死にたい少年と、クラスメイトたち
Fix
第1話
歳を重ねるごとに、あの時助けようとしてくれた人たちに感謝しだす。今になって、その時の言葉や行動の意味を理解する。
――みんなのおかげで、今の自分がある。
目が覚めると、時計は朝六時を回っていた。
今日から中学生。小学校の卒業の悲しみを乗り越えて、新しい生活がスタートする。とは言っても、同じ小学校の人たちはいる。
僕の通う中学校は二つの小学校の生徒が集まる。なので、クラス数は増えて、一クラスの人数も小学校よりも増えることになる。今日は入学式だ。
朝ごはんは特別豪華というわけでもなく、いつも通りだった。食パンに、サラダに、牛乳。ルーティーンと言っていいほどのメニューで毎朝同じものを食べている。
朝ごはんを食べ終えて、歯磨きをし、制服に着替え始めた。
制服の素材はあまり好きではないが、これから三年間、これで生活しなければならない。そのうち体が慣れるだろう。
「やば、もう七時三十分!」
お母さんが言った。もう家を出る時間だ。ネクタイをつけるのに手こずって、時間をかけてしまった。
「急いで!走るよ」
まさかの初日からダッシュをするとは。
「おー悠馬」
僕が学校に着く頃には、クラスメイトたちは全員揃っていた。と言っても、半分は違う小学校の子だから誰が誰だかわかんないけど。
一番後ろの席に座り、乱れた呼吸を整えた。
入学式はあっという間な気がした。
担任の先生は見た目は怖い感じだけど、話している内容を聞く限り、いい先生のようにも思えた。
クラスは全員で三十七人。僕は二十五番目だ。
まだ初日ということもあり、教室内は微妙な空気が流れている。みんな、同じ小学校の人たち同士で集まって喋ったりしている。
もちろん、僕もそうだ。
「悠馬と同じクラスで嬉しいな」
「ね、これで二年連続」
小六の時同じクラスで仲のいい晃が話しかけてきた。
「学校終わったら遊びに行こうよ」
「いいね。いつもの公園でいい?」
何気ない会話も、小学校卒業したらできないと思っていたが、普通にできているのでなんだか安心できた。
先生の話によると、本来は五月あたりに歓迎遠足があるはずなのだが、コロナの蔓延防止の観点から中止になった。
そのかわり、レクリエーションなどを四月、五月は多くするのでその中で友達を作りましょう。と言われた。
遠足は楽しみにしていたので中止になってショックだが、他にも行事ごとはあるのでそれを楽しめばいいやと切り替えた。
次の日は先生の言っていた通り、レクリエーションがあった。クラスメイトの前で自己紹介、そして簡単なゲームなどをした。
そのおかげか、新しい友達もできた。それに、クラスの団結力も上がった気がする。まだ話したことない人もいるけど、なんだかいいクラスだなと思えてきた。
帰りの会の時、先生が言った。
「今日から部活の見学とか体験できるから、興味がある人は行ってみるように」
部活か……。
自分は小学生の時からバスケしかしていないので、正直、他の部活には興味がわかない。なので、バスケ部の見学に行ってみることにした。
放課後、体育館に向かうと同じく体験に来た人たちがいた。その中には同じ小学校の人もいた。
体育館の中を覗いてみると、先輩たちがすでに練習を始めていた。雰囲気的には、厳しそうみたいな感じではなかったが、先輩たちの息の上がり方をみる限り、きついのは間違いないだろう。
バスケ部の顧問の先生が来たので、挨拶をし、何をするかを聞いた。
今日はシュート練習しか参加させてあげれないが、と言われたが自分的には練習に参加させてもらえるだけでも嬉しかった。
体操服に着替え、早速練習に参加した。
まず思ったのが、アップの時点ですでにキツイ。
ついていくのがやっとで、部活がどんな感じとか観察する暇もなかった。
アップだけで死にかけになりながらも、なんとかやりきった。次はシュート練習だ。
シュート練習と言っても、レイアップをするだけなのだが、小学校の時とは明らかに違うペースでしていた。
これが……部活か……
思わず心の中で呟いた。だけど、不思議と苦痛は感じなかった。やっぱり体を動かすのは楽しい。部活って楽しい。これから頑張ろうと思えた。
昨日の部活の体験のせいで、筋肉痛になりながらも、何とか今日も学校に来た。今日から通常の授業が始まる。きっと、小学校とは比べ物にならないくらい難しいのだろう。定期テストだってあるし、勉強する量も時間も伸びるだろう。
そんなことを考えると、少し憂鬱な気持ちになった。
正直言うと、中一の最初の方は記憶があまりない。
その後が色々ありすぎて、前半の方の記憶は薄れてしまっている。
――僕の人生が動き始めたのは、中一の冬だ。
季節もあっという間に冬になり、皆、体操服の上からジャージを着ている。
今日は体育で、ダンスがある。体育でダンスとは何の運動になるのかわからないが、最後の授業では班で発表するらしい。
体育館に続く廊下を歩いていると、冷たい風が襲ってきた。ジャージを着ているとは言え、下は体操服で薄着だ。とても耐えられるような寒さではない。
こんな天気で体育をすると思うとなんだかやる気がなくなってくる。かろうじて、体育をするのは外ではなく体育館だったのが唯一の救いだ。
体育館に三クラス集まり、それぞれ点呼をしている。
僕の学校では、一年生は六クラスあり、体育は半分に分かれて体育をする。一、二、三組が一緒に、四、五、六組が一緒にすることになってる。
体育委員が点呼を終えて、今からラジオ体操をする。体育館の窓から外で何かが舞っているのが見えた。
――雪だ。
それだけ寒いのだろう。雪なんて何年ぶりに見たか。ラジオ体操そっちのけで、雪に見惚れてしまう。こんなにも幻想的で、美しいのに、時間が経てば溶けてしまう。なんて悲しいのだろう。
雪はゆっくりと落ちてきて、地面につくと水になる。短い命を終えたかのように、静かに消えて無くなる。外は一面、白銀の世界になり、皆、珍しい状況に釘付けになっている。
ラジオ体操が終わり、授業が始まる。
今日は、先生が前で踊っているのを見よう見まねでしてみるという授業らしい。
次からの時間は、自分たちで選んだ音楽で、振り付けを考えて、最後の時間に発表するという流れになっている。
リズム感覚はあるほうだと思っているので、踊ったりするのは苦ではなかった。むしろ、楽しいとも思える。
僕は友達と固まって、一緒に踊っていた。そして授業が終わる五分前になり、先生が元の位置に戻るように促した。
その時、僕はあることを耳にした
――悠馬ってダンス下手くそじゃね
僕はその時、脳が止まってしまった感覚に陥った。今、なんて言われた。明らかに、僕の名前を呼んで、ダンスのことについて下手くそと言われた。
なんでそんなこと言われるんだろう。
なんで頑張っていることを否定されるんだろう。
そう思うと、自分の心の中で何かが崩れる音がした。それは誰にも聞こえることのない、静かな破壊。
――もう、生きるの嫌だな。
初めて、そう思った。
次の日から体がすごく重くなった。
全てが嫌になり、起きるのも辛かった。だけど、学校には行かなければならない。
「おはよ、悠馬」
「……おはよ」
「なんだよ、元気ないな」
「まぁね……」
これが精一杯だった。なにも言葉が出てこない。自分で見ても会話が成り立ってないなと思う。
校舎が近づいてくるにつれて、心拍数が上がってきた。緊張とかではない、ナニカ。
目を瞑って、早歩きで校舎に入った。
授業でも内容がなかなか頭に入らず、教室にいることさえ辛かった。
逃げたいけど、逃げる場所がない。
僕はどうしたらいいんだ。
「大丈夫……?」
急に声をかけられて驚いた。
顔を上げると、同じ班の川上さんがいた。心配の目を向けてきている。
「まぁ……そこそこ……」
中学生になって、女子とどう接していけばいいかわかんなくなって、ぎこちなくなる。異性を勝手に意識してしまう。
僕も思春期なのかな。
「なにかあったら聞くよ」
川上さんはそう言ってくれた。明るい笑顔が、僕の目に飛び込んできた。
――いい人だな
僕の彼女に対する最初の印象はこれだった。
家に帰ると、LINEに通知が来ていた。
『初めまして。同じ班の川上です!』
川上さんが僕のLINEを追加していた。
『キツイこととかあったら相談してね』
正直、その言葉だけでもだいぶ救われた。
変な心配をかけてしまったのは申し訳ないけど。
『ありがとう』
今の自分にはこの返事で精一杯だった。こんなにも優しい人に、相談していいのだろうか。相談したらなにか変わるのだろうか。
そんなことを考えていると、いつの間にか眠っていた。
――最悪だ
今日体育があることを忘れていた。
体育があると知った途端、苦しくなってきた。本当に、苦痛でしかない。
しかも、次の時間。
休みたいのに、休めない。どうしたらいいのだろう。しかし、そんなことを考えている間にチャイムが鳴り、二時間目が終わった。
あぁ、もうやるしかないのか。
冷たい空気が蔓延している廊下を歩きながらそう思った。
体育が始まると、皆、自分の班で振り付けを考えていた。和気藹々と、という言葉がピッタリだ。
僕はそんな中、座って、ぼけーっとしていた。
恐らく、成績は悪くなるだろう。ただ、踊るのは苦痛だし、また何か言われるのは嫌だ。こうやって何もしない方が、僕にとっては気楽だった。
――なんて自己中なんだろう
自分で自分が嫌になる。
こんな人生じゃなければ、きっと今頃ちゃんと授業に参加していたのに。
誰が言ったかわかんないけど、たった一言に傷ついた。きっと、他にも辛い人はいるだろう。だけど、僕にとっては今回のはとても耐えれるような事ではなかった。
体育は基本的に座って授業が終わるのを待っていた。
皆んなの前で踊る前日までは。
「明日本番だから、今日は踊ろ?」
川上さんがそう言ってきた。
さすがに今日は踊らないといけないな。しかたなく、立ち上がった。
「じゃあ、音楽流すね」
そう言って、タブレットから音楽を流し始めた。
軽快な雰囲気の音楽だ。歌っているのは外国人だろうか。
こんなにも楽しそうな歌なのに、踊っている僕はなんにも楽しくない。曲と自分の雰囲気のギャップに嫌になってくる。
「すごい!悠馬、ちゃんと踊れるじゃん!」
僕が意外と踊れたことに、川上さんは驚いている。
座って授業をサボっていたとは言っても、踊っているところを横で見ていたので、勝手に覚えていたのだろう。
「この調子なら、明日は大丈夫そうだね」
いや、大丈夫ではない。
そう言いかけたが、喉元で止まった。ただでさえ心配をかけてるのに、こんなとこで迷惑をかけてられない。まぁ、振り付けとか全く考えてないし、座ってサボってたから既に迷惑はかけているけども。
次の日は心臓が破裂しそうだった。
今日はダンスの発表本番。学校にはもちろんだけど、行きたくなかった。
前日の夜に川上さんからLINEが来ていた。
『明日の発表頑張ろうね!』
全く頑張れるような気持ちではないが、来てしまった以上、やるしかないのだ。
僕たちは七番目。まだ発表まで時間はある。
だけど、何もしてないのに息が上がっている。何でだろう。
――緊張してるのかな
他の班も僕たちの曲同様に、軽快な雰囲気の音楽だった。笑いに走る班もあれば、本気で振り付けを考えて、踊っている班もあった。
そうなると、僕たちは丁度中間くらいの層かな。
順番が回ってきてしまった。
手が震える。
下を見ながら、人前に登場した。
先生の合図とともに、今日が流れ始めた。
そこからは、頭が真っ白で何も覚えていない。ただ、なんとか踊りきったのは覚えている。
授業が終わり、僕は机に伏せていた。
今日の労力を全て使い切った。とても体が重い。
「頑張ったね。いい発表だったよ」
顔を見てないからわかんないけど、誰かがそう言ってくれた。
死にたい少年と、クラスメイトたち Fix @Fix_005
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