群衆

 宴が終わって、みんなはそれぞれその場に敷かれた布団の中に入っていった。


 スラムだ。


 世の中が豊かになりすぎて、スラムという言葉すら歴史用語になってしまっていたが、そんな世界が今、目の前にある。


「ただいま、リズ」


「あなた、そんな表情もできるのね」


「ああ、昔の人達にあったらな、少し強張っていた緊張がほぐれたよ」


「確かに、ゆったりできる余裕はなかったものね」


「そうだよ」


 リズは少しの間黙った。


 この海の中の球体に、風という概念は存在しない。


 だから、外の世界よりも圧倒的に静かだ。


「ねぇ、カイン」


「どうした?」


 リズは少し下を向いたあと、俺の顔を下から覗き込んだ。


「私にも優しくしてくれる?」


 少し、距離が近い。


 別に、だからなんてわけじゃないけれど。


「あ、ああ、別に。どうした?なんかあったのか?」


「別に」


 リズはそっぽを向いた。


 それっきり、会話はしばらくなかった。


「そろそろ寝るぞ」


「え、ええ、おやすみなさい」


 俺はテントに入って、寝袋にくるまり、少し贅沢な夜を過ごした。


 次の日目が覚めてやや長い欠伸をしたあとテントを出ると、リズ達AIを人々が囲んでいた。


「おい、食べ物はまだか?」


「無いのかよ!」


「分けてくれ、頼む。死にたくねぇんだよ」


 昨日とは見違えるほどに飢えた群衆だ。


「おい、ちょっとまてどういう状況だ?」


「いつもAIから食べ物を分けていただいているが、今日は持っていないっていうんだよ」


 デリーナは俯いていた。


 違う、そこにいるのは敵のAIじゃない。


「このAI達は味方だ。敵じゃないよ」


 人々は安堵のため息をついた。


 その中で、ハルクじいさんだけは、顔つきを変えなかった。


「今の御時世、どれだけの人でも信頼しきってはならん、無論、カインもその対象である。答えてくれ、貴様は敵か?あるいは」


「俺は敵じゃない。何も知らないだけだ。そして、このAI達も味方、いや、今は味方として捉えていい。俺を月からここまで連れてきてくれたんだ」


「そうか……」


 ハルクじいさんは少し考え、そして答えた。


「ここで情を持ち込むことはいつか身を滅ぼすと分かっておるのじゃがな」


 そう言ってニッコリと笑顔をすると、もう一度真剣な顔に戻った。


「君に頼みごとがある。カイン、どうか聞いてくれ」


 その声は切実で、まるで夢を見ているかのようだった。


「ええ、どういった内容ですか?」


「あのAI達と、我々が話し合うチャンスをくれないか?」


 もしそれは、リズならできるかもしれない。


 俺は後ろに振り向くと、リズは頷いた。


「できる。ただ、一つ怖い可能性が残るわ。それでも、やる価値はあるかもね」


 ハルクおじさんは、顔を複雑に歪ませた。


「それを話してくれ」

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