六章
タルパを作ることは、自分の意識から新たな人格を切り離すことだという。だとしたら、アウラの行動は、おれの意識の中の深層心理や秘めたる欲望を反映にしているに違いない。
おれは女性のぬくもりに対する欲望があったのだろう。
おれは中学生のころから、ひそかな、恥ずかしい趣味として、添い寝ASMRを聴いていた。変なまとめサイトやまとめ動画と違い、添い寝はASMRネットの中で価値あるものだ。立体音響によって女の子と同衾するのを疑似体験できた。その時、おれは疑似的に女性のぬくもりを体験し、言葉に言い表せない満足を感じた。
添い寝ASMRでは、聞き手のおれが最高に没入したとき、心がぞわぞわするような、切ないのと心地良いのが合わさった、泣きたくなる気持ちになった。
おれはこういった満足を求めていた。だが、この満足は一晩で消えてしまう。添い寝ASMRだけでは満たされない。
このぬくもりに対する欲望は、おれが一九歳を超えてから、性欲と結びついて無残な結果をもたらした。
十九になってすぐ、個室ビデオ店でVRアダルトビデオを見た。そのときおれはいらいらしていて何かに飢えていた。衝動的に個室ビデオに行く気になった。
ゲバゲバと下品に光る看板が、都会の景色をうさん臭くしていた。個室ビデオはエロ専門のネットカフェである。店に入ると、アダルトビデオが敷き詰められた、むき出しの肉欲の壁に圧迫される。おれは受付に行って、VRコースを頼んだ。おれはVRで女の子を見てみたかったのである。
部屋に入り、ヘッドセットをつけ、VR映像を見てみると、すごかった。今までは平面のディスプレイの画面で見ていたものが、空間的に投影され、女の子は、より立体的な量感を持っていた。女の子と一緒にいる気分になった。
せっかく金を払っているから、という義務感で放出した遺伝子を、手元が見えない中ティッシュで受け止めた。すると、膨れ上がった気持ちがするすると消え、急速に体の力が抜けていった。
おれはすぐに映像を止め、ヘッドセットを取った。
目の前のPCの黒い画面に、パンツを脱いだ男が一人見えた。体の熱が冷めていく中、事務的にティッシュを処理し、トイレで手を洗い、さっさと部屋から出ていった。見た映像はもう何も心に残っていなかった。冷たい心で表の道を歩いて行った。
個室ビデオの周りには飲食店が立ち並んでおり、歩道をたくさんの人が歩いていた。帰路につく俺の前を、カップルが並んで歩いていた。カップルは、男が女の方にもたれたり、女が男の方にもたれたりと、左右にふらふら揺れながら、きゃっきゃと騒いでいた。
おれは一人が寂しくなり、他人がうらやましくなった。こういう気分になるのは、大学でもあった。
その後、おれは結局3回くらい個室ビデオでVR映像を鑑賞した。そしてむなしい気持ちになった。生身の女性がいる店にいこうかと、財布を覗きながら悩んでいたこともある。
おれは、添い寝ASMRで体験したぬくもりに飢えていたのに、ただ性欲を解消させるために行動をおこしてしまったので、このようなむなしい気持ちを味わうことになったのだ。性欲の高まりはぬくもりをかき消し、冷たい虚無を残す。
おれは優しいぬくもりに飢えていた。
それも今では、過去の話である。
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