第11話 エピローグ
11-1 次の冒険
辺境に帰還した俺はジンに挨拶をして、ジーニーと事務所で会っている。俺の事務所のはずだが、不在の間ずっと管理をしてくれていたので主はすっかりジーニーだ。
「ボス、おかえりなさい。探査任務ご苦労様でした。こっちは変わらずですぜ。」
「ただいま。早速だけど、ジーニーにお願いがあるんだ。」
「なんですかい? 俺にできる事でしたら何でもしますぜ。」
ほう。何でもと言ったな。
「よし。頼もしいな。じゃあ、ヤマネコ便はジーニーに譲る。」
「え、いいんですかい?」
「もちろんだよ。俺は何もしてないし。もっと早くそうしていなかったことに後悔しているぐらいだよ。」
「そうだ、俺の方から報告がありやす。」
そう言って、ジーニーは俺のいない間の出来事を教えてくれた。その中にはミルキーウェイエクスプレスの定期スペースも確保しているということだった。その添乗員としての席があるから必要に応じてエクスプレスを利用できるそうだ。
「すごいじゃないか。ジーニー! きっと、俺ではそんなことはできなかったよ。」
「へへ。優秀な人材も増えやしたからね。中央星系でも事業を拡大してるんですぜ。手積みの需要はありやすからね。」
ということだったので、退屈してそうなビガスを紹介しておいた。似たような境遇だからジーニーもビガスのことを悪いようにはしないだろう。
道場に来た。
「マスター! 帰ってきたよ。」
元気よく挨拶した。
「おお、シルフ、よく来たの。」
マスターも元気そう。まあ、この人が元気じゃないのは想像もできないけど。
「シルフに紹介したい者がおるんじゃ。ソイア、ちょっと来ておくれ。」
マスターに呼ばれたソイアが俺に挨拶をしてくれる。エルフだ。
「ソイアです。シルフさんですね。お会いできて光栄です。私はシルフさんが出場したゼロGカラテ大会を見てここの門を叩いたのです。」
へへ、なんか恥ずかしいな。
「ソイアはの、いつかはおぬしのように探査員になりたいのじゃと。」
「へー、それは楽しみだね。公営の任務はなくなくなって久しいから準備が出来たら俺と一緒に活動しようか。まずはマスターから合格をもらってからだね。」
「ほう、シルフの方から声をかけてくれるとは思わなかったの。おぬしを乗せる準備をしておったのじゃが、杞憂じゃったな。ソイア、よかったの。」
「はい! シルフさんその際はよろしくお願いします!」
なんか後輩ができたみたいでうれしい。情熱を絶やさず頑張ってほしい。なんだかんだゼロGカラテをやっててよかったシチュエーションって結構あったし、しっかり身に着けてほしいね。
「さて、シルフが来たことだし、シルフの実力を見たい者も多いじゃろう。」
重力が失われる。この流れは…! でた。ネコ道場名物。突然の乱取り。ターゲットは俺。
しかし、そう何度もマスターの思惑には乗らないよ。
「リンクス! 大至急航行準備!」
ハンドヘルド端末に向かってリンクスに指示を出す。逃げる準備だ。
襲い掛かってくる門下生を縫うように走り抜ける。殴り返したり投げたりもせず、一目散に出口へ向かう。
しかし、マスターが俺よりも早く出口に向かっている。俺の動きを読んでいたのだ。さすが、マスター。
「甘いの、シルフよ。」
そういってマスターは最初から全力全開の獅子の型を披露する。凄いプレッシャーだ。以前に見たときはビビって泣いちゃったけど、今の俺はそこまで恐怖を覚えない。
マスターが俺に襲い掛かる。速い。0Gにも限らず力強い踏み込みを繰り返し加速している。俺は冷静にマスターの動きを見極め攻撃を避ける。そして、避けたときのモーメントを使ってマスターの背後に回る。そこで初めて俺も獅子の型を打つ。俺からのプレッシャーを感じたのかマスターが飛びのく。出口への道が開いた。
「へへへ。マスターに一矢報いたぜ。それじゃあ、皆、またね。」
そういって俺は颯爽と逃亡した。
「まさか、シルフに後れを取ってしまうとはの。」
マスターキャットはシルフの成長に驚愕した。戦えば勝つのは自身であることは揺るがないが、逃げるシルフを追い立てるどころが自身が引いてしまうとは。想定していた以上の結果だった。背後に回り込むまでシルフはネコの型で対峙していた。獅子を前にして逃げぬネコ。
いつだか、公園でネコにまぎれているシルフを皆が見つけられなかったことがあったが、それはシルフのネコの型は当代きっての練りあがりを示している。最早自身のネコの型よりも練られているとすら思うほど。
「今の見た?」
あっというまに終わった騒動だったが門下生たちが事態を把握し騒ぎ出した。
確かにシルフの動きは尋常ならざる身のこなしだった。単純な速さだけなら自身が勝るがまるでネコのような身のこなしは自身が追い求めた理想そのもの。まさか弟子の方が先にその境地に達するとは実に喜ばしいことだった。指導者冥利に尽きる。
パン、パン。と手をたたいて騒ぐ門下生たちの注目を集める。
「ほれ、皆の者。興奮するでない。」
「しかし、シルフさんの先ほどの動きを見たら興奮するなというほうが無理がありますよ。」
ソイアが門下生を代表して感想を述べる。
「うむ、かく言うわしも驚愕しておる。皆の興奮もわからんでもないがの。さて、シルフが見せてくれた動きを考察しようかの。」
そういって、マスターキャットはこっそり録画していた映像と実演を交えてシルフの動きを考察した。自分でその動きを再現しては感心する。
「シルフさん、すごかったなぁ。私もいつかはあんなふうになれるかな。」
ソイアがそう呟く。
「なれるとも。まずは基礎をしっかり身に着けねばの。」
シルフは自身が教えたネコの型を愚直にこなして成長したのだから。ソイアもそれに続くことができないはずもない。マスターキャットはそう確信している。
「まったく、相変わらず乱暴な道場だなぁ。トラ道場ならお茶がでるというのに。大勢で襲ってくるなんて。」
ネコ道場での乱取りを無事切り抜けた俺は安堵のため息をついた。
「ハンドヘルド端末のGセンサーの値、すごい動きを示してたわね。」
リンクスも驚愕している。
「へへへ。あれって、リンクスが前に教えてくれた180度転回の応用なんだよ。」
「へえ、二本足で応用するとはやるじゃない。なるほどね、倒れこむモーメントと蹴り出す力を釣り合いを取ったのね。」
さすがにリンクスは理解が早い。それが獅子の型の極意なんだ。一言でいえばリンクスの言うとおりだけど、言うほど簡単ではない。0Gではちょっとした動きに反力がつく。腕で作るモーメントと蹴り出す足の力を釣り合いを取るには腕を速く振るなど直感的にできない動きも多い。人体の関節の多さは三体問題のようなカオスとなり自身の動きが生み出すモーメントを正確に予想することは極めて難しい。その振る舞いの多くがネコの型に隠されている事に俺はいつだか気が付いたんだ。
「そういえばさ、道場にソイアって子がいてね、いつか探査員になりたいんだって。」
「それじゃあシルフの後輩ってことね。」
「うん。でも、今って公営の探査の仕事がないだろう。だからその時が来たら一緒に仕事しようと思っているんだ。」
先ほどちらっと対峙してみた限りではずいぶん先の話になりそうだけどね。
でも、いつかはその時が来るだろう。早ければ次の探査から帰ってきたらその時になっていてもおかしくない。
「OJTってやつね。シルフが先輩風をビュービュー吹かすところが容易に想像できるわ。ふふふ、楽しそう。 」
「そんな想像するなよ。でも、マスターが俺にネコの型を授けてくれたように、兄ちゃんが俺にしてくれたみたいに誰かを導いてあげたいな。」
なんだかんだと俺もそんな未来を想像してしまう。きっと楽しいに違いない。
「そういえば、リンクスはどんなふうにアップデートされたんだ。」
「やっと聞いてくれたわね。自分から切り出すのは嫌だったから、待ってたんだから。」
そんな女性の髪型が変わったみたいな言い方。
まず全体の強度アップ、メインフレームや外郭の強度がかなり向上したらしい。いつだかの恒星間天体を押したぐらいではびくともしない程度になったとか。ただ、そのために重量が増してしまったので最高速は0.7C程度に低下してしまったとか。厳密には止まれなくなるから出しちゃいけないだけだけど。
「まあ、0.9Cは一度試しに出してみただけだったもんな。」
「そうね。超重力天体があったからなんとか減速ができたけど、無計画でやるべきじゃなかったわね。若気の至りだわ。」
「そういえば、0.9Cって探査員の最速記録なんだぜ。知ってた?」
当然、リンクスは知っていた。俺が調子に乗るから言わなかっただけらしい。そんなことで俺は調子に乗らないって。
それから、各種センサー類の更新、目玉はメインコンピューターが比較的新しい量子コンピューターになったことだそうだ。その上で従来の人格モジュールをエミュレートしているから一見以前と変わらない仕草となっているとか。バーレイがTAKUMIを動作させたのと同じ仕組みだろう。
リンクスは言わないけど、俺は気が付いているよ。以前にあった押しつけがましさというかおせっかいな感じがすっかりなくなっていること、アップデートで変わってしまうといっていたことについて。でもあえて俺は言う。
「リンクスは変わらないな。」
「そうかしら、自分ではずいぶんと変わったと思うけど。」
「確かにハードはずいぶんと変わったけど、リンクス自身は変わってないよ。」
「アップデートで自分が変わってしまうことを心配していたのがバカみたいね。」
「ははは、リンクスはリンクスだよ。俺がそう思っていればそれでいいだろ。」
星間の妖精(エルフ)おわり
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星間の妖精(エルフ) @tk7_sf
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