雨の学校と人狼

犬若丸

第1話

 ゲームだとその女子生徒は言っていた。

 台風が近づいてきて、雨が窓と屋根を激しく打っていた。

 

 時間内に学校の外に出れば、あなたの勝ちだとその女子生とは言っていた。

 休校になり、先生も生徒もいない。私が廊下を走って、怒る人は誰もいない。

 私が凶暴な狼になって校内を走っても驚く人はいない。


 どこで正体がばれたのかと思い返す。けど、思い当たるところがない。

 私は人間になりきれていた。クラスメイトも部活の友人たちも疑っていなかった。


 完璧な青春を送っていた。

 それなのに、全くの面識のない他人が、なぜ私の正体を破られたのか。


 走ったときの激しい呼吸で喉が乾燥する。

 スピードは落とさず、階段を一度だけ跳ねただけ降りる。

 足を踏み外し、着地に失敗する。重い人狼の体が床に叩きつけられた。


 女子生徒はゲームに勝てば見逃してくれると言った。だが、この学校にはいられないだろう。

 仲良くしていたクラスメイトたちの顔が、走馬灯のように流れてくる。

 文化祭だってまだやっていない。喫茶店をやりたいねと話し合っていたのに。来年には修学旅行だって行けた。


 私は青春を送りたかったのに。

 好きなアニメで盛り上がる部活動、勉学に励んで、SNSのトレンドについて友人たちと語り合う。たまには気になる男の子をつまみ食いしたりして。

 あとはどんなことをしたかったんだっけ。


 人間がしている青春に憧れがあった。

 だから食事をする時も学校からほど遠い土地の人間を攫っていた。

 周りに疑われないように、人間のまずいご飯だって食べた。生意気な年下の教師も生かしてあげた。

 全ては私の青春を守るため。

 それが今まさに、これまでの努力や忍耐が全て消える。


 全てあいつのせいだ。私たちを迫害する女子生徒のせいだ。

 ゲームを持ちかけた時だって私を嘲笑っていた。楽しんでいた。


 またいちからやり直さないといけない。

 起き上がり、ゴールへと走る。

 転ぶのも走るのも人狼にとっては苦じゃない。私の足が遅くなるのは未練があるからだ。

 でも命には変えられない。

 ひとまずこの学校から出て、この街から出て、80年ぐらいは身を潜めないといけない。

 

 正面玄関に着くと台風の雨がさらに激しくなった。

 時間はどのぐらい経っただろう。1分も経っていない気がする。

 靴も変えずに大きな扉を開いた。

 同時に強い風と強い雨を体全身で感じる。外だと感じた。


 ゲームに勝ったと口の端が上がりそうになった。その刹那、落ちる雨粒のような細い銀の針が私の胸を貫いた。


 


 銀の針で胸を貫かれた人狼は力なく倒れ、体は灰に変わる。この雨のせいで水分を多く含んだ灰は風では飛ばされず、泥のようにぐちゃぐちゃになってその場にとどまった。


 人狼の最後を見送った女子生徒は窓際に並べた銀の針を束ねてケースにしまった。


 「悪趣味だ」

 ビジネスパートナー兼担任教師が叱るように一言だけ言い放った。

 「平然と人肉を食べておいて、楽しく青春を送ろうっていうのが悪趣味だと思わない?」

 これを正義とまではいかないが、正論だと自負している。ダメ出しできないだろう。

 教師は顎ひげを撫でながら、不満げに溜め息を吐いた。


 これで任務が終了した。この学校での青春ごっこも今日で終わりだ。

 また、青春とは程遠い人外を駆逐する仕事を明日から初めないといけない。

 「まぁ、青春ごっこも悪くはなかったね」

 彼女の独り言は、激しい台風の音で隠れてしまった。

 

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雨の学校と人狼 犬若丸 @inuwakamaru329

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