10-6 帰還

 帰路に着く。

 航行において姿勢制御スラスターを失ったバーレイの操船は中々のものだ。AIができるといったことに心配はしていないけど、こうもうまくやってのけるとやっぱりバーレイは優秀なんだと感心する。

「今回の旅はバーレイのおかげでずいぶんと助かったよ。ありがとう。」

「シルフ、帰還するまでが探査任務ですよ。まだ気を抜くのは早いです。それにトラブルは帰還中のほうが多いのです。」

「さすが、誰よりもトラブルを多く起こした船はいうことが違うね。身に染みるよ。」

「今のは皮肉ですか?」

「ち、違うよ。本当に! 経験豊富だとそう言うことが多いって事だよ。」

「そういうことにしておきます。」

 それじゃあ、俺も仮死しますかね。


 中央星系に戻り、ビガスを起こすことにした。

「ビガスを起こすのですか?」

 バーレイが疑問を抱いたらしい。仮死させたまま当局に渡してもいいんだけど、本当に悪者なのかはずっと疑問だった。カニンも悪いやつに思えないし。

「うん、だめかな?」

「いえ、シルフが起こすというのならそれに従います。ただ、やはり危険かと。」

 ごもっともなご意見。

「大丈夫だよ。俺はゼロGカラテのブラックベルト保持者なんだ。素人にどうこうされてしまったらマスターやリータに合わす顔がないよ。やばそうなら0Gにしてくれよ。」

 そうしてビガスを目覚めさせた。ハイバネートからの回復には2日ほどかかった。ヒトとしては早い方らしい。俺がカニンから持ち帰った物品をみてビガスはひどく反省した様子だった。

「すまねえ、俺はとんでもないことをしてしまったのに、こんなにも俺の大切なものを持ち帰ってきてくれて。」

「まあ、あの状況ならまともでいられないのもわからないでもないからね。その写真の人たちは家族?」

「ああ、家族だ。もう生きていないがな。妻と子供に先立たれて自暴自棄になってあの星にいたんだ。」

 なにか色々と事情があったらしい。結果として大事に至ってないし、唯一の財産と言える宇宙船を失ったんだから罰としては十分だと思う。


「シルフ、そろそろ到着です。」

 バーレイとお別れの時が来た。

「本当にありがとう。バーレイ。」

「こちらもです。とても良い旅ができました。」

「うん。最初はすごく不安だったけど、バーレイのおかげで楽しい旅になった。」

「はい。私もニーヤとは違ったアプローチでトラブルシュートするシルフはとても興味深かったです。私との旅があなたの経験になったのであればとてもうれしいです。」

「俺もバーレイや兄ちゃんの経験を学ぶことができてとても勉強になったよ。また、中央星系に来たら一緒に旅がしたいな。」

「中央星系の現地妻として私のこともかわいがってくださいね。」

 ・・・

「シルフ、なにか言ってください。滑っちゃったじゃないですか。」

 バーレイってこんなキャラだっけ?


「おかえり、シルフ。よくやったな。」

「おう、シルフ、久しぶり。元気そうだな!」

 ニーヤさんとリータがお出迎えしてくれる。バーレイが連絡してくれていたようだ。

「兄ちゃん? ずいぶんと痩せたというか……。」

「だろ? 今でも道場通ってるんだぜ。お前が帰ってくるまで続けるって張り切ってたんだぜ。」

「そ、そうなんだ。見違えたね。」

 ニーヤさんは痩せたを通り越してムキムキのマッチョになっていた。正直苦手な風貌だ。

「あ、そうだ。こいつ、ビガス。惑星で拾ったんだ。」

「拾ったって、ヒトを捨て猫みたいに言うなよな。」

 リータが呆れる。

「ビガスは行き場がないみたいなんだけど、どうにかならないかな?」

「じゃあ、住処が見つかるまで道場に小間使いで置いてやる。」

 リータが提案してくれた。

「だってさ。ビガスよかったな。」

「はい! ありがとうございます。えーと。」

「リータだ。遠慮なくこき使うからよろしくな。」


「シルフ、きみ、西暦時代のレガシーを持って帰ってきちゃったんだって?」

「あ、そうなんだ。学芸員なんだって。」

 ニーヤさんとリータは状況が読み込めずぽかんとしてる。

「あのね、学芸員というのはね、例の惑星の祠は実は博物館だったんだよ。そこの学芸員だから彼は学芸員なんだ!」

 俺は惑星で見たこと、知ったことを報告した。

「そういえば、量子通信してたよね。あれってどうやったの?」

 ニーヤさんは量子通信のことがずっと気になっていたということだ。言われてみればそうだ。俺はと言えば今の今まで何とも思ってなかったけど、俺も冷静ではなかったかもしれない。

「学芸員、今もできるの?」

「うむ。可能である。」

 だそうだ。

「ところで、学芸員って呼び方はなんか変じゃないか?」

 ニーヤさんがいう。言われてみればそうかもしれない。

「確かに。そんじゃあ、名前を付けてあげる。」

「個体名であるか。」

「そう。うーん、そうだ。クオンというのはどう? クオンタムのクオンだよ。量子通信をしてくれるから。」

「クオン。あいわかった。」

 気に入ってくれたかどうかはいまいちわからないけど、了承はしてくれたので良しとしよう。

「話は変わるけどよ、辺境に帰るまでしばらく時間があるだろう。その間、うちにいろよ。」


 リータのうちで厄介になること数日。何事も起きないわけもなく。

 西暦時代から現代までのプロレスのビデオや格闘技のビデオをひたすら見て過ごす。最高すぎる。

 毎朝、道場にも顔を出した。ニーヤさんも毎朝来ているそうだ。もうとっくにダイエットは成功しているが、タイガーズブートキャンプが日常の一部になっているそうだ。あれ、マジで疲れるのにそれを毎日やってるというのは凄い。

 ついでに言えば、ニーヤさんのビフォー・アフターの写真が出回って、ダイエット目的で道場に通う人たちが増えたらしい。とはいえ、あのタイガーズブートキャンプについてこれる根性があれば自力で痩せる事なんて容易だろう。

 俺が道場に行けばトラ姉さんも良くしてくれる。いつも砂糖たっぷりのお茶とお茶菓子を出してくれる。道場の後、ニーヤさんと一緒にJ-IROに行ってマシマシ胃ろうも決めてきた。

「トレーニングの後のマシマシは最高だな。」

 ニーヤさんは週一のチートデイにマシマシしているらしい。それでも太らず痩せるのはタイガーズブートキャンプの激しさあってのもの。あれを毎日できるのはある種の才能があると思う。俺は初めてマシマシしたときと同様にドカ食い気絶した。


 ミルキーウェイエクスプレスの席をニーヤさんが確保してくれていた。それで辺境に帰ってくることができた。

 見渡す限りの平原。見慣れた星の配置、澄み切った空気。何もかもが懐かしい。

 当初は半年で帰るはずだったのに20数年も経ってしまった。リンクスもいい加減待ちくたびれているだろうな。俺もリンクスに会える日を待ちわびていた。


「リンクス、ただいま。」

「おかえりなさい、シルフ。」

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