


「風魔法だったりならいけるはず。よし!!」


(………どうやってだすんだ?)


「……えっと、とりあえず、ウィンド!!」


 バッと手を空にかざしたが何も起こらない。ただ空に手をあげている大人が寂しくいただけだ。


「風よ!?そよ風?!疾風?!とべよーー!?」


「……………、え?」


翳した手をゆっくりと戻して見つめた。………………


(歩こ)


今の自分がどれだけ恥ずかしいかを自覚する前に降りれそうな所を探しに行くことにした。


(魔法がない異世界なんて流石に、ないよなぁ?)


少しだけ不安が顔を出し始めていたらカッーー!!と生き物の鳴き声が遠くから聞こえてきた。


「ん?なんだ?魔物か?鳥か?」


情緒不安定なので顔にはまたワクワクと書いてある。

音の方を向くとデカい鳥が一直線に向かってきている


「………あ無理だ。やばい!」


逃げろーー!と漫画の吹き出しで出ていてもおかしくないほどニコマ落ちで逃げた。


(いや待てぇ。俺って今この見た目からしても、おきまりからしても、たぶん最強だよな?なら逃げる必要ないよな?)


「ほぉら!こいよ!人生初の魔物退治だ!」


カァー!カァー!!カァーーーー!!!


 近づいてくるとより大きく見えてきて、ヤバい。


(だだだ大丈夫さ、異世界転生は最強なんだ、)


 一応言っとくとだ。我慢はした。だがとうとう魔物が50メートルあたりにきたところで三倍にも大きくなったら逃げるだろう。


「やっぱ無理!!とばっ!」


 つまずいて転んでしまった。ダサい。

ダサいのなんて気にせず魔物は爪を伸ばして突っ込んでくる。


「あぁー!あー!!!!」


 変な声を出しながら無我夢中で目を瞑りながら腕をふった。すると運良くだがドォン!!と手が当たった。


「あ、れ?」


 目を開け見てみるとそこには魔物だったものがいた。すぐに自分がやったんだと確信した。


「あは、あははは、なんだやっぱそうだよな」


「この身体は、いや」


「俺は強い!」


拳を握り殴った感触が気持ちいい。ストレス発散に有効なぐらいだ。ただ難点は強くなかったらできないってことだ。


 さっきまでの恐怖はもうなくなっていた。


「ふっ、俺ー、なんかやっちゃいましたー?」


 そして異世界転生定番の決め台詞を決めに行く。


………………………………………


(やっぱ誰もいなかったら意味ないな。ふっ、現実にいたゴミ共が見たらなんて言うかなー、いやたぶんビビって何も言えないな)


「うんうん。なら!」


「高くから飛んでも大丈夫だよな最強なんだし。さっきも全然手痛くなかったし」


 かなりリスキーな考えだが魔物を倒したことによりかなりの興奮状態になっていてまさに


「いっっやっほー!!」といった状態。


 助走をつけてジャンプしたためかなり高くに飛んだ。鳥人間コンテストなら殿堂入りの伝説の鳥人間になっていて万バスしているだろう。


「すげー!!ははっ」


 高く、爽快に、劇的に、空を落ちる。


「気持ちいいーー」


 笑いながら落ちていく。体は落ちているのに心は月をも突き抜けるほどロケットのように登った。


 上は雲ひとつない青空、下を見れば自然豊かな森に光る石に大樹…………。そんな景色。


「これが俺の!世界だ!!」


 トスと地面についた。


(やっぱ大丈夫だったな。よし!)


 ドォン!!とまだ聞こえる方向に向かう。


(思えば走る速さもめちゃくちゃ速いな)


かなり遠くから聞こえた音はもう目と鼻の先にまで聞こえてきた。


「見えた!そして!」


地面を足で押し、そいつめがけてジャンプした。豚が二足歩行で立ってるようなデカい魔物で気持ち悪いが、さきほどの経験と興奮でもう怖さはなかった。


「ふん!!」


全力で殴るとそいつは遥か遠くに飛んでいった。


「あははは」


誰かいるであろうためあらかじめ言っておく。


「えっとー、僕なんかしちゃいました?」


………。


「あれ?誰もいない?」


(さっきは確かにいたのにな)


 なんとなく足を動かして周りを見渡した。するとこの世界に来てから情緒不安定でゲロのような色の精神は気がつくまもなくたった一つつの色に染められた。


「ッ!」


顔は青ざめ吐き気が一瞬で襲ってきた。世界の重力が倍になった気分で、とにかく気持ち悪い。

 

 仕方がないことだと思う。だってそこに広がっていたのは人の死体だった。それにただの死体じゃない。


 体の中から色んなものが出ていて、人と呼ぶには、とても。


「っっっっ、はぁ!ー」


 恥ずかしいことにしばらく息ができていなかった。


「はぁはぁはぁはぁはぁ」


 わけもわからず、ただ歩き出した。別に聖人でもなければいいやつでもないが、誰か生きている人を探しに行くことにしたのだ。


(嘘だろッ?回復魔法とかないのか…)


 だが目に見えてくるのは死体だけだった。こんなものは異世界に望んでいなかった。


「はぁはぁ、ッ!、はぁはぁ」


(こんなのは…)


 必死に吐くのを我慢しながら歩き続ける。


死体。死体。何か。死体。死体。何か。死体。


 見たくないのに見てしまう。そんな状態でしばらく歩くて行くと、道を少し外れて木に衝突している荷台のようなものが見えてきた。きっと先程の人たちのものだろう。


(血がついていない)


 微かな希望を手にするために未だ吐き気がするが、頑張って太く、だが弱弱しい声をだした。


「おい!誰かいるのか?」


「………どなたでしょう?」


 すると荷台の中から小鳥のような声が芯を持って真っ直ぐに聞こえてきた。


(生きてる!?)

 

 すぐさま荷台の扉を開いた。案外、中はそこまで散らかってはいなかった。


 そこにいた車椅子?のようなものに座っていた中学生ぐらいの女の子が静かにじっとしている。


「あ、………………………」


"インキャ君もしかしてデビュー?"

"あの、もう行っていい?"


 情けないことに言葉が詰まっていた。ただまたすぐに死体のことで頭がまたいっぱいになったことで少しは考えが逸さすことができた。


(……見たことをそのまま言えばいいのか…?けど、それじゃあ悲しむかもしれないし)


 死体のことを思い出すとまた吐き気がしてきた。吐き気と恐怖と緊張とで話すことができない。


「あのー………、もしかして助けてくれたんでか?」


 黙ったままでいるとあっちから話しかけてきた。


「え?あ、いやその」


 話しかけられただけなのに額に、雨の日に高速道路を走った車の窓についた雨粒のように滲んできた。

 この例えはわかりづらいか。


「その、どうしたんですか?なんであなただけここにいるんですか?」


 いつもの癖で敬語になってしまった。心の中ではタメ口で、話す時は敬語な、コミ障のアビリティ発動!


「大都市リールに行く途中のキャラバンだったんですが、途中で魔物に襲われて。私は見ての通り目も見えませんし、足も動きません。だからここで死ぬのを待っていたんです」


(目が見えない?)


 やっと顔を上げて相手の目を見ることができた。確かに目の色が薄かった。


 そして気がついた。この子の独特な雰囲気に。なんだか不思議で達観しているかのように。誰もいない街でただ一人生き残ったように凛としている。


(なんか…きれいだ…)


 死体を見た後だったからか、より美しくみえる。


「もしかして、魔物はあなたが?」


「あ、はい。倒しときました」


 聞かれると目をもう一度目を離してしまう。

ドギマギ。


「お強いのですね。…あの、もしよければなんですが助けてもらえないでしょうか」


「!、もちろんいいです、はい」


(あ、)


"これよろしくね"

"えっと、じゃあね。ありがと"

"だれ?"


 何度目かわからない、またしてもトラウマが浮かび上がってくる。いつものことだった。


(またかよ。せっかく異世界に来たのに…またこうやって都合のいいように…。)


 そしていつものように空っぽなお礼を言われる。


「ありがとうございます」


「え?」


「?どうしたんですか?」


「いや、」


 言葉がさっきよりも上手く出てこない。ただこの出ないはいつものじゃなくて。別の…。


(ありがとう?)







 いままでだってたくさん言われてきた。それでいつもいつも都合のいい言葉だった。


 だけど、今のはなんだか違う。


同じ言葉のはずなのに、嬉しい…なんて、。


「いやこちらこそありがとございます」


「?えっと…ありがとう?」


「え、いや、ありがとうに対してのありがとう?

ですかね…」


 やっべ!なに言ってんだおれ!


「うふふ、なに言ってるんですか。おかしな人ですね」


「案外辛辣!」


「あ!いえすいません!馬鹿にしてるわけではないんです!」


「はい!こちらこそすいません!」


 …目、見えてないのに…。


 こんなにも見られたのは初めてだな…。なんか不思議な気分になるな。さっきまで吐きそうなぐらい気持ち悪かったのに。


 いや、ありがとうなのかな……あ、早く話題ふらないと!


「あの、助けるって具体的になにすればいいんですか?」


「私をリールまで送ってください。承諾を得たとはいえ図々しい頼みとはわかっています。ですが改めてお願いします」


「さっきも言ったとおり良いですよ」


「ありがとございます」


 笑顔、か。今度は落ち着いている。かと思ったらオドオドもするし。それになんか意外と申し訳なさがないというか、きっちりというか。なんだろう。


、暖かい?のかな……


「それじゃあ歩きでいいですか?」


「もちろんです。本当にありがとうございます!」


 律儀だな。なんかトギッてするし。心臓にわるい。


「リールってどっちに行けばいいんですか?」


「そこの道を北に向かってください」


「わかりました。それじゃあ行きますか」


「はい」


「そういえば、最初にお聞きしようと思ってたんですけど、名前はなんて言うのですか?」


!、


「なまえ…?」


「はい。私はハル・アンダラです。あなたは?」


「なまえ、」


…………………いやだ。


 忘れられるくらいなら、いやだ。


 どうせリールってところに送り届けてそれで終わる関係なんだし、たかだか数時間程度の付き合いになるだけだ。どうせ覚えてもらえないなら、はじめから。


 ……けど…この人なら…、いや何考えてんだ、


「それがですね、俺記憶なくて、そのーわからないんです」


「!、それは申し訳ございません。悲しいことを思い出さして」


「いえいえ全然いいんですよ!」


 そんな真面目に返されたら罪悪感が。


「だから俺の名前はあなた、でいいですよ」


 けど、別にいいや。どうせすぐ忘れるだろうし。


 うん…どうでもいい。


「よろしいのですか?」


「はい。」


「………………」


 そんな本気で悩むなよ。どうせ名前を聞いたとしても忘れるくせに。


「いやほんと、そんな気負わなくていいですよ」


「…………、本当にあなたでいいんですか?」


「はい。」


「……わかりました。ならあなたさんですね」


「はい。あなたさんです」


 これでいい。これでいい。


「それじゃあ、あらためて行きますか」


「はい。よろしくお願いします」


 …期待なんかしてないけど、聞かないといけないから。うん。話したいわけじゃない。


「そういえば、リールってどれくらいかかるんですか?」


「えっとですね、4ヶ月ぐらいですね」


え?「え?4ヶ月!?」


「はい、なんでそんなこと…!すみません記憶がなかったんですね。その、知っているものとばかり思っていたので、全然今からでも断ってくれて」


「いえ、全然いいですよ」

 

 ここで断ったら流石に罪悪感が…。

「ありがとございます!」


あれ?やっぱりこの子意外と図太い?


「それじゃあ行きますか」


「はい!よろしくお願いします」


この子と4ヶ月一緒か……マジかー。


とか思いながらこいつの表情は自分でも気づかない間に、すこし照れくさそうに微笑んでいた。

こうして二人の約4ヶ月の旅が始まった。


















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