十二章
9月の下旬ともなれば、夏の暑さなど影も残さなかった。
大学の4限の講義が終わった。夏休み明けの初回講義であった。大学生らは続々と構内から出ていく。公務員講座などを除き、この後に講義は無い。
講座をとってないないおれは、本来ならさっさと帰ってしまうのだが、今日はまだ大学に残る必要があった。
おれは食堂の席に座っていた。授業終わりなのでがら空きだった。おれは人混みが嫌いなので食堂を使ったことが無い。人のいない食堂は広々としていて、居心地の良さを感じた。
パソコンの画面を見ているおれの肩を、誰かがぽんと叩いた。川野であった。
川野との付き合いはあの飲み会から深くなり、9月中に遊びに行ったりもしていた。それはおれから誘ったものだった。
「どう?これ」
おれはパソコンの画面を川野に見せた。
「これ、今期?1、2年生の量じゃないの」
おれの今期の履修登録画面であった。普通、3年の後期にもなったら、授業は全然入れなくなるのが普通である。だが、おれはこれまでのサボりのツケがあり、1年生並みに授業を入れる必要があった。
「これとか、2年と一緒にグループワークだぜ。おれ、2年のふりしよっかな」
2年後期、3年前期と立て続けに単位を落とし、再履修する授業もあったのである。
「さて、現実のうだうだはもう忘れよう。例の件、もう覚悟はできてる?」
「ああ」
おれたちはにやりとした。おれはネット検索をかけ、大学から7駅ほどの距離にある、ある店のホームページを表示した。
それは、サキュバスをコンセプトにした、コンカフェの公式ホームページである。
夏休みの終わる頃、おれたちは通話しながらFPSゲームをしていた。おれはそのゲームをやったことが無く、そもそもゲーム自体あまりやらないのだが、川野が一緒にやりたいというので買ったゲームであった。
通話の中で、おれは何の話の流れか、コンカフェについて自論を語った。
コンカフェというのは、オタクを搾取するための反グレのシノギである。おれはそう主張した。コンカフェはいかがわしい繁華街に多くあり、恋愛経験が無いオタクを店員に依存させる、ホストのようなものである。コンカフェを経営しているのもいかがわしいやつらで、どうせ反グレかヤクザだろう。風俗産業はオタク文化を盗用し、金儲けに利用しているのだ。
川野もそれに乗っかり、陰謀論めいたコンカフェ論を語り合っていると、おれたちは、どうしてかコンカフェに行きたくなってしまった。
それも、お店の女の子がちょっとエロい感じの、いかがわしそうなところに行きたくなったのである。
おれたちは今日、サキュバスがいるコンカフェに遊びに行くことにした。おれたちにとって初めてのコンカフェである。夜になってから、繁華街の真ん中にあるその店に突撃するつもりだ。
それまでの時間をつぶすために、ここの食堂に集まることにしたのである。
おれたちはホームページをスクロールし、興味津々でサキュバス・スタイルの女の子を眺めた。かわいい女の子が、黒いエナメルのセクシーな衣装を着ている。この女の子たちと今から喋りに行くのだ。
「金、ちゃんと持ってきたよね?金が払えなかったら、奥からヤクザが出てきて、山に埋められちゃうからな」
川野が冗談めかして言った。おれは笑って、鞄から財布を出し、倉庫のバイト代の残りから引き出した1万円と、千円札が3枚入っているのを確認した。
夏休みに辞めた倉庫のバイト代は、あとどれくらい残っているだろうか。
そう思ったとき、おれは初めて、(もう、夏休みは終わったんだな)という実感をつかんだような気がした。まったく長い夏休みであった。
(完)
猛暑籠居、妄想彼女 高田蝗年 @takadakonen
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